第六話『生徒会長の気持ち』
「もう一度聞くけどさあ、生徒会長とはどういう関係かな?」
俺は初めて友人が恐ろしいと思った。なぜそんなことが気になる、どうしてそこまで怪文書にこだわるんだ。
「別に、ただの知り合いさ」
「僕にはそうは見えなかったけどなあ。仲良さそうに、イチャイチャと、していたじゃないか」
「お前、確実に最初から見てたな?」
「それがどうしたって言うんだい。何かいけないことでも?」
こいつ、喧嘩売ってんのか。嘘までつきやがって、隠し事されるのがそんなに気に食わないのかよ。俺のことを恋人か何かと勘違いしてるんじゃないのか?
「俺にだって隠し事の一つや二つ、あったっていいじゃないか。どうしてそこまで暴きたがるんだ」
「君が渡してくる怪文書、事件は起きてないってのに二日に一回持ってくるなんて不自然にもほどがあるだろう。知りたくなるのは僕の性だってこと、君だって知らないはずないよね?」
「俺のこと、疑ってるのか」
「ああ、疑ってるね」
こんな風に疑われるなんて、思ってもいなかった。友人は俺のことを無条件に信頼してくれると思っていたんだ。そんな考えは浅はかだったと、今なら思う。
「怪文書は生徒会長からもらっていたんだ」
「じゃあ、犯人は生徒会長だと?」
「いや、それは違う。先生が未然に防いだものを預かっていただけらしい」
「それをどうして君に渡しているのかな?」
「俺がお前のことを話したんだ。そしたら、ぜひ解読をお願いしたいって」
俺にしてはまともな嘘をつけていると思う。まあ、簡単に騙されてくれるとも思わないが。
「ふーん、一応辻褄は合っているね」
「これで納得してくれたか?」
「でもさ、二日に一回のペースなのはどうしてだい?」
「まとめて渡したら解読するのが大変になるだろうって、生徒会長の配慮さ」
「解読する側からしたら、まとめて渡してくれたほうがやりやすいんだけども。今までのを解読して分かったのは、全てが繋がっているということ。あれはページを一行ずつバラバラにして言語を変えたようなものだ、解読されにくくされているように僕は感じる」
しくじった。生徒会長がわざと分けて渡しているように話してしまったがために、また友人に疑問を植え付けてしまった。どう挽回しようか。
「それは、生徒会長が分かることじゃないだろ。解読なんかしたことないんだから」
「僕はね、あの生徒会長がこんな簡単な問題を解けないはずがないと思う。奥出早紀は生徒会長であり、学年成績トップなのだから」
それはその通りだ。ただそれを認めてしまえば、俺の今までについた嘘が全て無駄になる。一つの矛盾が全てを崩壊させる。
「生徒会長だって苦手なことぐらいあるだろう? 勉強は出来ても謎解きはまた別だ」
「謎解き? 君の頭の悪さには本当に笑いが止まらないよ。あれが謎解きだって? 意味ありげな文章を日本語から英語に変えただけの駄作が謎解きだっていうなら、きっと名探偵も呆れるさ」
ああ、分かった。俺とこいつには天と地との差があるんだ。こいつはわざと実力を隠して、俺と会話のレベルを合わせていただけだったんだ。本当は生徒会長と同等の知識と学力があるというのに、この俺を、コケにしていたんだな。
「お前を友人だと思っていた俺がばかだったよ」
「僕のことが嫌いになったかい?」
「元々嫌いだよ、その空気の読めなさには本当にムカついてくる」
「僕は別に、君を見下しているわけではないんだ。逆に尊敬している。君と話していると違う世界にいるみたいで楽しいからさ。生徒会長も同じ気持ちなんじゃないかな」
「俺は疑わない。今もこれからもお前を友人として見ていくつもりだ。お前の言うことを俺は何でも信じてやる。だからお前も、俺を無条件で信じるぐらいの覚悟はあってもいいんじゃないか」
俺だって友人のことを尊敬している。俺の知らないことを知っていて、俺に出来ないことを出来るというのは、純粋に尊敬できることだろう?
