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一番美しい一瞬

お題:彼女とサーブ

 彼女の足が床を離れる。しなやかな体は空中に浮かんで、次の動作の準備をしている。高く掲げられた右手が、同じく空中に浮かんだバレーボールを狙っていた。

 次の瞬間、スローモーションを突き破るように、彼女の右手が動いていた。手の平は見事にバレーボールを捉え、思い切り吹き飛ばす。バシンといい音が響いて、ボールはスピードをあげて飛んでいき――

 ぼすん、とネットに当たり、重力に負けて床に落ちた。軽快に何度か跳ねるボールの音が静かな体育館に響き、僕はどうにもいたたまれなかった。

 すっと視線を彼女へ戻す。彼女は、床に落ちたボールを見て何を思ったのだろう。顔はすっかり蒸気して、頬に、額に、顎に首筋に、汗が幾筋も流れている。少し開けられた口からは忙しなく空気が行き来して、目はじっと床を転がるボールを追いかけている。やがてぐっと口を閉じると、乱暴に顔の汗を拭って、次のバレーボールを手にした。

 左手にバレーボールを構え、彼女は静かに呼吸を整えている。静かな体育館に、その呼吸音はよく響いた。徐々にそれは穏やかに、落ち着いていき――やがて何も聞こえなくなったその時、彼女は動き出す。

 静かに左手でボールを投げ、一歩、二歩、無造作にも見える動作で足を踏み出す。そしてそこから、彼女は爆発的に飛び上がる。

 ぐっと足に力を込める瞬間が見える。一瞬太ももが硬くなり、それからすっと伸びていく。ボールを叩く直前、空中で体を伸ばしている一瞬。その一瞬の彼女の姿が、僕はとても美しいと思う。

 そして、右手は放たれる。バシン、とまたもいい音がして、ボールはまっすぐに飛んで行く。そしてまた、それはネットに引っかかった。

 もう何球目になるだろう。向こうにはネットに捕まり、床に転がったボールが何個も何個もたまっている。もうやめよう、と僕は言い出せなかった。ただ彼女は、じっとボールを見つめ、それからまた次のボールを手に取るだけなのだ。

 多分、彼女は無意識でやっているのだろう。じっと落ちたボールを見つめ、それから次のボールを手に取るまでの間。彼女は静かに、しかし力強く右手を握りしめている。けれどきっと、彼女も気づいているのだ。もう彼女の右腕は、以前までの筋力を残していない。痛いほど気づいているはずだ。

 それなのに彼女はまた空中へ飛び上がり、僕に一番美しい一瞬を見せる。

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