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涙と鼻水


「――というか、自分の身分を忘れて無ぇか。一応、お前捕虜だろ」


 寝返るってんならとかく、あんな露骨に反抗期のガキみたいな態度で駆け出して、ほうっとくと思ってたのか?


「……だからといって、あの状況でキレーに脚払いとかねー」

「なかなか出来んことだよねー」


 黙れ双子。

 咳き込み一つ、後ろからの陰口という単語の意味を書き直す必要がある戯れ言を聞き流し、踏み崩された元処女雪の上に、荒縄で簀巻きの状態で転がされ、情けで括られたバンダナ背ける、アスカとかいう馬鹿女を見下ろし。


「で、なんか言いたい事は在るか?」

「…………」


 口を噤んでそっぽ向いてんなよ。拗ねたガキじゃあるまいに。


「お前な、せめてフリでも協力しとく素振り見せとかなきゃよ、始末されるくらいしか道は無いぞ」


 自分でもどうかと思う言い回しをしながら、できる限りの冷たい目で睨んでいると、一瞬、呆けたような小動物じみた目と目が合った。

 しかし、その小動物じみた目は、すぐに何か澱んだモノを孕んだ目に成り代わり、口を開け舌を突き出し、そのまま咬み切るべく顎を閉じ――かけたところを、貫手を突っ込んで止めた。防寒用の分厚い手袋越しに、貫通しない程度の地味な痛みが手のひらと甲にはしる。


「――阿呆な真似してんじゃねぇ」

「……っ」


 驚愕とそれ以外の何かで目を見開く阿呆女に、しゃがみ込んで視線を合わせながら、自殺の妨害なんぞと殺人鬼が平和を語るとか並みに似合わん事をさせた恨みも兼ね、より一層冷たい声音で脅す。


「死んだら死んだで、その死体を有効に扱うから問題は無ぇんだぞ。タダの犬死にだ」

「ぐ……ぅ」


 絶望に唸るような声と共に、口に突っ込んだ貫手の痛みが増す。語るまでもなく、野郎が更に強く歯を食いしばったがためだ。

 それに、てめぇいい加減にしやがれと正当に険悪な悪態が口をつきかけた、瞬間。


「……っぅ」


 ――瞳が潤み、歯が変な風に痙攣し、ぽろりぽろり――

……泣きやがった。


「何故泣く」


 まだ、差ほど酷な事を言ってないが。情報引き出すための拷問をしてるわけでも無いというに……何となく、突っ込んだ手を引っこ抜き、また舌を噛まんように注意しながら、火傷が及んでいない片方の目から涙をこぼし、ガキみたく泣きじゃくるアスカを視た。


「……んで、……なん、で……っく……あたしは、っす、……いつも、いつもこんな失敗ばかり……っ」


 理不尽に嫌々するガキみたくぐずりながら、何かをブツブツと呟くアスカの肩を、朱色の防寒着着た方の双子が労り気に叩いた。


「――アスカね、腕前や技術は文句ないんだけど、任務の失敗が多いんだよ」


 さらに俺の背後に回り、体格的要因から防寒着の袖を引っぱり膝を屈めさせ耳打ちする双子のもう片方。マジな声音での情報掲示に対し、聞こえていると何度か頷く。


「その失敗の仕方は、単純な要領の悪さや不幸な他にどうも人間的で、情に流され易い性質があるみたい。例えば――」


 普段のアレさ加減を帳消しにするように、案件の例を簡潔に並べ立てられる。

 ――つまりは、実力はあるのに妙に要領悪く、根が阿呆で暗部向きじゃない、と。

……なんか……ヴァルカみてぇな感じだな。並べて訊いてると。


「……だから、副長の、アスカを引き込もうという判断。間違ってないと思う」

「そうかい。じゃ、任せても問題は無ぇか?」


 ここでテメェらが出てきたってコトは、出番と自覚しての判断だろ。

 こいつらは――狡猾だからな。


「多分、最後の一押しは副長に任せると思うけど、途中までは任せて」

「ああ任せる、リア」

「ユアはユアだよ」


 訂正の言葉に、振り向かず答える。


「嘘だな」


 マジで話してる時の口調が一っこ小さい。それに袖を引っぱる力の入れ方や角度が僅かに違う。テメェは、双子の妹の方だ。


「……流石、副長だね」


 何がどう流石なのか、今度機会が在ったらじっくり訊いてみたいもんだ。


「じゃ、誠一のフォローやら阿呆の説得やら諸々、任せたぞ」

「おうよ」




 ――さて、定員は最大で五名というスペースの――影潜という、忍術とやらの一種らしい。

 対象の影に潜めて、対象共々こっそり移動できるという特性はいいのだが、潜れる影が生物限定で、しかも影ができるような日の光が無いと駄目というし。他にも色々ごちゃごちゃした制限だか制約だかがあるらしい、何とも微妙な手札なわけだ。

