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見えざる刃 上


「――よう、お目覚めかい。副長ドノ」


……はて、俺は低血圧では無いハズなのだが、なんか体中気だるいし、思考が回らん。

 起きがけで聞きたくもない濁声なんぞ聞いたからだろうかね。


「……なんかオレに失礼な事考えてねぇか?」

「気のせいでしょう」


 眉をひそめる中途半端なツラの意外と勘のいい部下に、しれっと答える。事実だしてかンナ事ぁどうでもいいんだ。


「そんなことより、どういう状況ですか、これは」

「ああ? 怪我人が医務室に居んのは当然だろ」


 ええい鼻糞ほじりながら抜かすなこの馬鹿野郎。わざわざテメェなんぞにも丁寧口調使ってんのがアホらしく思えてくンだろが。俺はそんな事を聞いてんじゃねぇっつーに。


「医務室というなら、何故壁が無い、というか破壊されているのですヴァルカ?」


 なんか最初うとうとしながら寒ィと思ってたんだよ。したらなんか寝ぼけ眼に夕暮れ空と街並みが一望できる、壁の大穴という言葉すら生ぬるい、隊ちょ……もといドラゴンあたりに薙ぎ払われたような破壊蹟があるじゃねぇか。

 なんだこりゃ。

 真っ先に俺が思い至った可能性以外の解答を教えやがれヴァルカ。


「何故も糞もないっつーか解るだろ。隊長だよ。ソレやったの」


 遠くの空から、鴉か何かの耳障りな鳴き声が間抜けに響く。

…………だよなあ、それ以外居ねぇよなぁんな非常識な馬鹿力と馬鹿思考。

 ほじくり出した鼻糞をその辺に飛ばしながらアホ部下は、想像と寸分違わぬ濁声解答。


「副長がぶっ倒れて、滅茶苦茶不機嫌になって八つ当たりにソレやって、んで誰も立ち寄るなと一喝。だぁれも立ち寄れず副長も壁もそのまま放置、ってな。ちなみに俺はその壁から侵入したんだがな。隊長、寝てるみてぇだし」


 激しい頭痛と胃痛にうなだれ、絶望する俺。

 嗚呼、始末書と請求書が……王城の外壁の修繕費って幾らかなあ……

 ていうか、この糞冷える地域の壁を壊した上に毛布一枚で放置とは、季節と天候次第じゃ凍死するぞなあおい俺の上でいびきかいてるちみっ子よ。

 なんでテメェが俺の真上で惰眠を貪ってんのか含めて答えろ。

 という俺の眼光が、寝ぼけて俺の病人着に甘噛みする、噛み癖持ちのガキンチョに通用する道理もない。

 増してきた頭痛や胃痛を堪えつつ、紛らわしに眉間を揉む。


「しっかし、アンタがあの手の行動に出るとは思わなかったぜ」


 濁声に顔を向ける。ニヤニヤした中途半端野郎。

……あの手の行動。語るに及ばず俺が重傷を負った原因だろう。

 阿呆に同意するのは癪だが、確かにアレは我ながら無茶やったなーとは思う。


「それを聞きにわざわざ?」

「まあな」

「城の外壁よじ登って?」

「まあな」


……城の医務室って、三階だぜ?

 何やってんだ、コイツ。


「……気になってな。アイツは……副長が助けたガキは、俺の知り合いだからな」


……んなバカな……と言いたいが、フカシ吹いてる雰囲気じゃないな。

 らしくもないマジな目に、ほんの数瞬ほど言葉を詰まらせた。


「それは、災難でしたね。その知り合いは?」

「無事だ」

「それは何より。一応、デスクワーク派と云えど騎士ですのでね。護るべき市民が無事なのは、」

「誤魔化すな。ありゃあ、ンな義務感からくるとっさにとか、そういう反射のレベルじゃねぇ。その後の対応もな」


 腐っても馬鹿でも暗部か。単純なれど、確信に満ちた顔だ。

…………畜生、失敗したなぁ……だが、動かなけりゃあのガキは潰されてたんだ。仕方ないと思っとこう。


「……だから?」

「だから、」

「――……っふぇ?」


 語る気のない言葉を、馬鹿がオウム返しにしたその時。

 何に反応したのかガキがうめきながら身を起こし、キョロキョロと寝ぼけ眼を巡らせ、最終的に俺を見て、呆とした直後赤茶けた眼を潤ませ、表情をぐちゃぐちゃに崩し、


「――らでぃるぅぅぅっ!!」

「ぐべっ!?」


 こちらが反応するより早く飛びつき、喉仏に頭突きを入れられた。咳き込む。

 ――な、に・しやがる!


