見えざる刃 下
――寒風が吹き、木の葉がざわめく刹那、乱立する木々の隙間を、冷たい刃と細い針が交錯し行き交う。
それらを注視しながらも、思考と考察は止めない。
……どうにも、ヤリ難いやら、なんというか判らん奴だ。
何か、よく解らんが何か、不可解だ。
腑に落ちん。
動きや遣り口そのものは熟練した暗殺者の手口。
人間が人間を殺すコトに特化した存在。
詰まりは、人間の筈だ。
動きそのものも薬物投与してるとでも考えればまだ人間より若干優れている程度。
集中してスイッチ入れた今の俺なら、なんとか目で追えるレベル。
なのになんだ?
人間と殺し合ってる気がしない。
疑問を余所に、殺刃の狙いは互いに正確。
牽制といえど、対処対応の誤りは死を招く。
交錯し、離れ、仕込んだ暗器を撃ち合い、地形を利用する。
――互いに銃の類は使い辛ェ。
まずこんな閑静な森で発砲すれば、余程高性能な消音機器付でもなきゃ、非常によく響くだろう。
俺のはそれだ。
それで万一、騎士連中にまで気付かれるのはコトだ。気付いたのが近衛連中だったら目も当てられんだろう。
そしてそれは、そこまでいい装備をしてない場合は近場で気を張っている俺の部下たちの存在を知るコイツも同様。
そして、よしんば銃を抜いた所で、この手の殺し合いに勝てるとは限らん。
抜き、構え、狙い、撃つ。強力なのは良いが、一々動作が多く隙がデカい。
要は、むしろ銃に頼ったら、死ぬ可能性が高いというコトだ。
ま、基本だがよ。
刀を鞘に納めたまま、逆手に振るう。
それで背後からの飛針を弾き落とし、鞘の先端部に仕込んどいた、先っちょに重石を付けた鋼糸が飛び、遠心力をつけ斜め横の小男に迫る――ワケが無く、その辺の木々に引っかかり巻きつく。
「――鋼糸か」
一目で看破した目敏い小男が無機質に呟きながら疾走、手には小振りで片刃なれど剃りの無い、刺突に特化した仕込み太刀。
対抗する為、引っ掛けた鞘から鞘の半分程の、半ばから折れたような形の刀を逆手のまま引き抜くと、結構な速力で接近し、身長の関係上、やや突き上げ気味の鋭い刺突を仕掛けてきた小男に、身と首を捻るだけで防御を捨て、カウンター気味に突き出す。
逆手に刀を握る、拳を。
非効率と判断したか、交わす視線に怪訝な色を感じ、多分何らかの毒塗りだろう短太刀を脇顎に掠め、後髪を束ねたゴム紐と白髪を裂かれながら、わざとらしく薄っすらとほくそ笑む。ハッタリだが、大袈裟なミスっぽいコトをした後の不可解な捨て身。その末にタイミングを計り薄ら笑い。
不自然を、とっさに意味があると関連付ける心理を突けば、概要は解らずとも、罠だと直感するだろう。
「――ッ」
交錯の刹那。思惑通り、息を吐きながら全力で飛び下がる小男。
そう、毒塗りだろう太刀を当てた以上、無理をすべきではない。
暗殺者は系統によるが、大概に根っこは慎重なモノだ。
しかも――テメェに伏兵が居るんじゃあな。
――常時の俺では、絶対に気付けんだろう、戦域から離れた遠く、気配とも言えない微に感じる粘着く視線。その視線は、その一瞬、確かな殺気を放った。
――明後日の方向、木々の隙間からその直情的な殺気を、殺し合いで研ぎ澄まされた感覚で感じ、その方向と角度を中心に体をずらす。
直後、銃弾が頭頂部を掠め焦がし、その辺の木々に命中したらしく枝葉を大きく揺らす音。
発砲音はほぼ無し。
やはり、高性能の消音機器付きか。
射程距離に命中精度を考えると、長距離狙撃銃以外無い。
っ、分析してる間に毒が回り始めたか、随分早く体が痺れてきた。
毒の耐性は、親の教育方針とやらで幼少時から一通りつけられている。
致死毒であろうと一時間は保つし、自己診断で大まかな毒の種類判別もできる。
まぁだからこそあえて受けたんだが、この感じは、うげ、バルジコックの猛毒体液かよ?!
