第48話 終話ナースコール
白い天井――というわけではなく、見知らぬ薄茶色の木造の天井だった。
俺は寝ていて、今、目が覚めた。しかし、どこで起きたか思い出せない。緊張感は皆無だが――。
「ああ、そうか……ここ、四桜組だっけ……」
そうだ。
電力を魔力に転換して、ディスペルを使ったあと、俺は無様にも気を失ったらしい。そのあと、委員長の連絡によって、四桜組へ連絡。事件を察知しつつも、その場所を探りあぐねていた首領ともども、工場に助けにきてくれたというわけだ。
それが、昨日の夜。
で、俺は一度目を覚ましたが、問題なく事が収まっていることを首領から聞き、頭を下げられつつも、「もう少しお休みください」という言葉に甘えて、寝ていたというわけである。
目は完全に覚めている。
スマホはどこだろう。荷物は別室か。
時計も見えないが、外の明るさを見るに、昼前ぐらいか。
今日が休みでよかった。
俺は寝たまま、布団の中で、伸びをしながら、独り言を口にする。
「やっぱり地球で魔力を使うと、色々と弊害があるなぁ……まあ、電気の転換を調べて実験してみるかなぁ……」
そのまえにまず起きないと――と考えたところで、部屋のふすまが開いた。
「景山くん……起きた?」
委員長の声だった。
昨日の夜から、会えていなかったので、少し安心した。
無事だとは聞いていたけど、やっぱり実際に顔を見ないとな。
「ああ、起きてるよ。委員長、よかったな、無事で――」
起き上がり振り返ると、閉められたふすまの前に、委員長が居た。
それはいい。
問題はその恰好だ。
委員長はナース服だった。だが、肌色の方が多い気がする。
実用的な現代のものではなく、あきらかにコスプレ衣装である。
頭にキャップをかぶり、胸元はやけにV字に開いており、作業ができないほどにミニスカで、白いニーハイを身に着けている。
これ、あれじゃん。
色恋の術の前哨戦じゃん……。
付き合うつもりはない。
「おやすみ、委員長。もう少しあとで起きる」
俺は布団に入りなおした。寝たふりで、やり過ごそう。
「ち、ちがうの、景山君っ――色恋の術じゃなくて、おじい様から、看病するように言われてるだけ……!」
「その恰好で……?」
なにか企んでるだろ、絶対。
でも、助けた身だしなぁ。そんな俺を、ハメるようなことはしないだろう。多分。
「その恰好はともかく――今回の件は、落ち着きそうか? 夜凪もそうとうやらかしたろ」
「あ、うん」
超ミニスカナース服をなんとか下にひっぱって、下着を隠している委員長は、ゆっくりと近づきながら、言った。
「朝からおじい様――首領が、各所に連絡をとって、色々と固めているみたい。あのバカ息子……柳の長男も、なにかしらの罰がくだるだろうけど、それはまあ、これからの話ね」
知らない間に忍者に巻き込まれ、気づかない間に何かを解決した。
正直、勝手に過ぎる話だが――
「まあ、委員長の身が安全だったなら、良いけどな……」
「え、それって、どういう」
俺は起き上がり、布団の上であぐらを組む。いつの間にか、旅館できる浴衣のようなものに着替えさせられていた。
「どういうもなにも、委員長に助けてもらってばかりだったから、今回は助けたかったんだよ。それに約束したしな、助けるって」
近くまで来て、畳の上に座る委員長の顔を見ると、カァっと赤くなっていた。
そんな反応をされると、こちらが恥ずかしくなってくるのでやめてほしい。
つうか、丸見えのパンツのほうを恥ずかしがってほしいんだけど……。
いつもならふざけてくるようなタイミングだが、委員長は素直な反応をした。
「助けるって約束、守ってくれてありがとう……」
「あ、いや、べつに」
なんだか、調子が狂う。
バカなテンションの委員長が一番、話しやすいと知った。
委員長も、空気感に耐えられなかったらしい。
用意していた着替えの浴衣を取り出す。
「あ、えっと、じゃあ……着替える? よね。手伝うね……」
「は!? いやいいよ! 自分でできるから……」
「遠慮しないで! 助けてもらったんだし、これぐらいさせて」
前のめりに近づいてくる委員長。
自分が、どんな格好をしているか、忘れているらしい。胸はこぼれおちそうだ。俺は視線をそらす。この前までなら、色恋の術に警戒して、逆にじっと見ることさえできたのに……何故だ。
「いいって! ほんとに!」
「やるから! ほら! 腰ひもとってあげるから!」
「それとったら、だめだろ!」
委員長が四つん這いで、のしかかってくる。
俺が無理やり立ち上がると、委員長がひっぱられるように、中腰になる。
「きゃっ、立ち上がらないで――」
「へんな体重をかけるなよ――」
ぎゃーぎゃーと騒いでいる中に、どしーんと音がまざる。
俺は後ろに倒れ、委員長は俺の腹あたりに顔をつけて、倒れていた。
天井はやっぱり白くない。
茶色で木造。
「いたた……委員長大丈夫か」
「ご、ごめんなさい……景山君」
俺が寝っ転がったまま、そちらを見ると、委員長は、俺の腹から顔を少しあげて、こちらを見ている。
……俺の下半身にめちゃくちゃやわらかい何かがあたっている。
それをどう伝えようかと悩んでいたら、委員長はぬれた瞳で俺を見つめた。
「景山君……お願いだから、わたしに、ちゃんとお礼をさせてほしいの……」
「え?」
言葉の抑揚が、やけに真面目だ。
それゆえに、今までのへっぽこくノ一ではなく、まっすぐに進む委員長のままの言葉に聞こえた。
しかし格好は、ナース服。
そのギャップに俺の心臓ははねた。
真面目なやつが、そういう恰好をしていると、ドキッとしないだろうか。俺はすくなくとも、してしまった。
委員長は吐息をはくように、つづけた。
「なんでもしていいよ……わたしにできることなら、なんもでするし……ちゃんと動くから……」
「いや、なんでもっていうか……礼もいらないし……あと、動くってなんだ……」
「でも、わたし、このまま何かが始まっても気にしない。動くというのは、上か下かってこと――」
話がぐっちゃぐちゃになりつつも、成立している。
このままだと大きなうねりに飲み込まれてしまいそうだ。
「――気にしないって……上か下って……」
やばい。
認識の問題が、普段の俺の冷静さを失わせてきた。
いつも温かいものがはいっている、水筒に冷たいものが入っていた驚きというか。
いつもアホだと認識していたくノ一が、委員長としての真面目さを持ちながら、めちゃくちゃエロいコスチュームを着て、さらに、俺に迫っている……。
顔が赤くなるのを感じた――その時だった。
違和感を感じた。
今まで隠されていた、意識がふっと漏れ出てしまったようだ。
ふすまの向こう側に気配……。
俺は、探るように、聞き取るように、気配探知スキルと聴覚スキルを使う。
やはり、一人いる。
これは……首領か。あとは見知らぬくノ一が数名?
