三度目は正直なのか仏なのか
昼下がり。真っ青な空には呑気な雲がぽつりぽつりと浮かび、似非鳥使いに頼まれた訳ではないだろうなんかの鳥がさえずる。
見慣れた城下の街中は、喧騒というほど慌ただしくなく、簡素というほど寂れてもいない。
そんなのどかとすら云えるかも知れない街中を乱す、騒乱の火種と云えなくもないとうっすら気付きつつも放置する俺は、それ以上の騒乱の火種を、小火騒ぎに駆けつける治安維持機関の下っ端ばりに必死こいて探していた。
まあ、闇雲に探すのも体力の浪費でしかない。と思いいたったのは、リリアを伴い、荒い疲労の息を吐き出しながら煉瓦造りの高台に登り、所々貧富の差が激しいありきたりな街中を見回した直後のことだ。
完全に見失った以上、闇雲は適切じゃない。いや、言い訳じゃなく。
とりあえず高台から降り、ヌの字の路地裏を抜けた先にある情報屋に向かおうと、リリアと共に足を進め、
「――……新しい……女…………」
影から、微妙に聞き覚えのある声をかけられた。
比喩でも何でもなく、真面目にふざけたことにまさしく影から……
視線を向けると…………影から頭だけ出した、見覚えのある異様な生首狐面が、俺の影に居た。それこそジメジメした所をメインに生息する暗黒テカテカゴッキーニな虫のごとく、イヤガッタ。
ほぼ同じタイミングで振り返ったリリアが、甲高い悲鳴をあげて俺にしがみつく。生憎だが、俺は重度な変態相手の肉壁にはならんぞ。
「…………なにか、失礼なこと……思考……?」
「気のせいだ」
事実を思った事が失礼に該当するワケが無い。よってこの返答は嘘ではない。というかそれ以前に失礼云々と、お前に云われる筋合いは無ぇってぇの。
いやンナことより、丁度良い。コイツの立場的にも看過できん今の状況を伝える。
――それより、あの幼児が居なくなった。と。
生首真正変態仮面という不思議な物体が、不思議そうに首を傾げる。
滑稽な絵面だろ、だからそんなにしがみつくな暑苦しい鬱陶しい。
「…………なぜ?」
「知らん、目下捜索中だ。とにかく、手伝え」
手短に要請し、再び前を向こうとして、抵抗感。
……つーか、いつまで引っ付いてやがるリリア。この変態以外の何者でもない物体は俺の協力者だから、とりあえず害は無ぇんだぞ。多分。
「…………なるほど……そういう…………」
なんだその納得したような声は。変態の分際で、俺が理解しえない事を理解したと云うのか。影に潜って生首さらすド変態の分際で。
苛立ちと罵りを込め、首を殆ど直角に曲げて睨む。溜め息のような音が、視線の先から聞こえた。なんだそれは。
「…………浮気は、生けない……もの」
待て。何か『いけない』の言い方おかしくなかったか?
と言うか、浮気ってなんだ。
浮気ってのはアレだぞ、特定のツレを持った奴が、別のを誑し込む事だ。
俺に特定の女は居ない。他ならぬ馬鹿隊長のブランドがかった横暴やら、ウザったい馬鹿餓鬼共(複数)のせいで。
「………………あの子、も……苦労しそう」
コイツはさっきから何わけのわからんことをほざいていやがるのかね。てか無駄に実感こもってるのは何故だ。『も』て。
「……ま…………アリューシャ探す……先決……」
をを? 珍しく建設的なコトを。流石は餓鬼のクセに玄人(多分)。判断と理解が早くて助かるぜ。それとも三点リーダー愛用者同士、通じるもんでも有ったのかね。
じゃ、と短く呟き。ニュッと影から生やした右手を振動させる――ひょっとして、手を振っているつもりなのか――生首仮面は、リリアに悲鳴をあげさせた事に満足するようなタイミングで生首と生やした手を沈めていき。
「…………女装、お似合い……ぷ」
「――忘れろヤアアア!!」
渾身の雄叫びと共に、全力で振り切った右足は、完全に沈んだ生首を捉えることなく、空を切った。
……畜生、また見られた! 半ば意識の端に追いやっていたコトをををッ!!
