どうしてくれる
郊外から孤児院付近に足を踏み入れたのは、空が茜色から薄暗闇に移ろい、夕暮れに鳴く鴉の声が消え、替えに羽織ったコートと同色の蝙蝠が舞い始め、半分以上欠けた月の薄い灯りが申し分程度に雲の隙間から覗く頃。
錬金術の産物である人払いの結界は、予想通り、孤児院を中心に張られていた。
結界と一口に言っても、単純な意思――そこを通過しようという明確な意識があれば、特に機能しない。簡素な精神誘導のようなもの。
通過自体は、わけない。
そして、数時間ぶりに足を踏み入れた、小さなガキ共の小さな孤児院。
何時もは孤児共が駆け回り、その姉役だか、孤児の世話をすれ物好きだかの声が飛び交う、そんな空間。
そんな平常な空間は今、闇の住人が嗅ぎなれた濃密な悪臭で、淀みきっていた。
円形に四角を引っ付けたような外観、かつてはなんかの色で鮮やかだったかもしれない屋根を取り付けた造りの建築物からは、雨漏りする程におんぼろなため、中からの会話、というか一方的な罵声が洩れていた。罵声自体は女のもので聞き覚えはない。つまり知り合いではないということ。
補修痕のある窓硝子は砕けた孤児院内からは、吹き抜けるような生々しい殺意は漂っている。隠す気のない気配は複数。戦闘を継続している音は無く、ついでに孤児院付近に見張りの気配も無い。
完全に人払いの結界に任せた姿勢。誘っているのは一目瞭然。荒事の腕に余程の自信がある者か複数のやり口。
上等だ。
罠を警戒しつつ、気配と足音を消して木造扉の前に立ち、手はず通りに扉を蹴破る。
一拍置いた騒音の後静まり返り、特にコレといったトラップも発動しなかったため、警戒を残しつつも蹴破った扉から侵入。
――場は、濃密を通り越し、空気の代わりに赤い固まりかけの液体が漂ってんじゃないかと、下らない迷妄が浮かぶくらいには陰惨としていた。
安い机やボロい椅子はゴミのように砕かれ、所々に散らかる毛布は夜闇に紛れるような赤黒で塗りたくられ――"そういうコト"に馴れている奴でも吐き気をもよおすような、笑顔の対極に位置する形相を浮かべ散らかる、かつては笑顔が自然だった成れの果て。中には顔の判別すらできないモノもちらほらと。あちらで上半身と下半身が別れているのは、院長だろうか。
それに、それらに。
少しだけ忘我。
一瞬にも満たない、気の迷い。
死体は両手の指では足りない数。
内訳孤児が多数、襲撃者と思わしき死体と、元十三部隊の部下の死体が数名。
少なくとも、ラフな服装から判別できる部下の死体の数は双子姉から聞いた人数から、アスカを除いた数と一致する。
まとめれば、アスカやガキに同行したという部下共は、孤児共々皆殺しにされていた。
「……お、っ前」
蹴飛ばした扉のすぐ横、負傷したように片膝き、荒い息を吐きながら意味をなさないつぶやきを発するアスカ。
その後ろでは、ピクリとも動かぬアリューシャ。
そしてアリューシャを抱え床にへたり、浴びた鮮血を拭いもせず自失している……リリアの姿。
そして、
「――遅かっだジャナ゛いガ、ラディル=アッじュ」
濁った声、ぎらつく視線、赤黒い粘着質を大量に浴びた獣毛。
その主に、血を浴びたケダモノに向き直る。
――観察、所作、呼吸、特徴的になまり濁った声、ヴァルカとは較べるまでもなく浅い疑餌……差異はあるが、照合完了。
――間違いない。
「なんだ、生きてたのか――イルド」
境遇が同じという、旧知の身内に該当するライカンスロゥプは、笑みに近い形に狼面を歪ませた。
「遅いゼいで、みんな、みナミナ殺ジだぁ……!」
