一話、『能力者』
「あのー、この顔の人を知っている人はいませんかー?」
馬締彼方の声が、スラム街に響く。それを聞いた、子供は、少し興味を向けるが、直ぐに食べ物を探しに、うろつく。そのお腹は栄養失調のためか、ぷくぷくと膨れており、皮もかさかさしており、水分の不足が見受けられる。
その横では、見ただけで柄の悪そうな不良がいた。彼は彼方を一瞥すると、少し興味を持ったのか彼方の方へ向かってきていた。服装は所々がファッションとは無関係に破れている。それを見た彼方は、所詮『能力弱者』か、と、心の中で毒づく。
「おい、兄ちゃん。ここは俺らの溜まり場なんだよ?」
「この子を見たことがないか?」
不良が彼方に絡んでくるが、彼方は全く気にせず人探しを続行する。
「あぁぁぁ? 調子乗ってんじゃねぇぞ!」
いつの時代も不良は不良かと彼方は思う。そして、不良の拳が後ろに引かれ、彼方の腹部へ突き出されようとしていた。
が、不良の拳が彼方に当たることはなかった。
何故不良の拳が彼方に当たらなかったのか。それは、彼方が『能力』を持っているからだ。現在より十年前、世界は変わった。全人類が『能力』を持つようになったのだ。始めは、本当に少しだけの時間は、神からの恵みだと人々は喜んだ。強い『能力者』が、弱い『能力者』……特に権力を持っている連中に反抗を起こしたのだ。それにより、世界は荒れた。その状態は、世界全土で起こり、世界は壊れた。荒廃した世界。それが今の世界だった。強い『能力者』が弱い『能力者』から搾取し、弱い『能力者』は、スラム街で、飢えて暮らしている。そんな世界なのだ。噂によると、大財閥の社長だって、スラムで暮らしているという噂が立つくらい、『能力』の差で没落したものは多いのだ。
閑話休題。
「なぁ? 知らないか? 俺この子を探しているんだが」
彼方は人の似顔絵が描かれた紙を、不良に見せた。その紙には、彼方と同じ黒髪の、小さい少女が描かれていた。可憐と言うより、かわいらしい容姿だった。似顔絵なので真偽の程は定かではないが、この荒廃した世界でよくここまでと言う笑顔を振りまいている。
「妹なんだよ。三年前くらいから居なくなったんだよ」
彼方の年齢は約20歳くらいだろう。その妹なのだから、高校生くらいに違いない。十年前の『能力革命』の後は、高校なんてめっきり減っちまったが。
不良は、彼方の言葉を右耳から左耳に聞き流しているようで、なにも反応していなかった。いや、反応できなかったと言った方が正しいだろう。なぜなら、不良は、自分の拳が当たらなかったことにまだ疑問を持っているようであって、自分の拳をまじまじと見ながら、首を傾げている。
「俺の能力だよ。詳細は企業秘密だ」
仕方ないので、彼方は説明をする。不良ごときに『能力』を教えても、全く戦闘面では問題がないのだが、いかせん『能力』が広まって、妹……桂花探しの邪魔になっては困る。なので、彼方は能力の出し惜しみはしないが、自分から進んでは言わないというスタイルを、今まで保っていた。
「殺るか?」
彼方は聞いた。延々と自分の拳を見られても困るし、妹探しは迅速に進めたい。
「あぁ、すいません」
不良はとたんに小さくなって、敬語を使い始めた。この世界では、『能力』の強さが全てなのであって、『能力』が弱いものは、『能力』が強いものに従うしかないのだ。逆らったら殺されるだけだ。
「おう、それで知っているか?」
再度彼方は聞く。
「知りませんね……この紙を貸してもらえれば、知り合いに当たってみますけど」
「おう、ありがとうな」
彼方は、不良に紙を渡した。帰ってくるとは思わないが、一応は感謝の念も示しておく。
「じゃぁ、明日の今の時刻にここでな」
「はい。わかりました」
不良が来る可能性もあるだろう。こちらに『探索』系の能力者が居るのかもしれないのだから。まぁ、来ても来なくても、どちらでもいいだろう。そう思いながら、彼方はスラム街を後にした。