十五話、再戦之前編
彼方と蓮花は屋敷の表門にやってきた。正直気が進まなかったが、重い足をなんとかこの屋敷まで運んだ蓮花。わくわくするくらいの軽い足取りで軽快に進んできた彼方。二人は対照的だった。
「じゃぁ、行ってくるわ」
彼方はそう言い放った。蓮花はそれにうなずいて、
「私はここで待っているよ。そう昨日はなしたしね」
と、答えた。
「あぁ、出来れば着いてきて貰いたかったけど、仕方ないか」
「まぁ、戦闘の場所に行ったって、私は役立たずだしね」
本心は違う。狂った彼方をみたくないのだ。だが、建前という泥を自分に塗りたくって、外見だけでも取り繕う。
「あぁ、わかった」
彼方は駆けだした。
迫ってくるのは、ナイフ!!
その存在感が黒装束との再戦の喜びを彼方に与えた。
ナイフに刺し出すは左手。彼方の『能力』で、飛んできたナイフは真っ直ぐ元の持ち主の方向へ帰っていった。
ガキンッ!!
金属音が響きわたる。ナイフとナイフの交差音だと気づいた彼方は音がした方向へと顔を向ける。
「ひさしぶりだなぁ」
狂気に彩られた満面の笑み。それが来訪者である彼方の態度だった。
「壊れたのか?」
一瞬でその状態を見抜く、黒装束。だが、
「まぁ。いいか。紫苑のおっさんのせいで俺が勝つ勝負を無駄にしちまったしな」
その物言いに苛立つのは彼方。
「おいっ! 勝ってたのは俺だ」
「は? 俺だよ」
負けじと言い返す黒装束。だが、同刻に、二人の顔が変わる。
「だが……」、「まぁ……」
「「今から決着付けりゃぁいいよなぁ!!!!!!!」」
二人の声が重なり響きわたる。そして、彼方が全身に黒装束方向へと移動する。その速度は使っている方も耐えられるのか耐えられないかのギリギリの線だった。
あと秒速一センチメートルでも速くしたら、彼方の体が潰れる。圧倒的速さ。
だが、それを……黒装束も同じことをした。
厳密に言うと、加速と移動の違いはある。だが、傍目に見る分ではなにも変わりはなく、というか見れる人間が多くいるのかも疑問だが、
兎に角二人は同じ速度で交わった。
彼方がスティレットを黒装束の懐へ刺し、黒装束が彼方の腰へとナイフを切りつける。
彼方はスティレットに移動を、黒装束はナイフに加速を。
両者『能力』付きの武器で決着を決めようと、交錯させる。
だが、当たらない。
彼方は確実に刺そうと、下半身の移動を停止させ、下半身を超スピードによって生じる浮遊感で持ち上げた。そのまま弾丸のようにスティレットを刺そうとしていた。
黒装束は加速をナイフ単体にかけた。そして、自分への加速は右前方にずらす。
両者ともに、武器だけを相手に当て、自分は離脱しようという魂胆だった。
だが、その二つの交錯では、武器は当たらない。
ナイフは彼方の下を通り抜け。彼方自身の弾丸は、黒装束の左側を通り過ぎる。
「「ちっぃぃ!」」
二人の舌打ちは重なる。が、双方直ぐに次の攻撃へと思いを馳せる。
次は、当てる。
彼方はスティレットを構え直す。そして、黒装束へ接近。肉弾戦。それが彼方の選んだ戦術だった。だが、武器ではスティレットの方が圧倒的に不利。なぜならスティレットは基本的に戦力をなくした騎士へ、甲冑の隙間から確実に命を奪うように作られた武器なのだ。肉弾戦で横から切れないというデメリットは余りにも痛い。
だが、それでも彼方は肉弾戦を選択する。
だが、黒装束は、逃走した。
「は!?」
彼方の素っ頓狂な声が響く。何が起こったかわからない。
「戦略的撤退だよっ!」
向こうにもまだ何かあるのだ。彼方は納得をした。だが、負けるつもりはない。逃げるスピードを追い越せと、さらにこちらの移動を加速させていった。