「ーらでぃる、らでぃるらでぃるっッ――らでぃるぅぅぅぇえええぇえええっッ!!」


 人の名を、この世の終わりみたいな風情で絶叫しながら、泣きじゃくるガキ。

 それに何か言ってやろうにも、何も言えない。主に喉仏を石頭に押し込められ、軽度の呼吸困難に陥ったせいで。


「らでぃるらでぃるぅぅぅぅ、死んじゃったかと、もうらでぃるとぅビぇエエエエエエエえ!!」


 あー五月蝿ぇ五月蝿え!

 たかが足の骨が露出してたり脇腹に瓦礫が突き刺さったり目玉が片方ちみっと飛び出してただけだろうが! 地竜(アース・ドラゴン)の尻尾にぶっ飛ばされてその程度…………思い出しちまったじゃねぇかこのヴォケ!

 瞼に再現されるは、気を失う前の……戦場。



 ――敵国からの新手の攻撃か天変地異か、竜種族の中でも温厚で血を這うしかできん分、単純破壊力と頑丈さは随一の地竜(アース・ドラゴン)、それがここサーガルド王国に、五体も襲撃してきやがったのだ。これ前例に無いコトな。

 そして間が悪いことに、その竜相手に単体で、五体だろうが十体だろうが問題なく対抗、処分できるであろう我らが第十三部隊隊長ドノが、ドコゾへと行方を眩ましていたのださあ大変。

 基本的に、銃火器といった類のブツは、旅人達が携帯するような軽量の安物でも、そこら辺の魔物を狩る分にゃ不自由しない。正式な装備を持つ国お抱えの騎士なんかは、当然それらより良いブツが揃えられている。

 ただ如何せん、竜種族の竜鱗に通用するような技術は無い。まして、竜種族最硬の地竜。止められんヨ。結果、騎士達の豆鉄砲攻撃虚しく、城壁やら外壁やらがブチ壊されましたとさ。

 んで防衛戦線を突破され、住民とオ国を守るため、地竜(アース・ドラゴン)の足止め任務が騎士団全員に通達が行き渡り、んで竜の一体を我らが十三部隊がなんとかかんとか足止めしていた最中、そこで漸く隊長帰還。竜共が哀れになる位の虐殺っぷりを披露する。

 そんな中、吹っ飛ばされた竜の着地点にガキの姿を見つけ、ガラにもなく捨て身で救出。

 んで運悪く怒り興奮する地竜の目に入り、せめてガキはと安全保障の高そうな所に放り投げ、俺はトゲ付き尻尾攻撃の直撃を食らったのだ。

 いや騎士鎧なんぞ紙だね紙。攻撃の進路上に張った鋼糸もブッチンブッチンチカラワザで切断され、んで自然の摂理に従って吹っ飛ばされ、件の状態になりながらもトドメ刺されてたまるかとムリクリ意識を保ったまま、隊長が雄叫びをあげるまで、あの誇張無しの大怪獣とにらめっこ。イヤ冗談無しに相当しんどかったぜ。



「――……なんで、あんなコトしたんだ」


 ひとしきり泣きじゃくった後、若干落ち着いたガキが喉仏を抉るのに飽きたのか、顔を上げて口を尖らせ眉を吊り上げ非難するような目と、低い口調で聞いてきた。

 それに俺は色々と文句やら悪態やらをつけたいトコロだったが、呼吸困難から解放され荒い呼吸をしている為に、何も言えない。


「……らでぃるは、フォリアより他のオンナの方が大事なのか?」

「なんだそりゃあ」


 ネタ元を問いただしたい内容はともかく、いつになく神妙に語るガキに、副長の仮面ではなく、俺個人の口調で対応する。

 それとさっきから横で笑い転げとる阿呆部下。後でシメる。


「……あのな、フォリアは、らでぃるが大事なんだ」


 何を言い出す。


「傷ついて欲しくなんかない、のに……」

「デカい方は、日常的に俺を傷つけてる気がするが」


 肉体的精神的問わず、それも割と生死に関わるレベルで。


「……アレはフォリアだけど、フォリアじゃない。フォリアはな、フォリアは……」


 いっぺんに何回テメェの名前言ってやがる。それとその目ェやめろ。

 らしくない。


「……それともフォリアがそんなんだから、"いたん"だから、らでぃるは、」

「それ以上ほざくな」


 聴くに耐えん。

 見るに耐えん。 

 なんだ、特にこのガキの懇願は格別にソレだな。


 ――気に食わん。

 

