追憶と激情①
結局その日、俺が部屋に戻ったのは夜もかなり更けた頃だった。
「おうお帰り。遅かったな」
相方の"情報屋"が出迎える。丸顔に丸眼鏡。人のよさそうな笑顔を浮かべて。
「ああ、思いの外時間喰っちまった」
「伝言伝えに行っただけなのにな」
"情報屋"に、伝言の内容は話していない。仁義だからだ。
「本当の受取人が別にいたってことらしい」
そこから一部始終を話してやると、奴は「連妙寺の裏ぁ?!」とすっとんきょうな声を上げ、そこの「お嬢様」に仇と間違えられてマグナムを突き付けられたくだりでは腹を抱えて大笑いしやがった。なんて奴だ。
「…で、最初に会った場所まで送ってくれる話だったんだが、その前に寄り道を許して欲しいって言われて、それに付き合うことになったんだ」
「へえ…どこ?」
「警察の遺体安置室」
「あ?!」
情報屋の顔が一瞬で真顔になった。
「お前それ、ヤバいんじゃ」
「いや大丈夫。警察とのやり取りは全部、淑子さんがやってくれたからな。俺は一言も口を利かずにすんだ」
実際、受付で用件を告げて、担当者に案内されていく間、俺は淑子さんの背後に張り付いていただけだった。
「なんたってあの"連妙寺"それも"裏"の人間だぜ。多少のいちゃもんなんか一発で黙らせた」
つまりは、それが淑子さんを通したあの『お嬢様』の力と言うことだろう。
安置室で対面した遺体は確かに俺が救急車を呼んだ男で、傍らの淑子さんを見て、それが柾木昭文氏本人と知れた。
「この方で、お間違いございませんか?」
担当者の問いに、淑子さんは頷く。
「…はい、間違いございません」
このまま遺体引き取りの手続きを願う淑子さんに、担当者がその前に、と口を出した。
「この度の件で、少々お伺いしたいことがあります。お時間を…」
「申し訳ございません」
担当者の声を淑子さんが遮る。
「この件で、こちらからお話することはございません。柾木は連妙寺の者です。連妙寺のことは連妙寺が決着をつけます」
「しかし……」
尚もいい募ろうとした担当の口を塞ぐように腕を引き、何事か耳打ちした。恐らくは「連妙寺には関わるな」とでも言ったんだろう、そいつの目に悔しさが滲み、追及は止んだ。
そこからことはスムーズに運び、柾木氏の遺体は棺に納められ、ワゴン車に載せられた。
「お付き合い下さり有り難うございました。先ほどの場所までお送り致しますわね」