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人のコトを言えるのか?


 予測も何もできない、できる筈もない明後日の方向からの取引を終え、さて現状をどおするかだが。

 多分にだが念入りというか駄目押しというか、この氷原が方位されてるという見解は、どうにも正解だったらしい。

 それは、とりあえず合成獣(キメラ)の脅威からは脱し、各々は思いのまま、俺は寝入るガキを寝袋にくるみ開放された休息時間を氷原地帯の真ん中で満喫していた時。日も暮れ、吹雪もまばらになってきた時間帯に。這々の体でその網から逃げてきた馬鹿野郎共からの報告でそれは確定した。

 吹雪や積雪、さらに魔物の脅威といった環境からして、張るに困難そうな軍事方位網といっても、実際はそう難しいことじゃない。

 というのもこの氷原地帯は、割と難解な地形しててな。身軽な魔獣でも通行不可能な凍った絶壁とか、遭遇したら殆ど必死確定な氷竜が住まう地域とかの諸々がある。そういった危険極まりない、てか物理的に通行不可能な場所を考慮して、そこを補うように網を張れば良いだけの事だからな。あの腹黒爺なら、造作ないことだろうよ。

 閑話休題(それはさておき)だ。


「――で、なんでテメェも戻って来たんだ、馬鹿野郎?」


 と、真っ黒なゴーグルに黒いフード、黒いマフラーに黒を基調とした防寒着を着た、顔の半分が焼け爛れている部分を隠す黒いバンダナが特徴の、元暗部馬鹿女に白い目を向ける。


「……っ、サラッと自然な口調で馬鹿にして……!」


 なんだ。拳握り締めて痙攣して。

 そんなに馬鹿呼ばわりが嬉しかったのか。Mっ気でもあるのかテメェ。

 てな目で、俺よりは若干小柄な全体的に黒い防寒着の主を見ながら、大袈裟に後退してみせる。


「お前、なんだその目は。なんで徐々に後ずさる?」

「いや、被虐趣味持ちって、面倒臭ぇだろ。色々」

「…………誰の事を言っている……?」


 どういう訳か、素人なら竦みあがる類の殺気を放出し始めた、防寒着まで黒ずくめの被虐趣味。それに鼻で嘲笑って肩をすくめる。


「そこは云わぬが花だろ?」

「お前本当に殺すぞ童顔ロリコン野郎!?」

「誰が童ォ顔だあああああああああ!!」


 呪いの言葉を吐いた糞野郎は、神速の顎先アッパー・カットという鉄槌を受け、醜い悲鳴をあげてもんどりうった。

 ちっ、マフラーで威力が軽減されたか。


「――っつぅぅ……何をする!?」

「ロリコンだのロリコンだのペドフィリアだの! 謂われ無ェ中傷は云われ過ぎて耳が麻痺してるからまだしもだ」


 野次馬共の冷たい視線を背に感じつつ、勢いよく、二度も禁句を吐いた糞野郎を指差した。


「――童顔だけは赦さんぞ!! 其処だけは譲れねぇ!!」


 俺の気迫に気圧されたか、一瞬だけ馬鹿女は身を引くが、直ぐに気を取り直したらしく。


「喧しい! その程度で女の顔を殴るとは何事だ?!」


……なんだそりゃ。お前、本当に暗部構成員か?

 根幹的に疑問が湧くような綺麗言だな。


「顔じゃねぇ、顎だ」

「何が違う!?」


 確かに一部だが、細かいコトを。


「耳をほじくるなそっぽをむくな!」

「あー喧しい、男女は平等でしかるべきだろが!」

「フェミニズムの名言を曲解して使ってんじゃねえ!!」


 あ゛ーマジで細い事ばかり並びたてやがって……


「で、結局なんでこっちに戻って来てんだテメェ」

「話を逸らすなこの野郎!」


 蒸し返すなよ、この野郎。


「ま、どうせ秘密裏に動く暗部だってんで、一般騎士に信用される材料も持ってなかったんだろうが」

「……ッ!!」


 俺の推測に、拳を宙空でわなつかせながら、ゴーグル越しにもわかる、割と血走った形相で俺を見上げ、

「――お前の部下がっ、私が気絶してる間に身分証を持ってったんだろぅが!!」


…………そうなのか?

