取引かどうかは微妙なやりとり
結局、毛髪どころか脳ミソまでピンク色疑惑が持ち上がりつつある阿呆幼児から有益な情報をひねくりだせる事も無く。
挙げ句の果てにお互い揃って体力的にダウンするという、無駄を通り越して状況悪化という事態に陥っていた。
「……で、何故に俺はまた、サンドイッチの一番下態勢なのでしょうか?」
「体力の消耗を避ける為だ」
「……あの、俺は? 副長とリーちゃんおぶってる俺の消耗は?」
「お前の体力を信用しての事だ」
単純に、ガキを背負った俺より、俺とガキを背負った誠一のが長持ちする。
と言っているのだが、信用されているという発言とかで微妙に張り切る単純な奴ってのは、扱い易いと思わねぇか?
まあそんな感じで進んで。なんやかんやで怪物共がたむろする氷原地帯を突破……できる筈も無く。
また、よしんば突破を強行、多大な等価を払い、氷原を抜けたとしても、その先に銃火器を構えた大量の待ち伏せが居ないという保証も無い。
そのくせ一所に留まる訳にもいかず。
結果として、吹雪が荒ぶ氷原を徘徊する羽目になっている。
ジリ貧感が否めないが、時間が稼げさえすればアテが無い訳でも無い……再び人の背中で高寝息たててる、色んな意味で情けないアテだがな。
「――変だね」
積雪を踏みしめ、事前に用意していた防寒着がなければ凍死しかねない吹雪の中を無秩序に進んでいた最中。
神妙に呟いたのは、最前列をサクサク歩いてた赤毛ポニテ、キャリー。
「何が?」
疑問で返したのは、そのキャリーの恋人。俺とガキを背負った団子状態の体力バカ、誠一だ。
「うん……なんかさ、遠吠えが止まってない?」
「……そういえば」
ああ、五分以上前から止まってるな。
三十分程前から、遠吠えの数が明らかに減っていったから眉を潜めていたトコだが、ついぞ完全に消えた。
なんだ、今度はどんな怪現象が起こってるんだ。
「……って、アレ……あれは人影じゃないかな?」
……うん?
最前列がなにかを補足したらしく、やや後ろの、誠一の背中から俺も目を凝らすが、吹雪に阻まれ何も見えない。てか俺はお前程目が良く無ぇんだよ。悪くもないのに雑務が多い普段、眼鏡かけてるがな、アレは近くに焦点合わせる為なんだぞ。ちなみにな。
「本当?」
「うん……あ、手を振ってる」
「――ぃ! ――キャリーの姉御ー、ふくちょー!!」
ああ、この吹雪ん中でもよく通るきんきん声は、腹黒双子のどっちかか或いは両方だな。殺しても死なんような気がする奴らだが、やっぱり無事だったか。
……てか警戒中に叫ぶなよ。唸り声が聞こえんからと、敵が居なくなったかどうか解らんのだから。
「…………ん?」
近付くにつれ、次第に輪郭がはっきりしてくるのだが……顔ははっきり見えないが、体格的に見て多分部隊内の野郎共が数名と……ちっこい影が、三つ。
――部隊内に、双子程ちっこい奴は……俺の背中にへばりついてわけのわからん寝言呟くリーか、この場に居ない筈の隊長(小)くらいな筈だが……隊長が帰還しているとしても、今小さくなってるのは不自然。
それに少し……フォリアにしては、デカいか。というか、寸胴?
――何者だ?
疑念が強まる。あの背丈で、ああも丸い奴なんざ部隊内にはいない。
「……あれ、誰だ……? あのお面の……」
面……?
