スピンオフもどき短編外伝――双子妹決意編
突発的な気の迷いととある御意見を参考にした閃き、握っていた筆とキャラの暴走……いわゆる、本編とは無関係。いつもの主人公以外を視点とした、読まなくともおっけぇな番外編です。それでも宜しければどうぞ。
――城壁は破壊され、建築物は瓦礫の山。弾幕など、在って無いようなもの。
蹂躙は、継続される。
悲鳴と、助けを呼ぶ嘆きと、虚しい抵抗の渇いた音が響き――重低音がそのすべてを塗りつぶすたび、破壊されていく街並み。
心身共に竦み震え、心が折れたように、麻痺したように、何も感じなくなる。
抵抗も対応も逃走も、無駄という確信が、無意識に深く深く植え込まれる。
この存在の――竜の前では。
暗部組織――物心ついた時から、国の暗所に、光の当たらない、人間の薄汚い所ばかりを観てきて、そういう、恐怖感とか麻痺してきている私でも、この様。
わけもわからず建築物が吹き飛ばされ、そこから誰かに抱えられまた飛ばされて叩きつけられた痛みか、根元的な恐怖かで、足腰が立たない。そのどちらかも判別できないくらい、私は、麻痺していた。
どこか、遠くの方から乾いた音が幾つも聞こえた。
瓦礫から生じた埃が鼻につき、咳き込む。
生理現象はこんな時にも起こるのかとどうでもいい事を考えた――瞬間。
瓦礫の中心に鎮座する、それ。
ちょっとした建築物より巨大な体躯と、人間やその他の生物とは根っこが違うような存在感に見合う、爬虫類のように縦に開いた、巨大な金の瞳孔の迫力。ゴツゴツとした武骨なシルエットに、どこか亀を思わせる緩慢な動作。しかし亀を同サイズにしたところで、到底不可能な威厳と威風と、暴力的なまでの存在感を以て――私に向き直った。
――吼。
空気が揺れ、建築物の成れの果てが振動し、それ以外の不可視の概念すら震えるような、人語を解せずとも意気が伝わる明解な――明確な、人間に対する憤怒と殺意。
動かない体に、脆弱な人の体に叩きつけられた、災厄に等しい竜の殺意。
そして振り上げられる、ある程度の伸縮が可能、城壁すら一薙で瓦礫と化す、強大で強靭な前足……
――あぁ、これは死んだな。
更なる諦観と虚無が胸を染める。
――ユア、
麻痺していた恐怖感か何かが心の中でざわめくのを無視し、最早免れえない死を享受すべく、片割れの名を最期に呟きながら、目を閉じた。
…………
……………………
………………………………くしっ、
……あれ、私、くしゃみを……なんで、まだ生きて……?
乾いた発砲音は未だどこかで響き、噴煙は止んでいないと耳鼻が感じとる。
さらに一際大きな炸裂音のようなものがどこか遠くから空気を弾き振動させ、鼓膜を揺する。それに驚いて、反射的に目を開けて。
――薄汚れた、白が見えた。
白。
嫌いな色。
私から、ユアから、全てを奪った者の白。大嫌いな色。
でも、その白は――何故かヒドく、薄汚れていた。
埃か血かで、ところどころ黒ずみ、決して雪のように清潔な純白ではない。
まるで人間のように汚れて痛んで穢れて汚れて色々な色でごちゃ混ぜになって、その上で脱色したような。汚いけれど、綺麗じゃないけれど――でも何か、とても人間らしい色。
何故か、目を離せない、見惚れたように息を止めて、状況も恐怖も忘れて、薄汚れた白から、目が、離せない。
離せないからこそ、観察する。
よくよく見れば、白は髪の毛だった。その、振り向かないままの背中を覆うほどに長く、不自然な格好を隠すように長い、髪。
その髪が、揺れる。風か衝撃か、とにかく髪が横に靡き、持ち主である人間の背中をあらわにする。
――息を飲んでしまう程の、血まみれ。
背中から血が滴り落ち、脇腹あたりからは家とかの補強に使われるねじ曲がった鉄製棒の黒ずんだ先端が突き出ている。
後ろに突き出されている足、原型を留めていないブーツの上、太股あたりは赤でなく白い、骨のような白が見えた。
そんな状態で立って――細身の鞘に入った得物に、手を掛けている。
感じた事のない驚愕と、疑問が沸き、私の息と声を埋葬した。
――何故、立っていられる?
決して、程度としては見慣れない人体損傷ではない。ただし、生きてはいない方のとつく。半身の後ろ姿だけ観てもわかる。
間違いなく、今すぐに腕のたつ医療錬金術師の手に掛からなければ確実に失血死する致命傷。それがどうして立っているのか。ショック死していても全くおかしくない損傷で、何故立てている。
――何故、これだけの傷を負いながら――私の前に――?