常人なら一滴素肌に当てただけでショック死レベルの猛毒だぜ。
相当に薄められ、耐性作りの為に投与されてた俺とて、最初は三日三晩苦しみ喘ぎ生死の境をさ迷い続けたという代物だぞ。
なんちゅー危ない物を……
内心でちょっと冷や汗流しながら、いい加減に目が霞んできたので歯に仕込んでいた解毒薬を砕き、飲む。
うむ苦不味い。
――以上、実際時間で数瞬の思考の間だ。
「――バカな?!」
小男のしわがれた驚愕の声を尻目に、反転。
まだ目眩がするし体も鈍い、貧弱体質に運動不足故の疲労も溜まり息が荒い。それらをこらえ踏ん張り柔い森土を踏みしめ進みながら、両手の裾に十四本仕込んだ鋼糸の内、一から十一まで開放。
それぞれ角度を付け、上下で分けながら、全てその辺の――小男と俺の間にある木々に巻き付ける。
その直後、小男が再度空けた距離を埋めようと無音で地を蹴ったのが気配で解る。
――だが遅ェ。
内心で嘲笑しながら、明後日の方向――伏兵の潜む方角に姿勢を低くかがめ、鞘と刀を手に、駆けた。駆けながら、鋼糸と鞘を目の前で交錯、手繰り寄せて引っ張る。
木々が、巻き付いた鋼糸の摩擦により、切断される。
その断面より上にも鋼糸を巻き付けてあり、根から離された木々は、微妙に加減操作し、滑らせない糸使いによって切断はさせず、その抵抗によって腕に木の重量による違和感、その一瞬、脚が止まる。
だが、それは溜めだ。
筋繊維が断裂しかねない勢いで脚に力を込め、専用の強化耐刃グローブが無ければ摩擦など無くとも掌を八つ裂きにするだろうくらい手で引っ張り直進中の運動エネルギーまで利用。柔い土を痕がつくまで踏みしめ、呼吸法、息を吸い、吐きながら――踏み込む。
小男と俺の居た地点に大まかな照準を合わせ――木々が倒れていく軋む音。
「――なっ」
小男の絶句を聞き流しながら、木々に巻き付け引っ張った鋼糸を全て破棄し、鞘に仕組んだ鋼糸だけ外しこれも破棄、手元に炸裂式煙幕玉を滑らせ、目を閉じながら足元に叩き付ける。
刹那、爆発的な勢いで視界を妨ぐ白煙が解放される音、周囲が白濁した煙で満ちる。催涙の効果も混ぜてあるとは製作者、ハゲ錬金術師バリーの言である。
というか目ぇ瞑ってても若干シミるってのはやり過ぎじゃねぇのか!
内心で、頭悪そうな下品笑いが特徴のハゲに悪態をつきながら、これで若干は狙撃と追撃の目を眩ませているだろうと判断。
その場を無音で移動しながら、呼吸を無理矢理静め、気配を消す。
そして愛用の靴底鉄板ブーツから、仕組んでいた糸を取り出す。
鋼糸では無い。
今朝方、こっそり油を染み込ませただけの、普通の素材の巻き糸だ。
それを、白煙に乗じ音をたてず移動しながら周囲の木々に巻き付ける。
移動しているのは逃げで無く、先から不自然なまでに狙撃ポジションを変えてない狙撃手に、敢えて姿をさらしジグザグに突進しているからだ。
狙撃を交わし続けていられるのは無論、目で見えている訳ではなく、煙幕の残り香が地を微妙に履い、それに乗じているのと、狙撃の瞬間に感じる殺気を針として、俺とその針が飛んでくるだろう射線から切っ先を反らしているのだ。
身を切るような作業、一歩半歩間違えれば即死の細い道を、神経をさらに細く鋭く尖らせながら、進む。
――風が吹く、追い風から、向かい風、木々に拒まれ歪に吹きすさぶ隙間風が、頬を撫で催涙煙幕を流し、木の葉が揺れ落ちる。足を踏みしめる度、枯れ葉が小さな音をたて崩れ原型を無くす。周囲の息遣いから緊張の度合い、羽虫の羽音、煙幕の広がり、此処にいる自分以外の人間の正確な位置まで――極限細緻まで研ぎ澄まされた五感に第六感が、必要不必要問わず不特定多数に情報を積算する。
思考が加速し、無意識が拡大、本能と理性がマグマのように活性化し、氷山のように静まり返る。
自分は、実に効率的に人を殺せる。殺せた。
思い出す、思い出し、思い出した。
まず、呼吸をするように足下の小石を走りさま蹴り上げ、油の染みた細い糸に、その小石をくくりつけ固定、射程圏ギリギリから木々の隙間を縫うように飛ばし、体勢を低くしていた狙撃手の近くの木に巻き付け、
小型着火装置を指で擦り、点火した。
瞬間、狙撃手が引き金を引く。照準は、正確に俺に向けられていた。首を捻り、最小限の動きで交わそうとして――フェイント。
