戦火の予兆
「――なに、今、のは」
密度の高い夜の静寂を揺らすのは、驚愕の声。
驚愕の主は、加護なるチカラでサポートしていた審問官。
――知識を持つ者ほどに、事前情報を集積する者ほどに。未知や不確定に対する恐怖は、大きい。
だからこその驚愕。
銃弾すら受け止めた加護なるチカラごと斬り裂かれ出来上がった死体、その未知の手段に。
「……何だ、その刀は?!」
知らないのは当たり前。コレを見せた奴は全員始末した。
取り乱した声には取り合わず、不要化した鞘を捨てる。実はこの鞘にこそ異常の朱光の種があるのだが、一振りすれば最短数時間の冷却期間が必要な為、締めには必要ない。
――後は、審問官を一人始末するだけなのだから、そもそもが必要ない。
半ばからへし折れた刀を手に、内蔵が潰れた体を引きずり、動揺を冷まそうという痕跡残る荒い呼吸を吐く審問官へと歩を進め――
「――ッ」
目を開けると、うすぼんやり見えたのは、木々の隙間から覗く月夜。雲が少ないために米粒以下の星が無数というには少ない数が視界の先で輝く。
その、星の位置、月の満ち引きからして、今は――
「……一日か」
どうにも、イルドを殺した夜から丸一日、俺は意識を失っていたらしい。
ここは……木々やら虫鳴りやらの密度からしてどうやら森の中らしいが、具体的にどこかはわからん。俺が灼いた森じゃない事は確かだが、どこだ。
多分、王都からは離脱したんだろうが、他の連中は――ガキは?
若干霞んだ視界と思考の中、頭に浮かんだ生気が消えたリリアと、動かないアリューシャの姿を頭から追い出した最中、聴覚から焚き火の木がはぜる音をとらえる。
全身が麻痺したように動かないが、正確には動かないわけじゃないらしく、えらく鈍い間隔で首を動かす事には成功。
野営地らしき開けた場の中央、焚き火のはぜるそば、というにはやや離れた位置に腰掛け、此方を隻眼で凝視しているアスカの姿があった。
「…………あ、う」
何やら口ごもったように、悪戯を発見されたガキのような仕草をさらすアスカは、一体何をやっているのか。
この、お前以外誰もいない状況を説明してもらいたいところなんだが……
しばし見合っても、どういうことか付き合い始めの男女の片割れのようなふわふわした感じで、顔面を朱に染めるだけ。
何やら身に覚えのある薄ら寒いものと同時、待っても無駄であると直感し、口を開く。
「おい」
「――――ッっ! っッ?!」
何故後ずさる。そしてそのまま樹葉を揺らす程に衝突してんじゃねえよ被虐趣味者(マ○ヒスト)。
無言、というより声にもならない絶叫のような。そんな感じに大口開けて後ずさり、盛大な勢いで木にぶち当たった馬鹿に呆れを送るが、頭を抱えのた打つアスカからはうめきしか返ってこない。
「…………よ、ようやくお目覚めか」
「それは俺も言いたいセリフだ」
たっぷり数分も無駄に使った馬鹿に返すと、
「むっ、蒸し返すなバカー!」
逆ギレされた。つーか、テメェに馬鹿呼ばわりされる云われは無ぇんだが。
「…………そろ、いぃ?」
……居たのか仮面達磨。
視界の外からかかった声に首を動かすと、防寒着を脱ぎ身軽になった変態仮面の、相変わらず小柄な姿。
「ガキはどした」
「……まず、それ……?」
いや、他意は無ぇぞ。と手を振ろうとしたが、相変わらず言うことを聞かない体は、反抗期の糞餓鬼のように応答しない。しかし、内蔵を結構潰された筈だが……誰が治した?