 しかも影の中は、相当な無理をすれば――関節や首の骨を折り畳み、気道確保などをシカトしたやり方ならば、確かに大人(の死体)が五人程詰められる広さで、影だからか光源は一切無い。しかも若干息苦しくもある。閉所恐怖症か暗所恐怖症ならば発狂レベルの微妙なスペース。

 まあ今その微妙なスペースの中に俺らは居るわけだが。

 てか一杯一杯に敷き詰められてるわけだが。

 更にスペースの都合上、防寒着を脱ぐ場所も無く、置いてくる訳にもいかんから、厚着のまんまこんな蒸した鮨詰めを我慢せざるを得んわけだが……


「副長、そっち詰めてくれ。首が曲がる、てか折れる」

「やかましい。俺だってガキ諸とも敷き詰められて暑ッ苦しいんだよ」


 シンプルな後方撹乱作戦を敢行すべく、俺を含めたメンバーを選抜し終えた出発直前。

 示し合わせたみたく覚醒したピンク頭の阿呆ガキに正面から隙間無くしがみつかれる体勢。どっかの仮面達磨のせいで密度が狂ってる上にこれだ。暑苦しくてしょうがない。つーか何でテメェはちょっと摺りついてくんだよ鬱陶しい。


「…………ド畜生」


 忌々し気に吐き捨てたのは俺ではない。部隊内でも真性のアレと謳われる変態の声だ。


「何言った真性ロリータコンプレックス」

「何でもありませんよロリータホイホイ」


 ――この真っ暗な密集地帯、暑さで沸騰しかけたまま顎を正確に狙い打ち抜くのは、少し苦労した。

 ん、野郎の蹴りも脚を掠めたな。ヤんのかテメェ。

 お互いに無言で脚を突き出しながら罵り合い、タダでさえ暑苦しい空間の温度が上昇する。それがさらに頭ん中沸騰させて、悪循環。


「……止めてくんない、ただでさえクソ暑くて狭いのに中で俺挟んで暴れるの止めてくんない?」


 汗だくなハゲの説得空しく、不毛と解りきってる諍いは続き。この忍術とかいう謎能力の主、朔が無言でロリコンの――俺じゃねぇぞ――頸動脈を締め落とすまで、それは続いた。



「――そろそろ…………いい?」


 影から顔だけ出した朔が、小さい確認の声を出す。

 それに、俺にしがみついとるガキと、泡噴いて白目剥いてるらしいロリコン以外が応え、朔が、無造作に半分以上厚着性の達磨体型に相応しい太足を、あげた。


「――喝」


 鋭い気を吐く様な一声と同時に片足が、振り下ろされた瞬間。


 景色が、一変した。


 無明から光眩く、暗所から明るみに出た反動で目が軽く眩み、黒一色から雪の白が目に入り――後ろのつっかえも諸ともに消え去り、後ろ向きに倒れる俺と、俺にしがみついてたリー。

 積雪がクッションになる独特の感覚。防寒着越しに感じる僅かばかりの冷気が、蒸して汗だくになった肌に心地いい。

 ――明らかな影の外。

 転けて仰向けで上を向いた先に、鳥のお友達な馬鹿野郎に呼ばれた、全長ニメートルオーバーの、なー君なる怪鳥の影が目に入った。正真正銘、逆光越しに影しか視認できんかったが、あんなバカデカい鳥は、影潜の"影"移動に利用した怪鳥以外は有り得ねぇ。

 新鮮な空気を噛みながら、身を起こす。

 獣道のみたく人の痕跡がない、四方が枯れ木と積雪におおわれた場所。ほとりからは、流れる川水の音。静かな空間の中、その音だけが耳についた。


 ――無事、王国近隣の小さい川辺まで着たらしい。


 依然代わらぬ仮面達磨と、気絶して雪の上に横たわるロリコン。そして胡座をかくハゲ錬金術師、俺とついでにリーを含めた総勢五名が、この場にいる後方攪乱部隊の全員だ。


「――…………ぅ?」


 ふらふらと生まれたての小動物みたく立ち上がりながら、辺りを探るように見回すリー。

……なんだ?


「どした」

「…………うーっ……」


 ソプラノで唸りながら、リーがとある方向を指差す。小川の方向だ。


「それがどうし――っておい」


 やたら危なっかしい足取りで、のろのろと件の小川の方向に進むガキ。いや敵性の気配も監視の気配も無いから多少の自由行動は良いんだが、んな危なっかし――あ、案の定転けた。


「――…………っぅっー…………っー……!」


 積雪に――氷原地帯からは離れている為に大した積雪じゃないが――顔面から突っ込み、水辺で溺れかけの金槌みたく、ジタバタ手足を動かすガキ。

 流石に観ている分にも哀れを感じて駆け寄り、脇に手を当てて引き剥がしてやった。

 顔に水をぶっかけられた猫のような動作を緩慢にしたように首を振るい、あーだのうーだの意味不明に唸るガキに、片眉をしかめる。


「どした」

「……らー…………うー」


 適当に問うと、うめきながらも再び小川の方を指差すガキ。


「……あっち行きたい、ってか」

「……んっ」


 薄い桃色の髪を揺らし、四度頷きを返す見た目ガキらしいガキ。

 あっち……小川が観たい、とでもいうのか? ガキらしい興味が沸いて……?

