おめでとう
『ツグ』
扉から音がする。
来客か。
扉を開ける。
『は……い?』
そこにはセイがいた。
『…なんで?』
落ち着いてセイを見ると、赤ん坊を抱えていた。
…は?
『セイ。その子はどうした?』
『とりあえずなかにいれてくれ』
『あぁ…分かった』
家に入れる。
『それで?どうしたんだ』
セイが自分から動いたのは初めてだ。
…なんで赤子を抱えてるんだ?
生まれて間もないように見えるが。
『…拾った』
『拾ったぁ!?』
やべっ。驚いて大きい声を出してしまった。
ユイがうちの子どもと寝てるのに。
『説明してくれるか?』
『…私も分からない。ただ、家の外にでたら、そこにいた』
『…捨て子か』
反吐が出る。
『あぁ。…それで、どうすればいいか相談しに来た』
『相談って…』
赤ん坊は、セイの腕の中で静かに眠っていた。鳴き声一つ立てず、ただ呼吸だけが小さく上下している。
『…生きてるよな』
『あぁ』
『セイ』
『なに』
『なんで連れてきた』
『愚問だね。君もそうしたろう』
『…まぁ、そうだな』
放っておけたら楽だったろうに…。
『選択肢は…二つ』
『それは?』
『お前が育てるか、どっか育ててくれるところに連れていくか。どっちかだな』
『後者だ』
迷わずそういった。
『理由を聞いてもいいか?』
『…私と暮らすと、この世界…社会の常識とは違うものが身に付く可能性がある。それは、この子が生きにくい未来を作ることに他ならない』
『ずいぶん先のことを考えるな』
自分の都合じゃなくて、拾っただけの子どもの未来を考えているんだな。
ほんと優しいよ、セイ。
『生きるなら、先がある』
『私といる限り、普通、常識は身に付かない。この子だけが特別というわけにもいかない』
『…まぁ。セイが言うんなら間違いねぇんだろ』
こいつが間違ったことないしな。
『そんじゃ、教会にでも行ってみるか』
今日は仕事ねぇし。
『ツグ』
『なんだ?』
『ありがとう』
『お安いご用だ』
机に書き置きを残して、外に出る。
『町に来るのはいつぶりだ?』
『前に来た』
『そういやそうだったな』
毎年記念日にパーティーしてるから、一年に一度は来てるんだよな。
…町で話題になってんだよな、一年に一度だけ町に来る妖精みたいな感じで。
『めっちゃ見られてるぞ』
『そうか』
『うーん。セイだなぁ』
『…なんだそれ』
『気にするな』
町の石畳を歩く。
人の気配、声、匂い、雰囲気。
その中心を、セイは赤ん坊を抱いたまま、まっすぐ進んでいく。
『なんか、慣れてるな』
抱き方を見て思った。
『さぁ。私には分からない』
赤ん坊は、相変わらず眠っている。
彼の腕の中が正解だと知っているかのように。
教会の前に着く。
『ここだ』
扉を叩くと、ほどなくして開いた。
『…お入りください』
こちらを見てなにか察したのか、通してくれた。
客間?に案内され、座る。
『それで、本日は何用でここに』
俺たちは事情を説明した。
『…そうですか。まずは、ありがとうございます。行き場のない子どもを、ここまでつれてきてくれて』
『いえ。それで、この子はどうなりますかね』
俺が聞いた。
『この子は、こちらで預かります』
『お金とか必要ですかね』
『いえ、必要ありません。…そうですね、暇なときにでも、手伝いに来ていただければ結構です』
『名前…はないですよね』
『はい』
『分かりました。…名前、つけます?』
『セイ。どうする?』
『私にその権利はない』
『そうですか。では、こちらに』
神父さんが腕を広げる。
セイが子どもをそこに。
すると、
『……あ』
声にならない声のあと、赤ん坊が泣き始めた。
『あらら』
神父さんが、少し困ったように笑う。
『よっぽど居心地がよかったんですかね』
泣き止む気配がなかった。
『どんな暮らしをすることになるか。見て構わないか』
セイがそう言った。
『はい』
一人で出ていった。
『あの』
『はい』
泣いてる赤ん坊を宥めながら、こちらの話を聞こうとしてくれている。
『捨て子って、どれぐらいいるんですかね』
『…残念なことに、さほど珍しいことではないです』
『そうですか…』
神父に抱かれた赤ん坊は、しばらく強く泣いていたが、やがて疲れたのか、いつの間にか止まっていた。
『お』
セイが戻ってきた。
『…問題なさそうだ。私は帰る』
『そうですか。改めて、つれてきてくださりありがとうございます』