「間違うな。テメェらが仕掛けてきて殺したんだよ、お互いな。犬面」
実際、お互いの手勢はほぼ全滅している。
相変わらずの低脳に訂正を返してやると、人よりはケダモノあたりが汲み取れるだろう言語を喚く。その傍ら、
「ふふっ、こんな現場で淡々と返すなんて、冷酷ね。流石は元暗殺者さん、かしら」
闇に乗じた女が、甘ったるい艶がかった声で嘲る。
外に漏れていた罵声の主と判別がし難いが、同一だろう。
破砕された壁や窓、隙間からの月明かりがあたらない場所に居るが、夜目に熟れた俺には外見的詳細が見えた。
艶のある長い髪に、紅を付着させ雄を誘うような唇。妖艶と断言できる白い肌と嘲りの表情はマッチしているが、人肌とはかけ離れた清潔な白を基調とする十字の法衣が、その主にはひどく似つかわしくないものに見えた。
その外見的特徴は知っている。
対面した覚えはないが、こちらは知識として知っている。
「オリヴィエ=ラフェエル……異端審問部のトップの一人が、何で此処にいる」
僅かに驚き、次いで口紅の端を緩やかに吊り上げるラフェエル――俺の傍らに片膝を突く、アスカ=ラフェエルの、姉。
「あらぁ、審問官が異端を裁く場に居るのは、当然でしょぉう?」
蠍じみた笑みだ。
思考の端でそう感想付け、早急な懸念を感じた方に視点を傾ける。
蠍毒しか持たなん奴に取り組むほど、余裕のある状況じゃない。
「アスカ、おい、大丈夫か」
自分でそう思ってない呼びかけに、返答は無い。
診ると、目は曇り、瞳孔は開き、発汗と痙攣が見られる。朦朧としているが、吐血は現状無し。
侵入個所は不明だが、俺が到着する以前に遅効性の致死毒をくらったか。
「あらぁ、良いのかしら。そんな醜女にかまけて――」
何か不愉快が吐く毒を無視し、魘されるアスカの体温を計測。呼吸の具合、脈……これは、遅効性の――ならば。
確実に数秒消耗する――その確死の隙間を介入されないように、殺気を送りながら。
朦朧とした、瓦解しそうな面。
バンダナだか眼帯だかは無く、女性的な肌と相反する火傷跡は露わになっている。
毒が体をゆっくりと浸食する症状と相俟って、素人が見たら死人と認識するだろう面。その頬に手を添える。
毒が回った痙攣からか寒さからか、痙攣する唇。
「――っんぅ」
その唇に、口をつけ舌を入れ、乾いた口内に唾液を交ぜる。
唖然としている空気を背中に、襲撃を警戒しつつその素振りを見せず、ただ迎撃と作業に意識を傾け。
舌を手繰り、唾液が小さく跳ねる音と、朦朧としながらも粘膜に刺激を受けた女の声だけが、陰惨とした場に木霊する。
「……ふっ、ぇ……はっ…………んんっぅ!」
締めに潤した口内の奥、舌の根元まで、目的のソレを、唾液と一緒くたに流し込む。
「――んんっ!」
喘ぎに似た、場違い極まりなく色っぽいうめきを吐を発しつつ、上手いこと喉仏のない喉を鳴らし、飲み込んだ。
それを音でだけ聞きつつ口を離し、ちらりと残る生存者に目をやる。和解したという双方共が、無反応。
湧き上がる何かを無視しつつ中腰から立ち上がり、"敵"に向きなおる。
流石に意表をつかれたか、能力者と審問官は雁首揃え、暗殺者の気構えとしては落第点は免れないだろう呆け面で、俺と小さく咳きこむアスカを観ていた。
それこそ、こちらが隙を空けつつ迎殺態勢をとっていたのが阿呆らしくなるような。
「悠長に待ってくれてドウモアリガトウ」
完全な棒読みがケダモノなりの琴線に触れたか、それらしい唸りをあげ始める能力者。
