表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

拳銃と令嬢

 目覚めたのは、どこぞのお屋敷の応接室らしかった。

「……しくじった、か……」

「気がつかれまして?」

 小坂井淑子が入って来た。手にティーセットをのせたお盆を持って。

「申し訳ございませんでした。こちらの場所を知られたくなかったものですから」

 ティーカップに紅茶を注ぎ入れて、彼女が言う。

「だったら、あのまま車内で話せば良かったんだ。伝言を伝えるだけなんだから」

「いえ。お嬢様がそれをお許しになりませんでしたから」

「お嬢様?」

 思わず問い返した時だった。

「目が覚めたんですって!」

 ばたん、とドアが開く音がして、若い女性が飛び込んできた。

「お嬢様!お静かになさいませ」

 淑子さんが立ち上がって女性を制する。女性は不満そうな顔をして、俺の向かい側のソファーに座った。

「突然申し訳ございません。ご紹介致します、連妙寺美幸様。私がお仕えしているお嬢様です」

 そう紹介された″お嬢様″は、年の頃なら二十歳そこそこ、長い髪を馬の尻尾みたいに一つに纏め、それなりに金のかかっていそうな格好をしている。それより気になったのは、名字の方だった。

「連妙寺?あの?!」

「はい。ご存じでしたか」

「そりゃ……」

 連妙寺家。

 生まれてこの方、ごく真っ当に生きていれば耳にすることはないと思う。だけど、俺みたいに世間の裏を渡り歩く存在には知らない者はない名前だ。

 企業や反社の組織ではない。

 言うなればそれらを統制する一族だろうか。

「連妙寺にこんなお嬢様がいるとまでは知らなかったけどな」

「ああ、違いますわ」

 淑子さんが否定して来た。

「つい癖で″お嬢様″とお呼びしてしまうのですが、この方は現当主でいらっしゃいます」

「は?当主?!」

「…そうよ」

 ティーカップに口をつけながらお嬢様が言う。

「先代から引き継いでまだ半年足らずだけど、確かにあたしが当主だわ」

「連妙寺の代変わりなんて、聞いたことないぜ」

「『表』じゃないもの」

 お嬢様の科白に、一瞬背筋が寒くなった。

「『表』じゃないって……まさか」

「ええ『裏』でございます」

 連妙寺の『裏』。

「……嘘だろ、おい」

 茶道の表と裏ではない。

 この国の裏社会に君臨する連妙寺家。その連妙寺を牛耳るのが目の前にいるお嬢様だと言うわけか。

「そんなことより、伝言とやらを聞かせて頂戴」

「いや、それは宛先が違う」

 俺が頼まれた先は淑子さんだ。

 いくらその雇用主でもそれは違うだろうと思った。

 が。

「構いません」

 淑子さんが言う。

「お嬢様は言い出したら聞きません。わたくしを通して耳にするより、直接お聞きになった方がいいと思います」

 そこまで言うなら、と俺は口を開いた。

「…″こんな形で去ることを許して下さい。私のことは忘れて、お嬢様のことをお願いします″…以上だ」

 俺の伝言に思うことがあるのか、淑子さんは少し涙ぐんでいたようだった。

「有り難う、ございました」

 そう言って、淑子さんは頭を下げた。俺としては、それだけで充分だったのだが。

「…じゃあ、報酬を受け取って」

 それまで黙って聞いていたお嬢様がスッと立ち上がる。その手に握られた拳銃に、俺は目を剥いた。

「お、お嬢様?!」

 淑子さんも悲鳴を上げる。

「征木の仇、思い知れ‼」

「ちょっと待……」

 制止する間もなかった。

 お嬢様の指が引爪を引いた途端、銃声と同タイミングで、彼女の身体はソファーを飛び越え、壁に設置されたガラス棚を引いためがけたように吹っ飛んだ。

「きゃあぁぁ‼」

「やっべっ‼」

 躊躇っている暇はない。

 俺は間のローテーブルを飛び越え、お嬢様の腕を掴んでそのまま床へ転がった。

「ちょっと!何すんのよ⁉」

「何すんの、じゃねえ、この馬鹿野郎‼」

 俺の怒鳴り声に、お嬢様は怯えたように身体をびくりとさせた。

「一つ訊くがな、お嬢様。あんた、射撃の経験はどのくらいだ?」

「……ないわよ」

「はぁ?!」

「だから生まれて初めてよ。これが」

 予想はしていたが、ため息が出る。

「……あのなぁ。コルトガバメント、44マグナム。こんなヘビーガン、お嬢様の華奢な、それも片手でなんて扱えるもんかよ。腕や肩が砕けなかっただけでも奇跡みたいなもんだ。それどころか、俺が抑えなきゃそこのガラス棚にぶつかって、その可愛い顔がぐちゃぐちゃだ」

「お嬢様、なんてことを……」

 淑子さんが震える声で言う。

「だって!淑子さんは悔しくないの?柾木の仇討、したくならない?!」

「この方は違いますわ」

「何でわかんのよ、そんなこと」

「この方は、柾木さんの伝言を伝えるために、連絡を下さったのですよ」

 淑子さんの声は穏やかだが、きっぱりとしていた。

「柾木さんが、今際の際の伝言を、自分を殺そうとする相手に託すとは思えません。むしろ、救急車を呼んで下さったのでは?」

「……」

 当たりだ。

 答えることも出来ずに黙っていた俺に、淑子さんは微笑んで、ゆっくりとお辞儀をしてくれた。

「礼を言われるほどのことじゃない」

 俺は言った。

「ただ、仕事先でその対象から″頼むから殺してくれ″って言われたのが気に入らなかっただけだ」

「それでも、です。感謝致し…ます」

「だったら、調べて」

 雰囲気を壊したのは、お嬢様だった。

「柾木が誰に、どうしてこんな目にあわされたのか、調べて教えて頂戴」

「俺は面と向かっての依頼は受けない主義なんだ。正規の手順で依頼してくれ」

「正規の手順、ね。わかったわ」

 お嬢様は頷く。その後を引き取って、淑子さんが声をかけた。

「いつまでもお引き留めするわけにはいきませんわね。先ほどの場所までお送り致しますわ」

 車を回して参ります、と淑子さんが部屋を出る。俺もその後に続いた。

 家の中を詮索するのはやめにした。どうせ二度と来ない場所だ。

 玄関の前には連れて来られた時と同じ、黒塗りの高級車が停まっていた。促されるまま、後部座席に乗り込む。

「お送りする前に、一箇所寄りたい所がありますの」

 どこと訊ねる前に、淑子さんが続けた。

「柾木さんを、迎えに行きたいんです。お付き合い頂けます?」

 驚いたが、否やはなかった。


 

 






 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