点火に使った物を手放し、足に力を入れながら、腰のホルスターから拳銃を抜き出し、大きく飛び下がる。
コンマ数秒の後に、俺が居た空間を、さらなる伏兵の突撃銃辺りのライフル弾が貫き蹂躙し、飛ぶ火花が俺の撒いた油にさらに着火。木々がさらに燃えるだろうと冷徹に判断しながら着地、ならぬ着木。飛び下がった勢いを木で止め、愛用の小口径・自動拳銃を、照準すらつけず気配の方に撃つ。粗末な消音機器から吐き出された小さな一発の通常弾は、轟音と共にライフル弾を吐き出し宙空や木々を蹂躙し続ける的とは、正逆の結果を生む。
頭を撃ち抜かれた的が、悲鳴もあげず永久に倒れ伏す音と、弾切れした突撃銃の連続した空砲音を聞きながら宙空から身をひねり着地。
――そいつなりに、必勝必殺を確信してさっきの流れを仕組んだんだろう。
近くで息を呑む音が、木々や枝葉が燃え始める音と、遠くのうめき声に紛れ聞こえた。
「――出てこい、」
口調は俺だ。
俺……?
――俺は、俺だ。
昔の感覚が蘇り、少々フラッシュバックしてしまったらしい。
まあいいが。
異常活性した五感が、俺に場の状況を正確に伝える。
――狙撃手は無力化、伏兵はゼロ、小男は健在、そして――
「ネタは割れてんだ、屍人形師」
――死体を複数体、人形のように、屍人とは違って生前に近い動きで操れる能力者がいるらしい。裏の住人でも知る者は少ない情報。
ネタが割れてるのに驚いたか、露骨に息を呑む気配が伝わる。
「出てこいよ、此処まで潜り込まれて、ここまでやられるとは――」
嘲りながら、背後からコソコソと近寄り、なかなかの踏み込みで毒太刀片手に突っ込んで来た小男に、回避できないタイミングで半身反らし、鉛玉を叩き込む。
のっぺら面が割れ、顔面に小さな穴が空く音。駄目押しに、袖から滑らせた掌より小さいスローイングナイフを――眉間に、押し込む。
「――思ってなかったのか?」
小男は、太刀が触れるか否かの至近距離で痙攣し、面の割れた――もう何年か前に事切れたような素顔を晒す。
腐敗が進んだ、夏場の死体を掘り起こしたような、そんな顔だ。
どういう力が働いていたのか。
完全な詳細は不明なのが"異能力"の性質だが、やはり疑問は疑問。頭の隅で気にはなる。
俺はコレと斬り結び会話を交わした筈。
繰り糸の主は、操り人形を使って腹話術までできるのか。多芸だな。
いや、弱点か。
多分、能力者との間に微妙で歪な精神上の繋がりがあるんだろう。
情報通り、痛覚が死んでる使い捨て操られ死体ならば、あそこで――この猛毒小太刀で刺された時――暗殺者的に、引きはしなかったろう。
異能力者ってのは、やたら強力な反面どこかしら歪で無駄が多いもんだ。
隊長を見てっと、よく解る。
感想付け、眉間にスローイングナイフの柄を生やしたまま膝を崩し、倒れ行く小男から、その手の猛毒の太刀をかすめ取る。
暗殺者の死体が扱っていた得物は、鞘から抜く時のように、あっさりと対刃グローブの手に滑った。
――屍人形師の能力は、脳に作用しているらしい。
まぁそこが健在じゃなけりゃ、手足五体全てフルに使う、さっきの小男みたく戦闘行動を繰り糸で直接操作する事になる。
それを複数体ってのは、ちょっと有り得ないだろ。
そんな行き過ぎた異能力者ならば、秘匿されていようとすぐさま異端審問部の情報網に引っかかり追い立てられ、異端審問にかけられて十字架に吊されてるだろ。
ならば死亡後もある程度健在な脳味噌を――肉体が五体満足のまま死んでいく時、最後に機能を喪うのは脳だ――その精神感応だか操作だかで弄くって、生前の動きや経験を最低限トレースさせ、死亡前に近い状態を防腐剤やら改造やら錬金術やらである程度保てば限界は在るにしろ、あら不思議、魂の抜けた意のままに弄くれる殺人人形の出来上がりだ。
爪弾き者集団、十三隊にもその手の能力者は居る。
双子姉妹が二人セットで必要な能力だが、死体を操れるという点では同一だな。タチの悪さでも。
「――何故、解った」
――気配は全く感じない。
だが、俺が、"居る"と判断した地点、木々が死角になる場所に視線を固定し、歩み寄ろうとすると、そんな僅かに震える陰気な声が聞こえた。狙撃手のスコープ越しの視線からも気を配りながら、そこで足を止める。
気配を消すのに関しては、大した技量と言えるだろう。
