第29話 (再更新)どう考えても、忍者の里ではない。
公園で、委員長を引きはがしたのち、忍者の里へ向かうことになった。
道中も色々とあったが、そこは割愛させてもらおう。いや、話したくもないし、思い出したくもないので、割愛ではなく省略だ。
とにかく、制服姿に戻った委員長に、黙ってついていくことにした。
忍者の里というぐらいだから、高校の近場にあるとは思わなかったが、バスや電車を乗り継いで向かうのは、山や川や村ではなく、繁華街だった。
*
委員長は黙って歩き続ける。ポニーテールが右に左に揺れる。
道を歩きながら、近場の電柱を見ると、『印燃町』とあった。町内には大きな駅がある、栄えた町だ。
過去に何度も来ている地域ではある。
駅は大きく、路線が複数通っている。ビジネス街があり、繁華街でもある。
商業ビル、家電量販店に、ゲームセンターに、カラオケに、ラーメン屋に、本屋に、飲み屋、いかがわしい店――とにかく、すべてがそろっているのだ。
だが、忍者の里まで揃っているとは思えない。
ここはコンクリートジャングルであって、忍びが隠れて暮らすような場所ではない。
黙ってついていこうと決めていたが、さすがに委員長の背中に問う。
「なあ、委員長。ずいぶん歩いたけど、こんなところに、本当に忍者の里があるのか?」
委員長は立ち止まることなく、軽く振り返る。顎から口元のラインが見えた。
「ええ、そうよ。もう少しでつくから、逃げないでね?」
「逃げるつもりはないけどな……」
さっきまでの委員長を知っている身としては、調子が狂う。
なんでくノ一になるとポンコツになって、委員長になるとクールになるんだ。世間をだますなら、普通は逆だろうが。
まあいい。
よそはよそ、うちはうち。
とにかく、委員長の言う四桜とかいう忍者の里に顔をだして、事情を説明して、帰ろう。
「俺は何も見てませんし、何も言いません。ただの一般人です」と宣言して、物理的に行われるらしい記憶消去の忍術すら回避して、無事に帰路につこう。
委員長は怒られるだろうし、折檻とやらを受けるだろうが、自業自得なので耐えてもらおう。
俺は巻き込まれた側なんだし、怒られることもなければ、顰蹙を買うこともないだろう。
そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか、高級住宅地に入っていた。
道が広くなり、塀が長く続いている。
洋館もあれば、日本庭園付の家屋もある。マンションはなく、すべて一軒家だ。こんな場所、あったんだな。
委員長は話に付き合ってくれる気はなさそうなので、俺は周囲を観察する。
「おー?」
デカい家が多いが、今、目の前にある家は特にやばい。
そもそも家ではなく、屋敷というべきなのだろう。
道にそって、ずっと塀が続いており、全容は見えない。屋根の部分だけが見えるが、武家屋敷みたいだった。
道場とかありそうだ。
反対側の豪邸を数件通り過ぎても、塀はまだ途切れない。
遠くに、屋根付きの門が見えてきた。
そこには、屈強そうな強面の男性が二人、立っていた。派手な開襟シャツに金のネックレスに白いスラックス。
独特なセンスの服装だ。真似できない、ではなく、真似をしたくない。
すぐに理解した。
なるほど。ここはあれだな。
暴力でことを解決しようとする、野蛮なやつらの住処というわけか。
ようするに、ヤ〇ザ。
住宅街にこんな奴らが住んでいるんじゃあ、周囲の人間も気が気じゃないだろうなあ――と考えていたら、委員長は、立ち止まり、振り返った。
それは、屈強な男が二人立っている門の前だった。
大きな木の板が、門扉の横にかかっており、そこには『四桜組』と達筆で書いてあった。
猛烈にいやな予感がした。
委員長はクールに言った。
「到着したわよ、景山くん。ここが里よ」
「……おい。冗談はやめろ」
「……? 冗談じゃないわよ。四桜って書いてあるでしょ?」
「里じゃねえだろ! 組って書いてあるだろうが!」