 そんな意味を込めて、問答を取り巻いていた連中に視線をやると、旧サーガルド暗部構成員の腹黒ガキ三人を除く全員が、揃って朱色と桃色の防寒着を着た腹黒双子を指差していた。

 当の双子に関しては、揃って半笑いでお互いを指差している。麗しき擦り付け合いだなおい。

 まあ犯人を理解し、俺を上目遣いで睨めつける服装のみ真っ黒な女の、思いの外華奢な肩に手を置き。


「まあ、お前が色んな意味で気の毒な奴ということは解った」

「受け入れ難い印象を固めるなこの元凶があッ!!」


 それが命の恩人に吐く言葉か。いや、殺しかけたのも俺だが。


「まあなんだ。ひょっとしたら気付いて無いかも知れんから忠告しといてやるが」

「ああ?」

「お前、戻ってたら殺されてたぞ。お仲間に」


 多分。


「…………は?」

「いや、いくらヘタレの無能で被虐趣味持ちの変態とは云え、一応は暗部構成員だろう」

「私か。私の事を言っているのか?!」

「ついでに、俺ら並みに口が悪い」

「貴様にだけはいわれる筋合い無いぞ!」


 正当な評価を真面目に言ってんのにごねるなよ。カルシウム足りてるか?

 カルシウム足らずを相手すんのも面倒なんで、取り合わず続ける。


「なんの仕掛けも無く、俺がそんな曲がりなりに上玉をトり逃すなんて、有り得ねぇだろ」


 幸か不幸か。

 長い目で見れば俺にも測りかねるが、少なくともこの名も知らぬ馬鹿女にとっては紛れない不幸だろう。

 双子という、死体操りの変態能力者の存在はだ。

 糞爺や暗部連中は云うに及ばず、騎士団の面々ですら、顔見知りの死体爆弾の脅威を警戒してない筈も無い。


「……何が言いたい」


……ギャグやネタを言ってるようには見えん。なら……なんでここまで言って解んねえかね。今は亡き濁声クラスの馬鹿野郎か?


「おい、チョビ髭は居るか」


 こういう対馬鹿説明に役立つ奴の姿を探しながらその他大勢に問うと、間髪いれず不在という返答。未だどこほっつき歩いてやがる、あの野郎。


「――おい、どういう事だと、」

「まま、まーまーアスカの姉御」

「よーするにだなー」


 詰め寄って来た馬鹿女に、詐欺師のような白々しい笑みを浮かべているだろう双子が対応する。


「副長ってば思いの外鈍感、てか淡白なんだから」

「構って欲しいなら隊長かリーちん並みにごり押しじゃないと」


…………そうだよな。テメェらはそういう糞餓鬼共(ヤツラ)だよな。


「はあっ?!」


 間抜けに吹き出したのは俺ではない。何か、いじられキャラとして確立しつつある黒尽くめの馬鹿女である。

 双子の面白半分弄くりは続く。


「てゆうか、死ぬ所を助けてもらったお礼の件はどしたのかなー」

「あんな悩んでたのにー」

「いや、本当に何の話だ?!」


 あー、駄目だ。話が進まん。なんというぐだぐだ。


「…………いつも……こんな……?」

「概ね――っておま……」


 喧騒の最中、有り得ざる方向から聞こえた抑揚ない声に、下を見た。首を下に傾けるとかでなく、視線を正しく直角にだ。

 ソコには……俺の踵辺りの足元には、狐と狸の中間のような仮面の、生首があった。


「…………ん」


 その生首が、一瞬前までは見当たらなかった、埋まっていたと判断するにも納得がいかん箇所から腕を伸ばし…………防寒具を着込む、チョビ髭の見知った顔を、いや生首というわけでなくちゃんと五体満足で生きているだろう人間を、地面から取り出し、俺の足元に転がした。それを観ていた奴がいたのか、ギャーだのや゛ーだのといった、喧しい絶叫が聞こえた。

…………いや、まあ、なんだ。どっからどう突っ込めば良いんだ。


「………………説明を……要求」

「それはこっちの台詞だ、妖怪生首仮面」


 その台詞は、どう考えてもこっちが発するべきだぞ。


「…………いきなり……発砲……された…………」


 テメェといいリーといい、なんでそう小声でゆっくりかつ途切れ途切れにしか喋らねーんだよ。頼むから聞き取る身にもなりやがってください。

 んで何だ。いきなり……八方? いや、発砲か?


