彼の居ぬ場におきたコト
何でも、心配だとか面白そうだとか暴れたいとか云う理由で、変態仮面達磨と似非鳥使いの手引きで王国まで潜入したらしい阿呆共への状況説明もそこそこに済ました。
それぞれ、髪型やら服装やら瞳の色やら、ある程度ごまかしが効く変装を施しているが、似合っているかは敢えて何も云うまい。
因みに俺も特徴的な長髪を隠蔽する帽子に、先とは違う紫色のカラコンを付け、何故か着せ替えられていた黒い男物ロングコートを身にまとっている。
準備やら悔恨やらもそこそこに、一応の最重要人であるガキを保護べく、敵の盲点を突くような王城近辺の潜伏地点から足早に出発した。
「それで、あのガキはどうなってんだ」
「一応、尾行は成功。でも捕まえようとすると、すぐ逃げる。だから現状維持がやっとだった」
……そういう事はそこそこ得意だろう元暗部の見解。確保は難しい。つまり、なんかまたワケの解らん能力を使っているということ……か。面倒な。
「というかそもそも、何で副長から逃げたんですかい?」
チンピラ以外に形容しようがない格好の鼻ピアスが、そもそもの疑問を口にする。そしてそれは俺にも同様の疑問なんだがな。
「解らん。余所のガキに構ってたら、なんか走ってった」
「うわ」
何故呻く。何故心なし距離を開くか、お前らも。
「……この、ロリほいめ」
なんだロリほいって。つーか止めろその冷たい目。そういうのは親の仇とか自分を捨てたゲス野郎とかにでも向けるもんだぞ。なんか髪おろして外見年齢底上げしてんだから、余計な迫力も上がってんだよリア。
何やってんだテメェ的視線に曝されながらも人混みに近くなり、大人数だと目立ち易いためそれとなく分散しながら進み、そして別段いざこざも無くたどり着いた郊外付近。
双子の、双子同士が何か引き合うような独特の感性に任せ進むと、
「やほー」
建ち並ぶ住宅の敷居外、手狭な公共の場、これといった特徴がない公園。
昼間はガキ共がひしめき喧しいだろう空間も、時間が時間なため酷く静まり返り、人の気配はほぼない。
そんな中のベンチに腰掛けていた小柄な馬の尻尾ヘアーに、片手を上げて気楽な声をかけるリア。
「……おーっ! 意外と早かたなー」
変装のつもりなのか、いつもと違うポニテ頭の双子姉は、駆け寄ってきた双子の片割れのハイタッチに応じた。
「ってかふくちょーも一緒だし。どーなってんだー?」
俺の姿を確認すると間合いを計るように身構える。
んな警戒せずとも、双子二人揃ってる時に女装の怨みは晴らさねーよ。少なくとも今は。
「どーなってんだはこっちの台詞だ。追っかけてたガキはどした」
「……ムフフ、出会い頭の第一声がそれか?」
「やっぱり気になるのか、な? ななー?」
ウゼェ……からかいしか含んでねぇ双子姉の目も、それとは若干違う底冷えする何かを含んだ双子妹の目もウゼェ。
「ゴタクはいいから、サッサと吐きやがれ。リーはどこだ」
苛立ち混じりに睨みをいれると、双子姉はおどけた風に両手を挙げ、
「やれやれ、これだからふくちょーは。ああはいはい言います言いますよーぅ。リーちんなら、リリぽんと一緒に孤児院に行ったよ」
リリぽん……コイツらがそう呼ぶ対象は、あまり会う事も無いというに馴れ馴れしい呼ばれ方をしてそばかすに苦笑を見せる――って、リリアじゃねぇか!?
あいつマジでリーに遭遇したってェのか?! なんつーか目敏い奴だなオイ!
んでナニ、孤児院?
どうなってんだリリアにどうにかできたってのか、あのガキを?