どれだけたったかわからないけど、風は止まない。いい加減、立って死んでいるのかもと回らない頭を想像がかすめた時。沈静していた空間に、波紋が生じる。
「――な゛に……してん゛だ……」
――喉の奥が何かで詰まったような、掠れきったガラガラ声が、目の前の半死半生の人間が発したと理解するのに、少し間が空いた。
「ざっ、さと……行ゲ…………」
「…………あ」
振り向かず、続ける。その尋常を超えた声に――常軌を逸した半死半生の放つ迫力に気圧されながら――何故、忘れていたのか――不自然な状況と、恐怖を思い出した。
依然、足腰は立たない。
――依然、竜という名の恐怖は、災害そのままな巨腕を振り上げたまま、薄汚れた人間を境に立て、私の前に存在している。
「――あ……ぅあ…………ぇ」
何が言いたかったのか。何もでない。何も言葉が言えない。
現実に、震える。疑問も理性も無く、ただ脅えて――半死半生の人間の背後で、へたりこんで震えているだけ。或いは泣いているのかもしれない。さっきから視界が霞んできている。それを情けないと思う余裕もなかった。
ただ、恐ろしくて恐くて壊れてしまいそうで、此処から居なくなりたかった。
辛くて怖くてツラくて痛くてコワくてイヤだった。何もかも、イヤな事ばかりだった。
「………………ころして」
渇いた口をついて出た言葉は、果たして極限が産んだその場限りの吐露だったのだろうか。そのくらい、すんなり出た。
――コンナ世界ニイタクナイ――
そんな願望が私の深層心理に有ったとしても、おかしくは無い。
ましてや今、片割れは、双子の姉は、ユアは――居ないのだから。
片割れを欠いた、スキマ。そこからこぼれでたのが、私の――
「……ちッ」
そんな私の吐露に返されたのは、舌打ちだった。
「ごの、糞゛蜥蜴亀を゛止めン゛ので……いっぱいいっばぃなん゛だょ…………」
揺れる小さな肩、靡く汚い白、小刻みに震える足元……それでも、男は……
「――阿゛呆な゛コど、ほざいでるヒマ゛があっだら゛……イげ」
――まだ、そうイジけるにゃテメェはガキ過ぎるだろうが。不快なもん見せようとすんなボケ。
何故か……そんな、声を訊いた気がした。能力使用中、片割れと交信する時のような、頭に響く声。意思を頭で直接受け取るような、そんな反響。
内容としては、ひねくれた言い方、だけど……
それに、私が何か言うより早く。
「……あ゛ー、やっぱ……逃げン゛な」
そのガラガラな声で前言を撤回するのと連動するように、霞んだ視界の先で、三本の爪を立てた竜の巨腕が、微動した。同じく視界の端で、半死半生の男が手元を動かし――居合いの構え、とその瞬間に知識と合致した頭が、かすれた声でそう呟いた。
「――離れダ方が――返って危険ダ」
人間は言う。
その発言の真意を汲み取るより早く。風が収まり、薄汚れた白が、見え隠れしていた致命的な傷口を再び隠蔽した。
そして、
「――ーア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ !!」
――怒轟。
この場にいた誰でも無い第三者が、その怒轟でもって沈静な空間と、
――地竜の、王城の柱よりも巨大な腕を吹き飛ばし、打ち壊した。
肢体の一つを失った竜の叫び声が響く。
肢体の一つを吹き飛ばした女の笑い声が響く。
竜の腕がどこかに落ち、瓦礫が崩れ噴煙が舞う音。ついで、目の前の人間が支えを失ったように崩れ落ちた。
――変化は瞬く間に。
女は――遠目からでも解る。この王国に知らぬ者なんて一人もいない怪物は、異常は、自分の巨体より巨大な巨剣を片手で振り回し――その何倍も巨大な竜を、解体していく。相手の血に染まりながら、人間と同じ、けれども人間以上に赤が濃い血を浴びながら周辺に撒き散らしながらぶちまけながら、どのような武器も銃弾も通用しない竜鱗を、人間の手におえない怪物を、その腕を落とし脚をかち割り胴体を抉り、一方的に蹂躙していく。
――さながら、蟻の四肢を千切り体を潰し笑う幼子のような、拙い残虐さ。
戦闘などではない。タダの、一方的な殺戮。
――西の悪鬼。フォリア=フィリー。
帝国にそう呼ばれ、恐れられる異能力者。異常な能力者。災害、天災と同義とされる力……
成る程、その力を遺憾なく発揮しているところを見ると、確かにこれは異常で、人間じゃない災害を観ている気がしてくる。根幹的な恐怖を煽る、寒気すら一転して起きない災害。
しかし今は、そんな事は関係ないとばかりに、動かなかった下半身を稼働させていた。
ふらつきながら歩くのがやっと。
でも、喉からからになって、焦燥で死ぬ程に急いで、歩き、歩き、進む。
薄汚れた、白。
地に倒れた、竜の解体の、近く。あの傷では、巻き込まれてもそうでなくてもそのまま死んでしまう。
――暗部組織では、死、それはありふれた事。見殺しも謀殺も暗殺も、ごくありふれた事。私も、双子の姉も、例外ではない。他者の死には、自分たちが生き延びるために、見殺しももう、随分馴れてしまった。
