第40話 委員長、暴走
目が覚めた。
自室のベッドの上だ。
無意識にスマホを取り、時間を確認。
「……三時……三時?」
何度見ても、時計は三時を指していた。
朝の三時である。意味が分からない。
ベッドの上に居る時間としては間違いはないけれど、目を覚ます時間ではない。
「もう少し寝よう……」
目をつむる。
鼻の下まで掛布団を引き上げる。
ごろ、ごろ、右へ左へ、体を動かす。
寝られない。
「起きるしかないか……」
どうしたことだろう。
なんでこんな時間に目が覚めるんだろうか。
特に大したことなんてないのに。
今日は景山君と映画を見に行くくらいだし。
そういえば、昨日、持っている服をすべて出したあとに、どうしても気に入らなかったので、わざわざ駅前まで買いに走ったんだっけ。
部屋の掃除もしないと。
でも、あの服で本当にいいのだろうか……。まあ別にいいんだけど。
そうだ。下着は買ってくるの忘れた……けど、まあ、これも別にいいよね。
「そうだ……パンツは普通のやつが好みだったな、景山君は。『えぐすぎる!』ってツッコまれたし。だいたいエグいってなによ……失礼よね……」
何回もお尻を見せてあげたっていうのに、色恋の術にかからないってどういうことなの。見せ損じゃない。あれって結構、恥ずかしいし。そもそも、おしり、冷たくなるし、わたしだってあんなもの履きたくないって。
「そうだ。ブーツを磨いておこう……その前に、ショートブーツかロングブーツか決めないとか……」
なーんにも、気にならないけど。
映画見に行くだけだし?
スマホをもう一度見る。
三時半だけど、起きて、いまから準備でもしようかな。
ああ! そういえば、パンツの色の好みまでは調べていなかった……色恋の術には関係ないけど、効かない相手には重要かもしれないし、今から一時間かけて、考察してみよう……。
べつに、楽しみじゃないけどね。
景山君なんて、どうでもいいし?
*
映画館の最寄り駅についたのは、二時間前だった。
二時間前って。
わたし、バカなの?
もちろん景山君がいないので、駅近くのコーヒーショップに一人で座っていた。
店内はそれなりに込んでいる。
「……ちょっと早かったよね。でもまあ、仕方ないか」
なにせ三時半から活動してるわけだし。
いつもはどんなに早く起きても、五時半だから、二時間早まっているのよ、感覚が。
つまり、今は、二時間早いんじゃなくて、ちょうどいい時間ってこと。
そういうこと。
そういうこと!
「それにしても……」
さっきから、色々と見られている気がする。
座っているだけなのに。いえ、座っているからか。
とくにサラリーマンのおじさんと、大学生っぽい男の人と、チャラそうな男、あろうことか店員も……みんな、目のいやらしい男たちだ。
昨日、買ってきたニットワンピースの丈が、ちょっと攻めすぎた。正直なところ、意味がない。座ると、すべて見える。
椅子に座っているから、なおさらずり上がっている。必死に引っ張ってみるけど、そもそも前から見られたら意味がない。
そう考えると、景山君って、視線がいやらしくないな……。見ている感じはするけど、なんか、さっぱりしているというか、ねちっこくない。なんか、大人の余裕みたいなのがある。いえ、別にどうでもいいんだけど?
前の席からひそひそと話す声が聞こえた。
成人男性が二人。なんかチャラい。
「見えてるんじゃなくて、見せてるんだろ?」
「撮れるんじゃね」
「犯罪だろ」
「いやあれは誘ってるからオーケー」
「まあ痴女しか着ないな、あれは」
わたしの顔は赤くなる。
なんでこんなことを言われなければならいんだろう。
わたしは、ただ、景山君に――じゃなくて、映画を見に来ただけなのに。
そのとき、つい、今日は温度があがりそうだから、通気性のよい服を選んでしまっただけなのに……!
「……っ」
なんか無性にムカついてきた。
ワンピースの中身を今まさに、撮影しようとしてるバカな男たちとか。
遠くからそれをながめている男とか。
なんか知らないけど、日に日に、思い出すことが多くなっている景山君の顔とか。
むっかつく……!
