五話、『組織』
彼方と蓮花は、不良から情報を聞いたスラム街から、少し東に行ったところで、新たなスラム街を見つけた。
「これは酷いな……」
彼方の口から思わず言葉がこぼれ出た。状況を一言で表すなら悲惨。スラム街の飢えは、一つ前の場所よりも非常に大きかった。人々が食べ物を求めてゾンビの様にさまよい歩いている。
「どうしたんですかね……」
思わず蓮花も同調する。二人が今までみてきたスラム街の中でも一番を争う酷さだった。そして、このようなスラム街は、基本的に、状況が似ている。
「おい、ここは何故ここまで酷いんだ」
取り合えず、手近にいた男に、彼方が聞く。その男も、針金のように体が細く、満足に食べれていないことは一目瞭然だった。年は飢えが酷く、よくわからないが、背丈的に考えて、成人はしているだろう。
「『組織』……じゃない?」
『組織』。『能力強者』の集団。『能力強者』は、『能力弱者』を虐げる。『組織』に入れば、ほとんどの『組織』が確保している、『農業』系の能力で、飢えは防げる。数人の『農業』系が居れば、1000人の飢えが防げるといわれている。それほどまでに『農業』系は農業の効率が良い。だが、その恩恵を『能力弱者』は、授かれない。正確に言うと、『組織』に入っていないものは授かれない。『農業』系の能力者の数は、意外と多い。『心理』系に比べ、圧倒的に多い。『記憶』系は、多い少ないではなく、完全なるレアケースだ。『能力』の種類分けがしやすいとだけの理由で、『○○』系といわれている。規模だけで考えると、『特質』系に入っても全くおかしくない。
閑話休題。
要するに、『農業』系の人数は多いが、『組織』が持つ、『能力者』の数も、馬鹿にならない程多いので、『農業』系は、ほとんど『組織』に保護されている。なので、『組織』に入れば飢えることはないのだ。ただ、飢えないからといって、人間としての欲求は、依然として存在する。睡眠欲を得るのは、住を確保すればいいので割愛する。『組織』に入れば、家にも住める。付近の『能力強者』の殆どが所属しているので、まず壊されない。時々壊しにくる輩が居ても、余程強い『能力強者』ではないと、撃退されるのがオチだ。次、性欲は、基本的に充実している。充実しているというと、少し言い方が変になるが、この世界は娯楽が少ないのだ。娯楽といえるものは殆どが『十年前』に廃れた。今でも残っているのは、ルールが簡単なオセロくらいなものだろう。一部の酔狂な人間が将棋をやるという話も聞いたことがある。そして、娯楽が少ない世界で、人々が娯楽としてやることは、一つしかないだろう。ここは、お察しの通りなので割愛する。天の邪鬼な人は、独自の解釈をするかもしれないが、それもまた一興だろう。
では何故、人間の三大欲求を得ている、『組織』所属の『能力強者』が、『能力弱者』を、虐げるのか。簡単な話である。優越感。闘争心。自己顕示欲。様々な要因があるが、人間は他者を見下すことで、己を律する生物である。そして、共通の敵を見つけるほど、団結はしやすい。『組織』は、『能力弱者』を虐げることで、自分の三大欲求以外の欲求を制御し、なおかつ団結心をあげているのだ。
要するに、そんな『組織』に狙われたスラム街は、目も当てられない悲惨な状況になる。『能力強者』の目から逃れて育てた作物は、簡単に略奪され、少しだけあった食うものが簡単になくなる。森は荒らされ、恵みなど期待はできない。川は、厳重な『組織』の管理下におかれ、魚は『能力強者』しか食べれない。しかも、荒らしたいというだけの理由で、『能力強者』がスラム街を荒らすのだから、住むところさえ酷い有様になる。『組織』に狙われたスラム街は、酷い有様になるのだ。そして、そこに住む人々は、逃げ出せば『組織』の人間に殺されるので、ただ食べ物を探してさまよう人間となり果てるのだった。
兎に角。今、彼方と蓮花は『組織』かと疑いをかけられたのだった。
「俺は『組織』じゃない。『旅人』だ」
『旅人』、『組織』他、その他諸々の影響を受けない、自由人。『能力者』が蔓延る壊れた世界で、上位のものも、下位のものも、どちらの影響も受けずに、人間の食物連鎖から外れて、自分の道を歩むもの。
「そう……でしたか」
『組織』の人間ではないと聞いて、安心したのか、痩せこけた男は、安堵したような表情を浮かべる。そして、今の状況を冷静に理解したのか、表情が安堵から、何かを期待するような目に変わる。
『旅人』は、慈悲深い。影響は受けないが、助けには施しを与える。そして、『旅人』は、誰でも手や足として使う。要するに、この男は、彼方が自分に何か依頼をして、それを自分が達成した際の褒美を期待したのだ。
それを感じ取ったのか、彼方も何か依頼を探す。傍らの蓮花は何が起こっているのかを理解していないのか、首をかしげていたが、すぐに考えても意味がないと理解し、無表情に変わる。彼女もまた『旅人』だが、面倒ごとは全て彼方に任せてきたのだ。それにより引き起こしたトラブルは数知れずだが、本人は何も反省していない。
「あぁ、そうだ。この『組織』について教えてくれないか。色々とな。あと、こんな奴を見かけたことがないか?」
そう言うと、彼方は懐から一つの紙を出した。それは、ひとつ前のスラム街で見せたものと全く変わらない。それを見ると、男は驚いたように顔を彼方の方へ向け、
「これ、『組織』の幹部ですよ!」
彼方と蓮花は驚いて立ち尽くした。