第32話 ぼでーがーど
それは、首領のじいさんの声だった。
「ちょっと! まてえええええい!」
何度かの静止の声に、俺も、弥一郎も、ぴたりと止まる。
俺は大きく振りかぶったまま、急停止。
弥一郎は、手で印を結び、最後の締めをしようとするような所で、止まる。
俺のブレザーを大事そうに抱えている委員長は、ぽかーんと祖父を眺めている。その様子から考えるに、本来、こういう風に怒鳴るタイプじゃないのかもしれない。
俺は弥一郎のほうへ意識をさきつつも、じいさんに話しかけた。
「場所が違うってことか? どこかに道場とか、戦える場所があるなら、移動するけど」
弥一郎が反応した。
「ふんっ。ガキが、なにを抜かす。お前など後数秒で倒れていたわ――」
そこにじいさんの声がかぶさった。
「ばかもんがあ! どう考えても、このお方は、やばいだろうがあああああ! 対峙してわからんとは、見損なったぞ! 弥一郎!」
俺のほうを指さして、唾をとばしながら、叫ぶ。
「ひいっ」と委員長がのけぞる。
「なっ?!」と弥一郎は、思わず直立し、怪訝な顔である。
「も、もうしわけございません!」と、あろうことか、組のトップである首領が俺に向かって、頭を軽くさげ、地面を見ながら話をする。ついでに膝までついている。完全に負けた側の対応だ。
わからせようとは思ったけど、じいさんのほうではない。
それに。
「まだ、戦ってすらないんだけど……」
じいさんは、首を振る。
「あなた様の背中が膨らむのが見えました。幻視でしょうが、それほどまでに力が込められていた……人間ではない……人間業とは思えない……カナデの術もきかないところからも察するにあなたは……」
「あ、いや」
やばい。毎度のごとく、まずい。
亀の甲より年の功などというが、首領と呼ばれるだけあって、目が肥えているらしい。
まさか、異世界転生なんて、ばれないだろうし、勇者だなんて結論になるとは思えないが、近似の推測をされると面倒だ――。
じいさんは目をぎゅっとつむった。
「あなた様は、闇に生きる伝説の暗殺者では……?」
「ヒットマン……」
俺はつぶやいた。ヒットマン。なんどか口の中で、転がす。ヒットマン、ヒットマン……無意味に、天井を見てみた。
わぁ、そうきたかあ……。
アサシンとか、喧嘩屋とか、なんか色々あると思ったけど、ヒットマンかあ……。
そうか、だって、ここ『組』だもんなあ!
これはもう確定した。あれだ。
この一族、みんなこういう感じだ……話、通じない感じだ……。
「首領が頭を下げた……」
周囲の空気に恐れが混じる。
どうも、首領の言葉が絶対っぽい。
「ひ、ひっとまん……」と委員長が語彙力さがったかんじに、呟く。
「まさか……こいつが……?」と弥一郎言うと、俺がけった畳が破れていることに気が付いた。「な、なんだこれは……それほどの力が、こんなガキに……?」
たしかに、盗賊系・暗殺系スキルはかなり持っているし、発現レベルは下がっているものの、蛇型の拘束道具を出すスネークバイトもつかえる。
地球上で分類されるなら、たしかに暗殺者といえなくもない、スキルツリーではある。
でも、ヒットマンではない。
それは違う。
「あの、なんていうか、違うとも言えないんだけど、違うと言っておきたいんだが……」
否定はしておきたい。
でも、もう遅かった。
じいさんはいきなり、土下座をした。
俺が踏み破った畳の跡の上だ。
まるで、それが力の象徴であるかのように。あがめるように。
「この、鉄山、人生最初で最後のお願いがございます! 伝説のヒットマン殿!」
「まずその呼び方は、やめてくれ」
「ヒットマン殿!」
「『伝説』を外してほしかったわけじゃないんだ……名前を呼んでくれればいいだけで……」
「……、……っ」
じいさんは、顔を少しだけ上げた。どこを見るかと思えば、委員長を見た。
視線を感じただろう委員長は、ふしぎそうに首をかしげたが、「あ」と思い至ったらしい。
俺も理解した。
どうも、じいさんは、俺の名前がわからなかったらしい。
そりゃそうか。ついさっきまで、下に見ていたんだから、覚える気もなかっただろうよ。
委員長は助け船を出すべく、小さく呟くように、俺の名を言う。
「かげやま、くん。かげやま、くんだよ」
じいさんは、まゆをしかめる。
「……からあげ、くん?」
うまそうだな、おい。
委員長は、もどかしそうに、口のうごきを強調する。
「か、げ、や、ま」
じいさんは、首をかしげた。
「あげ、だま……?」
離れたよ。
まだ、からあげくんのほうが近かったよ。
委員長は、じれったそうに声をあげる。
「かげやまくん!」
「ああ! ああ! かげやまどの! 景山ヒットマン殿か!」
見守っているつもりだったが、口をはさんだ。
さっきから、名前に対するハラスメントがすごい。
「そういう呼び方はやめてほしい。長いし、いいにくいだろうし、いいことがなにもない」
「失礼した……では……短く呼ぶことにいたす……」
首をかしげる、祖父を助けようと、委員長が横から口をはさんだ。
「『カゲヤマン』とかどう!? カゲヤマとヒットマンを足して!」
「おお! 我が孫のネーミングセンスはよい!」
よくないわ。
伝説級にださいわ。
俺は話を終わらせるように、手をひらひらと振って見せた。
「頼むから、普通に呼んでくれ。景山でいいから……呼び捨てでいい。敬語も使わなくていいよ、そっちのほうが人生の先輩だろう、じいさん。俺もとりあえず無礼講でいかせてもらう。話が終わったとは思っていないからな」
自身を「鉄山」と名乗った首領は、俺の言葉に何度か頷いたあと、下げていた頭をあげると、勢いよく立ち上がり――いや空中に体を浮かし、空中で胡坐を組み、そのまま畳の上に着地した。
忍者みたいで、少し安心した。自分がどこにいるのか見失うところだった。
じいさんは、鼻から大きく息を吐くと、ゆっくりと話はじめた。
「ありがたい。では、この鉄山、カナデの友人であろう、景山殿に、頼みたいことが一つあるのだ――」
そうして、ここで一戦交えて、弥一郎にわからせるつもりだった俺は、首領から別の戦いを提示されたのだった。
「――孫を……カナデを、数日内に、鍛え直してやってはもらえないだろうか。そのついででも、よいから、ボデーガードもしてほしいのだ……どうだろうか……?」
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