「ふう……」
わたしはコーヒーを飲み切ると、表情を作り、自分を変えていく。
委員長として、高校に通うときと同じだ。
演じることは、自分という存在の中に、別の大きなモノを作りだすということだ。それは本来のわたしを殺し、新たな生を得る。それが、わたしを別の存在へ作り変えるのだ。それは一歩間違えると爆発しそうなほどに膨らんでいく――。
わたしは、そっと立ち上がる。
盗撮していた男たちのほうへ近づく。
「こっちきたけど」「誘われたりして」などとバカなことを言っているので、心は痛まない。こういうやつらが女性を傷つけるのだし、お灸をそえるだけ。
さあ、ヤってやる。
わたしはいま、無性にイライラしている。
それもぜんぶ、景山君のせい……! じゃないけど。
ああ、もう!
今は目の前のことに、集中!
盗撮をするようなやつらは、案外、小心者だったりする。今まで、なめるように見ていたくせに、案の定、わたしが近づくと、逆に視線を逸らした。まるで関係など、ないように。
だからまず、男たちの席の横で、わざとお金を落とした。
チャリーンと一枚。その音は男たちにしか聞こえないようにしている。
二人はわたしのほうへ視線を向けた。
わたしは、「あ、どうしよ」と言いながら、自ら、男たちの近くにしゃがむ。もちろん、お尻を向けて。大胆かつ、角度を考えて。そして今まで盗撮されていたモノを、すべて男たちに見せるように――。
「おおっ」「やっぱ痴女じゃんっ」と二人が身を乗り出したところで、わたしはつぶやいた。
「色恋の術」
「がっ」「ごっ」
はい、できあがり。
なんで、こんな簡単なことが、景山君には効かないのか……。
わたしは立ち上がり、うつろな視線の二人に、命令した。
「――スマホを破壊しなさいね? データが消えるくらいに」
……。
……、……。
……、……、……。
さて、本屋でも行って時間をつぶそうかな。
わたしは、コーヒーショップを後にする。
背後からは、「うらあああああああスマホぶっこわれろおおおおおお」と、男たちの声。地面にスマホを叩きつけており、店員から止められても、引き続き破壊活動を続けていた。
お店には迷惑をかけて申し訳ないけど、盗撮されてることに気が付いていたのに、むしろニヤニヤとみていた男性店長だから、同罪。
「……はぁ。やっちゃった……」
でも、本当はこんなことに術を使っていけない。
もちろん、色恋の術を一般人につかったところで、破門になるわけではないけれど、これじゃあ、暴力をふるう忍者と同じだ。
「時代劇みたいにはいかないなあ……」
夕方からやっている、時代劇の再放送に出てくるような忍者になりたいんだけど。
いや、もちろんお色気担当のお風呂シーンみたいなのはできるんだけど。
「わたしは、主人公を陰から支える、正義の忍者になりたいのに」
ほんと、なにもうまくいかない。
あ、なにもっていうか、別に、景山君関係のことは、うまくもなにもないけどね。
映画だって適当に選んだやつだし?
別に、景山君と見れば、何でも楽しいんじゃないかな? とかの実験じゃないし?