対象的な表情を浮かべ、ポピュラーな散弾銃程に小型、黄色と白で細工が施された十字棒を片手に、傍らの能力者を征する審問官。
「特殊嗜好とは聞いていたけれど、内容は違うのかしら? 傷んだ死体のような恋人との、お別れ?」
嘲りに応える舌は無い。代わりに返すのは、理解できていない愚者への嘲笑。
それを見極めるような、口元に浮かべた表情とは正逆な眼差しは継続されている。が、片眉が一瞬痙攣したのを見過ごす俺では無い。
「――うっ、ぅああ……前、なに……る」
呂律が回らぬ酔っ払いのようなうめきが、衝突のキッカケを逸した異常な場に響く。
遅効致死毒を受け、まともな声も出せなかったはずのアスカに、審問官は、一瞬だけ顔の筋肉を動かした。
「そう、解毒薬を飲ませたのね」
ああ、丁度俺が食らえば死ぬような毒種だったからな。口ん中に仕込んであった解毒薬が有効だから、使った。
「と、いう事は。その毒はアナタに有効ということになるわね」
まあ当然看破されるだろうよ。
舌戦に付いていけない能力者が、自らの傍らで嘲笑う審問官を睨んだ。
まんま、獲物を掠め取られまいと牽制するケダモノの眼。
「口内に仕込める解毒薬の数なんて、タカが知れているでしょう。まして、同じ種類の解毒薬なんてぇ」
傍らの眼光に気づいているだろう審問官は気にした風もなく、法衣に垂れた艶やかな金髪を空いた手で撫でる。
「――良いのかしらぁ? そんな醜女相手にキスまでして、貴重な対策を捨てて」
奴の発言を聞いていたか、アスカのくぐもったうめきが聞こえた。まだ動ける具合じゃねぇんだから、黙ってろ。
「生憎――テメェとした訳じゃねぇぞ」
薬をキメるのも大概にしとくんだな。と続けると、件の審問官は不可解気に、眉をひそめた。
「この場で醜女に該当するのはテメェだろうが、オリヴィエ=ラフェエル」
正当な評価を下された審問官の表情が消え、飛んできた毒々しい形状の短剣を、防刃グローブの甲で弾く。
殆ど間を置かず、弾丸じみた速さで、キッカケに反応した能力者が迫る。
傍らのアスカを蹴飛ばし、反対方向に跳び――反転。
化身し、ニメートルオーバーの巨体の側面に掠め――爆発じみたブレーキ音、それに巻き込まれ消えいるような銃声。
交錯の刹那、拳銃による発砲は手甲で弾かれた。交錯は一瞬ではなく、絶妙なブレーキを入れられたがために、手を伸ばせば殴れる距離での対峙という形――訂正、対峙は一瞬。
振り抜かれたケダモノの脚がわき腹を射抜き、対衝撃性にも優れたコート越しに骨をへし折り内臓を潰し、うめきを発する間もなく、俺自体を何かの家具に叩きつけた。
――げほ。
審問官の嘲笑と、能力者の哄笑を聞き流しつつ、明滅する視界の中、潰された内臓から溢れた血を、吐血。
――損壊……動作に問題が出るレベル。損壊部、痛覚カット。
脳への信号を局地的に切断。動作は鈍いが、痛覚で行動阻害されることはない。
「――へぇ?」
「ぞウ、コなぐちゃあな゛あ!」
本棚らしき残骸からあっさり立ち上がった俺を見、牙を剥き出し真っ直ぐ、悠々と進んでくるケダモノ。当然、数十名に渡る孤児と俺の部下たちのなれの果てを敢えて踏みにじりながらの、死の
行進。
人の骨が踏み抜かれ肉が潰れ飛び散る音、赤い飛沫がケダモノを朱に染め、凄絶な表情を助長する。歪んだ口元、喜悦と――憎悪に、ぎらついた目。
それを見て、靄がかり麻痺したような思考で、共に戦い共に飯を食い共に助け合い――共に殺し合った旧知に、こう思った。
――だからテメェは三流なんだよ。
「――フェリ、タロにアキラは、特に喧しかった」
――?