「……撃たれたってのか?」


 無言でミリ単位、生首仮面が縦に動いたような気がする。てかそれよか、生首(それ)はどうなってんだ。


「…………あぃ、あむ……しのーび……?」


 オーケー、其処はマトモに説明する気が無ぇ事だけわかった。


「発砲された……って、どういう状況でだ?」

「おまえ……指図…………帰り、歩いてたら……ばん」


…………端的すぎるだろ。

 えーと、なんだ。アレか、俺の指図を受けて……敵の網を探り、その帰りに……ってまさか。


「……テメェ、まさかその状態で……歩いてたのか?」


 生首を指して、歩いてる、ってのもどうかと思うが、どうもこの生首の下か、或いは空間的に繋がってるんじゃないかと睨んでいる所。

 まあどっちにしろ、脇目にゃ生首仮面が垂直移動してるようにしか見えんだろう。


「……ん」


 無機質な視線が揺れ、仮面がミリ単位で微動し、肯定する生首仮面。

 いやそりゃ撃たれるだろう。

 警戒を要する行動中に、そうでなくとも怪しいをなんぼか通り越した怪奇物体を見たら、見なかった事にするか排除しようとするかに決まってんだろが。真面目な奴なら後者だろうかね……哀れな奴だな、スヴェア。同情の眼差しを向けるも、仰向けで白目剥いてる整った髭面は、死んでるかのように微動だにしない。しかも妖怪・変態生首仮面にビビってか、誰も介抱に近寄らねぇ。なら名指しするぞ。


「えーと、じゃあ誠一と、ハゲで良いや。スヴェアを介抱してやれ」

「え゛っ」

「ちょ、なんで俺――って押すなお前らあ!」


 動揺した野郎の声が二つ聞こえるが、黙殺(ヤカマシイ)。変態と直接対峙して対話せざるおえん俺の身にもなれ。

 ややあって、観念したか俺の横を通り、片方は黙々と。片方はブツクサほざきながら。野郎二人が野郎を回収していく。

 その間も、妖怪・変態生首仮面には何の動きも無く、変態的な姿を晒したまんまだった事は、追記すべきと判断する。


「だから、べつにそんな――って、なんだあの生首?!」

「アスカの姉御ー、話をそらそうたってそうはいかないのだよー」

「そだそだー。我々を置いて、どんだけ胸でかくなりやがったー?」

「そらしてって、それどころじゃーっっ、どこ触ってんだあ?!」


……さて、全く関係ないところで(やかま)しい外野は置いといて、そろそろ本筋に戻りたい。


「で、成果は?」

「……数は五百程。南に六、東、西南に二」


 淡々と、玄人特有の湿り気を感じる口調で、敵情偵察の成果を語る。

 変態と云えど、このレベルのやり手だ。しかも作戦の中核に添えねばならん以上、信用せねばなるまい。

……しかし、マトモな道はもう封鎖されてるか。完全包囲も時間の問題……

 ん、あれ?


「……おい、お前の下、そん中何人入れる」


 おいこら変態仮面・ザ・ナマクービ。ちっと考えたら、お前さっき手品紛いにチョビ髭取り出してたよな? なら、人間を運べる空間が生首の下に有るって事じゃねぇか?

 隠密性に優れた、自由に移動できる謎の空間。定員が最大で大人が一人としても、それ、かなり使えるんじゃねぇか?


「…………大人……五人……くらい、なら」

「……まさか、その状態で移動できたりするか?」

「ん」

「先に言えやあ!!」


 めちゃ使えるじゃねぇかア!

 目眩のする発言に、とりあえず諸手下段ツッコミをした。が、振り払われた。


「――……私に、触れて良いのは…………マグナだけ」


 しかもなんか青臭いノロケ聞かされただと?!