赤子を抱いているので少し浅く、セイにお辞儀をした。
セイが出ていった。
俺も、それについていく。
『なぁ、セイ』
『なに』
『…俺とユイが逝っちまったあと、ツムギを任せてもいいか』
『君らが眠るとき、子どもはもう、子どもと呼べるものではなくなっているだろう』
『あぁ。でも、いつまでも俺らの子どもだ』
『…心配なんだな』
『あぁ』
『…よっぽどのことがない限り関与しないが、それでもいいなら』
『それでいい。…それが一番嬉しいよ』
家に着く。
すると早々に。
『私は帰る』
そう吐き捨てた。
『おいおい。せっかくだから泊まっていけよ。娘も会いたがってる』
『…どうして君たち家族は私を警戒しない』
心配そうに言う。
『ただの平和ボケだよ』
『…冗談はやめろ』
『いいや、望みだよ』
『あ!お兄さん!』
『お帰り、ツグ』
『ただいま』
『ねぇお父さん!なんでいるの?』
セイの方を見ながらそう言った。
『こんにちは、ツムギ』
『こんにちは!』
ツムギが元気よく"挨拶"した。
いいこ。
『なんでまた来たの?』
直球で聞く感じ、かわいいねぇ~。
『ツグに用事があったんだ』
『ふーん』
『ツムギ、お客さんをおもてなし出来るかな?』
『まかせて!』
『私が来ると毎回これだ…』
『付き合ってやってくれ』
ぱたぱたと走っていく。
ぎゃわいい!
セイを座らせて待っていると、ツムギがお茶を持ってきた。
『どうぞ!』
両手を使って、ゆっくりと机に置いた。
『ありがとう。上手になったね』
表情はまったく変わらないが、どことなく嬉しそうだ。
湯気がゆらゆらと立ち上がる。
『今日はいつまでいるの?』
『…あー。今日、泊めてもらえるかな』
『え!?』『え!?』
ツムギとシンクロしてしまった。
『どうしたんですか、セイさん。あぁ、もちろん、泊まってもらっていいですよ。でも、なんで急に』
『まぁ、直に分かる』
『よく分かんないけどやった!』
ツムギが嬉しそうだ。
『ねぇねぇ!髪伸ばして!』
『…はぁ』
セイの髪が不自然に延びる。
相変わらず、この世のものとは思えないほど綺麗だ。
『どうしょっかなー』
『……………』
『遊ばれてるなぁ…』
『セイさんには感謝しっぱなしだね』
『な』
『うーん』
ツムギが、セイの伸びた髪をくるくるしながら悩んでいる。
『切ってもいいけど、気をつけて』
『わかってるよ。セイお兄さん』
お兄さんねぇ……。
なんか面白い。
『うーん。三つ編みにしよう!』
器用な手つきで、三つ編みにされていく白い髪。
『似合う!』
『そう。よかったね』
自分のことを話しているという自覚がないぞコイツ。
『セイさん。お昼どうします?ちょっと遅いですけど』
ユイが台所から顔を出す。
『手伝おう』
『…お願いします』
神妙な面持ちだ。
台所に並ぶ、ユイとセイ。
『これぐらいの大きさでいいですかね』
『よく出来ている。…もう少しだけ小さい方がいいかもしれない』
『なるほどぉー』
ユイは、たまーーーに料理を教えてもらっている。
…教えてもらっているというか、セイが感覚でやっていることを、見たり聞いたりして学んでいる感じだ。
このときのユイはとても真剣だ。
もとから上手かったのになぁ。
『セイさんっていつも何してるの?』
ツムギが椅子の上に立って覗き込んでいる。
『君のお母さんと同じようなものさ』
『セイさん。子どもいるの?』
『そうじゃない』
『んー?』
よく分かっていない表情だ。
『謎があった方がかっこいいだろ?』
『そうかも!』
『ツムギ、危ないからそろそろ椅子に立つのやめようね』
『はーい』
何となく居心地のいい音が響いた。
『ツムギ。運んでもらえる?』
『分かった~』
四人で食卓を囲む。
『いただきます』
みんなで言った。
『あちっ』
ツムギが言う。
『ふーってしなさい』
『はふはふ……おいしい!』
『そりゃ、よかった』
淡々と言う。いつかを思い出すな。
食事を終える。
子どもがいる空間というのは、いいものだなぁ~。
『んで、なんで泊まるんだ?』
気になってセイに聞く。
『外を見てみるといい』
『あっ、雨か』
『嵐といってもいい』
『…誰にとってのだろうな』
『…君と話していると、成長を感じずにはいられないよ』
『なんだぁ?』
『ずいぶんと聡明になった』
『誰のせいだろうな』
『おかげと言ってくれ』
『…まぁ。そうだな』
