そういうもの
――負傷したキャリーへの措置、生体錬成は、合成獣や本物の氷雪狼に襲われるなどという事なく、無事終了した。襲撃されるだろう前提で考えてたから、これは思いの外の幸運と言って良いだろう。
ただ、その直後に合成獣が五匹纏めて襲って来たのは、どういうツキの天秤なんだろうか。幸運の反動にしちゃあんまりな配分じゃねぇか、なあ誠一よ。
「耳元でどうでもいいこと愚痴らないでください!?」
現在、持久力皆無な俺と惰眠を貪る高鼾幼児の一・五人を背中に、全力逃走中の体力馬鹿・誠一が、悲痛に哀れに絶叫する。
間近で聞いたからか知らんが、ひっきりなしに野獣チックな大音量雄叫びをあげる合成獣並みの声量とは、無駄に凄いな。
「無駄口きくんなら自分で走ってくださいよっ!!」
「貧弱な文系に無理云うな。マラソンなぞ、万全の体調でも一分と保たんぞ」
短期決戦ならなんとかいけるんだがな。
どうにも、俺は生まれつき体力だの筋力だのが身に付き難い貧弱体質らしいんだなコレがよ。
「居直らないでください!」
「それはさて置き、どうしたもんかね」
置くなーと半ギレで絶叫する人力車・誠一を聞き流し、状況打破を狙う思考に切り替える。
単純な戦闘は言うに及ばず、鬼ごっこでも話にならない。いかな二メートル越えの体格と云えど、それで持久力も速力も落ちる筈も無く、土地勘も相手の方が有利。ついでに数でもだ。
追走を割る定石は足止めだが、生半可なもんは通用しない。前を進むキャリーとバリーが時折牽制射撃を行うが、怯んだ様子もない。あいつらに殿を命じたとしても、敵が一、二体ならとかく五体以上となれば役目を果たせるか――論ずるまでもなく、明らかに分が悪い。よしんば奮闘して足止めに成功したとしても、戦死は免れんだろう。というか犬死にの可能性のが明らかに高ェ。不細工な大口開けてる不細工な奴等に貪られるのもアレだろう。
ところで、何故俺が不細工な大口開けてる連中と言ったのかと云うと、見たまんまの合成獣を感想付けたにすぎない。誠一は、俺とリーを背中に抱えて走っている。但し、俺が昏睡から醒めた時の、背中と正面が合わさる態勢ではなく、背中と背中が合わさる態勢で、腰と腰を固定されている。因みにリーは俺が三角座りの出来損ないみたいな格好で、前抱きに。ただ急増な為にそれぞれの固定、荒縄が緩く、俺が片手で、誠一が両手を使って各々を引っ掴んでいるわけだ。
茶番じみた恰好だが、時間をロスし、誠一の戦力を潰してまで作った格好は伊達じゃねぇ。
この体勢なら、連中を逃げながら一望できる。
俺が、というのが割と重要なんだよ。
本調子とは程遠いまでも、自分の足で走る労力を節約し――みみっちい事かも知れんが、体力の無い俺には重要な事だ――その上で、吹雪で見え難いがある程度悠々と、辺りの地形と体長二メートルオーバーのデカブツ共の動きを観察できる訳だからな。
さて、別に手持ちの銃で牽制する訳じゃない。撃った所で怯みゃしないのは分かっているし、発砲の衝撃は全て、走行中の人力車・誠一の脚に掛かる。雪の上を、人間背負って疾走中にそんな衝撃加えてみろ。転倒は免れんぜ。
だから――こうする。
タイミングを、入射角を、相対距離。測るのでなく、感覚的な直感に近いナニカに従い、ガキを持ってない方の利き腕を振るい、弧を描くように先端部に投擲刃を括った鋼糸を飛ばす。吹雪の中で難度は高かったものの、狙い通り、今し方脇に見えた木に命中し、軌道を変え、逆サイドに合った木に巻き付く。よし。
狙い通り、先頭の合成獣が突っ込むルートに鋼糸を張れた。確認し、鋼糸を手放す。
そして、殆ど間を置かず、先頭の合成獣が転倒し――足の位置に鋼糸を張ったわけだが、脚を切断できたかまでは、遠ざかっていく視界では定かでない――さらに追従していた一匹の合成獣が巻き込まれる、派手な音が吹雪と誠一の荒い息遣い、あと、