錬金術師であるハゲは別働隊に居るし。
怪訝な表情をくんだのか、狐面が口を開く。
「……適当な、錬金術師を拉致ってきた」
あー、成る程。それで致命的な患部だけ治されてるわけか。
「それで、アリューシャとリリアは……二人とも無事だ……が……」
歯切れ悪く、先の質問に(律儀に)答えたのはアスカ。
「リリアは……その、精神のほうがな、」
……ま、孤児仲間や院長があんな風になりゃあな。
それで大方、街に散った旧十三部隊の誰かか、信用のおける知人あたりに預けたとか、そんな感じだろう。アリューシャと違って、俺らに同行させる意味は殆ど皆無。あの双子なら、そういう判断を下すだろう。
「アリュー……もとい、リーの方は」
考えるまでもない自然な推測は、大体が良からぬ方向に当たっているらしい。アスカの言葉からそう判断し、推測ができない方の事を口にする。
「……外傷は大したことなかった。リリアを庇った銃弾が頭を掠めたけど、それは治ってる…………けど、まだ目を覚まさないんだ」
…………そうか。
リー、やっぱそういう構図だったのか。あの不自然な体勢。そしてそもそもが詳細不明ながら強力な能力を行使するリーが倒れていた理由。
――友達を庇った、か。
「……他の面々は?」
考えても仕方ないと思考を切り替え、別の質問を口にする。返答は早い。
「探索中」
どっちがだ。
言葉少な過ぎて不足している面倒臭がりに白い目を向ける。
野郎、シカトしつつも悠々と暖をとるな。
「今、別働隊と合流しようとしてる所。予想外のせいで、なかなか連絡がとれないって」
何故か慌てたようなアスカのセリフの単語に、眉をしかめる。
予想外だ?
「なんだ、帝国軍でも攻めて来たのか?」
「ゴメイトウ」
…………え、マジでか?
適当に口にした言葉に寡黙な応答が返ってきたため、引きつる頬を抑えるのに若干苦労した。
「丁度私たちが孤児院で戦闘していた時、凡そ一万前後の帝国軍がサーガルド近辺にまで進軍してきていたらしい」
……んな莫迦な。
最近のゴタゴタで軍事方面に難聴気味だったにしろ、早過ぎる。
サーガルドは前線に近いが、それでもまだ持ちこたえている国がある筈。
どうやって……――いや、電撃戦に……なら、不可能じゃない、か。
しかし、電撃戦にしろ帝国の一万前後。サーガルドの戦力なら……隊長を頭数に入れなけりゃ、微妙な数だ。お上に戦力を割られているし。
それだけの戦力に、俺の心当たりまで入れた進軍作戦……できる奴は、片手の指で余るだろう。
「朔はそれを察知して、偵察に行っていたらしい」
それで姿を見せなかったわけか。
しかし、孤児院襲撃にかぶせて…………いや、無いか。
孤児院の虐殺自体、暗殺を請け負った流れの馬鹿の独断だろうし。マジな戦争手前の段階で俺を煽るほど馬鹿じゃない。タイミングの良さは偶然じゃないだろうが……
「糞爺がしてやられたと考える方が自然、か」
考え難いことだが、筋は通るな。
結果として、俺らの行動は内紛まがいな規模の話になっている。ソコを帝国に突かれたのだろう。
諜報員にそこまで好きにやられるとはざまない。が、黒幕は誰だ。
視界の端で狐面が上下に微動した、気がした。
「そう。内紛に乗じる……帝国軍の裏、手、回したのは、月城 聖」
月城、ってぇと……帝国が誇る、"智恵"の国守貴族ときたか。
確かに、規模や陰険さからしてそのあたりだろうが、
「早耳過ぎないか、お前」
実際、諜報してきたような口ぶりだったぞ。
「……オンナのたしなみ」
冗句と受け取っておこう。そんなポンポンと国家級極秘事項が漏洩されてたまるか。
しかし、進攻……現状、計画に利用できるか――
「問題はそこじゃない。その進攻部隊の先陣と、分散していた別働隊が交戦してしまったらしい」
………………そりゃ、確かに予想外だな。動かん腕で頭を抱えたくなるほどに。
先陣といえど、一万人の軍勢の先陣。たかが一部隊の分隊でどうこうできる筈もない。適当に戦り合って、さっさと撤退してる筈。
「……で、その援護に向かった訳だな。他の連中は」
夜虫が鳴き、焚き火がはぜる音が響くなか、アスカが短く肯定した。
となると、コイツらは足手まといの護衛か。どっかに能力使用中の双子も転がってるかもしれん……しかしどうでもいいが、女の比率高くないか? どうせリーの奴もその辺で転がってるだろうし。
「……リーの奴はどのヘンに転がってる?」
視界というか体が不自由な中、何となく気が向いたので聞いてみた。
俺の死角の一部に寝かせていると応答したのは、まあ言うまでもなくアスカだ。
…………っつーか、
「お前、普通に馴染んでないか」