しかし消極的で陰険で回りくどい戦術といい、能力の性質といい、小心者らしいな。
しかし何故、ときたか。
それは笑える。
意識せず、陰気な笑い声が漏れる。
呼応するように、森の木々に留まり羽根を休めていた渡り鳥かなにかが、火にまかれまいと飛び立つ羽音。
風がそこそこ吹き、それで更に燃え広まるだろう。
それでいい。その方が逃亡者としてはやりやすい。
「……何が可笑しい」
声はすれど、未だ木々を挟んでしか喋れぬ小心者が苛立ち紛れの陰気な声を出す。
因みに何かを仕込んでいるとかこっそり移動しているという気配も無い。
万策尽きたかまだ何かあるのか。まあいい。猛毒の太刀の峰で肩を叩きながら、答えてやる。
「――ヴァルカの野郎だよ」
「……何だと?」
ばちぱちと枝葉の燃え広がる音に紛れたような、予想外、そうとしかとれない単純な声の響きに、演技だと考慮しても笑わずにいられないモノがあった。
「くくっ、わかんねえのか? 情報の横流しだよ。あの馬鹿に探られてた事も気づかなかったのか? 屍人形師」
あの馬鹿の――ヴァルカからの流される情報を中心に、幾つもの情報屋から掛け持ちし、得た裏の住人リストで、取り分け目立つテメェの情報だ。
「お互いに嵌めて嵌められて、結局最期は共倒れか」
なんとも馬鹿らしい、滑稽だな、おい。
「互いに、とは」
「ヴァルカを殺った、小男の死体を操ってたのはテメェだろ。だから、テメエは俺に殺されるんだ」
「図に乗るなよ、矮小な暗殺者が」
矮小か。また随分安直な表現だなおい。
そりゃ暗殺者なんてモンは、寝首を刃物で掻けりゃ誰でもなれる安易な下衆だからな。
透刃なんてのも、結局は其れの延長線上でしか無い。
「なに、死体の影でこそこそしてる変質者にゃ負ける」
肯定も否定も無い沈黙。
まぁ野郎が何をほざこうと完全に信じる事は無い。
「そういや知ってるか? テメェの悪趣味な人形。そのヴァルカの恩人が入ってるっつー事」
「…………」
敵の言葉に耳を貸さない。奴とてそれは同じなのだろう。返答も反応も無い。
事実なんだがな。人の怨みってのは、なかなかバカにできたもんじゃない。
しかし結局、自分で見聞きし、頭捻って判断した事が、保身と虚偽にまみれた裏の住人たちにとっては、最も真実に近いんだからな。
そういえば、あの倉庫の中に潜り込んできた、ヴァルカの皮を被ったモドキ。あれは、もしやコイツに繰られた……だとしたら成り代わりを最期に懸念して、自分で…………あの馬鹿野郎なら、有り得る事だな。
だが野郎は死んだ。それは、変わらない。
そして、俺はコイツを殺す。それも変わらない。
だべってる間に森が燃え、回ってきた炎熱で浮かされた頭で、そう結論。再任。
「ま、地獄であの馬鹿に会ったら言っといてくれや。テメェら、やっぱり馬鹿だ、とな」
「なにを――」
これ以上、問答をするつもりは無ぇ。
台詞の途中で、特徴の無い木越しに、俺自身に気を向け過ぎていた、奴の首に巻き付けてた鋼糸を引き、
首を落とした。
鮮やかに切断された名残かやや遅れて鮮血が見え。
落ちた首が、地に転がる。微妙な角度で、生首と目が合う。
死亡以前に、単純に腐った外道の濁った目だ。
感想が頭を掠めた瞬間、丁度其処に、俺がこっそり野郎の首を落とすテコに使った、既に火が燃え移った木が、軋み傾きゆっくり倒れ――野郎の死体と生首を下敷きにした。
それが、暗部組織の構成員、異能力者、屍人形師の、呆気ない最期だった。
特に語る感想も無い。
依然拡張し、戦闘態勢を整えていた五感と第六感は、場から火の手以外の脅威は消滅したと訴える。唯一の生き残りは俺と、火にまかれて身動きできてない狙撃手のみ。逃走者は、ゼロ。
手向け変わりに太刀を持ち主の、小男の死体の前に刺し、陰鬱な息を吐いた。
久しぶりに、本当マジで久しぶりに全力以上の――透刃と呼ばれていた暗殺者時本来のスペックを出した。
筋繊維に神経の過剰酷使……これで、当分動けんだろうヨ……
さて火にまかれる前に逃げるかと、戦闘態勢を解こうとした。が、
「――て、たすけてっっ!!」
……悲鳴が、限りなく嗚咽に近い甲高い声を、危機に対応する為に研ぎすまされた聴覚が捉えた。
…………この距離と方角は、あの狙撃手以外居ねぇよな……女だったのか?
