追憶と激情⑥
「ねえねえ、何で車も免許も持ってないの?こんな仕事してるくせに」
車が走り出してすぐ、お嬢様がそんなことを言い出した。
「いくらなんでも、そこまで稼ぎが悪いなんてことないでしょう?」
「…プライバシーだろう、そいつは」
「いいじゃない、単なる好奇心よ」
「お嬢様。詮索が過ぎますわよ」
ハンドルを操りながら、淑子さんが助け舟を出してくれた。
「誰しも、事情と言うものがあるんですから」
逆に、そこまで言われてしまうと黙っていることが罪悪のように感じてしまい、俺は少しだけためらった末に口を開いた。
「……名前、無いんだよ」
車内に、沈黙が走った。
「え……?」
「なに、それ……」
「……”無戸籍者”ですか?」
淑子さんの問いに、俺は頷く。
「名前も年齢も、なんなら日本人かどうかもわからない。俺も、情報屋も、な」
どこぞの文豪の出だしでもないが、どんな生まれをしたのかもわからない。ただ、物心がつくかつかないかの頃には周囲には誰もいなくて、一番最初の記憶は何処かのゴミ捨て場で生ゴミを漁り、飢えを凌いでいたと思う。情報屋とも、その頃知り合った。
「アジア系なのは確かだと思うが、それ以外は皆目見当もつかねえよ」
「行政の手とかは……?」
「あの街に、んなもんが入るかよ」
俺は鼻先で笑った。