それもエラく従順に。
「え?」
きょとんとすんな。一応、数日前までは敵同士だったろが。
「ああ、え、と……ね、寝返れって言ったのはお前だろ?!」
いや、それじゃタダのイタイ女の言い分だろ。
「……お前な、とっさに出すにしろだ。も少しマシな言い分があるだろ」
「――ーうるさいうるさいうるさいっ!!」
流石に自分でもないなーと思い至ったか。顔面から耳まで羞恥色に染め、犬歯剥き出し怒りまじりに睨みつけてくる。
八つ当たりだ。
「ま、あの双子共が信用してるみてぇだし。寝返る事自体は構わねぇよ」
不毛な睨み合い(一方的)から数十秒。適当に見計らい、嘆息を一つ。
「っつかそれより大声は怪我に響く。ちと黙れ」
「あ……」
どんだけ高度な錬金術ったって、骨折はまだしも内蔵が潰れたのを完治できる訳じゃねぇんだ。精々が形を繕ったくらいだろ。ってか今気づいたような顔してんじゃねぇよ。
実際、筋肉痛とは違う箇所に違和感があるし。声を出す分にゃあんま問題無ぇが、当分安静にする必要があるな、こりゃ。
「…………」
で、何故そこで黙り込む。なんで俺の周りはそんなんばっかなんだ。
「おいこら、他になんか報告無いのか」
「…………ごめん」
ダメだ。なんか叱られた馬鹿並みに沈んで振り仮名を理解しやがら無ぇ。
まあどうせ手持ち無沙汰だ、雑談もありだろうと口を開く。
「……そういや、あの状況からどうなったんだ?」
「……どう、って?」
沈んだカタコト発言をしたのはアスカだ。もう片方の変態仮面じゃないぞ、間違うなよ。
「俺が、あの三流……イルドを殺した前後だ」
「…………? なあ、ひょっとしてあの、狼男を知っていたのか?」
「知ってるも何も、所謂腹違いの兄弟だが」
――は?
夜風が木々を滑り抜ける音にかき消された、驚愕を呑みこむような声。
――幼少期は細かい事知らんかったから、夜になると犬面になる変な弟、くらいにしか思ってなかった。
後になって俺を連れてった馬鹿野郎(性別及び年齢不詳)曰わく、糞親があちこちで誘拐してきた辺境能力者の孕ませ児の一人、だったらしい。
だから腹違いの弟に当たるんだが、あんまそんな意識無いんだよな。同じような妹だか姉だか、兄だか弟だかの連中も、糞親の教育方針とやらで九割方死んだし。
糞親が殺され、殺害犯に連れてかれてからは今の今まで離れ離れになってたが、やー、やっぱし奴にも怨まれてたか。
というくだりを、所々はしょりぼかしだべってると、
「……怨恨? それに、"にも"って」
阿呆が阿呆なりに引っかかった箇所だったらしい。
聞くまでもない事だと思うがね。
そりゃ、施設の責任者だった糞親が死んでも余所の秘匿施設に移されただけ身の上からすりゃ、さんざ面倒見てやった俺が解放され自由気ままに引きずり回され好き勝手やってりゃ怨みの矛先にもなるってもんだろうがよ。イルド以外にも諸々。
「……お前、自分の兄弟を、」
……やっぱし、どっか生ぬるい奴だな。今更のことに呆れを吐き出し眦を細め、どう応対していいかわからないといった風情のアスカを見る。
「俺はな、俺の気分をアソコまで害した奴を生かしておける程、優しか無ぇんだよ」
――野郎は、ガキ共を殺した。
多少は覚悟できていた部下はまだしも、関係ないガキを。
老若男女問わず暗殺しまくった俺の言えた事じゃねぇが、それでも。ムカつくものはムカつく。
野郎を殺した所でガキ共がどうにかなる訳じゃねぇのはわかってる。敵の驚異云々の打算、とも違う。
唯、単純に、イルドを殺したかった。
野郎の情状酌量とか過去の縁とかそういうので差し引きされず――生存者の存在が多少の酌量を与えても、あんな糞戯けたコトをシデカシタ犯人を――唯、抹消する事しか考えてなかった。
あん時の衝動を口にして説明するなら、そんな感じだろう。
だからわざわざハイリスクな単騎突入なんてもんを押し通しちまったんだし。いや、一応の理はあったがよ。
「……成程」
何がだ、変態仮面。したり顔(多分)で面を微動させるな。なんかイラッとくる。
「……話が逸れたが、」
イルドを始末して、んで確かあと一人、オリヴィエ=ラフェエルが残ってた。
殺した手応えも記憶も残って無ぇが、直ぐに気絶する程の消耗でもなかった筈。意識が無くとも体が動けば理論的行動ができる技能は、お家の事情とやらで会得している。
「それで結局、お前の姉は殺せたか?」
「……!? 気付いてたのか?!」
片目をむくアスカに、呆れを通り越して頭痛がしてきた。と、こめかみの辺りをこねる。
何で検討外れのところで驚くんだ馬鹿野郎。
気付いてたのか、って、お前ら姉妹のことだろ?