「…………さヴぁ」
ガキの意味不明かつ、平和そうな寝言と一緒くたに耳に入った。
一匹は、上手いこと無力化できたかもしれん。しかし耳障りな遠吠えは止まない。何故なら集団はバラけて追っかけて来てるからだ。
さて、後はどう凌ぐか。考えてる時間は無いが――
「――ぉ、まってぇ……る…………?」
一瞬呼吸が止まり、蚊の鳴くような囁きを発した、寝ていたハズのリーを見る。
一対の金色と、目が合った。引き込まれるような深淵を感じる、目を背けたくなるような眼だ。
「…………あの、……しぉいの……たべ、る…………?」
「……あ?」
「……しぉいの、あ…………らーを、……ぉまぁらせてぇ、る……?」
……何なんだ、その三点リーダ連発は。それもちっこい声で。聞き取る方の身にもなれ。しかも意味そのものも解らん。
「らぁら…………いっぇきあす」
そう、意味の解らん舌っ足らず極まることをほざいた直後――
リーが、跳んだ。
とんでもない速さで、合成獣目掛け、薄桃色の髪が跳んで行く――
「――アリューシャあアッ!!?」
そんな速力で跳んで行ったに関わらず、何故全く反動が無いのか。
疑問を疑問として思い浮かべる事すら無く、俺は無様にみつともなく絶叫していた。
雄叫びが、後方から――俺から見た前方から、アリューシャが跳んで行った方向から響く。
最も前方に突出していた合成獣が、アリューシャに食いつき喰い殺そうと引き裂こうと飛びかかり、
「――ざ、ケンナあああああああああっ!!」
其処まで理解すると同時、半ば以上反射的衝動的に誠一との固定を最速で外し、俺が叫んだ時点で、異変に気付いて動きを止めていた誠一の背から飛び降り、積雪を踏みしめ、走る。白濁した視界の先で、到底間に合いそうも無いタイミングで、合成獣が迫り、アリューシャが腕を動かし――合成獣が、消えた。
…………!?!
「――あなたぁ、ぉ…………」
アリューシャが、何かを舌っ足らずに呟きながら、
「……たあ……べゅ」
再び腕を、子供にしても細すぎる、小さな腕を動かす。雄叫びをあげて跳びかかってきた合成獣が、錬金術の繰狗が、一匹、二匹と、跡形も残さず――小さい腕が振るわれる度に、かき消える。
そして、近場に木霊する獣の威嚇が途切れるまで、俺がリーに走り寄る程の時間もかからなかった。
俺らが云う、処理と――殺す事と、抹消する事は次元が違うハナシだ。殺せば、死体が遺る。人間も魔物も、合成獣もそれは変わらない。隊長でも、死体を死体と判別できないような肉塊にするのが精々。
殺す事そのものと、死体という存在を処理する事は、まるでハナシが違う事だ。
誰だって、殺す事はできても、それと存在を完全に消す事を同時にする事はできない。
なら、眼前で起こった光景は何か。俺という観測者の常識か目が狂っているのか。それ以外なら――超常の力――と考え到り、或いはすんなり理解できないが納得できる事に合点する。
――魔人の力。
正体不明で詳細不明に意味不明の、旧文明を滅ぼしたともされる、不明瞭極まる謎の力。その片鱗か。
成る程……あの糞爺が目ぇ付けるハズだ。身も蓋も無くワケが解らんが、判明しているだけでワケの解らない空間に身体能力異常、さらに生体消滅。シンプルに恐ろしいと云える力。
……畏怖の対象になるには十分すぎるな。
「――……ごぉ、しそ……ま」
まあそれはそれとして、だ。何やら手を合わせ拝み始めたガキに歩み寄り、
「――っのを、阿呆ガキ!!」
怒鳴り、分厚い防寒帽子の上から拳骨を落とす。
「………………み……?」
み、じゃ無ェ!
きょとんと首を傾げるな!
「勝手に動くな先行するな、ンな力が在るんなら先に言えこの阿呆ガキ!!」
「…………っ、ふ……ぇっ……っ」
愚図るな泣くな鼻水流すな!!