数えきれないくらい相談にのってもらった気がする。
『お外すごい』
ツムギが外を見ている。
『強くなってきたなぁ』
『家大丈夫かな』
『大丈夫だ』
セイが言った。
『それじゃ、大丈夫だね!』
『……なぁ、いつまで三つ編みなんだ?』
『そういえば』
セイが髪をほどこうとする。
『ほどいちゃだめ!』
ツムギがセイの腕にしがみつく。
『そうですよ、セイさん。せっかくツムギがやってくれたんですから』
『私は人形じゃない』
外では雨が屋根を叩き、風が強く唸っている。
けれど、家の中は、柔らかい雰囲気に包まれていた。
『………』
『どうした?セイ』
『家の留め具が1つ外れている』
確信して言った。
『あらら』
『直してくる。工具はあるか』
『俺の部屋の引き出しに入ってる』
『…本当か?君、掃除できない人間だろ』
『物の場所はおぼえてるもんなんだよ』
『そうか?』
俺の部屋に入っていった。
『セイお兄ちゃん、お外出るの?』
『大丈夫。セイお兄ちゃんだよ?』
『うーん』
心配そうだ。
優しい子に育ったなぁ。
『ツグ!ないぞ!』
『やっべ』
掃除しなさいって怒られる~。
『上から三番目の引き出し!黒い箱!』
扉越しにセイに伝える。
少しして、工具箱を持ったセイが戻ってきた。
なにも言わず、玄関に向かっていく。
なんとなくついていきたかったので、ついていく。
セイが扉を開けると、風と雨が叩きつけてきた。
バランスを崩す俺と対照的に、セイは平然と立っている。
セイが外にでた。
バランスを崩している間に扉を閉められてしまい、ついていくことはできなかった。
しばらくして、セイが帰ってくる。
『直してきた。これで問題ないだろう』
『セイお兄ちゃん。かみぺたんこ』
『すぐに戻る』
目に見える速度で、彼の体に付いている水分が取り除かれていっている。
『どーなってんだそれ』
『私にもよくわからない』
『三つ編みくずれてる!』
『じゃあ、編み直してくれる』
『うん!』
小さな手が、髪を集めていく。
外は荒れているのに、家の中はやけに静かで、あったかかった。
–––––––––––––––––––––––––––––––
『セイ。どこで寝る?』
『どこでもいい。私にとってはどれも同じだ』
『じゃあ、リビングに布団敷くから、そこで』
『分かった』
そのとき、外で大きく音が鳴る。
雷だ。
『ひゃ!』
ツムギが驚く。
『大丈夫?ツムギ』
ユイが聞いた。
『怖い。…みんなで寝る』
『え』
『どうしてこうなった』
ツムギの一言で、リビングいっぱいに布団を敷いて、そこでみんな一緒に寝ることになった。
『これで安心!』
ツムギは満足そうに真ん中の布団にごろんと転がった。
左右にユイと俺。
ちょっと離れたところに、セイの布団。
『近くないか』
『近い方が安心!』
即答だった。
外ではまだ風が唸っている。
家がきしむ音がする。
そのたび、ツムギの手が、ぎゅっと俺の服を掴んだ。
『大丈夫。ツムギ』
ユイが優しい声で言う。
『セイお兄ちゃん。嵐、いつ終わるの』
『眠りから覚める頃には、止んでいるよ』
『ツムギ、ぐっすりですね』
『可愛い寝顔だな』
『…さて、私は帰ろう』
すっかり嵐は止んでいる。
『ツムギ、見送りたかったっていいますよ?』
『満足いかない別れの方が、次が楽しくなる』
『はいはい。お前に口で勝てるとは思ってないよ』
『勝負をしたことはない』
『…まぁ、会いたいなら、そっちから来るといい』
『森行くの面倒だろ』
『それで行くのをやめるぐらいなら、来なければいい』
素直じゃない。
道に迷えば、迎えに来るくせに。
『それじゃ』
そのとき。
家の中から、ぱたぱたと足音。
『セイお兄ちゃーん!』
勢いよく、セイにダイブした。
それを、優しく受け止める。
寝癖でぼさぼさの髪、片方だけずり落ちた服。
『…起きてたのか』
『いっちゃだめ……』
半分寝てる。
『まだ眠っていなさい』
『やだ』
『……』
セイが困ってる。
『見送りたかったんだろ』
『うん……』
ツムギはセイに抱えられながら、見上げた。
『またくる?』
『必要があれば』
『や』
『…くるよ、また』
『やくそくね』
『あぁ』
そういって、歩いていった。
『行っちゃった』
『そうだね』
『……あ』
『どうした?』
『三つ編み、ほどいてない』
『あー。まぁ、いいだろ』
変と特別の違いってなんでしょうね?