 ついでに俺の一言で借りてきた猫よろしく震えんのも気に触る。

 頭を撫でてやるも、不安は消えていない。

 違うだろが、テメェはもっとアホみたく笑え。それがテメェだろうが。

 そんなツラは、壊れそうな感じは似合わねぇんだよ。


「テメェがどうあろうと関係無ぇ。俺は俺のエゴに従うだけだ」

「……らでぃるぅ」


 だぁら、それを止めろと云ってんだろ。


「俺が、今までいっぺんでも、そのコトでテメェを疎んだコトがあったか」

「……ちょくちょく」


……確かに、コトあるごとに口走ってた気もする。

 主にこのガキが、(おれ)の私物や、公共物とか重要建築物を粉砕したり破壊したり、なんかの動物の習性みたく(おれ)の部屋に魔物の死骸を持ち込んだり(大概大型。部屋の扉の都合上入りきらないからと死骸を解体して部屋にばらまいたりする)、あと(おれ)の頭骨を噛み砕こうとしたりした後にだが。


「……あれらはどっちに非がある? そして俺はその後にテメェを見捨てたか?」

「…………、」


 無言で首を横に振るガキ。

 そりゃここで肯いたらキレる他ないだろうからな。俺が。


「だろうが。今さら面倒臭ェコトほざいてんじゃねぇ」

「……面倒臭ぇって」

「あー、ったく……いいか、いっぺんしか言わんからな? よっく聞いとけよ」


 仕方ねぇ、これは仕方ねぇ……コメカミを押さえつつ、眦をしばたかせるガキを見る。

 駄目だ。

 このままじゃ、マジで泣きそうな感じだ。 

 仕方ねぇ。


「俺は、」


 まぁ丁度良い。

 暗部野郎(ヴァルカ)も聴いてる。

 面と向かって言う積もりはねぇからな。

 間接的に伝えてやる。あの糞爺に。

 俺の意志を、


「ガキを、テメェをマジで泣かす気は無ェ。下らない目に合わす積もりも無ェ」


 俺はもう、違うってコトを。


「笑ってろ。その為に俺が居る」


…………何故頬を赤らめる。


「……こ、こもど、じゃなくてコドモだから、ふぉりあがそうだから言ってんだ!」

「ああ」

「――っ?!」


……なんだ早とちりするな、その小動物みてぇな顔止めろ。

 というか、いっぺんしか言わねェんだからちゃんと聞いとけ。


「テメエのコトは、その、なんだ……気に入ってる、っつーか、ガキで嫌いとか好きとか以前にだ」


 そりゃなんのかんの言いながら何年の保護者被保護者の付き合いだ。

 手の掛かる世話の掛かる腹立たしい阿呆ガキだが、俺とて情くらい移るっての。


「あー……兎も角、テメェは俺に迷惑掛けてりゃいいんだよ。それで今更見捨てるかっつーに」


 しかしなんとなく、むずかゆいというか、気恥ずかしさも含めこれで終わりとばかりに視線を反らす。異常なまでにニヤついた阿呆部下が目に入った。いつ殺そうコイツ。


「――りゃでぃりゅーーっっ!!」

「ぐぼぁ!?」


 鼓膜を振動させる感極まったようなでかい涙声と、頬にめり込み脳を揺する重い一撃に視界が暗転、意識がトんだ。





「――よう、お目覚めかい副長ドノ」


……何故同じシチュエーションだ。


「……どれぐらい気絶していた?」

「隊長が嬉し泣き疲れ寝てから十分ぐらいだな」


 ガキ相手に不覚、ってか鬱だ。

 つーかこのガキ、なんで人の頬を頬張ってんだ。


「あむ、あむ」


 甘噛みすんな! テメェの八重歯は無駄に尖ってて地味に痛ぇんだよ。つか歯形が残ったらどうしてくれる!?

