②
読んでいただいてありがとうございます。
領地のことを任せている妻からの手紙を、オーウェンは王宮にある執務室で読んでいた。
本来なら自分の屋敷で読むのがいいのだろうが、オーウェンは忙しくて最近では家には寝るために帰っているような状態になっていた。
そのため、今朝、執事が王宮で読んでも問題のない内容の手紙をまとめて届けてくれたのだ。
妻の手紙は、その中に入っていた。
簡単な時候の挨拶から始まり、領地で行っている事業の報告などが書かれている手紙は要点や問題点がまとまっていて読みやすく、王宮の書類もこんな風にならないかと密かに思うほどだった。
その中で、妻が新しく商会を興すつもりだが、その費用は妻の資産から出すので迷惑をかけることはないが、承諾だけはしてほしいと書いてあったので、今までのねぎらいの意味も込めて承諾書にサインを書いて、待っていた執事に渡した。彼はすぐに領地に送ると言っていたので、手紙は午後には王都を出るだろう。その際、もし必要なら伯爵家から多少の資金援助はしてもいいと伝えておいた。
承諾書以外の手紙を確認していると、部屋の中に王太子とその側近でオーウェンの友人が入ってきた。
「オーウェン、明日のことなんだが……何だ?それは?」
王太子リンドルが目ざとくオーウェンの机の上に置かれていた妻からの手紙を見つけた。
一瞬、誤魔化して隠そうかと思ったが、別に見られて困る手紙でもなかったので、オーウェンはリンドルに手紙を見せた。
「あぁ、オーウェンの領地からの手紙か……ふむ、色々とやっているようだな」
「はい」
すぐに返してくれるかと思ったら、リンドルは手紙をじっくりと見てから後ろに回した
「殿下?」
「お前も読め。とても見やすいぞ」
「はぁ」
少々間の抜けた返事をしてスコットも手紙を読んでいた。
オーウェンはさすがに少々気まずさを感じた。
スコットは手紙をじっくり読んだ後、オーウェンに手紙を返してくれた。
「素晴らしいな。これを書いたのは領地にいるお前の部下か?」
「いや、妻だ」
「そうか、ツマという人物なのか」
「?何を言っているんだ?」
「うん?ツマという名前の部下じゃないのか?」
「は?俺の妻はそんな名前じゃないし、部下でもないぞ」
「……え?」
オーウェンとスコットの全く噛み合わない話を聞いて、リンドルも目を大きく見開いて驚きの表情を隠せないでいた。
「……ちょっと待て、オーウェン、妻、というと、ひょっとしてお前の奥方か?」
「はぁ。それ以外、何が?」
「い、いや。お前」
「結婚してたのか!!」
王太子の言葉をかっさらうという大不敬をしたスコットだったが、言いたいことは一緒だったのでリンドルはその不敬を咎めなかった。
というか、驚きすぎてそれどころではなかった。
オーウェンが結婚したということ自体を、リンドルもスコットも知らなかった。
「いつだ?つい最近結婚したのか?」
「いや?もう三年ほど前になる」
「……は?」
何を言っているんだ状態のオーウェンと焦りまくっているスコットを見て、リンドルは落ち着きを取り戻した。
「オーウェン、私たちはお前が結婚していること自体を知らなかったのだが」
「そう、でしたか?報告をしたようなしていなかったような……?」
確かに三年前といえば、王太子の結婚式やその後の行事やなにやらが諸々重なって、リンドルもスコットもとても忙しかった記憶がある。
オーウェンから結婚のことを言われた記憶はないのだが、ひょっとしたら聞いていたのかもしれない。
「問題はありませんよ。妻は王都にはいませんから」
「そういえば領地からの手紙だったな。奥方は領地に行っているのか?」
「はい。私が領地をあまり見られないので、結婚した後に領地に行ってもらいました。そこで采配してもらっています」
「そうか」
奥方は領地か。独身だと思っていたからオーウェンに仕事が多く行ってしまっていたな。これは悪いことをした。妻に頼んですぐに何か贈り物を……、と考えて、リンドルははっとした。
リンドルは、二、三日に一度ほどオーウェンに王宮内で会う。
ただ見かけるだけの時もあるが、仕事の関係で連日会う時もある。
それは、この三年ほど変わっていない。
「……オーウェン」
「はい」
「奥方は、ずっと領地にいるのか?」
「はい、そうですが」
リンドルは、リアルに膝をつきそうになった。
オーウェンはずっと王宮に勤めている。
三年前も、今も。
それはつまり、オーウェンが領地に行く時間などなかったということ。
いや、長期休暇をどこかで……取っていないな。
だが想像だけでは何も言えない。まずは、確認をしなければ。
「オーウェン、お前と奥方の関係は良好なのか?」
「中々会えませんが、良好です」
そうか。良好か。ならば良かった、のか?
「この通り、定期的に手紙も来ますし」
「待て、オーウェン、それは手紙なのか?」
スコットは、あれを妻からの手紙だと言い切ったオーウェンに引いた。
先ほど見せてもらった手紙は、それはそれはもう見事な業務報告書だった。
うちの部下にも報告書はこんな感じで作ってほしいと思えるほどに。
私信と言えば、時候の挨拶と体調を気遣う文面くらいだったが、あれ誰でも書く基本の定型文だ。
礼儀として書いてあるだけで、そこに心なんて籠もっていない。
それ以外は要点と問題点をまとめた業務報告書だったのだが、それをオーウェンは妻からの手紙だと言い切っていた。
「いや、俺たちに見せていないだけで、他にも手紙が……」
「そんなものはないぞ。妻からの手紙はいつも簡潔で読みやすい」
「……だろうな!」
初めて読んだ俺でも理解しやすかったもんな。
というか、本気でちょっと奥方を貸してくれないだろうか。書類整理にもってこいの人材な気がする。
スコットが本気でオーウェンの妻を部下にほしいと思った傍らで、リンドルは頭を掻いた。
「まいったな」
夫婦の事情は夫婦の数だけある。だが、オーウェンとその奥方の事情は、ちょっとアレな気がしてきた。
リンドルには、あの手紙が全てを物語っているように見える。
オーウェンには妻でも、奥方の方はすでにオーウェンを見限っている可能性すらある。
三年、三年だ。
結婚してから三年もの間、夫によって領地に追いやられた妻は、そのことをどう思っているのか……。
業務報告書のような手紙が、きっとその答えだ。
奥方にとってオーウェンは、業務報告書を渡す相手。
夫ではなく、上司くらいの感覚だろうか。
しかも遠くにいて、仕事内容を報告するだけでいい上司。
「オーウェン、休暇をやるから奥方に会いに行って来い」
「は?……いえ、要りません。仕事がありますし、友人とも会うので領地に行っている暇はございませんので」
「その時間を、奥方のために使おうとは思わないのか?」
「妻のために、ですか?」
「そうだ。私が言えたことではない、お前はもう少し奥方と会話をした方がいい」
「手紙のやり取りはずっとしていますが」
「オーウェン、それは手紙じゃない」
「え?」
「先ほどから言っているが、それは、ただの仕事の業務報告書だ」
そう言った瞬間、オーウェンは見事に固まったのだった。