ええい今は非常時だぞクソガキ!
「副長、心配したからって子供相手にちょっと言い過ぎ」
「誰が心配しとるか!」
安全を確認したらしい、近寄ってきたキャリーのからかいにツッコミをいれる。
俺はただ、目の前で重要な秘匿が亡くなるのを危惧してだな。
「……ぐしゅ、…………ひぐっ」
ああ畜生テメェも何時まで愚図ッてんだ!
あーだぶだぶ防寒手袋のまんま目ぇ擦るな腫れるぞこのバカガキ!
「……副長、そんな感じにぶつくさ悪態つきながら子供の涙と鼻水拭いてあげてると、なんか可愛いですよ」
「……ああ、成る程。ああやって飴と鞭とで使い分けて、幼女たちを手籠めにしてんのか」
馬鹿ポニテ、そして只のハゲオヤジ、後で殴る。
「…………うー、」
「……とにかく、移動するぞ」
泣き止んできたガキの頭をポンとはたきつつ、立ち上がる。
合成獣共を消し去った詳細不明の能力について、話を聞くなら…………聞けるか? この無口舌っ足らず意味不明のガキ相手に?
疑問は残るが、どちらにせよこの場に止まるのも危険だろ。こんなちんちくりんをアテにするのもなんだしな。
「おい、行くぞ」
「…………う?」
何故首を傾げるか。歩けるだろが、テメェ。
「……かっ、可愛いぃッ!!」
「きゃ、キャリー?」
というか後ろの馬鹿ポニテが色々な意味で危険な声をあげているが、どうしてくれる……無理か。どうにかしとけよ誠一。
「……うー、…………らー」
「何故よじ登る――てか髪を引っ張るんじゃねぇ!」
髪と服を鷲掴み猿みたく伝い、俺によじ登ろうとする糞ガキ。
ちッ、引き剥がそうにも髪を掴まれては……っ!
「放せクソガキ! 俺に引っ付くんじゃ無」
「やー……や」
――っいででででっ!! 畜生馬鹿かお前バカだろお前莫迦だなお前!? 髪引っ張るな禿げたらどうしてくれるんだテメェッッ!?
「……らぇりゅー……やー…………」
ええいんな潤んだ目で見上げても――ぶちぶちぢぃ――ぃぎゃぁああああああああッッ!!
わかった、解ったから力技で髪の毛毟んじゃねェ?!
――という次第で。
「…………ーいっ♪」
背中から上機嫌そうに、ガキらしく無駄に柔らかい頬をすりよせてくる、妖怪・吹雪の直中でおんぶにだっこせがむ髪の毛毟り糞餓鬼が此処に誕生した。
「せー君せー君カメラ持って無い?! あたしさっきの戦闘で落としちゃってさ出して早く!!」
「キャリー落ち着いて、鼻血、鼻血が」
「というか何で手前はカメラなんぞ持ち歩いてんだ……?」
…………テメェら、後で絶対に絞めるからな。首とか。あと首とか。
――それはそれとして。
「――で、ガキ。さっきの力はなんだ」
「…………う?」
すりよせてる格好で首をこっち側に傾げるな。そして不明瞭な返しをするな。
「じゃあ、あの化けもん共をどうしたんだ?」
「…………に?」
「頭を頬に押し付けるなっつーとろーが!!」
なんでテメェはそんな接触過多なんだよ?!
フォリアの阿呆だってもちょっぴし…………どっこいどっこいだよガキ共があ!!
てかやっぱし懸念は的を射ていたっぽいしな! 要領を得ないガキに問うても、詳細不明は詳細不明のまま。世の中そんなんばっかだ。
あー畜生。これはあれか、よく解らんものをアテにすんなという、お達しなのか。よく解らん能力という点ならば、隊長もアテにできんという所だが……現状、強ち間違ってないな、オイ。
しかし、合成獣を問題無く排除できるならば……こんな事にガキをアテにするなんざ、いよいよ騎士や大人そのものを名乗る資格無ぇな。だが、焙り出されたトコを待ち伏せされてる可能性を考えると……畜生。
「……リー、さっきのアレ、まだできるか?」
「……らぁめー」
「………………」
らぁめー……駄目? あれ、ひょっとして今、会話成立したのか…………って、
「駄目って、なんでだ」
「…………おなゃあか、…………いっひゃーぃ」
…………お腹、いっぱい。と言ったのか?