「たす、いや! 熱い、熱いのいやだイヤだイヤだ!! 助けて、誰か、あついよ助けてえ!!」
……自己保身の為の演技か、俺が哀れみを覚え寄る事を期待した罠か。どっちかだな。
戦闘態勢にはいっていた名残か元々の性質か、冷たい脳内ボイスがそう語る。
ま、どっちにせよ俺が助ける義理は無いわな。
火の手も差し迫ってきた事だし、逃げ遅れる訳にはいかねぇ、と、踵を返し、狙撃手とは反対方向に疲労で重い足を前に進めた直後。
「――おか……さん……っほ、ごほ……っひく、おとう……さん……ぅぅこほ」
…………子供かよ。
声は大人のソレだが、何か、酸欠か一酸化炭素中毒に犯されてそうな息遣い。それに子供のような言葉使い……
……例えば、何かの類似したキッカケで過去のトラウマじみた体験を脳内再生する……フラッシュ・バックという現象。
……そういや、あの声。
どことなくあのしょぼい暗部の火傷女と似ていたような。
ま、どうでも良いか。と改めて歩を進めた。
「――……て、けほ……あつ、ぃ……く……しぃ……よぅ…………おかぁ、さん…………」
…………本当に子供みてぇ……やば、足が動かん。
……保護ワードに反応しちまったか。
だがなぁ……
足が止まり、子供みてぇな、という言葉に迷いが生じた直後。
俺の真横の、木が倒れ始める音――見ると、俺に直撃するコースをとる焼けた木が、メキメキと軋む音をたて――
とっさに地を蹴った。とりあえずの安全圏への脱出。
向かっていた方向とは、逆の。バックステップで、避けた。
…………何やってんだ、俺。
燃え盛る倒木を呆然と見て、進む道が、合流する道が途絶え、火にまかれる可能性が急上昇した所を見て。
……まあ、良いか。
陰鬱な溜め息を吐き出し、熱風吹き荒ぶ中、踵を返した。
……ま、情報が入る可能性もあるしな。
――老若男女問わず、言われるままに殺してきた。
それは今でも、必要と在れば躊躇いなく手を染め、重ねる悪事だ。現にさっきまで俺は、その瞬間までなんの躊躇いも呵責も無く、殺しをしていた。 相手も暗殺者とはいえ、弁明も償いもできない、立派な悪業だ。それ位の常識は、あの行方不明の保護者に叩きこまれた。そこから世間を眺めて、紆余曲折色々あって今の俺がある。
だからと言って殺人を正当と言い張るつもりも、改めるつもりも無い。
俺は、根っからの暗殺者だ。物心ついて十余年の月日は、俺の素質ってやつは、確かにどうしようもなく否定できないくらいそれを証明し肯定している。
それだけが能だった。
過去のことだ。
だから変えられない。
悲観じゃない。
事実だ。
罪悪感も後悔も無い訳じゃない。その事で一時期鬱に入った事もある。
多少開き直っているのと、淡白なだけだ。
俺はあの糞親から解放されて、あの行方不明保護者に引き取られて。
俺は俺が、最も不快じゃない道を歩むと決めた。
そして子供は殺さない、殺させないという指針を定め、殺し過ぎた俺自身への、せめてもの慰めとして。
俺は生きて、いつか――