余話弐
突発思い付き余剰過去話再び。本編とは全く関係がありません。完全に脇道にそれてます。それでもよろしければ、どうぞ。
こんなもん捲いてられっか、と愛用のマフラーを放り投げるくらいに蒸し暑い。所謂北国に該当するサーガルド王国にしては、夏場の帝国並みに暑かった、とある一日のこと。
俺は、王国騎士団模擬試合所という名の、十三隊の騎士連中が突っ伏しうめき蠢く現場に突っ立っていた。
死屍累々。まさしくその言葉通り、誰一人として足腰たたず――或いはたたせず、難を逃れるまで狸寝入り――満遍なく体のどこかしかの骨をへし折られている。犯人の得物が実剣だったならば、さぞかし凄惨な虐殺現場になっていたろう。
一部隊、不参加者が何人かいると云えど、騎士団の一部隊。
そんな大所帯が、たった一人の規格外相手にこの様だ。まあ言い訳を代弁してやるなら、こいつらの腕前は一級品だ。何人かは一太刀浴びせかけたし。まあ結局一太刀も食らってないが。
少なくとも、俺がこいつらのだれか一人と試合形式でタイマン勝負したら、俺は十秒も保たないと自己申告できる。それくらいの実力はあるだろう。
そんな連中を全員叩きのめしてみせたのは――まあ言うまでもなく、
「――ふはははははっ! なんだなんだその様はアー?」
騎士団の一部隊どころか、王国の全戦力を投入しても打倒不可能な大女。
今現在、無意味にハイテンションな悪人笑いを浮かべる、我らが馬鹿隊長。
さて、常識の範疇の身体能力に抑えて闘ると言っていたが、本当かコレ。常識という言葉を履き違えてんじゃねぇだろうなコイツ。
「さぁてぇエ、後は貴様だけぞ副隊長ォ……」
地べたに転がり呻き声をあげる物言う死体八人程を間に挟んでいるというに、圧力だけで精神やら腰の骨辺りやらが砕け散りそうな勢いだ。眼力や威圧云々の迫力ではない。もっと恐ろしい何かだ。多分。
「どした? 怖じ気づいたか、へなちょこもやしめ」
喧しいわ。
つーか、数秒前までの一対多無双ワンサイドゲーム見せつけられて、ピンピンしてる一の方に突っ込む奴ぁ只の阿呆だぞ。生存本能が存在しないだろうレベルの。
そしてそれ以前に、何故いつもの暴虐的戯れに俺まで犠牲にならにゃぁならん。それに関しては駄目モトでも言うべき言葉がある。
「降参します」
そう、無条件降伏だ。
情けないとか思った奴。ちょっとこの怪物隊長を、何でもいいから罵ってみろ。蛞蝓あたりを放り投げるってのも有りだ。したら俺の判断は間違ってないと理解できるだろうよ。あの世で。
「ほう」
ん……なんだ、予想と違うな。却下とか不許可とか問答無用とかで一蹴されるかと思ったんだが……野郎は、いや野郎では無いのだが野郎は、不気味な表情を浮かべ、俺を見下ろす。
大体、俺が一歩踏んだら惨劇が発生させられるだろう視線。良からぬ――主に俺にとって――ナニかを企んでいるような表情。
「降参、たかが一個人に敗北した部隊の指揮官としての責を執って」
誰が一個人か。お前は、真なるオリハルコン製武器を持つ英雄やら、軍勢をゴミケラみたく扱う竜種族やらでも一個人と呼べるってのか。
というか責任て。負け戦と解りきっている諍いの勝敗――しかも模擬の――で、責任追及の云々ってーのはどうなんだお前。
俺の白い目を、眼中に入れているのかすらはだはだ疑問な無視っぷりで俺を指差す隊長は、
「丸刈り」
…………そう、俺の頭部を指差し、静かに宣いやがった。
…………丸刈り。坊主……ハゲ、スキンヘッド、ハゲ錬金術師、いや最後は違うってかそうじゃなく。それ以上の言葉は不要とばかりの単語と視線と手の動きに、豚と区別がつきにくい暴漢に退路を絶たれた乙女のような心境ってヤツを味あわざるおえない。
「闘いもせずに降伏しようものならば、その無駄に長い白髪を一束ずつ、この己の手で毟りとってくれようぞ」
…………出会ってひと月も経ってないが、一日一日が無意味に濃厚過ぎるため、このデカくなったり小さくなったりな奇天烈馬鹿野郎の特徴や性質は、概ね把握している。
同一のハズなのに、多大な差異と僅かな共通事項がある大と小。
その共通事項の中に、基本馬鹿、故に色々と吸収・学習しやすいというのがあるが……嗚呼、いらん方向性に逞しくなりやがって……!
つか手ぇわきわきさせんなその腹たつ邪笑止めろおおお! そしてテメェが言う丸刈りは丸刈りと違うわ!!
「で、どうするのだ? 闘わず毟られるか、それとも――闘って毟られるかア!」
「どう転んでも毛根を根絶やす気じゃねぇか!?」
思わず地の口調でツッコミざるおえん程に理不尽極まる事を理不尽な怪物が叫ぶ。
そのまま存外に常識的な速さ――肉眼で追えるあたりが常識的――で、自称手加減してるというが大型オークのような迫力でもって大股一歩ずつ、何故かもの言う屍たちを無意味に踏みにじり呻きを断末魔に変えつつ、間合いを詰めてくる。
まさしく、歩行する災害……!