ってオイコラ待て、満腹ってまさか。
「お前食ったのか?! あの合成獣を!?」
「……はあ?!」
お前は黙っていろキャリー!
このガキの声が聞き取り難いのは解ってんだろう。おいこら歯止め役の誠一、んな驚愕丸出しの莫迦面してねぇで役目を果たせ。
「…………ぅんー……」
俺の絶叫に答えたのは、何か活躍目立つ火中のガキ……ぃ!?
「いつの間にどうやって食ってどこに収まった?!」
確かに、丸まま食えば死体も遺らん。そういう能力と言う事か……ダメだ何か納得いかねぇ。こいつの体格に変化は無いし、体重は依然軽すぎのまま。
こいつの"食う"というのは、そも根幹で何か違う気がする。
「…………ぅんん?」
ってだからいちいち首を傾げるな側頭部を押し付けるんじゃねえ!
というかまさか、このパターンは……アレか、隊長みたく本能や感覚的に能力使用してて、説明不可能とかそういう野蛮人な感じのパターンなのか?
「まさか、良く解ってないのか?」
「…………っ」
俺らの殿を勤めるハゲが、後ろから俺も聞きたかった事を問い、ガキが露骨によく聞こえる風に息を呑み一瞬震え、
――っっごああ゛!? く、首を絞めるんじゃねぇこの阿呆たれえ!?
俺の鶏締めたようなくぐもった声と具合からナニかを本能的に察したのか、幸いにも力は直ぐに緩められたが……喉仏、大丈夫だろうな?
それとガキ。拳骨一発で済むと思うなよ。
「……やっぱ、副長以外にゃそれかよ」
…………なんだハゲ、その聞き覚えのある嫌なフレーズは?
「副長以外、みんなにそーなんですよ、リーちゃん」
そー、ってなんだキャリー。まさかこの、借りてきた猫みたく震える、背中のガキの現象じゃねぇだろうな? 違うだろ違うよな違うと言えよ?
「現状で、副長以外にゃまともな反応どころか、脅えるってコトだよ。以前の隊長みたく」
――皆まで云うんじゃねェ!! 何となく気付いてたコトなんだよンなもんは!
「……え?」
「以前の、隊長て?」
不思議そうな声を出したのは、先行する莫迦ポニテとその恋人セット。
……あー、テメェらは初期メンバーじゃねぇから、当初の阿呆ガキのコトも知らんか。そりゃ幸いだ。
「なんだ、知らないのかお前ら。隊長は今よりちっこい頃な――」
「要らん説明をするんじゃねぇこの蛸入道ォ!!」
「みごふっ?!
口封じと腹いせを兼ね、投擲刃の柄を蛸禿の眉間に命中させつつ、忌々しい過去をこっそり回想する。
――ちっこい方の隊長――フォリアの奴だって、当初、俺共々城に連れて来られた時は俺に密着して離れんわ俺以外の人間が近くに居たら全く喋らなくなるわ震えるわ泣くわ抱き付いて鼻水浸けるわ、物事を知らんから何でもかんでもコトあるごとに俺に聞くわ、四六時中俺に付きまとうわ……っ!
な・ん・で! そう云う類の人見知りする特殊過去付ガキは、俺に全く容赦しねぇんだァっ!
「……よくわかんないけど、小さい隊長もリーちゃんみたいにくっついてたって事かな。今でもべったりなのにね、せー君」
「……んー、多分ね。副長って、不思議と子供に好かれるから。人見知りする子にでも懐かれるんだと思う」
「あー、それ少し解るよ。副長ってば、いろんな意味で頭良くて意外と面倒見がいいのに、どっか子供っぽいじゃん」
「成る程、感覚的に同族意識って事かな。だから、」
「本人目の前で陰口叩ぃてんじゃねぇ!!」
こそこそと密着し、デカい声で話す馬鹿二人の後頭部に、足元から適当に掬って丸めた雪玉を、全力でぶちまけた。
あー、こんな状況だってのに切迫感も糞も無ェなおい。