二千年前の叡智
一週間後、私たちは海洋調査船「しんかい2025」の甲板に立っていた。政府の緊急予算で組織された史上最大規模の深海探査チームだった。
船には最新の深海探査艇「オルフェウス号」が搭載されている。水深一万メートルまで潜航可能で、特殊音響システムを備えている。
「田中さん、本当に大丈夫でしょうか?」
マリコが不安そうに聞いてきた。確かに、二千年前の声の指示に従って国家予算を使うなど、正気の沙汰ではない。
「やってみるしかない」
私は海を見つめながら答えた。
「もしこれが失敗でも、少なくとも新しい知見は得られる。科学とは試行錯誤の積み重ねだ」
その夜、新月の闇に包まれた太平洋で作戦が開始された。音響学者の吉田博士が特製の水中スピーカーシステムを海底に向けて設置した。
「深度八千メートル到達。ルミナスブルーム生息地域に接近中」
オルフェウス号のパイロット、鈴木船長の声が通信機から聞こえてくる。
「海流データを確認。北向きに変化中です」
海洋学者の高橋博士が報告した。
「よし、528ヘルツ送信開始!」
吉田博士がボタンを押すと、美しい音色が海底に向けて放たれた。37秒間、神秘的な響きが深海に響いた。
最初は何も起こらなかった。
しかし、5分後――
「待って! 何か光っています!」
鈴木船長が興奮した声を上げた。海底カメラが捉えた映像をモニターで見ると、青白い光が海底から立ち上っている。
「まさか...」
「信じられない...本当に花が浮上してきます!」
美しい青い花が、まるで意志を持っているかのように、ゆっくりと海面に向かって上昇していた。花弁は透明感のある青色で、内部から柔らかい光を放っている。
「ルミナスブルームです! 完璧な状態で!」
山田教授が涙を流していた。
「これで人類は救われる...」
私は甲板に膝をついた。二千年前の古代人の叡智が、現代の科学技術と融合して奇跡を起こしたのだ。




