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○装日和



 ――美人だ。

 まず、そう思った。

 そう、思っちまった。

 ほつれ一つない滑らかな長い白髪は、僅かに小ぶりな胸の膨らみに垂らし、薄青の紐で結ばれ。黒を基調とした厚手のコート、同色の旅人服に、新たな色を添えている。

 狐目に近い吊り具合の、蒼いカラーコンタクトの細い目は、鋭さと色気を主張しているように見える。

 素肌は、うっすら化粧品で加工しているために、白かった肌は余計に白く、またきめ細かくなっていた。

 白の中で唯一、自己主張するような朱。薄い唇が、蕾開くように、ゆっくりと小さく開き……


「………………ゼッタイニコロシテヤルゾアノクソフタゴ…………」


 ――公共物の噴水の溜まり水に映る自分(テメェ)の姿を見ながら、化粧を施しちまった忌々しい童顔の、感情制御でシャンとした無表情のまま、小さく、呪詛以外の何ものでもない呟きを漏らす。

 斜め後ろでコートの端を掴んでいたリーが、最後に疑問符がついてそうなうめきを洩らした。


 ――せめてもの良心か知らんが、ひらひらのドの字の下に、女物のコートを忍ばせてたからと……タダで済ますと思うなよ……?



 ――追われる身の上、封印していた悪業(じょそう)に身を染めざるおえない者の心境など、知ったことかと云わんばかりの体操な晴れ空の下。

 無断で引っ付くガキを連れ、人混みざわめく路上の、とある露天にて。


「見ない顔だけど、旅人さんかい?」

「ええ」


 人の良さ気なシワが目立つ、露天のおばちゃんの雑談に応じつつ、懐から手持ちの紙幣を取り出し、手渡す。


「毎度ありぃ、で、そっちの子は? 親子には見えないけど……」


 不躾な視線に、ヒトのコートの端を掴んでいたガキが、更に強く端を握り締める。人見知りも大概にしろ。そして離れろ暑苦しい。


「旅仲間、って風にも見えないけど」

旅人協会(ギルド)の依頼で、護衛の対象ですよ」


 いらん詮索をされた時のため、(あらかじ)め用意していた解答(ウソ)を、淀みない高めの演技口調で述べる。その心境を、顔には出していない筈だ。


「ふーん、お仕事かい……はいよ、品物」


 大して興味無さそうに言いながら、紙袋に積めていった品物――あんまり日持ちしない類の食料諸々を手渡しながら、おばちゃんは営業スマイルを深めた。

 その隙間に、聞き取れないくらい囁かな音声を拾う。


 ――ニアッテルジャナイカイ、ダンナ――


……っ、ダマレ情報屋ァ!

 裏の顔を覗かせ、嘲笑う糞婆への殺害衝動を抑えるのは、まあ隊長で馴れた事だったが――やっぱり腹立たしいものは腹立たしい。




 ――反逆者、ラディル=アッシュ。

 人質の幼児を連れたまま、逃亡中。

 追っ手の騎士団を振り切り、森を灼く。

 要人暗殺の疑いアリ。

 騎士団を拐かし、国家機密を敵国である帝国に――


…………以上、恥と男の尊厳と古傷を抉り返して得た、ここ数日で王国中に広まったらしい号外の内容と、噂話の一部。

 まだまだ在る、人相書きに根も葉もあるようなないような、絵にのたくり描いたような罪状。あの、人が良さ気なおばちゃんの皮被った裏の情報屋から受け取った情報やその他諸々……

 賞金こそ掛かっちゃないが、のこのこ人里に赴けば三秒と経たず騒ぎになる広まりッぷり……流石に、女装してこっそり出戻る、なんつー奇天烈極まる噂は無かったが。

……奇天烈極まる状況に身をやつしているのは、積極的に目をそらすところだな。

 しっかし、それはそれとして予測しちゃあいたがよ、見事なまでに言いたい放題だなおい。


 金さえ払えば、後は不問。

 そんな感じの、色んな意味で薄汚いボロ宿の一室にて、幸が減るような溜め息を一つ。手に広げていた号外情報の写し書きを丸めて汚い床に放りつつ、さらに長い溜め息。

 嗚呼、鬱だ。


「――なあおい、えーと、名前なんつったっけ」

「――むぐぅーッ!!」


 気を取り直す事も含め、俺と俺の足に腰を下ろすリーが座椅子代わりにしているソレに声をかけた。

 目と口と体を縛り汚い床に転がした金髪の小僧に問うと、何故か泣きそうなうめき声が返ってくる。

 なんだ、不服そうだな。


「まあ良いや。俺じゃなくガキを狙って刃物突き出してきたんだから、もう座椅子で十分だよな」


 思い返すは十数分前(ついさっき)

 こっそりこの王国に密入国し、情報収集もそこそこに、金色の目をうっすら輝かせ、串焼きやら飴やらを頬張るリー共々、雑踏に紛れていた最中。

 より具体的にいえば、旅人の女性という題目を二重の意味で装うを余儀なくされつつも、何食わぬ顔で殺害衝動を抑えつつ、ナンパしてきた節穴野郎共を穏便かつ速やかに返り討ちにして更生させていた時、棒つき飴と串焼きを同時に口に入れ、頬を膨らませていたリーに、雑踏の中から刃物忍ばせ狙った奴がいたから、こっちも穏便かつこっそりと、カウンターで静かに殴り倒した訳だが。