――嘲笑。
鉛玉を吐き出す、乾いた音と似通った、笑い。多分、私は今、そんな表情をしている。
――なんで、私は……いつもは馴れた事が、こんなに……今だけは、なんでこんなに嫌なんだろう。なんでこんなに必死なんだろう。
――死んで欲しくない……なんでこんな、普通の人間みたいな感情を…………
自問自答は、危険地帯に進む脚も感情も、止めてはくれなかった。
多分、瞼に焼き付いたあの――薄汚れた、人間らしい白が、無関係ではないとは感じながら――
――それが、私と私の片割れが騎士団第十三部隊に配属されることになった、最初の縁。
それが……ある種、十三隊の隊長以上に有名な、十三隊副隊長であるラディル=アッシュとの……繋がり。
それを半分以上忘れられていたと知った時は――あの時、眼球がはみ出る程の衝撃を脳に受けたショックか、そも大怪我を推して無茶をしたのが原因かは分からないが――正直、キツかった。
しかしそれがキッカケで、気付いた気持ちある。けれど様々な要因で埋めてやっぱり気付かないふりをした気持ちがある。
それは、私が私の片割れと一緒に彼が副隊長を勤める十三隊へ配属されて……段々と、覆しようが、隠しようがないくらいの確信をもててきて……段々と、深まっていった想い。
片割れとは、違う。
真剣で深刻で抗いようがない、想い。
きっと、報われない想い。
彼は、必要とされているから。
無邪気な少女。
まだやんちゃで幼い、無垢な女の子。私や片割れのように、薄汚れてはいない、少女。
数少ない、"友達"の少女。
けれども強大で異常な力を宿す少女。
少女には――フォリア=フィリーには。
彼が、ラディル=アッシュが必要だ。
だから、半ば諦めた。
友達のため、一回り以上の歳の差、相手にされていない……言い訳のような、諦観。
片割れに諭されても、それは変わらなかった。
少なくとも、そうなろうと努めた。
だから、結局理解してくれた、私とは分岐した片割れと一緒に、冗談めかして彼をからかう。
騒ぎ立てて、誤魔化すように引っ掻き回す。
そういった事に鈍感であろうとする彼に、気付かれないように。
或いは、気付いて欲しいと心のどこかで想いながら……
――というのが、つい最近までの話だ。
そういう、ユア曰わくじめじめしたのは、他ならぬ彼――否、野郎の所業のせいで。塩ぶっかけられて蛞蝓のように、きれいさっぱり爽快に消えた。後腐れありありだが。
――増やしやがったのだ。あの幼女吸引野郎。
野郎が連れて来た、薄い桃色の髪のと色白の小さな体躯、人間かどうか目を疑う程に可愛い、私や隊長の本来の姿より幼い、女の子。
一目で解った。
観察を重ねて、確信も重ねた。
片割れや周りも満場一致だ。
――この野郎、野郎を必要とする新しい女の子を連れてきやがった。と。
挙げ句、その幼女を放っとけないからと……国を敵に回す、だぁア?
そうか。
そこまで奔放か。
そこまでヤりたい放題か。そこまで見向きもしないのか……
解ったよ、イイだろう。
――上等だ。
ならば、こっちも遠慮はしない。
「――なあお前、ひょっとしてアイツに……その、」
微妙に目をそらしながら、馴れてないように顔を赤らめそう聞いてきたのは、洗脳――もとい、説得対象。
アイツ――副長に対する誤解の弁明をしてる最中、少しだけ熱が入ったのを感知されたらしい。
相変わらず、バカな癖に感性の鋭いヘタレツンデレだなぁ。
しかし、もう既に腹をくくりつけ開き直っていた私は、躊躇なく、何時もの無邪気装った笑顔で武装し、一応の懸念対象へ、釘さしも含め。
「――うん、いつかぜってぇリアのもんにするのだよー」
数日前の私とは一変した応えを口にした。
その時の、間のぬけたアスカの姉御とシンクロした片割れ――ユアの顔は、割と見物で笑えた。
所詮、人の心なんてどうとでも転がり転がるものなのだよ。アスカの姉御、ユア。
――根っこを除いて変容してしまった心境。
友達への遠慮?
歳の差? え、ナニソレ、喰えるの?
関係ない。吹っ切れてブチ切れた私を止めるに到らない。
振り向いていないなら、あの貧弱な体ぶん殴って押し倒してでも……いやん。
と、腕をひねり腰をくねらせていると、片割れとヘタレツンデレから白い目で見られた。
けど気にしない気にしない。全部あの野郎のせいだから、精々責任とらせてやる。
開き直り、逆ギレ?
知るか。
――唯、もう私という個人の、深い深いところに住まう私が、延々と囁き続けている。
――ラディル=アッシュ――ぜってぇ、私のモノにしてやる……と。
つい、筆が進んで投稿した。今は公開している……くだらない駄洒落はさておき、本編は放置した番外編。如何でしたか。主人公以外の、主人公が絡んでいるストーリー……というか奴のせいで、そろそろ新たなカテゴリを加えなければならないような気がしてきました。次回こそは、本編を投下したいところです。