通りすがりの黒ぶち猫が濁声に近い鳴き声を発するのと同時、一発だけ、もう既に存在しない生首に向けて、怨念のヤクザ蹴りを放った。
「……郊外だ?」
行きつけの情報屋から、破格でぼったくられた薄汚いぺら情報紙を握り潰し、間を明け。
「…………郊外、だァ?」
「なんで繰り返し言うんですか?」
解らんか、リリアよ。
郊外、つまり、ここ薄汚い倉庫密集地から逆の位置にある、住宅と国民の密集地方面に走っていったと、そういうことだぞクソ野郎。どんだけ離れてると思ってんだ。もう、阿呆餓鬼を探して歩き詰めで下半身引きつり、体は全体的にだるい。息切れもする。
髭の一つもなかなか生えやがらない――生え始めても糞隊長か糞餓鬼共(複数)に揃って剃られる――忌まわしい幼な顔は成長しない癖に、運動関連は老化の勢いに達していると医者か医療錬金術師に診断されたとしても、すんなり納得するぞ。
「……ようは疲れたんですね」
だからガキって嫌いなんだ。オブラートで包む言い方ってもんを知らねえ。知ってはいても、ゆっくりとそのオブラートを剥いで苦渋を与えてくる暗黒双子とかいう生物もいるし。
はあ、と疲れた溜め息を一つ。
「先に行け」
「えっ?」
赤紫の瞳が、大きく見開かれ、公共物である薄黒い外灯の一つに腰を落とす俺を見下ろした。
何だ、その疑問符。もう一人でも平気だろ。道も解らん訳じゃないだろうし。
――追っ手や監視者も居ないようだしよ。
「見つけた場合、引き戻すのが無理なら、足止めなり同行なり頼む。ちと休んだら、俺も向かう」
「そんなに疲れたんですか?」
「ああ。デスクワーク派を舐めるなよ」
「……はあ、まあ、いいですけど」
俺の要請に、僅かばかり不満気に目を伏せるが、了解を見せるリリア。人目のないここならば普通に話せるのが幸いと、俺はさらにいつもの口調で続ける。
「ただし、夕暮れまでに俺ともリーとも合流できなかった場合、すぐに帰れ。孤児院のガキ共が収集つかなくなる」
「……そうですね、わかりました」
少しだけ寂し気に従うリリア。
道理のわかろうとしない阿呆でも、周りを完全に無視できる自己中でもないコイツならば、頷かざるおえんだろう。コイツがいなけりゃ、たちまちあのおんぼろ孤児院は、どっかの第十三部隊に匹敵する混沌と化す。
「悪いな」
今更な上、なんに対してか曖昧な謝罪を口にして、
「今度、何か好きなもんでも奢ってやるよ」
腐れ情報屋のせいで、局地的な木枯らしが吹いてるが、まあこいつに奢るくらいは実際のところやぶさかではない。報酬、といえなくもない、実現し得るかは絶望的と断ずる他ない約束。
一瞬驚き、次いで申し訳なさそうながらも顔を輝かせていくリリアとは、相変わらず相容れない、とぼんやり思考の片隅に抱く、薄汚い俺。
「本当、あの、いいんですか?」
「ああ、気にすんな餓鬼が遠慮することじゃねぇ」
「……約束ですよ!」
そんな俺が口にした虚言を、間違いなく明るみにいるコイツが、気付く道理は無い。明るみから、暗がりは覗けないからな。
限りなくスキップに近い軽やかな足取りでリリアが去っていった後。
苛立ちまぎれごまかしまぎれにぐしゃぐしゃにした、明らかに法外な値段ではたかれた誌面。雑多な文字、重なるようなバツ印の羅列からなる暗号。行き着けだけの特権。
大枚はたいて購入した独特の暗号を解読すると、こう記されている。
――ウラ通リカラ・噴水ヲ抜ケ・倉庫近辺城壁――
――ふー…………
ここ、リリアが去った倉庫密集地の片隅に腰掛けたまま、嘆息をひとつ。
ま、わざわざこれ以上関わらせる事も無いだろうからな、と誰にともない言い訳を小声で口にし、立ち上がる。
疲労は嘘じゃないが、まあ、気張ればなんとかなる。そういうのは――受け入れ難いことに――熟れている。
虚弱体質とは、比喩でもなんでもなく血反吐吐いてた幼少期からの付き合いだ。馴れざるおえん。だかやっぱりダルいものはダルい訳だが……ったく。
――さて、倉庫近辺の城壁付近っつーたら、定期的に見回りがくる上、隠れるような場所も無い為に、ならず者やチンピラなんかは集まり難い場所のハズ……なんだがなあ。
「――動くんじゃねぇぞ、姉ちゃん」
何故、鼻ピアスだの筋骨隆々だのハゲだのグラサンだのと、見るからにガラが悪い上に見覚えもある野郎共に、一斉に拳銃を突き付けられてんだろうな、俺は。
「…………ハァ、オイ」
「手荒な真似はしない……ただ、逃げ出したら命の保証はしない」
有無をいわさぬアリガタイ脅迫に嘆息と疲労と諸々を隠さず、そのまま騎士団用の装飾が施された拳銃を構える集団に、足音をたてながら無造作に歩み寄る。
「……なっ、何無言で近寄って来てんだ?!」
「く、仕方ない、か――」
動揺する中で、それでも正確に得物を構え、微妙に急所を外すような照準。うむ、不慮の目撃者相手には、それでこそだ。間違った対応じゃない。むしろ叩き込んだ対応をしっかり実践してんだから、流石は腕だけは優秀。
脳内優しげヴォイスがそう弁論する。そして現実、
「――俺がわからねえのかこォんのウスラボケ共オォッ!!」
たかが、子供でも判る女装したくらいでテメェらの指揮官を判別できん阿呆共に、一喝。
場が、殺人を目の当たりにした一般人集団のように、凍りつき静まり返る強持てのボンクラ共。
「……副長?」
呆けた集団の中、代表したように一人が――コイツら旧十三隊小規模部隊のリーダーが、間抜けな鼻ピアス付けた面を余計無様にさらした。
……で、なんであの糞ガキを捜して拳骨食らわせにきたら、打ち合わせてもいねェテメェらと遭遇すんだ?
