元魔王なちび令嬢、初めての家庭菜園
夜中に思い付いて、そのままストーリーが頭の中にこびりついて眠れなくなる時が、あります。でも、今、メインストーリーの真っ最中に入れたら不味いだろ!?的なお話です。
新しい朝がきた!キラキラの朝!
前世魔王の私、ベルリーナ・イースタン公爵令嬢。ぴちぴちの4歳です。
お誕生日に、お庭を貰いました。私の部屋の前のお庭です。
新しいお庭遊び用の裾が短めのドレスと同色のドロワーズは、お母さまのプレゼント。ドレスの裾から、ドロワーズの下部分のフリルが覗いてるのがキュートです。
ピカピカのスコップと赤いバケツとじょうろは、お兄さまのプレゼント…何か、砂遊び感が満載ですが…。
叔父上からもらったラディッシュの種(昨日までに発芽済み)。普通は、ご令嬢には、せ・め・て、花の種を贈るもんだと思う。だから、叔父上には、お嫁さんが来ないんだよ。
そして、お祖父様からは専属庭師を貰いました。やたら厳つくてでっかいお爺さんです。
「ガイと申しやす。ベルリーナ様のお祖父様の魔法薬材料の採取係をしておりやしたが、この度、引退してこちらに参りやした」
引退した冒険者かと思いましたが、違うようです。でっかいバトルアックスを肩から担いでいるので、何事かと思います。
「先程、質の悪い雑草が生えてきておりましたので、ちょっくら刈っておきました」
何だか頼りになりそうな庭師、ガイです。
私の部屋の前庭は、日当たりが良いのか、いつも鬱蒼とした植物が生え繁り、お祖父様お抱えの庭師達が週に1度、雑草を刈りに来てくれます。
いつも、そんな日は、騒がしいので屋敷の奥の図書室に行くように言われている。採取小隊と呼ばれている人達が来るけど、庭師を小隊と名付けるお祖父様は変わり者だと思う。
昨日も、庭中に蔓延っていた植物を小隊の皆さんが一掃してくれていたようで、庭には、見事に何もありません。あ、ちょっとした花壇っぽいスペースが出来てる。
「花壇の飾りには、こちらの貝殻や、大きめの小石を用意しておりやす」
大人の手の平程の平たい石やツヤツヤの丸い石、ホタテ貝等の二枚貝や巻き貝が積まれている。
貝殻で囲んだ花壇、石で囲んだ花壇…どちらも捨てがたい。
「こちらの種は、キレイな花が咲く種だそうで。こちらが、リンゴの苗と桃の苗で。全て、ベルリーナお嬢様のお祖父様からのお誕生祝いでやす」
リンゴの木と桃の木か~♪いつか、美味しい実がなるといいな。花も綺麗だしね。さすがお祖父様。何処かの誰かとは違って、ちゃんとわかっていらっしゃる。
一面のお花畑~とか、リンゴや桃の木の下で散る花の中に佇む美少女とか。何か良いよね。
前世魔王だった頃は、庭と言えば、勝手に植物系の魔族が蔓延っていたので、まるで魔境かジャングルの様だったな~。いや、本物の魔境だったけど。魔王城に攻めてきた勇者は、城の中に入るのにえらく苦労したらしい。
「小さな池に金魚を飼うとかも、良いですよね~」
「お嬢様、それは追々作っていきやしょうね」
何故か焦りながら、ガイさんが答えた。
魔王城でも、池を作ってみたが、何故か勝手に魔魚が棲み出して。おまけに、勝手に水棲魔族達が池の拡張工事まで始めて、遂には城の周りに堀まで作って大騒ぎし始めて、大変だったな~
ああ、小さくて可愛い池が欲しいな。綺麗で小さな魚を飼って、毎朝、餌をやるんだ。
「小さくて白くて可愛い、蔦の絡まる森の中の小屋みたいな道具小屋も、良いですね」
「道具類は、庭師小屋に置いてありやすんで、その、小屋の件は、また追々と、言うことで…」
「でも、ガイが、毎日、一々道具を取りに行くのも面倒じゃない?」
「いえ、こちらに小屋を作ると、面倒な事になりやすので。道具を奪われると、大変でやすからね」
何故か、更に顔色を悪くしたガイさんが、おののきながら顔を横にブンブン振って、一歩退いた。
流石、公爵家の庭道具。盗まれるくらい高価なのか。超一流の職人とかが作って、銘なんかも入ってるのかもしれない。
「そう言えば、お嬢様のお祖父様が、種を植える時は、心を込めて植えて水をやれば、立派な花が咲くと仰っておりやした。また、苗には必ず毎日歌を歌ってやって欲しいそうです」
確かに、植物に毎日歌を聴かせると良いと聴いたことがあります。心を込めて歌を歌って育ててやると、いつか美味しい実がなるのでしょう。じゅるり。涎が出そうです。
朝です。植物達に水やりをする時間です。古参メイドのバネッサが、お砂場着…もとい、お庭遊び用のドレスを着せてくれました。
庭からは、ガイさんの気合いの入った声が聞こえます。お気に入りのバトルアックスを持って、準備運動でもしているのでしょうか。
花壇には色取り取りの花が咲き誇り、リンゴの木と桃の木は、既にガイさんの背丈と同じくらいの高さになってます。ラディッシュの葉は青々と繁って、収穫時ですかね。
「いや、昨日、植えたばかりですよね。お嬢様、ひょっとして『緑の手』の能力をお持ちとか?土魔法が得意とか?」
ガイさんが、息を整えながらバトルアックスにすがって、私に聞きました。
元魔王ですから、魔力だけは人一倍ありますが、そんな器用な能力は、ありませんねー。
気を取り直して、ラディッシュの収穫です。ガイさん曰く、ちょうど収穫時期なんだそうで、ラディッシュを入れるための笊を用意してくれていました。
ラディッシュの根元を優しく引っ張ると、
「ひぃぃ~」
と言う悲鳴が、ラディッシュから上がりました。
いや、ラディッシュなのか?これ。
よく見ると、ラディッシュによく似たマンドラゴラです。魔王城の庭にこれのでっかいのがよく勝手に生えてました。あの頃は面倒だったので放っておいたら、うるさく叫びながら走り回るので、ジャングル…庭を散策するのに邪魔だった覚えがあります。
「お嬢様、見なかった振りをして植え直すのは、止めてください」
駄目か~駄目ですか~。いや、これ、小さいから誰も死なずに済んでるけど、普通サイズのマンドラゴラだったら、抜いた途端に人間は狂い死にしてるからね。
ガイさんは、何故か平気そうだけど
「長年、魔法薬の材料採取の仕事をしてると、魔力耐性なんかも随分付いてまして。これ位、何ともなくなってしまって。いや、流石にちょっとビックリしやしたけどね。さて、全部、収穫しますか」
ラディッシュマンドラゴラの立てる声は、さながらガラスを指で引っ掻く音のよう。
庭の一画には、何十ものラディッシュの葉が、楽しそうに風に揺れて繁っていた。
「ガイ、ラディッシュを幾つか土ごと植木鉢に入れて、叔父上の所にお裾分けに持って行ってちょうだい」
「へい、喜んで♪」
「おーっほっほっほ(ノ^∇^)ノ」
プレゼントを貰ったら、ちょっとした御返しは重要だと思います。