 畜生マグナあの馬鹿野郎、手下の教育くらい――



「おいこら、スヴェア……駄目だ。後任せたぞ誠一」

「ええ?! ちょ、物臭は勘弁して……寝るなー!」

「寝たら殺すぞー!」

「――ッっギャィアアアアアアアアア!?!」

「き、きゃりーさん? 流石に股間に踵落としはちょっと――」



「――何?! あの生首仮面が、'あの'サクだというのか!?」

「そだよー」

「なつかしーよねー。あり、でもアスカの姉御ってば、ユアとリアより最近入ったんだっけ?」

「おー、確かそうだよ。もー抜けちったけぃどにー。お互い」

「待て、こっそり其処に私も入ってないか?!」



「……しっかし、寝顔もすげー可愛いんだよな、リーちゃんって」

「……まあ、将来有望そうな顔してるとは思うが」

「副長にしか懐いてないってのがなあ」

「なんでロリコンだってのに、幼児に好かれんだろうなあ」

「――肌なんか真っ白で、頬がさぁ……」

「……おい、ソイツを止めろ。副長に殺される」

「おうよ」




…………無理か。

 対話の最中だというにけたたましく喧しい馬鹿共に、頭痛と共に前言を撤回する。

 三つ子の魂百まで……今更コイツらをマトモに矯正するなんぞというのは、隊長が卵の黄身を崩させず割る事くらいの無理難題。殻の混入の有無とかになると、もう森羅万象レベルの無理だ。

……いや、今はそんな話じゃねぇし。


「……それで、その変態現象で、包囲網をすり抜けられねぇか?」

「むり。めんどい」


 寸分の間もなく、即答でやる気のない感じに拒絶。

 頭ん中で、神経が引きつるような音が聞こえた。

 いやいやいや、流石に何か理由があるだろうと、沸き上がるナニかを鎮めつつ、問う。


「何でだ」

「……たるい」


 おれはローキックをはなった。

 しかし、へんたいものぐさかめんはすがたをけしてしまった!

 謎なフレーズが脳裏に浮かぶ。しかし実際その通りになっている。どこに消えた妖怪。


「まーまー」

「制限があるから仕方ないのだよ、副長ー」


 不可解な台詞を吐きながら、双子が近寄ってくる。


「制限?」

「んー、なんかね、影に潜るのって、本人が移動してないと影も移動できないって――」


 ――影? ああ、だから俺の影になる位置に…………


「待て。影に……潜るだ? そういう能力なのか」


 それ、変態仮面の証言やら行動やらから俺が思い描いてた便利な変態能力とは大事なトコが違うんだが。てか潜り潜伏するだけの能力なら、なんで俺の影にスヴェア共々居たんだよ。どういう事だ。


「サクちん、悪戯っ子だからなー」

「たまにものぐさより優先するんだよー」


…………ああ、だからテメェら親し気なんだな。

 奇妙な笑みを浮かべる双子を白い目で見やり、その双子曰わく俺の影に潜んでいるという変態に呼び掛ける。


「……おいこら変態仮面。出て来いや」

「……変態、ではない……」


 生首仮面が生えてきた。てかいい加減に達磨姿を表せ。首をほぼ真下に傾けてまで、生首と会話せにゃならん俺の身にもなりやがれ。


「……たるぃ」


 こっちまで気だるくなりそうな声音で変態がほざく。

 なあ、そろそろマジで加減無く蹴りいれて良いか?


「なんでわざわざ俺の影に入ってた」

「…………まぬけ面」


 無言で、仮面に蹴りを入れた。命中。分厚いブーツ越しに、木製とは異なる反動が返ってきた。

 変態仮面はと云うと、僅かにズレた仮面を緩慢に修正――いや、口元が開くように暑苦しそうなマフラーごと退けて……嫌な予感が脳裏を刺激し、瞬間的に足を退かしたのと、ほぼ同時。