敵でもガキでもアスカでも、孤児院周辺に伏せさせた双子たちでもない。自分の口から滑った言葉に、歩を進める能力者以上に、自分で不思議に思う。何故、こんな状況で、いやこんな状況だからかとも思いながら、
「アイナとハルは不快なママゴトをやれと駄々をこねるし、ウルは飴玉やらねぇと泣き止まない」
嘲笑を浮かべ何かを口にしかけた能力者より早く、俺の口は無断で動く。
「マオは人の髪を引っ張りやがるし、イールなんてよじ登ってきやがる」
それをどう受け取ったか。
能力者は、己の間合いの一足外から脚を止めた。
「一番タチ悪いのはテオだ。事ある毎にケンカふっかけてくるわ、窓を割った上に修理を俺に押し付けるわ」
――わかってんのか、テメェが袋に詰めて寄越した奴だよ。
能力者の顔が裂けるように引きつる。言うまでもなく、嘲笑の形。
「ガキをコろ゛したコどを、怒っデいるのガ?」
貴様も、さんざやってきた事なのに。
互いに間合いの外、というだけの至近。極限まで尖れていく緊張感の中、余白のような問答の言外に込められた棘に、
「ったりめーだ」
吐き捨てるように、即答。
「まだ、顔面に泥水ぶん投げられた分、殴ってないんだぞ」
どうしてくれる。
「……ゴの世に言い残ズ言葉は、ゾれだけガ?」
「俺が言うべき台詞を、覚えたてた言葉で先にほざいてんじゃねえよ、糞犬」
――相変わらず、犬呼ばわりでキレる三流暗殺者は、持ち前の身体能力で以て数万分の一秒で間合いを詰め――
「――っ?!」
――割れた窓方角から響いた発砲音、というより爆音に近いソレに対応し、体勢を崩す。
窓の向こう、外に張らせた狙撃手の砲撃。受け止め防いだ能力者の手甲がへしゃげる、歪な鈍い音。
間髪いれず、隙のできた首に刀を振り――
「――加護よ」
毛先寸前、審問官の声と同時、不可視のナニカに遮られ、殺靭は停止した。
さながら寸止めしたような絵面。詳細不明な現象は――神術か。
視界の端に十字棒を掲げ祈るような似合わない構えを取る審問官を認識し、余った手で牽制を発砲しつつ即座に跳び下がる。
直撃しているというに着弾した様子がないケダモノも同様。
「――ンな便利なもの゛がアるなら、」
「やぁよ、疲れるもの」
跳び下がった先で能力者が歯をむき出したまま、審問官を睨んだ。
冗談よぉと食えない表情が返される。
連携の稚拙さが窺えるやり取り。
しかしさて、不確定要素が増えた。神術――超常のチカラを打倒する神器・聖杯のかけらを用いたという、異端審問官の使う対異能の力。
異能を殺す事に特化している事以外、神術の詳細は秘匿とされているが――物理的防御までできるとは。
それとも最高位の特権か。あたりをつけながら抜刀を鞘に納め、
「……トニー、ティト、アラキ、ファルト、トリス」
名前の羅列。屍と化した部下たちの名前。
我ながら朗々と淡々とのっぺらと、自然と勝手に語られた名前。
「始末書、陰口、借金の間借り……それぞれ、借りを返却させてねぇ」
この場にきて、見えざるものに当てられたか、喋る気もない事を意図せず口にしてしまっている。
「リリアとアリューシャが、面倒なことになった」
……俺も、この三流殺人者にどうこう言えないかもしれない。
だからどうという事ではないが。
「どうしてくれる」
「アナタ、平然を装ってはいるけれど、全然平静じゃないわねぇ」
女が笑う。異常な場で平常に可笑し気に笑う。それは真正の異常と同義。
「イルド」
「ああ゛?」
「復讐が目的か」
聞くまでもない事を問われた旧知は、狂気に満ちた場に相応しい、どんな言葉より雄弁な目で応えた。
「手引きは糞爺、オズワルテ=ツェペシュか」
