最後の録音
それから数年間、私は世界を駆け回った。
ルミナスブルームの軍事転用を阻止するため、国際会議で演説し、政府要人と交渉し、時には危険な任務にも身を投じた。
幸い、多くの国が理性を保ち、「ルミナスブルーム国際管理条約」が締結された。ブルーファクターは医療と環境修復にのみ使用され、軍事転用は禁止されることになった。
しかし、私の体は限界だった。過労で倒れ、医師から余命一年と宣告された。
「先生...」
マリコが涙ぐんでいる。
「心配するな。俺の仕事は終わった。あとは次の世代に託す」
私は最後の仕事に取りかかった。自分の声を未来に残すことだった。
研究室で、私は特別に作らせた粘土の皿の前に座った。古代の技法を現代科学で再現した、音声記録用の粘土器だ。
「マリコ、録音を開始してくれ」
私は深呼吸して、皿に向かって語りかけた。
「未来を生きる人々よ、私の名は田中悟。時は西暦2028年。私は考古音響学者として、過去の声を聞き、未来への橋渡しをした者です」
粘土器の表面に、私の声が微細な振動として刻まれていく。
「私はアルカディウスという古代の賢者から多くを学びました。時は巡り、危機は繰り返されます。しかし、人類には乗り越える知恵があります。過去の声に耳を傾け、未来への希望を紡いでください」
私は咳き込みながら続けた。
「ルミナスブルームの秘密、星の声を聞く方法、そして最も大切なこと...愛と協調の心を忘れてはいけません。科学は道具です。それを使うのは人間の心です」
最後に、私は笑った。二千年前にアルカディウスの皿から聞こえてきたような、温かい笑い声を。
「未来の研究者よ、きっとあなたも私と同じような体験をするでしょう。迷った時は過去の声を聞いてください。そして、あなたの声も未来に残してください。これが人類の知恵のリレーなのです」
録音を終えた私は、マリコに遺言を託した。
「この皿を適切な場所に埋めておいてくれ。千年後に発見されるように」
「先生...本当に千年後の人が見つけるでしょうか?」
私は微笑んだ。
「きっと見つかる。時の輪は巡るからね」