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量子翻訳の奇跡

発見から一週間後、研究室には世界中からメディアと学者が押し寄せていた。


「田中教授! これは人類史上最大の発見では?」

「古代の音声記録についてコメントを!」


私は一躍時の人となった。もっとも、「教授」と呼ばれるのは気恥ずかしい。まだ准教授なのだ。


「落ち着いてください、皆さん。これはまだ始まりに過ぎません」


実際、私はもっと多くの粘土片から音声を抽出していた。笑い声、会話、子守唄、労働歌...古代の人々の日常が音となって蘇っていた。

ただし、問題があった。


「先生、これは何語なんでしょう?」


マリコが首をひねりながら聞いてきた。再生される声の多くは、どの既知言語とも一致しない古代語だった。断片的にギリシャ語やアラム語に似た響きはあるが、文法構造が全く異なる。

そこで登場したのが、東京大学量子言語学研究所の佐々木博士だった。


「田中さん、これは面白い!」


佐々木博士は私より十歳年上の、量子コンピューターを使った古代語解析の専門家だ。彼女の研究室には「クリュプト」という愛称の量子翻訳システムがある。


「量子もつれを利用した語彙解析により、失われた言語でも翻訳可能です。ただし...」

「ただし?」

「翻訳精度は六十パーセント程度。完璧ではありません」

「構いません。やってみてください」


私たちは最も音質の良い音声データを選び、「クリュプト」に入力した。量子コンピューターが唸りを上げ、複雑な言語解析を開始する。


そして三時間後――


『今日も良い一日でした。妻のパンが美味しくて、子どもたちは元気に遊んでいます。明日も平和でありますように』


私たちは息を飲んだ。二千年前の男性の声が、現代日本語として聞こえてきたのだ。


「すごい...本当に翻訳されてる...」

「これで古代の人々が何を考えていたかわかりますね」


私たちは次々と音声を翻訳していった。日常会話、商売の駆け引き、恋人同士の囁き...古代世界が生き生きと蘇っていく。


だが、ある一枚の皿から再生された声が、私の人生を変えることになった。

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