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敵陣中央に向け、撤退


 ――正面から、ずらっと横一列に並び、んで物量に任せた一斉掃射。

 銃火器という、威力も射程も、それまでとは桁外れな長物が出回ってからというもの、国家間の戦争では間々ある戦術と伝え聞く。

 阿呆でも理解できる程に単純だが、それだけに確実で効果的なのもまた事実。

 正攻法は効果的で広く効率が良いからこそ、正攻法と呼ばれるのだ。

 そんな正攻法相手に、正面勝負じゃ話にならん。まして、銃弾の補給もままならない氷原の直中、銃の矛先付けられてグルッと包囲されてんだ。消耗も避けられん。逃げ道も無い上、網にひっかかったら蜂の巣は免れ無ぇだろう。


 ――だからそこに、奇襲をかけるワケだ。




「――本当に良いの?」


 仮面越しに問う、達磨の姿を回想する。確か俺は、おざなりに回答したはずだ。ああ? とか。


「私ならば、突破口を…………単独で開く事も……可能、なのに」


 解っているさ。そりゃあ銃弾も効かない合成獣共を皆殺しにするような奴だ。多数とは云え、脆弱な人間相手の包囲網を崩すくらいワケ無ぇだろうよ。

 ――だがな。血なまぐさい事を、必要でもないのにガキに押し付けて楽しようなんざ、阿呆らしいだろ。折角頭捻って策を練ったってのに、生かせ無ぇのも寝覚め悪い。誰のために――

 生意気を語るガキ相手に、わざわざ口上を語るのも面倒だから、簡略に答えた。


「ガキが、ナマ謂うな」

「…………」


 何故か仮面越しに、ふっ、と笑われたような気がしたからか、その場面は印象に残っている。


「――あなたは、マグナが……語った通りの……人ね」

「……何だ。何を吹き込まれた」


 ――ちょっと天然入ったアホなガキだが、悪意は無いだろう。

 少なくとも、その昔一緒に居たあのアホは、人を影で乏しめる様な奴ではない。


「……――おれを育ててくれた……シスターと同じくらい尊敬してる。

 素直じゃないし…………善人じゃ、ないけど、根は優しい……子供の味方……って」


 ――唯、悪意が無いだけに尚タチが悪いなんてのは、ままあることだ。




 ――氷原から大した距離も無く、抜けたら街道といった地点。降雪量がそれ程でもなく、街道間近なだけに兵力の起点になっているというそこ。


 包囲網の、全体から見れば極一部とはいえ大多数。

 それに対し、奇襲に使える駒は、貧弱な俺やガキを入れて五名前後。

 相手は、二桁後半であろう事に疑いの余地は無く、また、相手には増援も予想できる軍勢。こっちは包囲網の背後を突いているが為に、ココからは手数を増やし様が無い。包囲網を潜った裏道として、怪鳥と仮面達磨を往復させようにも、包囲網完成までそう時間は無い上、発覚の危険性もある。

 結論として、やはり一桁人数による奇襲に踏み切るしかない。


 ――俺の予定通りに。


 繰り返すが単純な数だけ見れば、実に十倍以上の彼我戦力比。しかも相手は、偵察からの情報では正規の騎士部隊。きっちり長銃やら軍馬やら防弾性に優れた騎士鎧やらで武装した集団。奇襲した瞬間に撚り潰されるだろう事は、想像に難しくない。


 ――マトモな手段で戦ったら、な。



 ――なー君だかあー君だか知らんが、そんなけったいな名前を付けられた哀れな怪鳥は、名前に依らず気性が激しく、どう目測しても大人二人以上は乗れるだろう、弾丸やらが当たり易い図体にも関わらず、皇国が誇る竜騎士の飛竜(ワイヴァーン)と比較すれば図体以外全てが劣るという塩梅。オマケに、その無駄に広い背中を只一人許しているのは鳥のお友達能力者のみという始末。銃弾を弾くような頑丈さも再生能力もない、馬鹿みたいに目立つ図体だけの怪鳥。何事も、そう上手く噛み合わんものだ。複数名乗せる事ができたならより便利なんだが、腹黒双子並みの体格しか無い野生児(ガキ)一人に、何を期待できるかね。