お前、意識在った筈だが……ああまぁいいや。
殺したかもしれん本人が聞くのもなんだが、覚えてないんだから仕方ない。
「オリヴィエ=ラフェエルは仕留められたか?」
「……いや、逃がした」
何やら、単純な取り逃がしにしても妙な、違和感のある含みを感じた。意識はあるのに体が動かなかったからか?
しかしそれより、逃がした、か。
痛いな。
極短いやり取りだったが、なかなかやり手とわかる、やっかいなゲスだった。
可能な限り、あの場で仕留めたかった相手だ。切り札も一つ見せちまったし。
……コイツとも、ろくでもない因縁が有りそうだしな。
「……というかお前、対象の妹の前でよくもそこまで言えるものだな」
「まともな関係だというなら、説得でもしてくれ」
「……誰があんなヤツにっ!」
ほれみろ。
今更過ぎる事を唇尖らせ語る馬鹿に、腕が上がるものなら両の平手を上に向けるジェスチャーをしたいところだ。
多分、コイツが薄汚れた場所に居るのと鑑みて、結構な昔からこじれにこじれ、修復不可能なまでになった間柄なのだろうよ。
多分、親の妄執から解放された俺と、解放されなかった同朋たちみたく。
その証拠に、俺が現場に踏み込む直前まで響いていた奴の罵声は、奴の猛毒は、誰に向けられていたか。
「……くぁっ」
ん……いらん思考してたら、欠伸がでてきた。
「まだ、寝ていた方が良いぞ。お前、貧弱なんだからな」
……てめぇにまで貧弱言われることになるとはな。否定も反論もできんのが相当…………あ、やべ。
唐突に込み上げてきたモノに、背筋が凍る。体は依然として反応しやがらない癖に、いらん機能は当たり前ながら普通に健在だった。
「…………おい、アスカ」
「な、なんだよ」
一歩半分下がるアスカは、何故かどもりつつ返事をする。
やはり、基本的に律儀な奴だ。ならばうむ、仕方ないな。消去法で。
「手を貸せ」
「なっ、何を?」
やれやれ、丸一日の昏睡状態。起きて真っ先に感じる生理現象なぞ、そう多いもんじゃないだろうに。
まあつまりは、
「便意だ、介護しろ」
――流石に、身動きできん相手に踵落としはないんじゃないかね、アスカよ。
んで、羞恥ぷれい並みに精神を浸食した生理現状の後。
「――う、うぅぅぅ……」
なあ、お前がうなだれて呻くのは色々と違和感が残るとこなんだが、アスカちゃんよ。
「ううううるさいうるさいうるさぁい!! 汚いものとエグいものを乙女に見せやがって!」
「カタいこと言うなよ。つい先日、唇を交わした仲だろう」
からかい半分で口にした言葉は、どうにもやたらに感性が若い――というより幼いっぽい馬鹿の矮小な頭を湯沸かすには十分だったようだ。
「――――ッっ!?!」
色白な肌が完全に赤に染まり、ヤカンが噴出するのに類似した音を顔面のどこかから発し、何かを絶叫しようとして失敗したような形相で、緩やかに後ろ向きで倒れていった。
……あー、こいつなんか本当に弄くりがいがあるな。
――ごっ。
馬鹿が後頭部を岩か木かにぶつけた鈍い音が、焚き火と虫鳴り以外に静まり返ってた夜の森にわびしく間抜けに響き。
「…………アナタは……デリカシー、無い」
羞恥心と愛想と常識と以下略を欠場させた変態仮面が、デリカシーの有無を問う権限があると思ってんのか?
