逃走と潜伏はご計画的に
「え、ええちょっ、なー君そんな、」
間抜けな声でうろたえている最中にも、なー君と呼ばれた人間に数倍する図体のデカ鳥は、黄土とくすんだ白、八・二くらいの色合いをした翼を淡々と無感動に広げ、ブァッさんッッばァッさんッ。威圧感溢れる羽ばたきの音。
扇いだ翼の風圧で空気と辺りの木々が軋み、俺の前髪がデコを流れ真後ろに張り付き、体重の軽い癖にやたらと分厚い防寒着を着込んだガキ二人が悲鳴をあげながらよろめきバランスを崩し、
「――わっ、わっ!?」
「……にぃっ…………っ」
根のしっかりしてそうな木を背に立っていた俺に、しがみついた。
その間に、けたたましい怪鳥音をあげ、飛翔。
翼を翻し――若干曇った青空のどこかへ、颯爽と飛び去っていったのを見送り、上に傾けていた視線を、平時のそれよか下に落とす。
「……で?」
冷然と語り掛けた俺に、お使いに渡された金をパクられたようなガキが如き顔で、年齢不詳の野生児が、女みたいに白い頬を掻きながら、俺の方を向く。が、頑なに目は合わせない。
「…………つ、疲れたから帰るって――イたたたたたたた副長副長ぎぶ、ぎぶぅう!!」
女と見紛う程に肌白くガリガリで某双子並みの低身長、それに相まった、野生児という辞書の項目に新たな例文を足さなきゃならんような小動物じみた雰囲気と外見でさらにへたれた事を語る阿呆野生児の、ミソが入っているか首を傾げざるおえん頭を拳骨で挟み、渾身の力を込めて押し付け痛めつける。
ついでに何故か、もう片方のガキもぐちゃぐちゃに乱れまくった長い薄桃髪を自力で直しも――或いは直せも――せず、鳥から見放された鳥のお友達の腹部に、腰のはいってないへなちょこ打撃を与えていた。どうでもいいが。
「阿呆たれ。あんだけ無駄に目立つ着陸決めて合流した挙げ句、足を無くすとはこの阿呆ガキ」
こっちにゃ馬一つしかねぇってのに、無駄な荷物が増えたじゃねぇか。
「うわあぁん! 二度もアホ呼ばわりされたしなんかスゴいよくじつのない声が逆にコワいい!?」
「それを云うなら抑揚だ馬鹿野郎」
「てゆうかなんでリーちゃんまで殴ってくるの?! 全然痛くないけど――」
「うー、うー……っ!」
痛みのあまり余裕がないのか、俺の訂正に耳を貸さんノラガキ。
もう一方のガキは唸り声をあげながら、前方で阿呆野生児を見上げ睨んでいるような角度だと認識する。
「……な、なんかちょっと副長よりコワっ」
どうにも、俺からは見えない角度でガンつけられてるらしく、不可解な感想をこぼすノラガキ。
ついでに、どこか遠くに聞こえる鳥共の囀る呑気な音。
……なんか色々と面倒になり、ガキを解放し、馬の方に向かう――え、ちょま、まって副長なんかこの子とふたりにしなあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?――さて、疲労は抜けてるだろうか。あの馬。
――馬にコレといった問題は無かった為、どういう訳か鳩尾を押さえ悶絶していたガキと、無駄に長いがためにほつれまくった髪を必死こいて直そうとしていたガキ二人を前後に挟み、マフラー越しでも若干冷える、寒風吹きすさぶ馬上。
