序章
突然で大変申し訳ないのだけれど、とある場所を紹介させていただきたい。
そこは「イヤヨ金融」という場所。業種は字面の通り、この町「水面町」にある金貸し業者だ。
そこは住宅が並ぶ一角にあり、純和風のかなり大きい屋敷を構えている。一見、普通の民家と間違えそうだが、それだけは、誰一人として、絶対、もう百パーセント確実、といってもいいくらいに間違うことはないだろう。
なぜなら「明上組」という、なにやら危ない雰囲気をプンプンとかもし出す看板が立ててあるのだ。そして隣に、かまぼこの板のような小さい表札に書かれた「イヤヨ金融」と言う字。そんな看板が出ている時点で、間違いなく金貸し業としてはヤが付く関係の方々の場所に決まっている。一般人は、絶対に近寄りたくない場所ナンバーワンであることは間違いない。
ここからは個人的な考えだが、そもそも金貸し業という職種は、暴行に始まり、恐怖、不幸の連鎖、返せぬ利子、水商売、臓器売る、死、といった負のイメージの巣窟と言った場所なのに――。
「………………のう」
「………………………………………………………………」
「…………おぉい、わしの声、聞こえとるのか?」
――なのにどうして。
「……社長が聞こえてんのかって、わざわざ聞いてんじゃろがぁっ! 返事くらいせんかいボケェ!!」
「はいーっ! 聞こえてまーーーーっす!!」
必死に、叫ぶように大声をあげ返事をする。
「うるっっせぇーぞぉっ! もっと静かに返事せんかいっボケがあっ!」
「すみませんでしたーーーーっ!」
イヤヨ金融の屋敷内で、怖いお兄さんたちに囲まれた中、ガクガク震えながら正座で座らされている僕、山本真名、年齢十五歳、高校一年生。今回の語り部である。それがどうしてこんな事態に巻き込まれてしまったのか。
「まあまあ、そんなに驚かしちゃかわいそうじゃろ」
そんなおびえている僕を見かねて、血気盛んな組員……もとい、社員を抑える人物がいた。ちょうど真正面に座っている着物を着こんだ老人だ。が、この人こそが、このイヤヨ金融の社長である明上護、今年で八十八歳、米寿。イヤヨ金融の社長……言い方を変えると組長。
「いやしかし、昔、この地域を治めていた一族の先祖である坊っちゃんが、どうしてわしらから金を借りたのか……昔からの蓄えが十分残っておるじゃろうて」
「………………」
そう、組長が言う通り僕の先祖は昔、この地域一帯を治めていた。広大な土地や、たくさんの使用人もいる。もちろん今でも蓄えは十分にあり、お金を借りる必要などは全くない。
「いえ……あの……」
が、事情を説明しようにも一言一言言葉に出すだけでも、こういう人たちの前では緊張するもので。なかなか口に出すことができない。うかつなことを言ったら運が悪ければ即日、運が良ければ翌日にプカプカと海に浮かびどざえもんとなってるのは間違いない。どっちにしても死んでいるのには変わらないわけだけど。
「あぁっ!? いいたいことあがるならさっさといわんかいコラァッ!」
「「「コラァッ!!!」」」
「ひぃいっ!?」
周りからも威圧される。特に一人だけやたら高そうなスーツを着た人物が、凄みながら僕の首元の服をつかみ、締め上げようとしてくる、ギブギブギブ。
「こらこらいい加減に離してやらんか。お前達も落ちつけというとるじゃろう? そんな脅すような態度とるから、ほれみろ、ますます萎縮しちゃってるじゃろうが。坊ちゃんも一度深呼吸して、落ちついてからゆっくりと話してみなさい、な?」
僕の首元をつかんでいた組員も、組長の言葉で手を離してくれた。そんな僕に対し、初めから変わらず柔和な笑みを浮かべ続け、言葉を待ってくれている組長。
なのに突然、ゾクっと、組長の柔和な笑顔を見た瞬間、全身が恐ろしいほどの寒気に包み込まれた。この人の前でこれから先、選択する言葉を間違えた瞬間、人生が詰んでしまう……ようは先程考えていた通りの出来事が起こる。そんな気がするのだ。これはきっと気のせいだ――と、思えるわけがない。実際に僕の体は震えが止まらず、額から冷や汗がボタボタと畳の上に落ちているからだ。
しかしここでいつまでも黙っていても問題は進展しない。
選択肢を間違えていませんようにと願いながら勇気を出し、震える唇から『その言葉』を口にした。
「あ、あのですね……僕、お金借りた覚えがないんですけど」