 まあ、なんたらとハサミは使いよう、という格言もある。て訳で、なんたらを生かす戦術。

 銃弾が当たらない超上空から、爆弾投下。

 ベタだがベタ故に効果的なのは語るまでもない。竜騎士なんて代物も居ないだろうし、制空権はこっちに有る。

 天敵がいない。戦術が特に生かされる、今回。大多数による包囲陣型に投下される、ハゲ錬金術師特製の催涙性だの煙幕性だの爆風特化だの、なんでもごされの爆弾オンパレード。

 爆撃の轟音と、招じる硝煙。

 それを迎撃しようと銃器を上空に構え、数に任せた弾幕を張る騎士たちの発砲音。しかし低空ならば兎も角、高速飛行しながらの超高空。しかも真上を飛ぶ獲物に、そうそう当たるもんじゃねぇ。爆撃の迎撃にはなんぼか成果を上げるだろうが、防ぎきれるもんじ無え。

 爆風に崩れる陣型、指揮と一緒くたに薄れていく密度。生命を脅かすでなく、五感を通して精神を消耗させる。

 散逸していく包囲の要。

 そして、


「――あーひ、ひぃひゃひゃひゃあひゃひゃひゃ!!」


 その真ん中を駆け回り始める、真性ロリコンの恐ろしく馬鹿デカい寄声。

 連中が『足』に使っていた、銃声程度じゃ動じない訓練くらいはされているだろう軍馬ですら暴れるのも道理。予め耳栓をはめてた俺ですら耳障りと感じる、想像を絶するイカれた爆音とイカれた変態の絶叫じみた笑い声。耳を塞いでる者がちょくちょく目に入る。大丈夫だろうか、鼓膜。


「――あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……!」

「……喧しい」


 俺も混乱に乗じて乱入し、軍馬をぶん盗り、梃子でも離れなかった薄い桃色髪のガキ共々暴れる軍馬にしがみつき固定し、ロデオも真っ青な行為で暴走しつつ、噴煙と爆風入り乱れる場をかき乱してはいるが、何か遠くに聞こえる変態の笑い声という音波兵器に、苛立ちを吐き捨てた。

 背後と上空を突かれ、包囲網の起点となっていた場は、随分に混沌としている。

 さて、何人か顔見知りと目も合ったコトだし。種も蒔いた。軍馬を鎮めてやりながら、手綱を握り――おいリー、頭もっと引っ込めろ。流れ弾が飛んでくんぞ。――あ、ロリコンの奇声が止んだな。

 耳栓越にも聞こえるというふざけた奇声が止んだというコトは、爆撃停止の合図。

 自分の耳栓を外し、


「――何故貴様が此処にいる、ラディル=アッシュ!?」

「くっ、爆撃は――止んだのか?!」

「く、鳥使いより反逆者を優先しろ!」

「ですが、幼女が人質に!」

「そんな事を気にしてる場合では――って誰だ今の?!」

「――何をやっている! 反逆者より上空の敵を討て!!」

「り、了解! 構えー!」

「ま、待て! 今命令したのは誰だ!?」


 おーおー、混乱してる混乱してる。殺傷能力より煙と爆風に特化した爆弾投下された中、内側から味方の声で揺さぶられてんだから、尚更か。計算通り、とかほくそ笑んでも良いな、これは。


「おち、落ち着け貴様ら! 私の命令を――」

「か、各自散会しろ! このままでは爆撃の的だ!!」

「りょ、了解! 各自散会しろオ!!」

「待てぇ! 今のは私の命令ではない!!」


 切羽詰まった怒号が響き渡る。

 指揮官の顔は確認している。確か、第五部隊の隊長、ピーターだったかプーターだったか豚だったか、そんな名前の豚野郎。乞えた豚に類似した見かけに依らず、そう頭の悪くはない隊長の筈だが、如何せん非常時の対応がなって無ぇな。

 指揮官クラスの動揺は下の連中に響くってのに、経験が少ないのがな。ま、内部攪乱される経験なんてそう無いだろうがよ。

 ま、それを差し引いてもロリコンの声真似と変態故のフットワークは地味に使える。どんな取り返しのつかない変態でも、一つくらいは取り柄が有るっつーもんだ。

 犇めく怒号の熱気を背に、ついでにガキを腹に、手綱を片手で操作しつつ、懐から林檎と檸檬の中間みたいな形状をしたハゲ錬金術師特製の煙幕玉を二つ取り出し、ぱからぱからと小気味よく馬を走らせながら、煙幕玉をそれぞれ後方と足下に投げつけた。

 目を閉じていようが滲みるレベルであろうことは身を以て体験している。軍馬と一緒にパクった鞭を振るい、軍馬を一気に加速させた。

 流石は軍馬、速いもんだ。

 まあ、まだこの辺りは積雪も少ないからな。積雪に脚をとられたら当然こうは往かん。怒号を背中に、走り抜ける。

 王国連中の、包囲網方面ではなく――街道方面に。

 さて、最重要目標であろう俺とリーがコッチに――王国方面に逃走したら、どう出るかね?

