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追憶と激情②

「別に気にしちゃいないさ。何ならここで別れてもいい」

 俺の答えに淑子さんは微笑んで頭をふった。

「そんな淋しいことをおっしゃらないでください。……もう少しだけ、お付き合いくださいな」

 このまま柾木氏の遺体と二人連れは、さすがにまだ気持ちの整理がつかないのだろう。

 促されるまま、俺は車に乗り込んだ。


「長かったのか、付き合いは」

「そうですね……お嬢様がお屋敷に引き取られていらしたときに、柾木さんが教育係とボディーガード、わたくしがお世話係として雇われたんです」

 15年ほど前のことだと、淑子さんは言った。

「あのお嬢様、引き取られたって……連妙寺の直系じゃないのか?」

「直系ではございません。勿論、お血筋ではございますが……御先代が傍系の更に傍系の夫婦から引き取られたと聞いております。御先代は、人をみる目がおありの方とのことでしたから」

 そこまで言って、淑子さんは俺の方に向き直った。

「あの、先ほどのお嬢さから依頼された件ですが、わたくしからもお願いいたします。柾木さんが誰になぜこんな目にあわされたのか、お調べ頂けませんか?」

「淑子さん……そんなに、好きだったんですか?」

 お嬢様を破産でとはいえ、それなりに歳を重ねた男と女だ。恋愛感情の一つや二つ、生まれたところで不思議はない。

 俺の問いに、淑子さんは一瞬目を見開き、すぐにうつむいて言った。

「……いいえ、わたくしたちはご想像になっている関係ではございません。あくまでも、お嬢様の護衛とお世話係と言う関係のみでした」

 つまりは、片想いと言う奴か。

「あの方は、御先代に雇われる前に奥様とお子さまを亡くされているんです。生きていれば、お嬢様と同じ年頃の女の子だったと聞いたことがあります」

「……へえ」

 何とも複雑な心境だった。

 つまるところ、こいつらは疑似家族として生きてきたわけだ、「連妙寺」と言う一族を存続させるために、

 ことの是非はともかくとして、その間には、いろんな感情も生まれるだろう。例えば父娘の情、そうして男女の恋愛感情。

 父親のようであって父ではなく、夫のように見たとしても、拒まないまでも受け入れては貰えない。

 僅かな沈黙の後、淑子さんが口を開いた。

「…あの、便利屋さんとお呼びしてもよろしいのか……先ほどの、お嬢様から依頼された件なのですが……」

「……ああ」

 俺は頷いた。

「先刻、お嬢様に言った通りだ。正規の方法で依頼されれば、いつでも受けてやるよ」

「それを伺って安心しましたわ。では、よろしくお願いいたします」

 そう言って別れ際にも頭を下げられ、俺はこうして帰ってきたわけなのだが――


「んじゃ、依頼は受けるってことでいいんだな?」

「だから、正式に届いたらな」

 オレの返事に、情報屋はあっさりと言った。

「来てるぜ、依頼」

「へ?」

 呆気にとられた俺に、情報屋がモニターの画面を見せてくる。

「ほれ、見てみな。論より証拠だ」

 そこには確かに、お嬢様に言われた内容が表示されていた。

「けどまだ、依頼料は……」

 佐護の悪足掻きのような科白も、あっさり蹴散らされた。

「入ってる。いつもの口座に10…」

「10万か?それじゃ手付けにもならないだろう」

「億だよ。10億円だ。手付けか全額か、知らんけど」

「じっ……!」

 余りのことに絶句した俺のスマホが鳴った。

「………はい」

 画面に表れる番号を見て、嫌な予感しかしなかった。

が、でないと言う選択肢はない。

 案の定、スマホの向こう側から出来れば聞きたくなかった声がする。

「確認してくれた?」

 お嬢様の声は、期待に満ち満ちていた。

「手順を間違えたつもりはないけど。あ、お金が足りないなら言ってちょうだい。すぐ振り込むわ」

「どうやってわかった?」

「訳ないわ、こんなの。とにかく、こっちの本気は伝えたからね。他に必要なことがあれば、いつでもこの番号に連絡して。私か、淑子さんが出るから」

 手間も費用も惜しむつもりはない、そう言い置いて、電話は切れた。

「どうやってわかったんだ?連妙寺の権力か?」

 そんなものを使うような「お嬢様」とはおもえなかったが。

 が、しかし。

「使わなくても朝飯前だったんじゃね」

 情報屋があっさり言った。

「?何で」

「いや、メッセージのサインにさ、”elfエルフ”ってあるの、気づいたか?」

「えるふ?」

 気づかなかった。

 素直にそう言うと、情報屋は呆れた顔をした。

「まあ俺もサイン見るまで気づかなかったんだけど………な。”elf”ってのは、ハッカーだよ。超一流のな」

「ハッカー?!」

 今日はいろいろ驚かされる日だ、全く。

「おお。俺も噂に聞いた程度だけどな。正体不明、けどどんな難攻不落の場所でもあっさり侵入して、ありとあらゆるシステムを自在に操る、って評判らしい」

「まさかそれが……」

「そのお嬢様、ってことじゃないのか?」

 情報屋の科白に、今度は俺が唖然とする番だった。

「んで、どうする?受けるってことで、いいんだよな?」

「断る口実があるか」

 前回の依頼金を、倍返しで返金したため、懐具合は寒いのを通り越して、極寒状態だ。

「だな」

 情報屋が頷いた。

「明日からでいいから、『柾木昭文』で検索できるだけしてくれ。どんな細かいことでもいいから」

「了解。お前は?」

「取り敢えず、寝る」

 それだけ言って、俺はベッドルームにしている部屋に行った。

 明日から、また動き回る日々が始まる。

 つかの間の休息くらい貰っても、バチは当たらないだろう。












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