「あ、そう言えばあのガキなら此処に来ましたぜ」
…………んでまさか、テメェらと目が合って、次の瞬間逃げられましたー、とかじゃア無ェだろォなあァ……?
オイコラ顔を背けるな黙り込むな。会話をする時は目を合わせろと、どっかの剛力隊長にアイアンクローキメられながら教わったろうが。
「いえあの、ただ見逃したという訳でもなく、双子と何人か、あとアスカって捕虜も連れてだって追っていきました……ぜ……」
…………無駄骨。徒労と苛立ちが湧く。
つーかなんだ、そのわけわからん状況は。というかまず、何でテメェらが城下街に居る。
例の包囲網を抜けたら、後は臨機応変に撹乱、撤退と命令したハズだが、なんで本拠地に乗り込んでんだお前ら。
……てかそうか双子要るんだー、うふふー、ハヤく逢いたいなー。
――以上、素直にごちゃ混ぜた感情を包み隠さず表情に出して、問うた。
「…………いっ」
「何故腰を抜かす」
別に、お前に殺気あてた訳じゃあるまいし。大柄な強持てのクセに大袈裟なヤラレ役か、お前は。
しかし――はあー……そぉかい、ばったり遭って、追っていったか。そぉかい。あー、マジ無駄骨。
アスカ……あのへたれ女も一緒にってのは引っ掛かるトコだが、ま、あの腹黒双子だ。俺に女装セット送るくらいの、考えあってのコトだろうから大丈夫だろうよ。
と、これ以上肉体的疲労を重ねんでイイ理由をまとめつつ、嘆息。
「――おーい、みんなちょっ、とぉおおお!?」
――丁度その時、無駄に甲高い訊き馴れた声が背後から聞こえたもんだから、足元に転がっていた手のひらサイズの瓦礫片を蹴り上げ手にスライド、腹が黒そうな声のした方に投擲。殆どノーモーションだったから避け難いハズだが――と振り返ると、ミニスカでブリッジし、顔面着弾を回避したらしいハイスペックバカ双子の片割れの姿を認め、舌打つ。ブリッジの向こう側、瓦礫片が壁にブチ当たりちょっと砕けたような音。
てかどーでもイイが、外見と年齢に相応しい、黒を基調とした少女趣味の一般着は兎角、黒い紐パンてお前、ガキが何穿いてんだ。
「――……ぐぼらっ!!」
「じ、ジョージィーイイイイ!!?」
雄叫びじみた声が聞こえる背後で、隠れ幼児趣味が鼻血を噴出させるような水音。ロリコンか腹黒か、どっちにトドメを刺すか真剣に迷ったが、ここはとりあえず怨念に従い、ミニスカ捲れた腹黒に鉄槌を下す。
拳を怒りと憎しみと腹いせを力に握り締め、最速の動作で腹黒に突っ込み、
――そっから、十秒は掛からなかったな。
「――いきなり何すんだこのケダモノふくちょー。リアに欲情したからって、みんな見てるし外だしで、照れるじゃんてへー」
大の字で転がされた俺の真上、マウントポジションとってる糞双子の片割れの妹の方、無駄に頬を紅潮なんかさせとるリアは、いやんいやんと阿呆っぽく首を振るう。
ただしその見下ろしてくる瞳は、上位者特有の愉し気な嗜虐心をたたえている。畜生。何でまた女子供の類に組みしかれにゃならんのだ!
いや、隊長は女と形容するには微妙というかフにおちんというか、生命に対する冒涜やらに該当するんじゃあないかと思う訳だが――って人が現実逃避してる間に紅潮した顔を近づけてくるんじゃ無ぇ!