 意識の散逸、迷いと混乱。利用しない手は無い。

 現在の煙幕と騒乱だけでも、俺とロリコンが逃げる間くらいは稼げるだろう。

 そして、情報が包囲網に行き渡り――意識が俺の方に向かざるおえん筈だ。


……後は、上手い事やっとけよ。








『――奇襲によって生じた混乱は直ぐに治まるもんでなく、そこに追撃(ダメオシ)として、俺が逃げて見せた方向とは逆。

 氷原方向からの、元十三隊(テメェら)による突撃だ。

 指揮を乱し、陣を乱し、銃弾も気力も消耗させても――それでも、数が数だ。馬鹿隊長じゃあるまいし、引っ掻き回す事はできても勝てはしない。

 幾ら騎士団最強と評判の元十三隊でも、一部隊で軍勢に勝てる訳がないんだよ。


 ――騒ぐな。


 前提を間違えんな。

 敵の意図を計り損ねんな。

 そも、敵の目的は何だ。網を敷き、氷原を包囲してまで果たそうとした目的は』


 皆の視線が、俺の傍らに佇む、事の発端に該当するガキに集まるのを見計らう――そう、秘匿の隠蔽。口封じだ。


『んな糞みたいな理由で殺されるわけにゃいかねぇだろ。

 ならこの場を凌ぎ、生き残って、逃げ延びるだけでいい。

 ならそもそも余計に戦わなけりゃ良い。打ち倒すことイコール勝利という訳じゃねぇんだ。

 乱れ消耗した陣を強襲し、其処を通って逃げるだけで良い。


 ――できねぇとはいわせねぇぞ。

 

 テメェら全員、どいつもコイツも、雁首揃えて――全員! 俺より、強いだろうが!!

 俺は弱い! 殺す事と悪知恵働かす事しか出来ん! 腕相撲で十五未満の女で子供に敗北する位に弱エ!! だが、生き汚さなら負けねぇ! 援護だってある!!

 それで以って、敵陣ど真ん中で生き延びて、逃げて餌になってやる!!

 其処を突け! そんでテメェらも逃げろ! 逃げて、そんで目的を果たせ!!

 ――それで、勝利条件達成だ……!』


 乗り易い乗せ易い面々が熱狂をあげる間を空け、咽て咳き込んだ。全く慣れん事をするから――あー、リーよ。大丈夫だから引っ張るな抱きつくな。

…………あ゛ー、喉痛ぇ――


『――という訳で、本隊(ココ)の指揮は任せたぞ。誠一』

 

 声援と絶叫が、同時に響き渡る。

 大丈夫だ誠一、お前はやれば出来る奴だ。多分。









 ――柄にもない戦意高揚の演説を皮切りに行われた、今回の突破作戦。予定通りの撤退から程なく。

 少数ながらも付いてきた追っ手も播き、全力で走らせた馬を休ませる、手持ち無沙汰な昼前。引き剥がしても引き剥がしても謎能力交えて付いてきたガキと、量の少ない雪をかき集め、暇つぶしの雪達磨制作などに勤しんでいた頃、作戦成功の知らせが手筈通り、額面通りに飛行してきた。


「――ふっくちょおおおぅ!! やったんだよ、おれ、やったんだよおぅ!!」


 ――白雲で若干に陰った上空。

 明らかにむせび泣いてると解る声で、初めて――恐らく、俺が十三隊に引っこ抜く以前も含めて――作戦の中核の一つを任された鳥のお友達な単細胞野生児は、高らかに、分かり易く、大多数の敵から逃亡中の身分で、そりゃもうでっかい声変わり前のよく響く声で、絶叫していた。


 ――とりあえず、降りてきたら拳骨だ。

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