「えーえェーっ? ドユことなんユア?」
「やー、まあなんていうかサスガだたよー。孤児院のお姉さんの面目躍如かなー。嫉妬でゴネるお子様をしかりなだめなぐさめ、和解して鮮血エンドを回避するなんてなー」
……言っている意味はいまいち解らんがそれは、つまる所、
「……リリアの奴がいざこざをなだめ無事和解した、と。そういうことか」
おーー。と適当な返事を無視し、安堵の息を吐く。
円満なら良いんだが、現場に居なかったという事に釈然としないものは感じる。まあ、ガキ同士で上手くいったんなら良いがよ。
だが、リリアにゃまた貸しができちまったな。完全にケツを拭かせちまった形だ。ああったく、一回何か奢るくらいじゃ駄目だなこれ。
「んで、他の連中も孤児院か」
「おーぅ」
ま、目は必要だろうからな。アスカの奴も一緒ってのは気になるが、コイツの采配だ。それなりに成算があるんだろ。
「――それと、会話の内容から――というよりリーちんの発言を聞いた限りなんだけど」
双子姉の狐じみた眼差しが特有の真剣味を帯び、口調からふざけた色が消え去る。心なしか空気まで冷却したような、独特の気配。
どうやら、真面目な報告をする時、らしいな。
「リーちんはどういうわけか、副長と精神的な繋がりがあるみたい」
…………そらまた頓狂な新説だな。精神的な繋がりだ? テメェら双子じゃあるまいし、俺とリーに何の接点がある、と…………
――――近しい? ――――
脳裏に再生された残滓、リーの姿をしたリーでない何者かの囁きが、俺の悪態を押し込めた。
「前提が間違ってなければ、副長の持つ内面情報や感情を学習し、精神的情緒的成長を早めているのかもしれない」
……んな仮説をテメェに成立させちまう口だったのか、リリアと、あの無口極まる阿呆ガキとの喧嘩は。
で、確か――因子、だったか。俺があの糞爺に植え込まれた、魔人の――リーに関する"ナニカ"。
その因子が仲介してるというなら、或いは……
「有り得なくは、無ぇな。さんざ非常識なモンを見せられてきたし、アイツのあべこべ極まる言動を思い返してみても……矛盾も無ぇ」
どの程度まで読み取れてるのかは解らんが……
「……その仮説が正しければ、あの子と副長は、」
口を挟んできたのは、此方もマジ面の双子妹。
「いや、私たちとは微妙に違う。副長とあの子じゃ、精神面での差異が大きすぎる、か」
かぶりを振るいながら自分で自分の発言を覆す。
考えそのまま口にしているあたり、案外と柄になく狼狽えているのかもしれないと、頭の端で思った。
――情報量、感情面の差異。
確かに、双子というルーツがあるこいつらと違い、俺とリーは完全に赤の他人。さらにいえば大人と子供だ。
経験や知識、思考や感情。そういった俺の内面を、意識的無意識的か知らんが、あの赤子に等しいまっさら幼児が吸収してるとすれば……
「問題だね」
「うん、問題だ」
俺の思考を先読みするように頷き合うのは、当たり前だが話題に着いてこれてない部下連中ではなく、双子姉妹だ。
「うら若い、てか幼い幼児がよりにもよって、この薄汚い副長を基準にして成長するかもしれないなんて、」
「ゆゆしき事態だよ。一種の悲劇や惨劇、いやさ新手の性的虐待と言い換えてもいい」
「訴えれば、ブタバコルートは確定だね」
「出るとこ出られんのが残念だよ」
「……そこまで言うかテメェら」
確かに賛成しかねる事態であるのは同意せざるおえんが、そこまで当たり前のように言われるとイラっとくるぞ。
「あのな、あくまでも仮説だろが。アイツの能力の根本がよく解らんのだから、中途な常識で順序たてた仮説なんぞ、幾らでも超常識の前に砕け散るっつーに」
「と、経験者は語るー」
「のでしたー」
仮説を語った時とは打って変わって戯けた調子で無意味なコンビネーションを見せる双子に、嘆息し――
――シュト――
右斜め上から飛来してきたナイフを、人差し指と中指で受け止め、直前まで殺気を隠蔽していた襲撃者を、見上げる。
――異形の姿は、粘着質な殺意を突き付けながら、隠れる気は無いとばかりに、公園を囲む住宅の一つ、くすんだ紺色の屋根の上に佇んでいた。
異様。沈みかけた夕日を横に浴びるシルエットこそは人間のもの。
腕と脚はそれぞれあるべき場所に二つ並び、頭は一つ。逆三角形で筋肉質で大柄な体躯。
ただし、獣そのものな毛皮で全身ごわごわさせつつ粘着質だろう液体で所々汚れ、犬に似て異なる狼そのままな面を喜悦っぽく歪ませつつ少量の涎と多量の殺気を垂れ流してる姿が、異形と呼ぶことの抵抗を抹殺している。
その異様を同様に見上げたのだろう部下の誰かが、息を呑む音が聞こえた。
「確か――ライカンスロゥプだったか。月の出と同時に、魔物じみた姿と力を得る、辺境の能力者」