「ばかと天才は紙一重、というけれど、天才はばかには勝てない。だから僕は、君には勝てないのさ」
友人はそう言って、軽く手を振りながら行ってしまった。
翌日、俺たちはいつものように机を挟み、話をしていた。
「なあ、友人よ」
「なんだい?」
「お前の本気はいつ見れるんだ?」
「君が見るとするなら、それは僕を怒らせた時だろうね」
おお、怖い怖い。大地が割れるとでも言うのだろうか。
「昨日のは、本気ではないのか」
「ほど遠いさ。だって僕は怒りなど微塵も感じていなかったから」
「俺はだいぶ肝を冷やしたんだがな」
「あれはあれで楽しかったよ。さあ、もうチャイムが鳴るよ」
俺たちはまた、いつもの関係に戻ったのだ。
翌日の放課後、生徒会長は驚きの場所にいた。
「なんで男子トイレに?」
「少し興味があったから、なんて言ったら、誤解を生んでしまうかしら」
女子が男子トイレに容易に入ってきていいものではないと俺は思う。逆も然りだ。
「そんな興味、捨ててしまえ」
「別に性的な意味じゃないわよ。ほら、誤解しているじゃない」
「勝手に決めつけるんじゃない……」
「顔が赤いわよ」
「うるせえ」
本当にそういうことを考えてしまい、そうになっただけだ。危ない危ない、気の抜けない奴だ。
「興味があるって、未知の世界を探検したいっていう、冒険心かしら」
「それもそれで変な風に聞こえるからやめとけよ」
「そういう風に勘違いするあなたが悪いと思うわよ」
「で、なんで男子トイレなんだ」
「あなたたち男は、女は男のテリトリーに容易には入らないだろうと思っているでしょう? それを覆したのよ」
なんだその理由。てか、そんなこと俺は思っていない。いや、少しは思っていたかもしれないが、それは女子も一緒なんじゃないか?
「別に覆してもらわなくともいいんだけど」
「だから、そういう興味だと言ったでしょう」
「あっそうですか」
「あなたは私に興味がないのね」
それは興味を持ってほしいというアピールなのか。女子かよ。いや、女子だったな。
「興味がなかったらゲームなんてしないだろ」
「じゃあ、興味ありありってことかしら」
「極端だな、普通だよ」
「あっそう」
こいつなんなんだ本当に。奥出のほうが俺に興味などないくせに。
「お前だって、同じじゃないか」
「あら、私はあなたに興味ありありよ」
「は、はあ?」
「今照れたわね。初心な高校生は嫌いじゃないわよ」
「からかってるのも今のうちだからな、覚えとけよ」
本当に、一生恨んでやろうか。
「脅しなんて滑稽ね、はい、今回の怪文書」
「滑稽で結構、コケコッコー。はい、どうも」
「さりげなく入れないでもらえる? その鉄板ネタ、私の中では一ミリも流行っていないのだけれど」
正直に言ってもらえるだけでまだ救われるよ。多少、傷ついてはいるが。
「そう言って、心の中では笑ってたりしてな」
「ええ、ある意味そうかもね」
「分かってるって、これ以上聞かないでおくよ」
今までに一番の睨みだったかもしれない。悪寒がしたよ。
「はあ、あなたにそれが解けるかしら。いや、あなたが解くんじゃなかったわね」
「そうだ、それで思い出した。お前は俺のことどう思ってるんだ?」
友人は俺と一緒だと楽しいと言ってくれた。そこまでの言葉は望んでいないが、それに近いものを欲している俺がいる。
「面白い人だと思うわ。あなたは凡人でも天才でもないから、まるで夢にいるみたい」
「嬉しいこと言ってくれるじゃんか」
「あなたが褒め言葉だと感じたなら、私もそれでいいわよ」
なんか妙だが、まあ、いいか。