なんとはなしに嫌な予感を抱きながらも、俺とプラスアルファを背に乗っけた誠一は馬車馬よろしく歩を進める。
段々と、問題の正体不明の輪郭もはっきりしていき……
「やほー」
「いえあー」
諸々を代表した双子の姉妹・リアとユアが、何故か手を挙げて全く同じ挙動、速さで近寄って来るのを見ながら、誠一の背から降りる。
一・五人分の重さでブーツが積雪に埋まる。よろけながら着地。何故か背中のガキが野良猫のような唸り声をあげた。
聞き流しつつ、転倒に気を配りブーツを引き抜きながら、厚い防寒着に身を包む見慣れた野郎共の顔と、ちっこいのにむさ苦しい正体不明の不審な仮面達磨を見渡し観察。
視界の端で、小さい歓声をあげてハイタッチを交わすハゲと赤ポニテとか、嘆息しながら肩を揉む誠一の姿を捉えた。それはまあどうでもいい。
そして悪巧みを唆す雌狐よろしく口元を覆い熟れた手つきで手招きする、それぞれ桃と朱の防寒着に身を包む、間近に近寄ってきた腹黒双子を見下ろした。
「へっへっへー」
「副長副長、客人ですぜー」
見りゃ解る。
あの不審なのっぺら狐狸仮面は、いつぞや俺を殺しかけた詳細不明のガキのもの。同一人物かどうかは判らんが、その背丈は一致している気がする。てかそれよりなんだあの、防寒にしても厚着が過ぎる、雪巨人紛いの重ね着は。何着無駄に羽織ったらアアいう似非達磨体型になる。
「何だ、あの仮面達磨は?」
怪しいが、怪し過ぎて逆にスルーしたくなる。
――まさかそれが狙いか?
「――あの子が、合成獣を一掃してくれたんだよ」
…………。
遠吠えが消えたのは、物理的に排除されたからか。しかし、
「……あの格好でか?」
明らかな行動の阻害が予測される雪巨人的モコモコを、半眼で見ながら呟く。
「まず其処をツッコムのかー」
「さすが副長だゼー!」
双子がキツネ笑いで茶化してくるが、いやもう大概の非常識は受けて流すぞ俺。
能力以前に存在そのものが非常識な幼児共のせいで、要らん耐性が付いちまったらしい……おい背中でにゃーにゃー寝息かいてるガキ。テメェがその、不動のツートップの片割れだからな。合成獣を食ったとかほざいて消したり、訳の解らん空間に連れてったり、そも俺の禁断症状の原因だったり。
それに比べりゃ今更、基本銃火器や刃物の類が通用しない合成獣共が仮面付けた達磨チビに皆殺されようと、驚くに値し無ぇよ。
「で、何の用なんだ。あの変態仮面達磨」
「さすが腹黒副長。話が早いー」
腹黒言うな。
「…………変態……違う」
高い声を、無理にくぐもらせたような声。
とある夜、のっぺら狐狸の仮面を被り、謎の交信をしていた謎の黒装束のものと、朧気ながらに一致する。
ここまで符合点が多ければ、リーに命名した直後、リーを探って俺を殺しかけたあの謎の黒装束でほぼ間違いないんだろうが……
……なんで俺を殺しかけたコイツが、こんな達磨になってるかは知るところじゃねぇし、知りたくもねぇ。だからツッコむなツッコんだら負けだぞ俺。なんとなく。
「変態は……おまえ」
「違う!」
人を指差して的外れほざくな達磨ガキ!
「副長お、リーちん背負ってる姿じゃなー」
「説得力を考えたまいー」
ぴきりっ。
頭の隅の方でナニカが引きつる、聞き慣れた音が木霊した。
「茶化すんなら黙ってろ阿呆双子!」
馬鹿双子に睨みを効かし念を押し、改めて達磨に向き直る。
「……頼み」
「は?」
ずぼずぼと、デカい足音たてて近寄りながら、訳の解らんカタコトを呟く達磨ガキ。
……てかブーツまで何重に履いてんだよ。目測で俺の三倍以上は太いぞ。
「…………交換」
「……いや、だから何なんだ?」
「要約するとだなー」
陰気な達磨に代わり、陽気に返事を継いだのは、双子姉妹の朱色の防寒着を着た方。ちなみにどっちが妹か姉かは解らん。
「――取引がある。脅威はとりあえず駆逐するから、ちょっと聞いてくれ――って朔ちんがさー」
えらい翻訳された台詞を語るのは、桃色の防寒着を着た方……って、朔?