 頭を両手でひっつかみ、ひっぺがすとちゅぽんとかいう音。

……どんだけ吸い付いてやがったんだ。


「あついあつい。イヤァ、見事な手腕ですな副長ドノ。いたいけな幼女をこうまで」

「死ね。余すところ無く死んでしまえ」


 厭に気色悪い笑顔でわざとらしい喝采を始めた阿呆を睨む。


「おぉ恐。そんな感じの眼で、審問官を殺したのか?」

「……ああ?」


 なんだ、またやぶから棒に。


「当時、秘匿対象であった今の十三部隊隊長の脱走。それに偶然関わったテメェは、出会ったばかりの対象を逃がす為、王国の暗部構成員二名と、異端審問官三名を殺害」


 野郎は表情を動かさず、公にされていない裏の事実を淡々と述べる。

 それになんとなく、手入れされてないテメェの白髪に手ぇ突っ込み軽く掻き毟る。

……ま、手加減できる程器用でも強くもないからな。しかも負傷したし、流石にあの糞爺をその状態で相手にするのは無理だったが。


「んで逃走の果てに、オズワルテ大臣に敗北。あえなく御用、てな出会いの経緯は知ってるぜ。俺、暗部構成員だからな」


 そりゃ暗部構成員なら、監視対象に関する多少の情報が掲示されるだろうよ。


「知ってる」

「え?」


 緊迫した空気になりかけたが、その一言で予想外とばかりに目を剥く阿呆。

 知らんと思ってたのか。


「いや参った、流石は副長、いや、流石はかつての透刃サマ、か」


 ――おどけた風に言っているが……


「――何が目当てだ」


 存在そのものが秘匿とされる諜報組織・暗部構成員が、その証を――知り得ない秘匿情報を晒すコトで立てたんだ。これはただ事じゃない。

 自然、鋭くなった視線に呼応してか、野郎のただでさえ細い目が、更に細まる。しかしどうにも威圧というか、敵意を感じない。


「……いや、なんで副長はそもそも、ガキに固執してんのかと考えてたんだよ」


 売れない役者よろしく、肩を大仰にすくめながら、野郎は挑戦するように言う。


「アレか。さっきのアレが、笑ってろってのが命張る理由なのか?」

「ついでに、死ねば二度と笑えんだろう。今回の負傷は、そういうコトだ」

「はは、ガキの為に、異端審問官にも喧嘩売るのか。そんで国に目ェ付けられて、体に変なもん入れられた挙げ句隷属させられて、その上でまだそうだってのか?」

「そうなってんだろ」

「は、アタマ狂しいぜ、アンタ」


 恐怖に引きつったような声。

 野郎の目を見る。理解出来ないモノを見る、人間の目だ。

 アタマ狂しい? 当然だ。そうでなけりゃ俺は、大多数の同輩みたく、とっくにあの糞親に処分されてる。痛みを感じ続け狂気に順応し知恵を付け勘を研ぎ澄まし、その上運まで味方に付けなきゃ生き残れてなかった環境だったんだ。

 大多数の正常とは外れるを強制する環境。大多数が野垂れ死に、或いは手をかけて往く中で適応し、生き延びた俺は。オカシイ。


「だから、俺は此処に居るんだろうが」

「――っ」


 何やら一瞬、体を驚愕したように大きく振動させ、目を見開く野郎。

 なんだと訝る最中、中途に開いていた口が動く。


「――惚れた」


…………危険と判断。害虫と断定。さて銃か鈍器の類は、と。あ・丁度いい、鼾かいてるのが手元に。


「いや待て。そういう意味じゃねぇ。隊長を持ち上げるなそれは鈍器とは微妙に違うだろがっ!」

「……なら、どういう意味だ」


 必死な形相で違うとほざく害虫疑惑。一応言い分を聞くだけの冷静さは残っているが、火事場の馬鹿力の要領もしんどいんだぞ。さっさと遺言を遺せ。そしておとなしく土に還れ。