「ぐ・ううぅうううう……!」


 その、殴り倒され、連行された刺客(ガキ)が、うめきながら芋虫のように暴れようとするが、身ぐるみ剥がれて関節外された挙げ句簀巻きにされてる以上、エビぞり以外にできる事などない。


……しかしまあ、ツッコミ不在のこの空間。何時までもこうして遊ぶのもナンだ。

 播けそうにない手練た密偵は人知れず罠張ってコッソリ暗殺したから人の耳も現状、とりあえずはない。

 まあいいや。と、軽ーく口を縛っていた荒縄を解いてやる。


「ぶはァっ! ――加減って知らないんですか貴方は!」


 なんか、縄の跡が残る口で怒鳴っても、ウケを狙ってるとしか思えねぇぞ、ガキ。


「現在進行形で女装(そんなかっこう)してる貴方に云われる筋合いは無いですよ! というか誰のせいだとッ!?」


 エビぞりのまま、俺とリーにのし掛かられた上でツッコミを吐くという根性を見せるガキに、煮えくり沸いた疑問と諸々。

 最近の刺客ってのは、ツッコミの専門訓練でも受けてるのか?

 あれ、あー……えーと、火傷阿呆女といい。


「……で、異端審問官ってのは、何時から個人の飼い犬に成り下がったんだ?」

「――っ、何を……」


 ――図星か。あの爺……

 潜入した時間は少ない上、不自然な所作も控え目だっからか、気付かれてるとは思わなかったらしい。動揺を隠そうとした声音だ。


「どっかの腐れ隊長のせいでな。異端審問会の動きにゃ、特に注意をはらってんだ」



 ――隊長は、あのデカい姿ならば大型の魔獣だろうが軍勢だろうが竜だろうが、殆ど敵は無い。

 だが、そのデカい姿……異能の力を無力化するコトができる集団、というより宗教組織――異端審問会は、隊長のような意味不明な異能を扱う異能力者全ての、天敵だ。

 王国をバックに、支配国である皇国経由で、連中から暗黙の了解を得ているとは云え、審問部の特性――宗教組織特有の、狂信的に極端な異端排斥精神からすれば、隊長は、いつ暗殺されても不思議は無い。

 異能さえ無力化しちまえば、タダのクソ生意気なチビガキである隊長。暗殺は、容易いだろう。

 暗殺(そういったコト)の手口を知り尽くしている俺が傍に居なけりゃ、だがな。

 そういった背景があるからこそ、審問会の動きにゃ、特に気を配っていた。まさか、審問会のホープをこっそり潜入させるとは、まあ意外と云えば意外と云えなくもない。

 しかし、ちっと名前をいじっただけで潜入とは、舐めてんのかね。


「ところで、アルヴィス=ケィスって安直な名前は、誰が考えたんだ?」

「なっ、何を……」


 ガキそのものな顔を歪ませ、尚もシラを切る襲撃者に、嘆息し――意識して、睨めつける。


「――ネタはあがってんだぞ……異端審問会従執行官、ヴィアス=ケィスト」

「……ひっ」


 まるで、魔物か隊長に遭遇した一般人のように竦む、十三隊の新人として潜入していた、異端審問会の新人。

 しかしそこは、有望株の地力か狂信者の意地か。直ぐに表情を引き締め、草食獣が肉食獣に食われまいと踏ん張るように睨みを返してきた。


「異端者め……!」

「ああ、異端に加担する奴も異端なんだったな」


 なら、異端である隊長を担いでる王国(サーガルド)も、丸々異端なのかね?

 んで、それを黙認し比護下に置く、審問会の本部のある皇国も……?


「ま、ンなどーでもイイ問答をするつもりは無ぇんだよ」


 キツい表情を変えない小僧に薄く笑いかけながら、区切り、表情を変えて見せる。


「それで結局……テメェらは、ホントはダレを始末するつもりで派遣された?」


 小僧(ガキ)の肩が、再び震えた。

 しかし、答えは無い。頑なに真っ直ぐ逸らされない瞳は、狂信者のソレだな。特有の濁りがある。

 狂信、ってのは厄介だ。

 信じてるものの為ならば何がどうあろうと、少なくとも自分の尺度では、裏切る事は無い。

 異端審問会の場合は、女神信仰の異端抹消思考。

 全ての不浄をこのアズラルトから抹消せよさすれば云々とかいう。

 で、不浄は世界(アズラルト)に徒なす異端であり、また、異端を身内とする者もまた異端である。

 詰まるところ、審問官(ハンター)異端(エモノ)に屈してはいけない。ただひたすらに排斥するのみ。

 そういう思想だ。

 ま、話を割る見込みが無いなら無いで、ヤりようはあるさ。


「潜入の目当ては隊長か。それとも、途中で修正されたか」


 返事はない。だが、瞳が微かに揺れる。そのタイミングは……どうやら、後者らしいな。

…………なら、二度めの問いは必要無ェな。


 ――と、なんだ?

 背後というか至近にいたリーが、コートをそこそこの力で引っぱり、


「…………お○っこ」


 蚊のなくような声と、殴りたい程に邪気がない金色の瞳で、便意を主張した。

 ――遺憾なコトに、このボロ宿に便所は無い。

 結果、小僧を放置し、リーを抱え、人混みまばらな箇所を選び、街中を疾走。


 ――よし、ついでに小僧は置いとくか。

 もう要ら無ぇし。


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