俺の怪訝な表情を汲み取ったか、朱色の方が偉そうな、小突きたくなるような笑顔で人差し指たて。
「朔ちんはね、元々サーガルドの暗部にいたのだよ」
元々、って事は今は違うという事か。
まあ、あの爺の息が掛かった暗部構成員が、リーの奴を探る必要も無いが。
「東方生まれの子だから、色々複雑な経緯でねー」
双子のもう片方が、まさに色々厭な経緯を想像できる補足をいれた。
「……その物言いって事は、お前ら知り合いか」
「おうよー」
だからお前らにしちゃ、短時間であっさり信用したのか。
知り合いなら人格とか、合成獣の大群を皆殺しにできるとかいう、ふざけた戦力を知っているのも頷ける。
「それで、取引ってのは?」
思い当たる節は、背中で微睡むガキくらいしか無いが。具体的に何が目当てなのか。
「…………マグナ=メリアルス」
変わらぬカタコトで吐かれたのは、西方生まれっぽい人名。
――マグナ……メリアルス?
確か……ああ。
昔、俺が旅してた時にちっと関わった、やたらに剣の腕前がたつ天然入った小僧の名前だ。印象深い奴だったから、よく覚えてる。
…………ちょっと待て。
何故、今その名前が出てくる?
「……その名をおまえに出せば、わかると言われた」
「何が……いや、誰にだ」
「わたしの主」
なんでそこだけちょっと熱が篭もってんだとツッコミたかったが寸でで堪え。
主?
テメェが従ってる奴の事だよな。
…………いや、いやいやまさか無いだろ。
だってアレだぜ?
印象深いといっても、常識の範疇だぞ。それがなんで、合成獣うん十体を皆殺しにするような隊長紛いの達磨と繋がりがある訳……
「……主、ってのは」
「――マグナ=メリアルス」
――はい、多少じゃない事態により、寝起きの悪いリーが身じろぎする程に驚愕する俺であった。
「……ん」
口を引きつらせて硬直する俺を余所に、仮面達磨は懐――というか何枚か越しの厚着を緩慢に動かし、ナニかを取り出した。
よく解らん、機械的な何か。
基本黒っぽい長方形で、一般的な拳銃を二丁合わせたくらいのサイズで、チューブを途中からぶった切ったようなものが先端から伸びる物体。
脳内ライブラリのいずれにも当てはまらん。やはりよく解らん物だ。
「何だ、それは」
「つーしんき」
誰が名前を聞いた。
「……概要を聞いてるんだが」
「…………」
問いには答えず無言で、これまた分厚い手袋越しに、のろのろと指先動かしよく解らん物――つーしんきとやらを突っつく達磨仮面。
それに一瞬、ど突くかヤの字蹴りをかますか迷った。
拳を握り、寒さや恐怖以外で震える俺の両肩を両サイドに回った双子が緩く叩いた。ついでに背中のガキが髪の毛に噛みついてきたので頭突きをかました。
「どーどー」
「朔ちんってば、面倒な事が嫌いなんだよ」
「歩く事とか動く事とか、声を出す事とかなー」
面倒臭がりにも限度ってあるだろ。
と、そう思った直後。朔とかいう、変態じゃないと言い張る変態仮面達磨が、つーしんきとやらを口元に運び。
「…………ん、マグナ……ねぇ……きこえる?」
初めてカタコトでなく、より人間らしいというか、マセガキ臭い声で、訳の解らん事を囁きだした。
『――あー、はい。聞こえてるよ、朔』
この場の誰でもない、声変わり前の……
――何っ?!
人間の……少年の声?!
いや、この声は……!?
「……うん、マグナ」
『……えーと、朔?』
「なに、マグナ」
『ラディルさんはどうしたの?』
首を傾げるような声に、一瞬、狐狸の面越しに冷たい視線を感じた。
「……間抜けヅラ……さらしてる」
「おいコラ」
中傷に睨みをいれるが、露骨にそっぽ向いて、まるで堪えた様子が無い。うわ腹立つ。
『……朔。目上の人にそんな失礼な事言っちゃいけません』
何だその母親じみた物言い。てかそんなんで堪えるタマとは――
「……ごめんなさい」
「態度違ッ!?」
「おおぅ?! あの人見知りしいの朔ちんが!?」
「なんという、こりが旗の力というのかっ!?」
傍若無人な仮面達磨が、唐突に、しおらしく謝罪して、自分で下げた頭でバランス崩しよたつく様子に、両隣の双子共々驚愕する。
『――あー! その声、ラディルさん?!』
「……あ、ああ」
思わず返事してしまうくらい嬉しげな、犬なら尻尾振ってそうな声。
『わー、お久しぶりです――と言っても対面してる訳じゃないけど、元気してました? なんか相変わらず大変な事に巻き込まれて引っ掻き回してるみたいだけど』
明らかに俺に話をフっている……なんなんだ。このつーしんきとやら……つーしん……通信? まさか。
『朔が失礼言ってごめんなさい。悪い子じゃないんだけど、ちょっと人見知りする子だから――』
声といい、この微妙な敬語といい、ガキなのかガキで無いのかも微妙な発言といい……
「お前、マグナなのか?」
『はい』
「なんでそんな……いや、何故顔を出さん?」
お前ならば、何故こんな間接的かつ変則的な接触の取り方をする?