――以前、似たようなことしてきた糞爺にゃあ、相応の報復で応えた……それ以来、俺の身内に手を出す阿呆な事はしてこなくなったが……
返事は無い。無駄な口止めしてあるのか、声に出した返事は無い。返事は。
オーケー、理解した。把握したよ、大体。
――結局テメェはただ、俺が憎いだけだ。
あの糞爺から見込まれるほどに。
憎くて妬ましくて憎くて。痛めつけて壊して殺したいだけだ。
だから、殺すだけでは済まないから、不必要にガキを巻き込み惨たらしく殺した。俺にダメージを与えるために。
ンな糞クダラネェ、無益どころか不利にしかならねぇどうしょうもなく阿呆らしく馬鹿馬鹿しい事で――
――もう、いい。
頭の中、孤児や部下たちの死体を見たときに満ちたもの。
その片隅、生存者を――自失しながらも生きてはいたリリアを、浅くも呼吸をしていたアリューシャを、両者を庇うように膝をつくアスカを見かけた時に感じた、差し引きする理性に似たナニカ。
頭の中、体の奥、脳の片隅――どこでもいい、どっかから、そのナニカが、クダケチル音が反響した。
途端。
「――――ッっ!?」
せき止める事を止めた混じりっ気の無い殺意を受けた能力者と審問官が、表相を変えた。
余裕から驚愕に。
狂笑から恐怖に。
構わず、不必要な銃を放り捨てた。無音と化した孤児院に銃が跳ね転がる音の半瞬後、無造作な一歩が木造の床を低く軋ませ、半固形化を始めた血だまりをあさる。
迫力も速力も能力者のそれとは比べるべくもない、内臓を損壊させた虚弱体質者の歩み。
そんなものに、魔物の身体能力を持つ人間は、
「――――ーッグルゥァァ゛ァ゛アアアアアア!!」
狂乱の咆哮をあげた。
傍ら、類似した表情で軽機関銃を取り出した審問官の機先を制す、無意味なあがきに似た不利益しか産まない暴走。
敵が、弾丸のような速さと直線で距離を詰める。
返り血は亡者の呪いか己の血にしか見えない姿は、極限まで追い詰められた獣の様相。
鞘に納めた刀で、強めに床を突く。
数瞬の後に俺の頭を飛ばす筈であった巨大な爪は、突如として跳ね上がった死体によって妨げられた。
――双子姉妹能力者の死体遠隔操作の合図と、ただ鞘が床を突いた音それだけに威勢を削がれた能力者は、気づいただろうか。
審問官の射撃は能力者の体それ自体で遮られ、能力者の特攻は最後の伏兵によって役目を果たせず――ただ、間合いの内で数拍の膠着をさらす。
必殺の間合いで、行動はほぼ同時。
構えは居合い、その模倣。
能力者の領域まで己を高めるサムライのそれとは比べるのもおこがましい、業も力も無く、速さだけに焦点を搾った紛い物の抜刀術。
能力者はそれを見届け、ひしゃげてはいるがまだ機能は果たせるだろう手甲で受ける構えを取った。審問官の不可視防壁を考えれば、過剰で不要で、無駄な行動。
それを淡々と見据えながら、馴染んだ動作で鍔を弾き、抜刀。
鞘の中をはしる反りのある刀身は、半ばからへし折れ短くなったもの。リーチを犠牲に、鞘ばしりから刀身が現れる時間が短縮される。
――ただ、速さのみを限界まで追求しただけの、居合いもどき。
イルドは、見えたろうか。
――振り抜いた刃は白刃でなく、鮮血のそれとは異なる紅に染まっていたことに。
間に入った加護なるチカラと手甲諸ともに、左脇下から右肩まで、背骨ごと断たれた旧知の殺人鬼は、末を語らない。
死人に口無し。例え死体を操作しようと、それは本来の持ち主が喋っているわけではない。
命あった断末魔のような鮮血が飛沫、上半身の大半部と一緒に、生々しく落下。己が汚した、平常を汚す黒溜まりと混ざり合う。
明確な死体が、俺の身内であったものの成れの果てが一つ増えた。
ただ、それだけ。