「お、おう。俺は、副長の手下になる。いや成らせてくれ」

「……ああ?」


 何を言い出すんだ、コイツは。


「俺は暗部の構成員で、副長と隊長の監視役だ。この意味、副長なら判るだろ?」


……確かに、二重間者とか情報操作とか活用も出来るだろうが……信用できねぇぞ。


「俺は、副長の在りように惚れたんだ」


 と、この男からは見たことの無い真剣な表情で跪付き。


「だから俺は、アンタを裏切らないと誓う」


……なんとなくイラっときたので、鈍器(ガキ)で殴り倒した。ちょっと脱臼しかけたのは秘密だ。



 ――まあ、それからなんのかんのでヴァルカ=アルドーは、その愚直さと諜報活動の腕前だけは信用に値する手下になった訳だ。

 文字通り、死ぬまでな。







 ――そんな昔話の夢を見た。

 その日、残滓に微笑まれ面倒な事を押し付けられたその日。二度目の夢でだ。

 胸糞の悪さと眠気を堪えつつ、即席に計画を練る。まぁ悪かないと判断。


 へばり付くガキ共を押しのけると、見張りに言付け、計画を説明。かなり渋られたが押し通し、俺は一人で集団を離れた。

 今は早朝よりはやや早い時間帯。小川のせせらぎやら鳥の囀りやらを聞き流し、湿った土を踏み歩く事を止め、辺りの樹林を一瞥。

 手に持った容器の中身をちびちびとぶちまける。

 手早く木々の隙間に、同じ液体を染み込ませた糸を巻く事も忘れない。

 それを先から繰り返していた。

 しかしそろそろ良いだろう。後一ヶ所で、ときびすを返すと、樹林の枝葉が不規則に唐突に――人為的に大きく揺れた。



 ――気配は、微かだが最初から、昨日の大立ち回りから一部の部下たちと俺に解るくらいに匂わせていた。しかし接触や襲撃は無く、ただ一定の距離を置いて付いて来る。体力と精神をゆっくり削りとる、されど逃がさず最終的に磨耗した所を仕留める、狩人(ハンター)の手口。

 典型的な正攻法。だからこそ効果的で、対応策の無い人間や魔獣なんかはこれにハマり狩られるだろう。

 だが、当然俺たちは魔獣じゃねェし、真っ当な人間でも無い。より薄汚いまでに狡猾で意地汚い俺が指揮する、腕だけはたつ爪弾き者の集団だ。


 極僅かな着地音。発信源を見る。


「――何をしている」


 嗄れた声、詰問じみた口調で口開く。

 特徴どころか色彩すら無いのっぺら面を被った、猿に類似した体格の見知らん小男。


「何をしていると聞いているのだ、ラディル=アッシュ」

「何って、木から降ってくる猿モドキに云われる筋合いは無ェよ」

「……微かにだが、貴様が撒いていた液体……油特有の刺激臭がした」


 指摘に、なんだ判ってんじゃねぇかと嘲笑う。

 そりゃ森を燃やされるとなれば逃がす確率が上がる。しかも作業をしているのは一人。出てこざる負えんだろう。罠だとしても。


「ところでお前、暗部だよな」


 薄く笑いながら、質問に答えない、カギナレタ血の臭いを纏う、雰囲気から間違いない小男に問う。只の確認を。さてヴァルカの阿呆曰わく出はっているという話だが、どこまで真実と食い違ってるのやら。


「テメェか、ヴァルカの阿呆を仕留めたのは」


 単独じゃねぇと思っていた。

 あの阿呆は腕がたつ。先日、俺が射殺したモドキ程度の手合いじゃぁあの阿呆が仕留められる事ぁ無いだろうと思うくらいには、あの阿呆の腕前を評価してんだ。そしたら案の定、モドキ以上にヴァルカの阿呆の血を染み込ませた奴が出て来た。


「私怨か。臭いは嗅げるようだが、そんなもので動くとは。かつての異名持ち暗殺者と在ろうものが、墜ちたものだ」


 否定の言葉は無く、暗殺者がかつての暗殺者に向け、嘲笑する。面は顔全体をカバーしてるから雰囲気でだが、覚えがある蔑み口。

 そういや、例の糞爺にも似た事を云われた覚えがあるな。と思い出し、その辺に唾棄する。


「別に、私怨そのもので動いてるワケじゃねぇ。俺たちを追ってくる奴が、始末すべき邪魔者が、」


 言いながら、奴目掛け中身が半端に残った容器を無造作に投げる。獣じみた動きでそれを交わしながら、奴は針を複数投射。正確には解らんが刀の鞘で自分に当たる分だけ弾き、その間に無音で間合いを詰めて来た奴の仕込み刃を、同じく鞘に納めたままの刀片手に逸らし・残った片手で手首に仕込んでいた掌サイズのナイフを挟み、奴の首筋に入れようと突き出すが人差し指と中指で受け止められた。

 至近距離で拮抗し、口の端をひきつらせ、


「――偶々、オトシマエ付けさす相手だっただけだ」


 偶然か、死んだ阿呆の計らいか、そんな遭遇に感謝し、ニヤリと不敵に笑った。

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