「――ぺっ」


 唾が、一瞬前まで俺のブーツが有った場所に吐き捨てられた。誰が吐いたなどと、語るまでも無ぇ。

 俺の口元が愉快な角度に引きつったのと、割と近くで聞こえた舌打ちの音を最後に。


「…………」

「…………」

「「……………………」」


 ――痛い程の沈黙が、喧騒という暴君を淘汰し、場を支配した。それは良いが、コイツだ。この妖怪生首唾吐きだ。

 なんでコイツはこんな無意味にガキっぽく反抗的なんだ。

…………ならば仕方ねぇ。気にくわんテをつかう。


「……お前、マグナを主と言ってたよな」

「…………」


 沈黙の場に、俺の声が厭に響きわたる。対する妖怪は、ガン見してるのは解るが、無言を貫く。


「なら、マグナの手下って事か」

「…………めおと」


 めおと……?

 あー、夫婦(めおと)か。あの、双子くらいちっこかったお子様が………………夫婦おおおおおおお!?!


「……嘘」

「…………」


 全く感情も抑揚も無いかと云えばそうでなく、僅かばかり嘲りの色が伺える声に、振り上げた脚を穏便に下ろすのに、多大な労力を費やした。

 抑えろ。抑えろ俺。ここでど突いたら、また振り出しだ。面倒だろう、そういうの。


「…………でも……いずれそうなる……そうする」


 ――小さくとも女は女……何故かそんな言葉を思い出した。

 マセガキってのは、割と病原菌みたく流行してんのかね。

 しかし、確信だな。


「て事はおい。お前、あいつをモノにしてぇんだな?」


 生首仮面が、未だかつて無い程に、首を上下させた。肯定。


「ところであいつ義理堅ぇ、っつーか今時絶滅危惧種レベルのお人好しだろ」

「……」


 沈黙。否定も肯定も無い、沈黙だ。だがこの場面での沈黙は、肯定と見なすぜ。その辺もやはり変わって無ぇらしいな。


「――その昔、俺はあいつの世話をしていた時期がある。俺は言わば、あいつの恩人に当たる訳だ」


……何でここで敵意を飛ばしてくるか。変態生首め。

 取り合わず、続ける。


「ところであいつは、恩人やら目上やらの意見を尊重したりする傾向が無いか?」

「…………っ」


 息を呑むような音が聞こえた。流石に気付くわな。


「…………何が言いたい」


 敵意どころか殺意の篭もった声に、軽く肩をすくめてみせた。


「なに、あいつをモノにしたいんなら、恩人に取り入っといた方が何かと都合が――」

「はい解りましたお兄さん。何なりとお申し付けを」

「…………ああ、お前ホントに馬鹿双子と同類だよな」


 生首から例の達磨姿を出し、礼儀正しいと錯覚しそうになる一礼を決める変態仮面。

 えらい即行で切り替えやがった。マグナよ、テメェなんつーか、なんてガキを引っ掛けてんだ。


「……んじゃ、一応俺らは協力者同士なわけだから、要請はちゃんと聞いてくれよ」

「了解」


…………はああああ……なんかもぉ、扱い易いやら扱い難いやら……


「……ユア、見たかね観たかね?」

「見たよ観たよリア。年端も往かぬオナゴを手籠めにする腹黒い幼児性愛者の手口」


……陰口なら本人の居ねぇ所で叩けや糞双子。

 これ見よがしに聴こえる加減で喋ってた癖に、今し方気付いたような仕草でおおっとおとか同時に叫びながら、割と本気で睨みを入れてる俺から距離をとる双子畜生ズ。


「……なんだ?」


 必然的に、ぽつねんと残され、不快気に口元を引きつらせた元・暗部の馬鹿女と向き合う事になった。

 ま、丁度良いか。


「――そういやお前、名前は?」

「……お前に答える義理は無」

「アスカ=ラフェエルだよー」

「因みにスリーサイズはー」


 アスカとかいうらしい馬鹿女は、割り込まれた一瞬の膠着の後、絶叫した。そのまま失笑もんの形相で、きゃーきゃー喚いて逃げる双子を追いかけ回すアスカとやら。見事な円形が出来上がり、周囲から適当な野次が飛ぶ。

……しかし、アスカ=ラフェエル……ラフェエル?

