依頼と信条
「お願いですから、殺してくれませんか?」
俺は便利屋だ。とある闇サイトからの依頼で、場合によっては殺しも受ける。裏の世界では珍しくない。
ただ今回俺をここに呼び、始末を依頼したのはこいつじゃない。
年の頃は四十代後半、端正な顔だちで、だからいっそう、首から下が無惨だった。両腕は肩からちぎれているし、両足もあり得ない方向にねじ曲がっている。
腹部も裂けて腸がはみ出していて、俺が今、手を下さなくても助かる見込みはまずない。
苦しげな呼吸の下、それでも微かに笑みを浮かべて頼んでくる相手にこんなことを言うのは心苦しい。
「悪いがな」
俺は答えた。
「今回の依頼主はあんたじゃないし、あんたもこんな場所で野垂れ死にしていいとは思えないんだ」
確かにその時、俺はどうかしていたかと思う。
「待ってろ、今救急車を呼んでやる。せめて最後、誰かに看取ってもらえるようにな」
スマホを取り出した俺に、男が苦しい呼吸の下、話しかけてきた。
「……分かりました。それでは今から言う番号に、伝言をお願いいたします。ああ、自己紹介がまだでしたね。私は【まさき あきふみ】と言います」
報酬は伝言相手に伝えればいいと言う。
「……まあ、いいか」
どうせ、今回の依頼はキャンセルすると決めた。
俺は男から伝言と連絡先を聞いてスマホに記録し、、救急車を呼んだ。
翌日のネットニュースで、都内某所の空き倉庫に重傷の男性が発見され、搬送中に死亡したとの記事を見つけた。身元はまだ不明のままのようである。まあ、それはどうでもいい。
「……仕上げだな」
スマホを手に取り、連絡先の番号をタップする。数回の呼び出し音で女性の声がした。
「……はい?」
「突然申し訳ない。【こさかい としこ】さんの連絡先でいいか?」
「そうですけど……あなたは?」
女性の声は驚きと不安が滲んでいた。
「【まさき あきふみ】さんから伝言を頼まれた。この番号も彼から教わった」
「征木さん……あの人は一体」
「空き倉庫で発見された男のニュースを知ってるか?」
「あれが……」
声が震えている。
「救急車を呼んだのが俺だ。その時に伝言を頼まれたんだ。このまま続けていいか?」
「待って下さい」
女性が遮って来た。
「今からご指定の場所に伺います。伝言についてはその時に」
「……わかった」
正直に言えば、この電話で全てを終わらせたかったが仕方がない。
俺は待ち合わせ場所を伝えて伝えて電話を切った。
待ち合わせ場所に来たのは黒塗りの高級車で、後部座席の窓から先ほどの声の主と思しき女性が顔を覗かせた。
「お待たせいたしました。どうぞ、お乗り下さい」
「?ああ」
車内で話を聞くつもりかと思い、俺は促されるまま後部座席に乗り込んだ。
車内は思ったより広く、適度な固さのクッションに落ち着きそうになったタイミングで、こさかい女史がコーヒーの入ったカップを渡して来た。
「どうぞ」
「あ、どうも」
コーヒーの苦味が、なんだか妙に感じて、問い質そうとした途端、目の前が暗くなる。
――しまった、油断した
そのまま、俺の意識は飛んだ。