彼ら彼女らは、なにかを呟いていた。
すると、聞こえてきたのは、首領の声。
『いまじゃー! いまこそ、色恋の術をつかうんじゃー! 四桜の未来のために、その先へ行くんじゃー! 既成事実で、里入り直行!』
俺の気持ちが、スンッと、収まった。
だが、それに気が付かぬ、委員長が、どこか自慢げに言う。
「なんか知らないけど、いつもよりいい感じ……これならいけるかも――『色恋の術ッ』」
「効いてたまるか!」
「きゃあ!」
俺は一気に、立ち上がり、委員長をつかみ上げると、そのまま外へ放り投げた。
委員長は、ふすまのほうへ飛んでいき、そのまま突き破る。
「おじい様! やっぱり効かない~!」
「ぐうっ! 孫よ! もう少し責めるんじゃ!」
なんだこの忍者たちは……。
もう付き合ってられないので、服を返してもらって、家に帰ろう。
そうすれば、ようやく日常に戻ることができるだろう。
「……はあ。地球に帰ってきてから疲れることばかりなんだが」
こうして俺と忍者の出会いは終わった。
実は今後、委員長は俺の手となり足となることを望み、色々と手伝ってくれるのだが、それはまた別の話である。
Chapter 3 End
Thank you for reading.
*
深夜に数分間だけ発生した、停電区域内にある、とある家のとある部屋だ。
そこには一人の少女が寝ていた。
完全無欠のギャルである。
クールで、感情は動かず、人付き合いも悪い。本来なら嫌われるだろう性格でも、顔の作りが良すぎるために、それらは逆に、特徴となり、株はあがっていた。
そんな美少女がスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていると――窓の外が、一瞬、光った。強い光だった。それもそのはず、聖なる光である。
ディスペル――それは、様々な呪いや異常を解除する、一方的な暴力でもあった。
夢の中で大好きな『顔を思い出せない誰か』と、おいしい紅茶を飲んで、見つめ合っているところだった少女は、光を浴びて、寝たまま、背をそらした。
「……うぐぅっ!?」
己の声にならぬ呻きに驚き、目を覚ました。
白い天井――自室だ。
それはわかるが、どこか、なにか違和感があった。
ベッドの上で起き上がる。
柔らかい。柔らかすぎる。藁の上で寝る夜とは、雲泥の差だ。
地球。この惑星は、平和すぎる。
あの世界での魔王との戦いに比べたら――。
「……あれ? あたし、なんでここに居るの……?」
美少女クールギャルなどという存在になり果てた少女は、周囲を見回し、強烈な違和感を覚え――思い出した。
吐き気がしたが、それは良いことだった。なにせ、嘘ではなく、事実であったことを証明してくれたから。
「勇者のカゲヤマ様を守って、あたし、死んだはずじゃ……」
ここに今、異世界から地球への転生者が、ディスペルによって女神の呪縛から逃れ、記憶を取り戻した。
「ていうか、まって……教室にカゲヤマ様が居たような……?」
――あれ? ここって地球だ。カゲヤマ様が言っていた、元の惑星だ。
――もしかして、あたし、地球で第二の人生を送ってるのか……?
――カゲヤマ様みたいに、今度はあたしが地球にきたってこと?
――若い。クール美少女ギャル……胸もでかい……戦うこともないから肌に傷一つない……。これはイケる!
――でも、どうしてだろう? まあいいか……そういえば、青い髪の女神と話した気が……。
――まあいいか!
ディスペルにより、第二の人生を思い出したクールギャルに、論理は不要だった。
むしろ、目の前の人参を食べたい。
「だ、黙っていれば、カゲヤマ様に自然に近づいて、こ、恋人になれたりして……」
突然の覚醒。
深夜に考えることではない、ピンク色の計画。
さあ、どうする景山蒼汰。
己のディスペルが生み出した、次なるトラブルを乗り越えられるのか?
「う、うへへ……すごい状況になってきたぁ……」
クール美少女はどこへやら。
変な笑いが、深夜の部屋からいつまでも聞こえてきた……。
Stay tuned――?
ということで、3章完結です。
今後の流れが決まり次第動きます。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました……!
よろしければ最後に、評価の程よろしくお願いします。