「……んふふ、ふくちょうってば、かわいっ」
てめぇの倍以上生きた野郎をかわいいとは如何なものだ。議論と裁定の余地があるぞ。
てか人の頬に手を寄せるな、艶のあるようなガキらしからぬちょっと見覚えある類の眼で見下ろすな! てか平常時の猿芝居に見えない気がするんだが気のせいかなあおいガン視してる外野共オオオオ!?
何か、平常から鍛え抜かれた生存本能で身の毛もよだつ危険を感知し、じたばと抵抗する、てかしようとするが、基本的にこいつは元暗部出身者。人を制圧する術をも叩き込まれているのだろう、俺を組みしくやり方は無駄に洗練とされちまっている。
逃亡生活やら街中かけずり回ったりやらで心身共に疲労が溜まっている上、根本的に筋肉不足の貧弱極まりない俺が如何に的確に力を振り絞ろうと、どうにかできるような代物ではなかった。ど畜生。つか外野、見て無ェで助けろやああああ!!
なんかちょっと隊長ん時とはなんかベクトルがズレたような危険を感じるんだよ――って口を尖らせて顔近付けてくるんじゃネエエエエエ!! なんかコレ、アレみたいじゃねぇかコラってか外野共も固唾を呑むな後で絞めェる!!
「…………っ」
息を鼻に吹きかけるな暑苦しい鼻につく! てかちょっと病気を懸念するレベルで顔が赤すぎる阿呆双子妹にやはり平常と違う不自然を覚え、何となく頭突きをキめられる距離だというに、キめるにはばかられた。鼻の先をこのまま接触させるならば辞さないんだが。
「…………っう」
「…………う?」
「………………」
「………………」
三点リーダー連呼ってのは、今の流行りなのかね?
とりあえず、ちと色んな意味でヤバい状態を打破すべく、
「……――ぺっ」
半眼で睨めつけつつ、中途に開いた阿呆の唇の中に、唾を吐いた。
――流石は副長! 俺達にはできない事を平然とやってのける!! そこに痺れる憧れるウ!!
……実際にそんな台詞を外野連中が口走ったか定かではないが、俺の意識はそんなけったいな台詞を耳にしたような気がして、んでリアの阿呆が一瞬硬直して名状し難い表情に変容したのを認めた直後、俺の意識は途絶えた。
次に目覚めた時、日の暮れ方や雲の動きなどに大差が無かったため、差ほど時間は経ってないだろう、が、体が動かなかった。
といっても、どっかの正体不明変態能力者である薄桃頭の仕業によるものではない。物理的に、全身の関節が外されているだけだからな。いや見たわけじゃなく、大体の痛みと感覚からして。
……異常であることに変わりはないな。ついでに通夜のような雰囲気で俺の方向き黙祷する馬鹿野郎共に下す処置も変更はない。
…………で、そのコトに関するコトをツッコミたかったが、わざわざ覚醒した後、痛みを感じさせる為に淡々と、未だかつてない程に淡々とした表情で関節をはめていく双子妹。その、尾が九本ある狐のような雰囲気と単純な痛みと自己防衛本能に呑まれ、聞けず終い。
…………所で、何故に俺の服装が、普通の男物に成り代わっているのかね?
一応は動くようになったがまだ違和感の遺る手で顔に触れ確認したところ、何時もの、当たり前に化粧などない肌触り。
別に、女装が解かれているところは良い。
その事実には諸手を挙げて歓迎する。
だが、脱・女装の工程が俺の頭に残っていないのはどういうことなのか。
「気にしない気にしないー」
胡座をかいて疑問と不可解に首を捻る俺にくっちゃべる口調と表情こそ何時もの陽気を装った調子だが、見下ろす目が獲物をゆっくりといたぶるハンターのような輝きを宿しているような気がするのは、きっと起きがけ寝ぼけ眼の錯覚だろう。と内心の目を逸らす。逸らすっつーたら逸らす。
話題を変えるために頭を捻り、そういえば結局リーの阿呆はどうしたんだと訊いたところ、何故か尋常じゃなく冷たい目で見られた。どした、テメェがその調子なら、そう悪い状況に陥ってるわけでもないだろうに。
「……この、ロリコンめ」
……なあ、その裏人格っぽい声で罵るの止めてくれないか、頼むから。
お前、意外と妙な迫力在るんだから。
俺の視線に何かを感じとったような様子でため息を零す、何か、扇動者"らしくない"双子妹。
「リーちんなら、郊外方面にいる。今、ユアとアスカの姉御、その他と一緒――って、どしたん、ふくちょー?」
………………コウガイだ?
頭の中で木霊する、本日三度目の台詞。
あまりのバカバカしさに、脱臼関係でない脱力が全身を蝕んでいく。
「おーいふくちょー、どしたん? 地べたに突っ伏したりして」
「…………嘘が、真になっちまった」
はえ? と首を傾げるような声を出すリアに、俺は対応する気力も無かった。