「くっ、」
とりあえず、足元に転がっていた狸寝入りハゲ錬金術師をひっつかみ、
「――は? おいちょっ、」
渾身の火事馬鹿力で持ち上げ、災禍の方へ突き出し、
「――自分の部下を足蹴にするなんて恥を知れハゲシールドォッ!」
「おいコラアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛?!?」
蹴りをいれて放り投げる。つか喧しいぞ、使い捨ての肉壁。
「盾にするのは良いのかァ?!」
「げぼふッ!?!」
無論、サイクロンにタコを放り投げてもせき止められるハズが無く、無造作に振るわれた模擬戦用刃潰し剣に衝突――アクション的に命中とは言い難い――し、醜い断末魔をあげながら吹き飛ぶ、糞の役にもたたん捨て駒、もとい紙盾。
だが、紙ぺらが吹き飛ぶのは予定調和。捨て駒とは、討ち取られること前提で使うものだからな。
「――むっ」
馬鹿隊長が視線を逸らす。それもその筈、野郎の背後で銃声が響いたからだ。
俺が肉壁の影でこっそり投げたのだが、上手いこと空砲が成り立ったらしく、注意を一瞬だけ逸らす事に成功した。
その隙に、
「……この場より逃げようものならば、今すぐ全力で毟る」
剣呑極まる発言による恐怖から、模擬試合場の扉に全力で向かっていた脚が止まる。
……ちっ、この距離じゃあクワレルな。肉壁も……つか腕の筋肉痛めて持ち上げることすら無理。
全身を程よく緊張させながら振り向くと、さっきよりはやや縮まっただろう、呻く死体が間に五人横たわる位置に仁王立ちする、筋骨隆々大女の姿。
「……で、何を要求しているので?」
言外に、何をやれば毛髪の未来が守られるのかと問う。
流石に、理不尽からの逃げ道くらいは用意しているんだろう。という、限りなく願望に近い読みの通り、ヤツは、野獣が可愛く見えるだろう獰猛な笑みをうかべ。
「己に一撃入れてみせよ」
死屍累々を形成した戦闘バカが、戯けたコトを抜かした。
一撃? その一撃を、そこらに転がって狸寝入り決め込む奴らの、誰がくれてやれたんだ。
「――貴様の実力を証明して見せよ」
朗々と続け促す馬鹿野郎。狸寝入りで聞き耳たててる連中の誰かが、僅かにだが愉快気にうめきをもらす。
…………いや、やっぱそういうこと、か? そうなのか? なら、どっからそういう知恵が回ってくんのかね、このデカい方は。
いや、偶然というか単なる思いつきという可能性もなきにあらずだが……まぁ、只の達人レベルにまで"落として"んなら、俺にも目が無いわけじゃない。
「……ふははっ、覚悟は決まったか? 毛根との別れは? 泣き震え許しを請う準備はあァ?!」
…………さて、しくったらマジで毟られるな、あの面は。
ほぼ九割方の観念に嘆息し、
「……一撃入れたら、自分の勝ちなのですね?」
「うむ」
副隊長"らしい"口調で確認すると、肯定はすぐさま返ってきた。
――良し。
コイツは、この手の約束事はあんまり違えない。
つまりこの場合、ここまでお互いの――俺が百歩どころか万歩くらいは譲らされたっつーか強請られた形にせよ――暗黙の合意により、俺がコイツに一撃食らわせれば全て丸く治まる。ダメならば俺の頭が丸くなる。そういう形式だ。
…………しくじる訳にはいかねぇ。髭に続いて頭の毛まで強制脱毛なぞ、許してタマルカ……!
戦意を高揚させ、思考を沈静させ。
意識を感覚を六感を、鋭く、鋭く、鋭く研ぎ澄ませ。
かちん、脳内で何かが切り替わる音。
――対象は規格外。
こちらは丸腰。
殺す気でやっても、どうせ死なない……
――なら――
こちらの殺気に呼応し、対象が獰猛さを深める。
高揚、興奮、喜悦。入り混じった、笑みを突き詰めた歪んだ凄絶な形相。
こちらが感知するまでもなく、拡張した感覚に直接叩きつけられる戦意、圧力、殺気。
無差別に総てを薙払うようなそれらは、特にこちらに突きつけられている。
それは、台風や山火事などの災害に、指向性や悪意を以て狙われるに等しい。そういう脅迫観念にも似たものを抱かせ植え付ける類の空気、眼光、そして威圧。
――それに対して、一歩。無造作に歩を進めた。
対する対象も剣を鷹揚に構え、魔獣か悪鬼の迫力で一歩。
――言葉は不要。
そういう雄叫びが対象から発せられ。
それが、皮切りになった。
――結果からいうと、俺の毛髪は守られ、総ては丸く治まった。
まあ、丸ハゲよりはましだろう。と、へし折られた右腕のギプスを眺めつつ、陰鬱を吐いた。
――因みに、腕の骨を犠牲にした勝利の副産物として、十三隊部下連中の蔑みというか、事務専門の貧弱なところばかり見せてきた故のアレな視線と扱いが緩和されたことは、まあ筋書き通りの余談だな。