ぜんぜん、楽しみじゃないんだからね。
待ち合わせまで、まだ時間あるなあ……。
*
本屋で時間をつぶす。
……ふむふむ。占い雑誌によると、今日は恋愛運がいいみたい。
でも、『求めすぎると、大変なことが起きるかも。ほどほどが一番。暴走すると、全部、台無し!』って書いてあるから、ちょっと、ぐいぐいいくのはやめよう。
いや、ぐいぐいも、くいくいも、ないけどね。
だって、わたしと景山君とは、ただのクラスメイトで、ただの一時的なボディガードで、ちょっとだけ戦闘のコツを教えてもらっているだけだし。
「え、ラッキーカラー『黒』!? 透けるから白を選んだのに……黒に、履き替えないと……! えっと、このあたりに売ってるところ……あったわ……」
いや、もちろん、ラッキーになりたいだけであって、景山君とか関係ないから。
*
映画、すっごいよかったああああああ。
涙が止まらない。
まさか、SFラブストーリーだとは思わなかった。
ただの恋愛映画だと思っていたのに、一転二転する展開に目が離せなくなって、ラストシーンにむかって、涙が止まらない展開……バッドエンドかと思ったのに、最後の最後にハッピーエンドへの道が開けて、大団円。
景山君も「結構よかったな」だって。
適当に選んだけど、バレてないかな。なにを話しているかも覚えてないくらい、泣いちゃった。
それに、景山君、結構やさしい。
わたしがスカートの裾を引っ張っているところなんて見せてないのに、「これ、膝の上、おいとけ」ってタオルを貸してくれたし。
泣いてたら、ハンカチも貸してくれたし。
このまま、お金も貸してくれそうなくらい、わたしに首ったけなんじゃないかな――いや、別に、どうでもいいけどね、お金に困ってないから。現金、たくさんもってきたし。
映画館を出たあとは、二人でコーヒーショップに入った。
景山君って本当に強いんだけど、かわいいところもあるんだ。
壁に『席でスマートフォンを破壊しないでください』って注意書きが書いてあったのを見て、「なんだこれ……」と呟いてたし。
わたしも、それを見て、「変な注意書きだね」とほほ笑んでおいた。
なんかいい感じ。
でも、求めすぎは禁物だけどね。
だから、今日は、その先は考えず、コーヒーショップを出て、別れることにした。
*
……と思っていたんだけど、なんだか、楽しい時間が終わってしまいそうな感じがして、わたしは自宅最寄り駅の繁華街をブラブラとすることにした。
もちろん『楽しい時間』というのは、映画のことね。
「はあ……そういえば、景山君に色恋の術、かけわすれちゃった……」
棚ぼたから餅が落ちてこないとも限らないし、かけてみればよかった。
どうやら、景山君はこういう服装が好きということで、間違いないみたいだし。
「でも、暴走するのはダメって書いてあったしね」
そうよね。
うん。
それにさっきから、景山君のことばかり考えていて、周辺に対する意識が弱くなっている。
わたし、狙われているんだし。
だから、鍛えてもらっているんだし。
もう少し緊張感もたないと。
「あっ。ていうか、景山君、ボディーガードなんだから、自宅まで送ってくれてもいいじゃないっ」
そうよ、なんで気が付かなかったのだろう。
なんだか、またイライラしてきた。
わたし、どうしてしまったんだろう。
景山君の強さを知ってから、数日。
自分でもよくわからない感情に振り回されていた。
「はぁ……もういいや、帰ろう……」
空には月が浮かんでいるし。
星も見えるし。
夕飯食べて帰ろうかな……。
何があってもいいように、お金、結構もってきたし。使わなかったけど。
知識でしか知らないから、休憩とか宿泊とか値段わからなかったし――いえ、漫画喫茶の話ね。そう。満喫。いやでも、満喫でも、いいやって思ってたし……それが最初でも別に……いやいや、何の話?
ああ、どうしたんだろう。
思考が突然、止まらなくなる。
体が熱くなる。
景山君と会いたい。
なにかが、おかしい?
なんで別れてしまったんだろう、今から行ってみようか――ダメでしょ。
委員長失格でしょ。
自分の思考に、自分でツッコミを入れる。
そんなことを何回繰り返したころだろうか。
「――いまだ!」
そんな声がした。
衝撃。
痛み。
熱さ。
それを最後に、わたしの意識は飛んだ――。
*
目を覚ますと、そこは暗い部屋……いや、音の反射からすると、どこかの廃工場のようだった。
暗いのも、わたしが目隠しをされているからで、明かりはあるようだ。
どうやら椅子に座らせられている。そして身動きがとれない。縛られているようだ。
この地域は、こういう放置された建物がちらほらと郊外にあったりして、いろんなことに都合がよかったりする。
もちろん、使う側の時だけの話であって、使われる側だと大変だ。
