彼にとっての幸せは
静寂が包む、夜の町。その裏路地で、ひとつの事件が起こっていた。
「また、だ」
そう、小さく呟いたのは一人の少年だった。
彼は黒い髪を夜風になびかせ、ただただ、その場に佇んでいた。そんな彼は焦点の定まっていない視線を、地面の方に下ろした。そしてまた、ぽつりと呟いた。
「また……オレがやったんだ」
彼の視線の先にいたのは、先刻まで人だった『モノ』。だが今は、冷たい石畳の上に倒れ伏している――この少年に、命を絶たれて。
人から骸へと化したソレを見ながら、彼は頬についた血を拭った。むろんそれは、今目の前に在る『彼ら』のものだった。拭ってから、少しだけ赤い色のついた腕を見て、彼は考えた。
――今まで、どれだけの血を浴びてきたんだろう。
――どれだけの死を、見てきたのだろう。
『あの日』、もうあんなモノを見るのは嫌だと思った。思ったはずだった。だが今も、彼はその光景に遭遇する日々を繰り返している。それも、今度は自分の手でその光景を生み出しているのだ。
少年は何か思い立ったかのように、地面にあるバッジのようなものを拾い上げた。ある名家に仕えている証。少年はしばしそれを、そこに刻まれている紋章を凝視した。
そして、バッジを力いっぱい投げた。
バッジは随分と遠くまで飛ぶと、カラン、と甲高い音を立てて再び石畳の上に落ちた。
それを見届けた少年は、裏路地に、骸に背を向ける。
最後に、言った。
「これであんたらも――少しは気が楽に……なるかな」
そんなことあるはずがない。
わかっていた。わかっていたが、言葉の通りになることをどこかで望んでいたのだ。
ばかばかしい。
思って、彼は自嘲的な笑みを浮かべる。そしてしばらく、静かに笑っていた。
一筋の涙を、流しながら。
◇◆◇
久し振りに、昔の夢を見た。
彼は、いかにも不機嫌そうな顔で歩いていた。当然だ。夢見と寝ざめが最悪だったのだ。彼は黒髪をかきむしる。それからふと、自分の手を見た。
この手は、汚れている。血と罪で、汚れている。
それを考えると、自己嫌悪にさいなまれる。
なんでこんな自分が今、幸せを手にしているのだろう――と。
「あーれーんっ!」
後ろから、誰かに声をかけられた。彼は肩をびくりと震わせ振り返る。
するとそこには、もうだいぶ見慣れた顔があった。今日は朝から珍しく元気だ。
「なんだ、クラインかよ」
「ん、どした? 何か今日は眠そうだが」
「――へ?」
言われて彼は、首をかしげた。それからすぐに、頭を抱える。
「ばれたか」
「なんだよー。悪い夢でも見たのか?」
相棒の言葉に、彼は素直にうなずいた。ここで嘘をついてもあまり意味はない。
すると、その相棒は心配そうな表情になり、彼の顔を覗き込む。
「珍しいなー。アレンみたいなやつが。てか……それで体調崩すなよ?」
彼は、意地の悪い笑顔でこう答える。
「んなことにはならないよ。おまえじゃあるまいし」
「な……んだとぉっ!?」
言って相棒――クラインは彼をどついた。彼は、アハハ、と笑って返す。結局いつもの朝だった。
考えてみれば。
クラインはまだ、『あのこと』を知らない。
忌々しい、血ぬられた過去を。
『魔術師殺し』の二つ名を。
これを知ったらこいつ、驚くだろうな。
オレと同じで人が死ぬのを極端に嫌う奴だから、もしかしたらオレのことを遠ざけるかもしれない。蔑むかもしれない。
――寂しいな。
でも、いいや。
それでもいい。
例え結果的に遠ざけられたとしても、今こうやってクラインと、ギルドの仲間と笑いあえるならそれでいい。
今が幸せなら、結果なんてどうでもいい。
少年――アレンは、心の底からそう思った。
そして今日もまた、自分を嗤った。
怖いので原作名の部分を一応入力して二次創作扱いにした、という裏話アリ。自分の作品が元だけどねっ☆
内容についてですが……暗くてごめんなさい。
漫画を知ってる人は、誰の話かわかると思います。そして密かに意外性狙い(無理だろ
一応原作を知らなくても読めるように努力しましたが……どんな感じでしょうか。
また、気まぐれでこう言うの出します。