第51話 なんか印象が変わった……?
様々な弊害を押しのけて、俺はとうとう教室にたどり着いた。
「まさか、教室が一番平和な場所になるとは……」
イジメられていた俺からしたら、考えられない事実である。
習性というのは怖いもので、体感四年をはさんでいるというのに、教室に入ると、自然に勝俣いじめ軍団の居場所を目で確認してしまう。
勝俣力矢、あいかわらず不在。
AとBは今日はいないが、校内で見かけるし、授業も出たり出なかったり。
そして中野ミホ。
俺を見て「ひっ」と肩をすくめて、下を向く。がたがたと震えている。
それでも毎日、学校に来ているところを見ると、まじめなのかなと思ったが――どうやら、家が裕福らしく、立場上、休むに休めないのだと推測できた。
ようするに、新しい日常に変化なし。
俺は自分の席へと進む。
実に説明しづらいのだが、教卓真正面の列の、最後尾のひとつ前の席である。きっと漫画やアニメの主人公なら、窓際の列の最後尾に座っているんだろうな。
席に着くと、何気なく、さきほどの主人公が座るべき席を見た。
ちょうど、主が席に座るところだった。
銀色の髪、白い肌、大きな目――クール系女子高生、大又蘭花だ。
彼女はいつもけだるそうに歩き、面倒くさそうに席に座る……はずなのだが、今日はやけに動きが洗練されていた。
擬音で言うなら『さっ、しゅたっ、すんっ』――みたいな感じ。
異世界でいろいろな武人と出会い、その動きを間近で見てきた。
なんといえばいいのか、そういう力あるものたちは、やはり動線からして、違う。
いちいち、所作が美しい。座っているだけでも、一本の剣が突き立っているように、芯がある。
なぜか、そういう雰囲気を大又蘭花から感じた。
そこに、一人の武人が座っているような……。
「いやいや、何を言ってるんだ、俺は……」
最近、いろいろありすぎて、頭が混乱しているんだ。
男運カース状態の姉とか、へっぽこ色恋くノ一とか。
きっと、あれだ。
大又さんは美人だから、モデルとか、そういうことをしている存在なのだろう。
だから、姿勢もよいということだ。
これまでけだるそうだったのは、レッスンが忙しかったから。
ようするに、 俺とは住む世界の違う、高嶺の花ってやつなんだ。
俺はそういう風に納得したが――。
*
昼休み。
久しぶりに、いじめられていた時に隠れていた、校舎裏にきてみた。
校舎裏といっても、日当たりのよい場所は、別の不良たちのたまり場になっているので、論外。俺の居場所は、すみのすみ、じめじめとした資材置き場の近くだった。
勝俣たちの目から逃れるように、ここにきては、昼飯を食べていた。
めったに人はこない。へんなキノコが生えてはいるが、放置されたベンチがあるので、隠していたシートを引っぱりだして、敷いてから、座る。
木々と資材置き場のせいで、空はほぼみえないが、それでも、隙間からのぞくよう届く光と空は、四年の月日を一気に縮めた。
「最近、心が休まらなかったし、しばらくはここで飯を食うことにしよう……」
さきほど売店から購入してきたパンの袋をあけて、かぶりつく。
もちもち焼きそばバーガーだ。人気ゆえに売り切れ頻発、ぱしられてばかりで、食べた記憶さえなかった。
「こういう味かぁ……」
なんか、普通だった。
でも、それがいいんだろう……平和が一番だもんなあ……。
つづいて、同様の感想の、カツライスサンドを食べたら、手持ち無沙汰になった。
今日は良い天気だ。暖かい。
生活音が遠くから聞こえて、他人事みたいだ。
ああ、なんか眠いな……。
心が落ち着く……。
いろんなことがどうでもよくなってきた。もうすこしで目が閉じそう――。
「――だ、だーれだ」
ふっと、視界がふさがれた。
白い手が二つ、俺の前に差し出されたようだった。
「え!?」
強制、覚醒。
俺は思わず、手を払いのけ、距離をとった。
一足飛びに、数メートル。
いけない……思わず、本気で手を払いのけてしまった。
相手、骨折してないだろうな……?
でも、仕方なかった。
だって――今、相手の気配がまったくしなかったんだぞ!?
「あ、ごめん。おどろかせた?」
そこに立っていたのは、大又蘭花だった。
手首を軽く押さえている……やっちまったか……。
「手首、大丈夫か」
折れているなら、早急に回復魔法を使いたい。
このままではヒールは使えないが、この前のディスペルみたいに、電力を転化できれば、あるいは――。
だが、大又さんは、なんでもないように言った。
「うん……まあ、たぶん、全然」
「たぶん……? ぜんぜん……?」」
だるそうに話す上に、言葉が足りないので、うまく伝わってこない。
ぜんぜん平気なのか、たぶん折れてるのか――。
だが、反応を見る限り、折れていないようだ。
それ以上に、ケガさえしていないように見える。
なんでだ? あんなに細い腕なのに……まあ、あれか。
俺も夢うつつだったし、払いのけた打撃は、自分の頭にでもぶつかっていたんだろう。たしかに、そうだ。でないと説明がつかないしな。
気配が察知できなかったのも、そういうことか。眠すぎて、俺の能力も一時低下していたに違いない。
うーん。気を付けないとな。もしかしたら、このまえの電力ディスペルがいろいろと体に悪影響を及ぼしてるかもしれない。
大又さんは、俺が座っていた場所の、パンのごみを見た。
「影山さ――ん、こんなところで、ごはん食べてるんだ?」
さん?
