追憶と激情⑤
地方都市から都会に出て堕ちて行く人間は珍しいもんじゃない。だが、そこから裏社会とはいえ連妙寺の側近にまで昇り詰めるだけの経緯を知りたいと思った。
「それと、やっぱり地元の方もしらべてみるかな。何が殺しの動機になるか、わからないし」
明日からしばらく遠出の連続だと思い、俺は早寝をすることにした。
翌朝、出掛ける前に朝飯を掻き込んでいると、情報屋が話しかけてきた。
「…なあ、今回の仕事が済んだらさあ」
「ん?」
俺が情報屋の顔を見ると、心なしか照れたような顔で情報屋が言った。
「この仕事が済んだら、ここを出て二人で外国でも行かないか?南の島とかさ」
「外国か……」
「そう。”ニンベン”にパスポート作って貰ってさあ。今までのこと全部忘れて、のんびりしようぜ」
「……そう、だな」
どのみち、ここらが潮時なのかもしれない。
今回の件でケチがついたのは事実で。
この先、ここで生きていけるとは確かに言い切れないかも知れなかった。
「悪くないかもな、それも」
「だろ?!今日にでもあいつに頼んでくるよ」
仲間内で、”ニンベン”と呼ばれる偽造屋の名を出して、情報屋はとびきりの笑顔を見せた。
「わかった。じゃあ詳しいことは帰ってから聞くわ」
「おお。楽しみにしとけ」
気をつけて行ってこいよ、と俺を送り出した情報屋の顔を、俺は随分と長い間忘れることができないでいる。
あれが、生きて会った最期の笑顔だったから。
この街を出て仕事をする場合、俺は移動に公共の交通機関を使うことになる。意外と思われるかもしれない」が、車も免許もないからだ。
この街なら、その辺に停まっている車を拝借して、何処へでも転がしていけるが、流石に他ではそうは行かない。
いつものように最寄りの駅まで歩こうとして、背後から聞こえるクラクションに、思わず足が止まった。
振り返った先に、一台のコンパクトカーが停まっている。その運転席の扉が開いて、淑子さんが降りてきた。
「おはようございます」
「え?おはようって、一体……」
どうしてここに、と言う前に、淑子さんはにこやかに言った。
「お手伝いを、させていただきたいと思いまして」
「は?」
面食らいすぎて、他の科白がでなかった。
「お手伝いって、あなた、あのお嬢様をほっぽって……」
「心配いらないわよ」
別の声がしたと思ったら、後部座席の窓が降りて、”美幸お嬢様”本人が顔を出した。
「淑子さんが、あたしをおいて行くような、職場放棄をするわけがないでしょう」
一緒に行くに決まってんじゃないの、とさも当然のように言い放つお嬢様に、俺は頭が痛くなった。
「あのなあ」
俺はお嬢様に噛んで含めるように言った。
「何処の世界に、自ら調査についてくる依頼人がいるんだよ。頼んだ以上、大人しく邸の中で結果が来るのを待ってるのが、普通の依頼人ってもんだぞ」
「何よ。普通だの当たり前だのって、そんなの面白くも何ともないわ。何事にも例外ってもんはあるわよ。お金だけ出して口は出さないなんて、あたしの好みじゃないわ」
「あんたの好みは、この際どうでもいいんだよ」
「何よ。依頼人の要望を聞くのが、プロってもんじゃないの!」
際限のない言い合いを、淑子さんがおさめるように口を開いた。
「便利屋様は、目的地までどのように向かうおつもりでしたの?」
「まあ、取り敢えず駅から電車で」
「電車?!」
お嬢様が素っ頓狂な声を出す。
「どこまで電車で行く気だったの?」
「行ってからの成り行きだよ。いいじゃねえか、こっちのやり方……」
皆まで言わせず、お嬢様が言い捨てる。
「まさか、運転できないとか?」
「馬鹿にすんな、運転ぐらい出来る…免許がないだけだ」
「でしたら、きまりですわね」
淑子さんが言った。
わたくしが運転手を勤めますわ。便利屋様の仰せのままに、運転させて頂きますわ」
「いや、でも……」
「言うこと聞いた方がいいわよ」
俺の抗議を、お嬢様があっさりと打ち払う。
「あんたじゃ淑子さんに適うわけないし。それに実際、車があった方が便利なのは確かでしょう?ほら、さっさと乗りなさいよ」
これ以上、抗う術はなかった。
俺は黙って、淑子さんが開けてくれた助手席に乗り込んだのだった。