周りへの説明も兼ねて問うと、狂気と理性が入り混じる濁った獣目が、笑うように細められた。
魔物にも、二足歩行する狼っぽい姿をした奴は存在する。
だが、魔物に人間のような知能も理性も、濁った狂気も無い。
だから今、屋根の上で笑っているのは――異形の能力者、人の理性と知恵を保ったまま魔物の力を得た、ライカンスロゥプだ。
やおら無造作に、そのライカンスロゥプが、その背後に抱え体躯で隠していたらしい、ずた袋のような物を片手に見せつけ――唐突に投下、てか投擲。
合図や指示を出すまでも無く、爆発物の脅威を知る俺らは、全員が全員、一斉にその場から飛び退いた。
数秒後、懸念は外れたらしく、厭に生々しい音と共に地べたに低反動バウンドするずた袋。
それを見届けたのを満足したように――見覚えのある挙動で、能力者が屋根から屋根へ跳び下がり、遠退いて行く。
…………野郎。
――挙動の一つ一つ、身のこなしや呼吸の使い、眼球の動き方や脚運びに指の所作諸々。
そういった、消しきれない癖よりも原始的だがナノ単位な動作の符合点確認で、観察を重ねた知り合いならほぼ確実に、顔や人格が変わろうと見分ける事ができる。そういう風に仕込まれた。
暗殺者の名残の一つである、度を越した観察眼は、あの能力者がかつての――である事を訴える。
……だがしかし、ならば…………
思考に沈み、厭な汗を浮かべている間に、部下の一人がずた袋に近寄るのが気配で知れた。
地面との接触音と経過から爆発物でないことは判るが、危険が全くないわけではなかった。
だが、制止の声をかけるよりも早く。
嗅ぎなれた鉄の微香が、沈んでいた意識を粟立たせた。
視線を向けると、丁度ずた袋を手にした部下が、僅かに引きつったうめきをこぼしたところ。
そして角度的に見えた。
鉄の臭いの発生源――ずた袋の中から覗く、毛髪の塊――
「――――ッ」
息を止め、不整脈を堪えながら、心臓が口からはみ出る程に急いで歩み寄る。
茫然と振り返る部下を押しのけ、ごまかし用が無い程に死臭がこびり付いたずた袋を捲り――――
「………………っ」
数呼吸分の空白。
ずた袋の中身、死臭を纏う見知った顔の血の通っていない頬に、対刃グローブを外して触れる。
生暖かく、冷たくなり始めた人の肌。
数時間前までは間抜け面を晒していただろう幼すぎな顔は、歪んだ苦悶で固定されていた。
開けっぴろげな瞳孔を閉じてやり、窮屈だろうずた袋から引きずり出す。
……眉をしかめ、ボロ服が裂かれ剥き出しにされた痩せた腹部に刻み込まれたメッセージを見る。
血の出方から、生前に刻まれたものだろうと、冷めた思考で認識。
喉は貪られたように抉られ、腕は怪物に食いちぎられたように二の腕途中から無く、下半身は巨大な何かに衝突し、引き千切れたみたく繋がっていない、人間の肉体としては欠損だらけな全体。
それと比べれば顔の損壊が比較的軽微なのは、判別させるためだろう。
――こいつは、リリアの孤児院の、孤児だ。
無駄にいたぶられた事が窺える身に、羽織っていたコートを被せる。
未成熟もいいところのがりがり体躯は、それだけですっぽりと隠された。
そして訪れる、静まり返った空白。
――――コジインニコイ――――
馴染みのある孤児院の中でも一際糞生意気だったガキに刻み込まれていた赤黒いメッセージを回想しながら、部下の一人を呼ぶ。
手短な返事と駆け寄る音は、間を置くことなく返ってきた。
「任す」
「了解」
亡骸を部下に任せ、俺は俺に視線を集める双子とその他に向き直る。
「ユア」
「うん」
「ガキ共が孤児院に向かったのは、何時だ」
「三十分程前」
双子らしくはないが、暗部らしい簡潔な返答。
想定通り、差ほど前では無い。
ならば最悪、孤児かああなった現場に飛び込んでいるかも知れない。
連中の手口。あのライカンスロゥプが野郎ならば、まず間違いなく私怨と任務を重ねて動いている。
無駄にガキを痛めつけているのが、それを俺にわざわざ判別させたのが、その根拠。
異様に冷え、異常に冴えた頭でそこまで思考し、部下たちを見回す。
見るまでもなくわかる、多様な感情を含む複数。
しかし体勢は皆決まっていた。
待っている。
誰を待っているか、何を待っているか。
わざわざ論ずるまでも無い。不快なものを見せられ、ナメた事をヤラレタのだ。
補足すればそれは、俺が望む衝動と一致する。
拒み否定する要素がない衝動は、望み。
俺の、望み。
あの糞爺が、有効とわかりきっていながら何故今まで冒さなかったか……教えてやる。
「――往くぞ、」
――目を突かれたら目を抉り取り潰し、歯を殴られたら歯を一つ残らずへし折り、殺られたなら、
「皆殺しだ」
――かつて隊長がほざいた持論の復唱が、黄昏時に小さく木霊し、消えた。