ていうか、なぜここに大又が?
冷静に考えると、不思議なシーンだった。
自分から声をかける姿なんて、ほとんど見たことがない大又さんが、わざわざこんな場所にいて、俺に……え? 目隠しだーれだ、をしたってこと?
大又蘭花こそ……なんで?
その瞬間、背中がぞわっとした。
まるでスキルや魔法が暴発したときのような感じ。俺の中で、何かが発動した。
これは、以前にも何度か感じた予感だ。
最近だと、委員長とのやりとりで感じた、嫌な予感。
まさか、大又蘭花にも、なにか、事件が起きているのか……?
それで、俺に近づいてきた。もしくは今から何かが起こる……?
俺は慎重に切り出した。
「いや、ここって静かだろ? だから、一人になりたいときは、ここにきて飯を食べるんだ」
「へえ、そっか……じゃあ、アタシも明日からここでご飯たべようかな」
「ああ、うん……別に、俺の場所ってわけじゃないから、ご自由に。シートは俺のだけど、百均のだから、自由に使って」
「あー、うん。まあ、景山さ――んが居るときにしか、くるつもりないから、そういうのはいいや」
なんだ、この会話は。
なんで俺と飯を食いたがるんだ。どう考えても、おかしいだろ。昨日まであり得なかったことが、今日起きる――事件のにおいしかしない。
やはり、なにかあるぞ、この大又蘭花。
朝、感じた違和感を思い出す。
何が起こっても対応できるよう、冷静でいなければ――。
俺は言う。
「というか、『さん付け』じゃなくて、いいよ。呼び捨てでも」
「影山さ――ん。じゃなくて、そうね……じゃあ、そうたくん♡って呼ぶ」
「え? なんて?」
「そうたくん♡」
なぜ名前呼び?
あと、なにか、おかしい。
名前を呼ばれた時、ものすごい変な感じがした。
……俺の聴覚では、細部をとらえることができない。
もう一度、確かめたい。
まさか、言葉によるスキルや魔法じゃないだろうな。
誘惑は、くノ一の色恋の術で、耐性が残っていることは確認しているが、ほかの効果ならば、話は別だし。
「大又さん、わるいんだけど、俺の名前をもう一回よんでもらっていいかな……」
提案すると、 大又さんは、無表情のまま、クールに言い切った。
「そっちも、『らんか』って呼んでくれるなら、いいけど」
「へ? ら、らんか?」
「そう、らんか」
下の名前にとどまらず、呼び捨て?
仕方ないか……。
「……らんか」
大又さんは、俺の復唱を受けて、満足そうにうなずく。
しかし、どこまでいっても、無常で、クールで、静かだった。
「ありがと♡」
「は、はい。じゃあ、もう一度、読んでもらえるかな、大又さん」
「あ? 大又?」
「ひい! 蘭花! 蘭花!」
「うん♡ それが今のアタシの名前」
な、なんだ!?
いま、ものすごい圧力を、大又――じゃなくて、蘭花から感じたぞ!?
その時だ。
同時に、懐かしさも感じていた。
なんだろうか、この圧力。
たしかに緊張したけれど、どこかでこれと同じようなものを感じ取ったような――?
あ、そうか。
思い出した。
そういえば、地球に帰ってきた当初、蘭花から、まるでドラゴンに対峙しているかのような、威圧感を覚えたっけ――だから、懐かしさを感じたんだな。
たぶん……。
考えが進む前に、大又さんがいう。
「じゃあ、名前、呼ぶね」
「え、ああ、頼む」
そうだった。今は、さっきの違和感を優先して確認したい。
蘭花は、氷のように固まった表情のまま、口を開いた。
「そうた♡」
「……はい」
「そうた♡♡」
「……う、うん」
「そうた♡♡♡(よだれ)」
なんだ!?
なんなんだ!?
本当によくわからないけど、抑揚のない言葉の中に、言い表せない違和感を覚える!
ちょっと、よだれも出ていないか!?
おかしい。
おかしいのに、その理由がまったくわからない。
「ありがとう……」
とりあえず、礼を言いつつ、内面を感知する。
変なところはない。
ステータス画面を出せないからわからないが、状態異常にはかかっていないように思う。
なら、たぶん、平気か……。
どちらにせよ、今、時間がないしな――キーンコーンカーンコーンと遠くで音がした。
休みのチャイムが鳴り、俺たちは教室に戻ることになった。
後ろをついてくる蘭花から、静かな注目を感じたが、これは本当になんなんだろうか。
敵意は感じなかったが、羽風さんや委員長のこともある。
しばらく、蘭花には警戒し、近づかないようにしてこよう――と思っていた時期が俺にもありました。