…………まあ、特に問題は無いし、良いか。


「――おい、つーわけでちっと行ってくる」

「大分端折ったなおい」


 どうせ聞こえてたんだろが。そこでノビてる真性ロリコンかだらけて仰向けになってる仮面達磨でも眺めてろハゲ。


「……まだ猶予が在るとはいえ、ったくこれだから副長(ロリコン)は」


 だから陰口は本人に聞こえんようにやれよ。物理的なツッコミも距離的に面倒なんでスルーし、また転けられんのも面倒なんでガキの手を引っ掴み、首を傾げるようなうめきを発するガキもスルーし、そのまま小川に歩いていく。

 中途に積もった雪を踏みしめる小気味いい音。

 掴んだガキの手は、二つの手袋越しにしても随分と小さいことが解る。しかし鈍いな、足。



「――……う、…………ひゃう」


 到着したガキは、腰をかがめ脚をつけ、防寒手袋ごと小川に手を突っ込み、驚いたような声をあげながらまた手を離す。水飛沫が舞う。

 それに嘆息しながら、身をかがめてガキの手を取り、


「おい、せめて手袋は外してけ……ほれ」


 濡れた手袋を外してやる。此処はまだそんな寒くないからまだしも、さっきまで居た氷原なら凍ってんぞ。場合によってはな。

 よく分かってなさそうにまばたきしながら俺を見上げるガキにゴーサインを出すと、それは何故か理解出来たのか頷きを返すと、素手で小川の水を叩き飛沫を弾かせ始めるガキ。

 理解できない行動。だが、ガキなんて大概にそんなもんだろう。情緒を育むとか好奇心を刺激させるとかなんとかかんとか、意味不明に見えても子供当人には意味があるとか。数冊の育児本に、似たり寄ったりのニュアンスが記されていた。

 ちっこい方の隊長を調教してきた名残だな。

 まさか、また似たようなケースを体験する事になるとは思わんかったが。

 人生、解らんもんだな。

 柄にもない感慨に耽りながら、辺りに敵性の気配は無いか警戒しながら、桃色の髪が揺れるちっこい背中が小川に落ちんか一応の気を配ってる間に、


「――……ハァハァ、リーたんハァはごぼぁ!?」


 致命的に危険な鼻息を吹きながら近寄ってきた真性幼女性愛者に渾身の裏拳を叩き込み、沈黙させた。

 童女が水と戯れる音と、変態が雪に倒れる音が場を満たした。なんて嫌な場だ。



 やがてガキが、


「――くしっ」


 という地味なくしゃみを零した。丁度いい区切りと判断し、ちっこい肩を軽く叩くと、一筋の鼻水垂らすガキが上目で此方を見上げた。無意味にきらきらとした金色の目を見下ろしながら、とりあえずハンカチで見苦しい鼻を拭いてやる。


「ほれ、鼻吹け」


 ジェスチャー交えて指示を出すと、ガキはそれを理解したのか口で息を吸い、俺の指示通り鼻を吹き――ハンカチと俺の手袋を纏めてぐちゃぐちゃにした。


 鼻水塗れの元黒ハンカチと灰色手袋を水辺で洗い、結局濡れたその二つと、うーうー言いながらタンコブをさするガキの手を引き、ニヤニヤ笑いで此方を見るハゲと、未だ仰向けで転がる仮面達磨と合流。

 あ、ロリコンを忘れてた。ハゲ、回収。

 親指だけでそう示すと、露骨に口元を引きつらせるハゲ。仕方無ぇだろ。俺は非力だし、ガキ二人は危険だし。


「――きた」


 やたら重い足取りでロリコン回収に向かうハゲを見送ってると、仰向けになりだらけてた仮面達磨は、いつの間にか直立し、空を見上げていた。

 その視線を追って見ると――伝書鳩ならぬ伝書怪鳥が、遥か上空を旋回していた。



 ――合図だ。


 素手通しで繋いでいた手に力が入り過ぎたか、ガキが悲し気に呻く。

 適当にガキの頭を撫でてやりながら、ロリコンとハゲが戻るのと、怪鳥が下降してくるのを待つ。


 ――この、少なくともガキにとっては呑気であった一時の数十分後、氷原地帯を取り囲む軍勢は、包囲網の弱点である、背後からの爆撃と強襲を受ける事になる。






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