蹄鉄が湿った大地を叩く、軽快かつリズミカルな音と、馬の首辺りを撫でたり叩いたり移ろう景色に頭を回したりしながらうーだのあーだの唸るガキの甘ったるい声を耳にしながらの道中。
「で、結局首尾はどうなったんだ」
「……うぇぅ?」
……お前じゃねェよ、リー。大人しく馬の毛でも弄くってろ。
「あ、うん……上手くいってた――と、思う」
「報告は、はっきり言え」
「うー……んでもさぁ、銃撃が激しくてさ。確認しにくかったんだよぅ……」
さて、コイツには最初の奇襲の後、余った爆弾で他の部隊に爆撃をかけ、進軍を遅れさせるように命じた筈だが――
「んなもんで――」
――いや待て。どの部隊かまでは――まさか。
「いや、お前どの部隊を相手にしてた?」
「……あれ、あの貴族で、緑色で髪が長い――」
「ああシューナの部隊かよ……」
なら仕方無ェ。アイツの第三部隊は副長がキレ者だし、部隊そのものの練度も指揮も図抜けてるからな。
「って事は、作戦の成否よく分からんてことかよ……ったく」
「…………なあ、副長」
「なんだ」
「うぃ……?」
背後のガキに答えてやると、何故か再び前方のガキが振り向き、口を丸めてでかい金眼の上目使い。
いや、お前じゃねぇから。その辺の景色でも眺めてろ。
「……おれ、役立たず、だった?」
「……ああ?」
精神的な安定感に欠ける声音で告げるノラガキ。
何を言い出すのやら。
「ちょっとうまくいったと思ったのに……なー君帰っちゃうし。馬の、荷物になってるし」
独白まがいの発言を半分聞き流しながら、緩いカーブにさしかかった道筋に合わせ、馬を誘導。ついでに前に座るガキがバランスを崩しかけたのを見て、修正してやる。
いちいち危ない奴め。
「足手まといは……だめなんだよな……? だから、……なんもいってくんないんだよな…………」
いい加減にウザくなってきて、嘆息を一つ。背中にしがみつくガキが、露骨に震えた。
――なんだそりゃ。
前の部隊の……豚野郎にでも言われたのかお前?
豚独特の言語を解そうなんぞと、如何にもガキっぽい。適当にスルーしときゃいいものを……んなんだから、性別上は男の癖して某真性変態にヤバい目を向けられるんだよ。ったく。
「――いいんだよ。ガキの内は、足手まといくらいが丁度良いんだ」
「……え?」
「気張り過ぎんな。お前は……あー」
まあなんだ。
確かに逃亡中の分際で、大事な任務を成功させた喜びのあまり、空中から声かけるなんて阿呆な真似をしたが……ガキの癖に、お前くらいしか適任がいねぇ任務自体は、とりあえずこなしてんだからよ。あー言いたくねぇ……だがフォローしとかなきゃ泣くよなこの野生児。
「……概ね、良くやった。お前にしちゃあだがな。それで、ま、差し引きゼロ――だな」
――ぱからぱからぱから――馬の蹄鉄が地面を叩く音と、遠く、なんかの鳥が囀る笛っぽい音のみが耳に響く。
要は、喧しい筈のガキ二人から、音声が消え失せた。
それが、蹄鉄が地面を叩きつける事二十八回。若干に雪の蹟が消え始めた道のりに入り始めた頃合い。
「…………え、へぇ……えへへへへへへへ〜」
熱でもあるんじゃないかと反射的に訝らざるおえない奇声が、背中に押し付けられた。生暖かい。というか、後ろから物理的にしがみつかれている……?