そして、こういうところを知っていて、利用するのは、闇の世界のもの――。
「よお、お目覚めかい?」
暗闇の中、声が聞こえる。
何度か聞いたことのある、軽薄な声だから、顔を見なくても正体はわかった。
「あなた、夜凪組のバカ息子でしょ」
例の、軽い抗争のあった相手の組である。
「ほー、よくわかったなあ? そんなに俺が恋しかったかぁ?」
「そんなわけないでしょ。名前すら覚えてないし」
「んじゃ、覚えておけ。オレ様の名前は、柳一平だ。今のお前の生殺与奪を握る主ってわけだ」
「あっそ。もう名前も忘れたけど――ぐっ!?」
声が詰まる。
どうやら、お腹を殴られたみたいだ。
耳元で声がする。
別の男の声だ。
「口に気をつけろよ? 女」
別の気配もする。
わたしは、そのとき、自分が何人かの男に囲まれていることを知った。
だから、か。
わたしは今、目隠しをされて、椅子に縛り付けられている。その縛り方が、椅子の手すりに腕を、椅子の足に足首を、それぞれ結び付けられている。
だから、自然と、足が開く。
恥ずかしくなって、閉じようとするけど、無理だ。ワンピースの裾があがるだけ。手が縛られているから、直すこともできない。
そういうふうに、わたしを辱めることが、目的なんだ。
そして、わたしは、 そんな下衆なやつらに、さわれたんだ……。
なんて失態。
普段なら、気配を感知できてたはずなのに。
景山君のことを考えていたから隙が――いやいや! 景山君関係ないから! 今出てこなくていいから! ああ、でもなんか、今日の景山君、すこしやさしかったなあ! ちがう、ちがう。
ぶんぶんと首を振っていると、もう一発、腹を殴られた。
「うぐっ」
「動くな、バカ女」
思わず、よだれが垂れた。どうやら、手になにかをつけている。メリケンサックではないけど、大きな指輪だろうか。
そんなんで殴ったら、服が傷むよ……!
ああ、ふざけないで、今日の洋服、高かったのに!
景山君も気に入ってたのにっ。
「ぐうっ……あんたねえ! 女の腹ばっかり狙うな! 卑怯者!」
そもそも多少は痛いけど、わたしだって忍者、くノ一である。
ある程度の拷問耐性はあるし、一通りの訓練も受けている。
だから精神的なダメージのほうがでかい。
暗闇の中、イライラだけが増していった。
そもそも、景山君はどこなの! ボディガード! 助けてくれるんじゃなかったの!
わたしの気持ちを無視して、柳とやらが語り始めた。
ナルシストの忍者って、最悪。自分が主人公だと思ってる。
「大体、てめえら四桜には、何年も前からムカついてたんだ! 夜凪の長男として、俺様がおまえと結婚してやろうっていうのに、会うこともなく断りやがってよ!」
そんな話、知らない。おじいちゃんが勝手に断ったんだろう。
どう考えても、グッジョブ。
しかも、何年も前って。柳ってたしか、二十代でしょ? 中学生のわたしに結婚申し出たってこと? あたまおかしいロリコンじゃない。
「それに、てめら、俺のシノギにもケチをつけやがって! なにが『ルール』だボケ! この世界にルールもくそもあるかっ! 夜凪組をコケにしたらどうなるか、てめえの体に教え込んでやるよ!」
「ルールもなにも、忍者の掟をやぶったものは、粛清される運命よ」
「うるせえ」
「夜凪の首領とうちの首領で、話はついてるはずだけど」
「うるせえ!」
ガンッと、椅子を蹴られる。
「キャッ」
「くそじじいになんて従ってたら、うちは潰れる」
「……それも時間の問題でしょ」
「ちっ」
言い返されると思ったけど、なぜか舌打ち、そして静寂。
周囲の空気が変わる。
いやな緊張感だ。
これ、まさか、なにか――ふいに、景山君の顔が浮かぶ。
「もういい、お前ら、やれ」
冷たい声が聞こえた。
なにかを待っていたらしいほかの人間が、待っていたように動き始めた。
「なにをするつもり……? やめなさい……やめないと後悔するわよ……」
「もう、おせえよ。後悔するのは、てめえのほうだ。それも、これから永遠にな」
かげやま、くん……。
わたしは、今日のことを思い出す。
楽しかったこと。
ドキドキしたこと。
景山君のことをずっと考えていたこと。
体が熱い。
そういえば、ずっと熱かったのに、忘れていた。
体の中で、なにかが膨らんでいく。
手足を縛られ、視覚も奪われているからなのか……今までにない、部分が、熱くなっていくのを感じた……それは、膨らみ、大きくなっていって、破裂しそうなほどに――。
(主人公sideへ戻る)
体調不良とはいえ、なんとか書こうと思ったら、6500文字。
人間とはよくわからないものです。
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気力が回復します。




