三話、シスコン
次の日。彼方はスラム街へ再び向かった。
「おい、蓮花。しっかり情報収集しておけよ」
「わかったよー。面白そうな過去がなければしっかりと探すよ」
彼方が釘を刺すが、蓮花は全く気にも留めず、過去を眺めて楽しむ気が満載のようだった。『10年前』と比べて娯楽が少ない現代なのだから、仕方ないのかもしれない。
「程々にな」
完全に説得するのは無理だと悟ったのか、彼方は、軽く諫めることしか出来なかった。
「あぁ、こんにちは!」
昨日の不良が明るく挨拶をする。正直、しっかりとした服装でやれば好青年の様に見えるのだろうが、いかせん、服装が所々破けているのである。不良が明るく挨拶など、所詮気持ち悪いだけなのであった。
「おう、何かわかったか?」
彼方は不良に聞く。
「はい、別の街からの移民組で、東の方から来た人に、見覚えがあると。ただ、完全には覚えておらず、朧気な記憶らしいです」
「そうか」
彼方は納得した。彼方が探している桂花の『能力』は、『記憶』系だ。これは『心理』系以上に恐れられている。人間誰でも、自分の内面を見られるのは嫌がるものなのだ。
「おう、ありがとさん」
そう言って、彼方は金を不良に投げる。正直貨幣制度はかなり崩壊しているのだが、無いよりあった方がマシという意見が大半を占めていて、こういう依頼の報酬として金を渡すのは、よくある光景だった。
「ありがとうございます!」
不良は律儀にお礼を言うと、走り去っていった。
揺れる猫耳。彼方は、蓮花を見つけた。蓮花は思考の狭間に陥っているようで、周りのことを何も見ていない。
「おい、蓮花」
彼方は声をかけた。
「お、彼方じゃん」
蓮花は答えた。
「いや、面白い過去があってさ」
「人の過去を娯楽としてみるのって悪趣味だよな……」
「良い趣味なら、『心理』系の『能力者』が嫌われているわけ無いじゃん」
当然のように言い放つ。彼女が『心理』系の『能力者』になって、つらい目にあったことは一度や二度ではない。そのほとんどをこの彼方が救っているのだが、彼女だってそれを申し訳なく思っている。
「それもそうか。それを思うなら、少しは自重しろよ」
「桂花ちゃんの情報ほしくないの?」
「…………」
彼方は黙った。黙ってしまった。彼方は妹に弱いのだ。『10年前』までも、弱冠十歳でかなりのシスコンっぷりだったらしいが、『能力改革』以降は、さらにそのシスコンっぷりは上がった、常時桂花を監視していないと、落ち着かないらしい。もちろん『能力改革』の後に、桂花や蓮花を虐げる人間は居たが、彼方は戦闘に強い『能力』を持っていたので、難なくそれを撃退することが出来た。
だが、それが彼を妹に依存させてしまった理由の一つなのかもしれない。血を分けあった妹が、命の危機もあると言って、守らない兄は居ないだろう。
「彼方ってかなりのシスコンだよね」
「断じて違う」
だが、素直にそんなことは認められないのであった。