「……おい、何だ。何をする」
走行中の馬上はやたらと冷えるが、テメェ割と重装備だろうが。風邪引かないようにとかで、部隊内の女共のひいきで必要以上に防寒具を着込まされている筈だぞ。
「えへへへへへへへへへへへへへ」
…………ダメだ、応答が無い。
継続される奇声に奇行。だが、馬の走行中にどうこうする事も出来ん。
幼少期から数年程前まで、今は亡き獅子鳥に育てられていたという野生児は、人の温もりとやらに飢えているのか、しがみついて離れない。至福を味わうような間抜けっぽい奇声が、断続的に木霊する。
……つーかなんでどいつもこいつも、ガキは俺に懐きやがるかね……
少なくとも、俺とお前の縁なんて、ちっと気に食わん他部隊の隊長から十三隊に――やや人様に説明し難い手段で――引き抜いただけだってのに。それ以来、無駄に懐きやがる。部隊内ではマスコットもどきとして猫可愛いがられてる癖に。他にゃ割合無口で、あんま懐きゃしねぇ……わけわからん。
「えへえへー、副長ー……えへへ〜」
「…………うー」
ついでに、前方のロリガキまで俺にしがみついてくる始末――ああこら脚を回そうとするんじゃねェ! 落馬なんて洒落にならんだろ――ってか今、どうやって前かがみから後ろ向きに反転した? また訳の解らん力を無駄に使いやがって…………
暑苦しく鬱陶しいが、走行中の馬上でどうこうするわけにもいかず、結局、人の話なんざ聞きゃぁしねぇガキ二人に前後からしがみつかれるという珍妙な体勢のまま、一段落つくまで行く他ないということだった。
畜生。
――――それから、一日経過した明朝。
エセ野生児の口笛一つで飛んできたなー君とやらに頬摺りをしながら再会もどきを喜ぶ哀れなガキを見送り、再びロリガキと二人きりで馬を走らせる事、休憩もいれて数時間。
灯台下暗しの心理も利用した目的地である王国・サーガルドまで後少しといった獣道。目的地も付近な為に逆に目立つであろう馬を手放し、名残惜し気に馬をちらちら見るリーの手を引き、荒れ果てた道なき道を痕跡を可能な限り消しつつ進んだ先、指定したポイント付近に、目的の物は投下されていた。
エセ野生児、ミソラに、別れる時に命じた事。潜入に必要な物資の引き渡しだが、一々危険を犯してまで合流――まして降りる必要は無い。破損するようなもんじゃなければ、こっそり人目に付かない所に落としておけばいいんだからな。ミソラには若干渋られたが。
さて、回収した物資――片手で掴めるサイズで、デフォルメされた犬が、リアルな猫に追い回されるという、二つとないデザインのアップリケが刻まれた(製作・双子妹)紺色のバッグは、その特徴的デザインだけ確認し、先ずこの場を離れ。
そして、移した場所で中身確認した所――
………………はて。
俺が要求したのは、俺とリーの変装用服と、耐衝撃パックにくるむよう言った、小道具諸々の筈。
だのに……何故だ。
「……あー! うぅぅっ!?」
甘ったるい悲鳴をあげながら、涙目で蝶々から逃げ惑うロリガキというレアな光景を端に認めながら、
「…………何故だ」
異様なモノを手で掴み――
もう片方の手で、何度も何度も確認したバッグの中、今し方発見した覚えのない、ピンク色の手紙のようなモノを開け――
『――ハヒフヘハハハハハハハハァ!! バッグの中身は我々、謎の美少女しすたーずが頂いたんだゼ! でも換わりの物資は入れたからだいじょーぶ、副長ならきっとじょそ』
厭になる程に見覚えのある筆記で綴られたメッセージをそこまで目を通し、尋常ならざる領域まで気分を害してくれたぺらい物をグチャグチャに丸めて草木の生い茂った大地に放棄し、蹴りを入れて踏み潰す。
次に、手に持ったソレを――未だ記憶に遺る、封印されていた筈の忌まわしいソレを、最後の抵抗とばかりに広げ、確認。
「――アぁァぁ・んンンのォぉ糞ガァキぃャあああああああアアアアアアアアアッッ!!!」
――胸に渦巻く、どうにもならない憎しみを吐き出すような絶叫。
しかしそんなもんで目の前の現実が変わる程、世界は優しくなどない。
だが、
「――に゛ゃアアアアアアアアアッ!?」
「ゲフォぅお?!」
――だからといって、追い討ちを掛ける事はねぇだろう、エェ女神サマ。
何時の間にやら、おびただしい数の蝶々に追い回されていた糞ガキに飛びつかれ、傾いていく視界の中。信じてもいない、皇国で信仰される唯一女神を、思い付く限りの罵詈雑言で罵倒する。
そして、その間に俺の手から離れた、絶望に値するソレが――
ヒラヒラ舞う、品のある淑女が着るような、無駄に凝ったデザインの黒い大人モノのドレスが、目に映った。
――合流したら、あの糞双子絶対に泣かす。