 なんか聞き覚えがあるような。

……まあいいか。それよりだ。


「おいアスカ」

「――呼び捨てにするな!」


 さすがは馬鹿。雪の中を駆けずり回りながら文句を言う余裕があるとは。

 感心半分失笑半分で何度か頷きながら、言う。


「お前、俺の方に寝返らねぇか?」


 犬畜生の様に駆けずり回っていた輪が、止まった。


「…………どういうつもりだ……?」

「いや、経験浅いだろ、お前」


 困惑の色が濃い視線に、確信を込めた言葉を放つ。

 経験が、浅い。戦闘能力は兎も角、精神面がな。暗部にしてもまだ、深みには浸かって無い。

 そんな感じが強かった。


「あんまりな、明るみに居た奴が暗がりに居るもんじゃ無い」


 乱暴にゴーグルを外し、俺の胸の辺りに投げつけるアスカとやら。避けるまでもない八つ当たりに、身が小さく揺れた。


「……何様のつもりだ、ラディル=アッシュ」


 ああほれ、そうやって直ぐに感情的な目を向けるだろ。それは未だ、暗がりに侵されてないって証だ。


 だから――利用できるんじゃねぇかなと思う訳だ。


「寝返れだ? 私に仲間を裏切れと、国を裏切れと」

「――おまえは、……サーガルド……の、出身じゃない……筈」


 横手から淡々とした声があがる。発したのは、元サーガルド暗部構成員の、仮面達磨だ。


「…………ラフェエル、て……家名……皇国の、異端審問部の――」


 ――ああ、成程と納得した直後。


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れだまれえっ!!」


 激昂したように、いや激昂したんだろうよ。フードが外れるくらいに頭を振るい振るい、バンダナがズレていく。

 俺が殴った時にズレたか、テメェでゴーグルを毟った時に弛んだか、段々と綻んでいったらしいバンダナが解けズレ、最後に、偶然偶々吹いた寒風が、バンダナをどこぞに運び――顔半分が焼けて爛れた痕が、さらされる。

 それに気付いていないのか、そのまま色んなモンで滲んだ目で、俺を睨め付ける。


「――ラフェエルだと?! もう私とは関係ない! その名を、その家名を私の前で出すな!!」


 ――ラフェエルってのは確か、異端審問部のトップに立つ四家の内一家に与えられた、家名だったな。貴族より上の地位を約束された……

 しかもラフェエルってのは、何年か前に暗殺くらって、当時のラフェエル夫妻と、二人居た娘が一人、妹の方が焼き殺された、とか公式情報であった。

 姉の方は火傷痕なんてあるとは聞いて無ぇし、こいつ自身の口振りからして……こいつは、死んだとされてた妹の方か。公式記録なんざ、幾らでも捏造のしようが在るからな。

……しかしどういう経緯があったかはともかく、暗部構成員なんだから、当然その家名は使われてなかった筈。だのになんで知ってやがったんだ、双子。


「……あー、アスカの姉御」

「バンダナがー」

「――っっ!!?」


 ――テメェらはまた、余計な事を……!

 扇動者という本質を持つ双子の、少なくとも表面上は心配そうな声に、アスカは今気付いたみたく顔を強ばらせ、火傷痕を押さえた。

 そのまま息を詰まらせたような切羽詰まった顔で俯き、俺の脇辺りから走り去ろうとした――んで、とっさの判断で脚を引っ掛け、転倒させた。


「――ひぎゃむ!!」


 シリアスもへったくれも皆無な悲鳴と、頭から積雪に突っ込む音を背後に、サムズアップして舌を出す糞双子を正面に、なんか大変だねと憐れみ混じり抑揚無しにほざく仮面達磨を横手に、俺は嘆息しながら、緩慢に後ろを向く。

 むんんっ、とか唸りながら積雪から顔面を引き抜き、虐められた子供のような哀れに潤んだ目で、顔中雪だらけのまま、俺を見上げた。

 それを見て、それと見合って、一言。


「……どこに行く」

「――ぃかせろよおおおぉぉっ!!」


 と、捨てられた子犬のような声をあげる馬鹿の姿を見て。思った。



………………駄目だ、コイツ。


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