エピローグ・せかん
――あ〜、念の為言っておくが、俺はロリコン(注・ロリータコンプレックスの略称。幼女をアレの対象として見る、愛娘を保つ親御さんの害虫的存在全体を指す)ではない。
その証拠に、俺の体の上からしくしがみついて寝入っているほぼ半裸の幼女に、全く劣情が沸いてこんし。
うん?
じゃあ、何故に幼女が半裸でテメエの上で寝てんだよこのロリペド野郎が。
だって?
はっはっはっはっ。キリコロスゾテメエ。
何故にガキが俺の上で寝ているかと云うと、このガキが、俺に無断で潜り込んできたからに他ならない。
ほぼ半裸なのは、ただ単にこのガキのアタマがユルいからで――さて、どうしたもんかね?
案外に触り心地の良い、ガキの薄い桃色の髪を弄くりつつ、思考。
「――ィる〜〜……みぃ〜〜」
「……猫かテメエは」
なんか、奇声を発しつつ擦りつくガキに苦笑する。
テメエは、寝ててもそんなんか。
そんなだから、往く先々で俺が性犯罪者みたく観られんだよ。
てか、俺は寝ていただけだってのに、俺のせいではないこの光景を誰かに見られたら、社会的に抹殺されるのは俺だけ……理不尽だ。
「ぅ〜〜……りゃいひゅきー」
……うし。段々ムカついて来たぜ。
このまま勢いに任せ、いつものごとく武力行使で蹴り起こそうと――
「――お客さん、食事の方がもう出来上がって……」
――した瞬間、安宿のボロい扉が開く音と、安宿の主人の平凡なオッサン声が、ほぼ同時に聞こえた。
――ノック位しやがれテメエエエええェェ!!
「あ、ああ! 幼女を――ろ、ロリコンだ!! 大変だ誰か! やっぱりロリコンが幼女を襲っている!!」
聞くだけで分かる程に混乱しているらしく、俺ら以外泊まり客が居ない筈の安宿の中、ソッコーで致命的なまでに人聞きの悪い事を絶叫する主人――ってぅおい!
――瞬時に回想されるは、昨日のこと――
『部屋を一緒で……失礼ですが、お二人はどういった間柄で?』
『保護者と被保護者だ』
『お嬢ちゃんはお兄さんと旅行しているのかな?』
『……ううん。ラディルは、アリューシャのだんなさんなの』
――輝かんばかりの笑顔で、このガキがこのガキらしい寝言をほざいた直後、戯れ言と否定しながらガキを張り倒したのだが……
「ちげぇェ!! つかテメエ張ってやがったな?! やっぱりって、ガキの寝言を真に受けやがってヅラ風情が!!」
「黙れ性犯罪者ア!! ヅラではなあぁいッ!!」
やけに力一杯ヅラを否定するヅラ主人。
その典型的中年ヅラに、不自然極まる金髪カールがヅラ以外の何だってんだ? それともアレか。やや中年太りの癖して、毛根だけは元気ですとか言うつもりか。
ならその段々とズレて来てる頭髪をどう説明する。
――という意図を直接言うにゃあはばかられので、現在進行形でアリガタイ説教たれて下さる安宿主人には、その礼に――
「――あー、黙れ。誤解だ。オーケー?」
寝たまま、スローイング・ナイフでヅラだけを射抜き、ガキの首根っこ捕まえて立ち上がり、枕元に置いてあった刀に手を掛けつつ微笑み、誠意に溢れた"説得"をした。
殺気――もとい誠意が伝わったか、青ざめた顔で、首をかくかく動かすハゲ主人。
それを見届け、溜め息を吐く。
「――ふき〜」
今のは、俺じゃねぇぞ――寝言と呼ぶか、奇声と呼ぶか。
首根っこ捕まれた子猫よろしく、ガキがその両方だろう奇寝言をこぼす。つーか、何故まだ寝てられる?
――なんて、呑気に半眼で見てたのが、阿呆らしい失敗だった。
「――やりゃ〜、そなとこ……縛っちゃひらひの……りゃりるぅ」
妙に猫なで声で身をくねらせつつ縛、っておいコラなんの夢見てやがる!?
数瞬の硬直。
それがいかんかった。
「ひゃふ、……ン、らでぃる……そんな、トコ、んーー」
「や、やっぱり真正のぺげふぁ?!」
無言で、異様に悩まし気なガキに在らざる声音で寝言をほざくマセガキを、何か良からぬモノを受信し始めたハゲに、在らん限りの全力で放り投げた。
衝突する鈍い音、うめき声の後、双方共にピクリともしない。
――さて、上手い具合に、ハゲの記憶が飛んでくれてりゃ良いんだが……
ガキとはいえ、人一人をぶん投げたせいで筋を痛め、悶絶しながら、そう思った。
――やがて、痛みが多少マシになり始めた頃を見計らったみたく。
ハゲ共々その場に放置してたガキが、微妙に愚図りながら身を起こした。
「――? なんか、あたまいたい――ラディルう」
まず、だれこのひと? みたいな目で、昨日あらぬ疑惑を植えた際に会話した筈のハゲを見、次に頭を痛そうに抱え、俺を見て、涙の滲んだ金色の上目。
それに、嘆息で返す。
「……やかましい。そして上着を着ろ。説教はそれからだ」
俺の声に、ガキ――アリューシャ=ラトニーは、阿呆みたいに嬉し気にわらった。