一三話、修行
三人称難しい
右前方!
そちらから迫り来る槍を左手で触れ、『能力』を発動させる。移動された槍は、そのまま打ち出された場所へと収納される。
そんな修行をしている彼方を、蓮花はつまらなそうに見ていた。
右後方。右前方。下方。上方。右上。左下。右方。
様々な位置から槍が迫り来るのを、彼方はは簡単に移動させる。それを見ながらのんびりと貯めておいた過去を見るが、今日は特に面白いものがあまりない。過去読書中毒で舌が肥えたのか、『能力革命』の後に不仲になり、殺し合いをし始めた兄弟など日常茶飯事のように読み取れる。
つまらない。つまらない。
なぜ説得もせずに戦いで解決しようと思うのか。それが戦闘狂者の宿命なのか。蓮花は読み盗る。過去を。たくさんの過去を。いや、読み盗った過去を頭の中で反芻する。延々と何回も。そして思う。
力で解決したって、あるのは全て終わりだと。
嗚呼、届かないんだろうな。目の前の一人の男の子には届かない。いつまで立っても無垢で、力が全てを支配すると刷り込まれた少年には届かない。何時届くのかな。
蓮花は過去を読み続ける。
はっ、はっ。
汗が自分の力となって、少しずつ満たしていくのがわかる。勝つんだ。俺は勝つんだ。
狂気。
それが彼方を支配する。昔の習性は簡単に失われることはなく、昔ほど覚えがよくない身体に、必死で努力を叩き込む。それは昔ほどではないが、少しずつ彼方の身体に力として入り込む。戦いへの羨望という狂気と一緒に。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ。
左手の発動と共に、ひとつずつ経験がたまっていく。
もっと、もっと、もっと。強欲なほどの向上心。だが、それは全て狂気により彩られ、健全さの影も見当たらない。
急に。
槍が止まった。
「?」
疑問の表情を彼方が浮かべる。
「よし、彼方今日の訓練は一旦終わりだ。一日にやりすぎても毒だしな。それと一つの使い方を一極化して修行するのも良くない。左手の反射だけではなく、スティレットの使い方や、自身の移動の細かい調整。他にもやることは多くある。お前の能力の汎用性はとてつもないからな」
だが、もっと。もっと。
彩られた狂気は簡単に引くことを許さない。
もっと、もっと。
「待ってください! 俺はまだやれます! させてください! 訓練、修行を!」
悲痛な叫びが響きわたる。
あぁ、彼方も狂ったか。
敗北は人を狂わせる。蓮花だって、狂った。安定された過去の供給からの敗北。『組織』を抜け出したのは自分の意思だ。だが、果たしてこの生き方でよかったのか?
あのまま生きていたって十分食っていけた。偶然な食料の供給先ができなければ自分たちはいま飢えているのではないか? すでに死んでいるのではないか?
わからない。わからない。
たらればの話をしても仕方ないのは理解できるが、しないと止められない。
愛しい男性が狂うのは、嬉しいのか? 悲しいのか?
あぁ、またこっちに思考が来た。もうだめだ。没入するんだ。過去へ。
また面白そうな過去を探す。あるのだろうか。一番面白い過去は、目の前にあるんではないのか?