胡乱な目を向けた先には、新種の類人猿みたいな格好で木の枝にぶら下がる怠け変態の姿があった事は、言うまでもない。
「権限が、存在しないなら……勝ち取ればいい…………と、マグナは言った」
何ちょっと格言っぽく面倒くさい事言ってんの、あの野郎。
脳裏の隙間、やや天然入った少年の馬鹿面を思い浮かべ――その間抜け面から啓示された無視できない、そして限り無く空想妄言寝言に近い新種の情報。
そんなもんに頼らざるおえん惨めさを鼻で吹き出しつつ、現状を整理すべく口を開く。
「山は、幾つ消えた?」
「……五つ」
常識を疑われるような問いに、返ってきたのは異常の上塗り。
東西を隔てる地形難は、距離だけではない。
進軍どころか移動さえ困難な地形が、まとめて消え去り更地かクレーターになれば。
それは、さぞかし楽なショートカットになるだろう。
「衛宮か」
「おそらく」
――帝国には、異能力者という規格外が普通に存在する。
異能力者。
要は、重火器で武装した軍勢を蟻の大群のように蹂躙したり、魔物の群れを剣圧でなぎ払いその後ろの山を抉ったり、ダース単位の竜を涼しい顔でナブり殺しにしたり、といったことができるような、隊長と同じ、人間の規格外。
その中でも、比較的飛び抜けた異常が在る。
それは規格外故に、人の営みである国政とは関わり難い異能力者の、異端。
祭り上げられるを対価に国を護る事をよしとした存在。
それが、月城の対に位置する帝国の国守・衛宮家。
付け加えるならばその衛宮の家、山を五つ程消せそうな怪物に、二人ほど心当たりがある。
「どっちだ」
衛宮は、その怪物より怪物らしい戦力故に、常に何らかの手段で大まかな居場所を把握させられている。
ただし、その気になればあっけなく振り解かれるだろうが。
つまり、何が言いたいのかというとだ。把握される手段をどっちかがふりほどいてんじゃねぇか、って事。
片方は、かつてどっかの馬鹿隊長と互角に殺り合い、東西を隔てる自然のひとつである大平原の半分近くを谷に変えたのが記憶に新しい。
衛宮家当主の、秘蔵っ子と呼ばれる長男。
そしてもう片方、
「――当主」
――その長男が手も足も出ないという、帝国の"最強"。
現・衛宮家の当主。
所謂トコ、隊長でも勝てない最悪の大怪物だ。
だが――ま、勝ち目が無いという意味では、衛宮だろうが一万の軍勢だろうが同じだ。だからどうという話でもない。
勝てない戦い、勝ち目の薄い戦いは避けるだけ。
目的達成の為のリスクは可能な限り下げる。当たり前の事だ。
昨日死んだ三流殺戮者みたく、関係ない殺しをしてキレた対象と相対するなぞ、暗殺者として問題外。
暗殺者というのは、対象の寝首"だけ"かっ切るのを突き詰めた奴がそう呼ばれるんだ。
だから、俺は――
「――計画に修正は、」
「いらね」
変態仮面の進言に、ミリ単位で首を振るう。
コイツの主から持ちかけられた計画。深く考えなくとも壮大な寝言。
だが、ぶん殴って目ぇ覚まさすのも、その寝言を可能な限り実現させてやるのも、大人というものらしいぞ。蒸発した自称保護者曰わく。
――ま、俺のできる事なんぞは、元々限られているしな。避ける対象、要注意事項が増えただけ。混乱に乱戦が混じるぶん、逆に好都合ともいえる。
こっちの修正は、必要無ェさ。あいつらは、なんやかんやで優秀だからな。優秀な部分は。
「……そ」
返答は無愛想な変態らしく、極めて簡潔だった。
「…………あなたは、」
しかし続きがあったようで、どこか鼻つまむような嫌悪と、何かよくわからない不透明さを混ぜたような声は、
「――異常に、平常」
えらく率直に、今更な事を口にした。
――笛のような音をたて、寒風が吹く。木々の隙間を抜け、寒空に向けて不規則に延びる焚き火を煽る。
吹き抜けた酸素を呑んだ火の粉が小さく跳ね、宙を踊り、単調に舞い、そして消えた。