一二話、戦闘狂者
敗北を喫した後、彼方たちはスラム街へと戻っていた。不思議とそこに落ち込んだ様子は無い。
「倒さねぇとなぁ。二人とも……」
戦闘狂者そんな言葉が似合う目をしていた。簡潔にいうと、燃えていたのだ。黒装束と紫苑という執事との再戦に。だが、このままでは勝てないことは彼方もわかっていた。
「やれやれ」
隣にいた蓮花が呆れたように呟く。いや、実際呆れているのだ。過去にモトナリに囚われていた頃から少々戦闘狂者の片鱗をちらつかせていたものの、『旅人』になってから完全覚醒した。自分と同等かそれ以上の敵となると、途端に燃え出すのだ。格下は一瞬で殺すくせに。
「修行……久しぶりに必要だなぁ……どこへ行こうかぁ?」
狂ったような声色で、いや、狂った声色で彼方が呟く。そこにはすでに外界を遮断した姿しか映っておらず、周りからの影響は本能的に頑として否定しているようであった。なにも事情を知らない人間からみればクスリでもやっているのではないかと思うだろう。実際『能力革命』後はクスリをやる人間が増えた。ただ、生産が圧倒的に追いつかないので、『能力弱者』のクスリ自殺は後を絶たない。
まぁ、実際クスリなどやっていないので、自殺の心配などは全くないのだが、取り憑かれたように、修行や戦闘と呟く彼方の姿は確かな狂気を滲ませる。先行き不安な自分たちの旅に、蓮花は辟易と溜息を一つもらした。
「み、見つけた!!!!!」
叫びに気づいたのは蓮花だった。彼方はまだ取り憑かれているように譫言を繰り返している。そして、声が放たれた方向を蓮花が向く。そして、
蓮花の顔が真っ青になった。
過去の記憶がフラッシュバックする。他人の過去を延々と、ただ詰まらなく読み続けた日々。言われたとおり、ただなにも疑問も持たず、読んだ過去を伝え続けた日々。その時にあった顔。それが今確かに蓮花の目の前に現れていた。
モトナリだ。
ただ、昔来ていた若干、自己愛者風の優雅かつ絢爛なもので全身を固めていた筈が、今ではその形を完全に潜めている。そこにあるのは、
『能力弱者』
その四文字だった。昔人を率いていた面影は何もそこには無く。ただあるのは落ちぶれたと言うだけの姿。豪華絢爛とは何も縁の無いような質素で破れた服を着ており、昔のようにプクプクと太っていた腹部は、今ではやせ衰え骨のようだ。
「モト……ナリ……っ!!!!」
蓮花は確かな敵意を滲ませながらそれを言い放った。当然だ。蓮花はこの男のせいで『能力中毒』となったのだ。自分の手に余る力。それを毎日のように使わなければ禁断症状がでて、頭の中が狂い出す。
昔モトナリの下で、能力を使い続けた弊害だ。毎日何人も、何十人というときもあった。そこまで能力を使い込んで、『能力中毒』になってしまった蓮花は、確かな敵意をモトナリに持っている。だが、隣の男、彼方は、
「師…………匠っ!?」
いきなり狂化が解除されたように叫んだ。そうだ、昔モトナリの下にいたとき、彼方はモトナリを師匠と呼ばせられていた。そんな昔の記憶が、朧気ながら戻ってきた。