俺が看板を指さして、小さく怒鳴ると、男たちがすごい怖い顔をした。俺の方が強いのはわかっていても、顔面の圧力っていうのは、地球だろうが異世界だろうが、強力だ。
委員長が首をかしげる。
「里も組も似たようなものでしょ? 結構、細かいことを気にするのね」
「細かくないだろ! 雲泥の差だろうがっ」
なんだ? 俺がおかしいのか? 本当に調子が狂うぞ、真面目委員長とポンコツくノ一のギャップが大きすぎる。
ぎゃあぎゃあと騒いでいたら、屈強な男が、こちらをじろりと睨んできた。
俺は素直に黙っておく。
それから、静かに頭をさげて、言葉を発した。それは、委員長に向けられていたようだ。
「お嬢、おかえりなさいませ」
隣の大男もそれに続いて「おかえりなさいませ!」と威勢のよい声を上げた。
お嬢ってなんだ、お嬢って。
俺の心のツッコミは当然、届くことはない。
委員長は、微笑み、小さく頷いた。
「ええ、ただいま。今日はなにもなかった?」
男の一人が頷く。
「へい。目立ったことはなにも」
そうご苦労様、と委員長が言うと、男たちは再び、直立不動となる。
「あと、この方は客人ですから、通してください。検査も不要ですよ」
委員長は、なんだか、冷たい目をしていた。初めて見る、視線。
くノ一やクラス委員長とも、別人の第三人格だろうか。どれが本物の久遠奏なんだ?
示された俺を見て、威勢のいい男が驚いた顔をした。
「おお! まさか、こいつが、さっき連絡のあったハグレ忍者のガキですかい?」
余裕があったはずの委員長の動きが止まる。
「……え、ええ。そうであるような、そうではないような――とにかく、おじい様……首領に会わせます……」
ぴくぴくと目の端が引きつっているのを見ると、なるほど、委員長はやっぱりへっぽこが本性らしい。ちょっと安心している俺がいた。
それにしても、平気だろうか。
勘違い報告を、四方八方にしているようだが。
この件は、どうやって収拾をつけるというのか。
大きな門をくぐるのかと思ったら、そうではなかった。
委員長は、男たちが立つ大きな扉の横についている小さな通用門を開くと、俺へ言う。
耳元で、俺にだけ聞こえる声量で。
「ど、どうぞ、ハグレ忍者さん……おじい様に会いましょう……ね? とにかく中に入って。おねがい……! いまだけ、忍者ってことで……! おっぱい揉んでもいいのよ? ほーら、でっかいぞー? でっかいよー? ……ダメか……」
「悲しくなるから、色恋の術は、やめてくれ。あと、あわよくばかかれ、みたいなことを続けるなら、帰るからな」
「か、かけてないわよ? ぜーんぜん! 色恋の術なんて!」
言い訳がましく、委員長は足早に進んだ。
すると、飛び石に躓いてしまう。
「きゃっ」
忍者らしからぬ、大げさなこけっぷりだ。顔面からいってないだろうな?
起き上がらない委員長。
「おい、大丈夫か……?」
さすがに心配になり、近づくと、なぜか、スカートがめちゃくちゃに捲れていた。
あと、多分だけど、早着替えで、エグい感じの下着に着替えている。
なぜか、ワイシャツも胸まではだけてるし。
委員長は、倒れたまま、こちらをちらりと見た。
「いやーん、たてないよぉ(はあと)」
「おい……」
「……だめか」
「こいつ、まじかよ……」
なにごともなかったように、委員長は立ち上がった。
「じゃあ、いきましょうか」
「クールぶるな」
「別に?」
「スカートまくれて、尻丸出しだからな?」
「え!? きゃっ、うそ!?」
「嘘だよ」
委員長は、目を細めた。
「最底」
「色恋の術連発のほうが、最底だろうが」
「まあいいわ。ついてきて」
そうして委員長は何事もなかったように、スタスタと歩いていく。どうも、この屋敷では、第三人格モードが主流らしい。
逃げることは余裕でできるのだが、委員長が必死すぎるので、静かにうなずいておいた。
「……もう少し付き合うか」
ため息とともに、頷く。
それにしても……ここ、絶対に里じゃなくて、組だよね……?