『ごめんなさい。今、東方帝国付近に潜伏してるから、距離的にちょっと』
東方帝国……って、西方の真逆。ここ西方皇国と戦争直中の敵国じゃねぇか!
……い、いやまあそれは置いといて……やはり、この通信機というには、遠く離れた対象と連絡がとれるような機械……
だがそんな技術――文書も無しに西と東とで離れた距離を埋め、声だけを送るような超技術、俺は知らん。
そういったあからさまな、軍事方面に有効な技術の類にゃ、耳聡くしてたんだぜ。こんなもんをどこで……いやまあ出所はいいか。関係ない上に話が長くなる。
「何なんだ、この機械」
『つーしんきです』
しかし気になり、とりあえず吐いた疑問に返ってきたのは、さっきから何故かガンを飛ばしてきてる達磨仮面の、つーしんき発音とほぼ同じものだった。よく解らんモノに使うような、そんな感じだ。
「お前本当に東に?」
『はい』
嘘を吐くような――てか性根からして吐けるような奴じゃあ無いが、そもこの声の主が本当に……疑うにも切りが無いか。仕方無い。
「確認する。俺らが最初に出会った時、俺は何をしていた」
『……? なにを……あー、なるほど』
怪訝気な声音から、何度か肯いたような音の直後、納得したような響きに変わる。
『魔物に追われてたよね。確か、夜狼の群れ』
「その時、俺がとっさに名乗った偽名は」
『……え? なんの事?』
「引っ掛けだよ。次、お前はなんて型式の銃を持ってた」
『いや、銃自体持ってなかったよ。お金なんて無かったし、シスターが持ってた剣だけ……』
オーケー、コイツはマグナだ。間違いない。
銃も持たず、ただの剣一本と軽装で夜狼の群れに突っ込んできた、ただの大馬鹿野郎の天然小僧だ。
あん時ゃ散々だった。走らせてた荷馬車の馬を犠牲にして分散させなきゃ、救出は不可能だった。
……おかげで馬車の荷は駄目になったし、受けてた護衛の依頼の違約金を払う羽目にもなったし、思い出しても腹のたつ……
と、握り拳を震わせていると、背中からうめき声。
「――……ぅうー」
……寒がるように、温もりを求める猫みたく身を擦り寄せて来たリーに、なんとなく毒気を抜かれ、握り拳を緩めた。
そうだな。本題だ。
「――単刀直入に聞く。何が目当てだ」
『あ、もう信用してくれたんだ。さすがラディルさん』
あいつらしい能天気な語りにコメカミ捏ねつつ、対面でない対話を続ける。
「信用とかじゃねぇよ」
率直に、除去法でそれくらいしかマシな選択肢が無いだけだ。
まだお前が、あの糞爺辺りに操られてるってのも絶対に有り得ない話じゃない。リーを探っていた仮面達磨やら、顔を見せんという不審もある。完全な信頼は置けんさ。話は聞くがな。
「で、結局何がしたい。何をさせたい」
『うん。実はね、ラディルさんの人柄と腕前と悪知恵を見込んで、頼みたい事があるんだ』
それからポツリポツリと、通信機越しに真剣な様子で語り始めた訳だが。
内容としてはまあ、一級品の荒唐無稽だ。三文小説にしたって、もうちょいマシな題材を用意するだろうレベルのな。
「……んにゃろぉ、なんでそういう滅茶苦茶なトコ全く変わって無ぇんだ!」
通信機とやらを仮面達磨に投げ返しつつ、八つ当たり気味に叫ぶ。事の成り行きを見守っていた連中がどよめき、背中のガキが尻尾践まれた猫みたいな声出したが、知った事じゃねぇ。
つーか悪化してないか、あの馬鹿天然小僧。
糞、知恵付いた分だけ余計にタチ悪ぃ……