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94.どうでもいいの三連発と毛髪の心配をする事態





「下手こいてるのに、見たことないくらい意気揚々と出て行きましたね」


「だね。どうするつもりなんだろう? 何も分かってないのに」


「場の勢いだろうね。サクヤも馬鹿じゃないんだし、そのうち気づくよ」


 生憎とふざけている時間はない。ルードに坑道の場所とサラマンダーの棲息域を訊く。その情報を聞き終える頃に、サクちゃんが悲しそうな顔で戻ってきた。


「なぁ、酷くないか?」


 肩を落として言われたが、俺たちからするとサクちゃんの行動の方が酷い。


「従魔登録もしてない。坑道の場所も知らない。そんな状態で出て行かれても、ついていけないでしょ。何をするにも準備は大事。身勝手には付き合えないよ」


「認めるが、一人くらい追い掛けてきて、それを伝えてくれてもいいだろ……」


 確かに。


「ごめんサクちゃん。あまりに異様な光景だったからそこまで気づかなかった。でも、あのときは物凄くどうでもいいって思っちゃったからさ」


「俺もっす。楽しそうだったんで引き止めるって発想が消えてました。それでまぁ、サクやんの背中を見送った後で、あー、なんかどうでもいいなって」


「僕も。新しいシチュエーションホラーが始まったと思って、怖くてついていけなかったんだよ。だけど、それが不思議とどうでもよくなったんだ」


「俺も悪かった。ただ、できれば次からは謝るだけにしてくれ」


 九割方が悪口の謝罪を済ませて気づく。ヤス君とフィルは謝罪すらしていないということに。あと、いくらなんでも、どうでもいいの三連発はないと思う。


 冒険者ギルドの受付で従魔登録を済ませるついでに、ルードから聞かされた問題の職員の確認をした。


 いくつかある受付の中で、一つだけ柄の悪そうな連中ばかりが向かうところがある。そこが件の職員が担当している受付だった。


 人族の若い女性。明るい茶髪で親近感を覚える顔立ち。受付カウンターに両方の肘を載せ、軽く口を開けて手の爪ばかり見ている。


「なぁ、あれって、多分、あれだよな」


「サクちゃん、あればっかりで意味が分からんよ。いや分かってしまうけど」


「なんか、物凄く嫌な気分なんすけど。あのアホ面が俺らと同じっすか」


「まだ決まった訳じゃないけど、あの仕草はこっちの女子にはないよね」


 そう、あれは手入れの確認だ。コソコソと様子を窺っていると《異空収納》から取り出した小瓶の栓を抜き、毛先の細い筆を使って、爪に塗り始めた。


「あれマニキュアでしょ。もうほとんど決まりじゃん」


「自作したんすかね? 何塗ってんだろ?」


「ネイルサロン勤務だったのかもな」


「単なる女子の嗜みでしょ。塗ってるのは糊じゃないかな? 光沢は出るし」


 俺はその受付に行こうとしたが、ヤス君に止められた。まだ関わるのは早計とのことだったので、素直に従い別の受付につくことにした。


 俺に対応した職員はモンテさん。丸眼鏡を掛けた兎人の中年男性。茶色の毛並みと垂れた長い耳が、温厚そうな顔立ちをより穏やかに見せている。


 受け答えや動作は、ややふっくらした体つきを含めた見た目通りの優しいもので、ほっこりした気分で滞りなく従魔登録を済ませることができた。


「はい、これで従魔登録は完了です。では、ユーゴさん。こちらの従魔証明を、サブロちゃんに付けてあげてください。どこでも構いませんからね」


 カウンターに置かれたのは、向日葵のような飾りのついた銀色のペンダント。サイズがまったく合わないが、調節は鍛冶屋で行ってくれとのことだった。


「重要なのは、その花の形をした部分だけですのでね。名前を忘れましたが」


「向日葵ですか?」


「ああーそうでしたそうでした、向日葵です。イノリノミヤ様の伝説に登場する従魔には、その向日葵の花の形をした装飾品がつけられているんですよ」


 それにしても、よくご存知で。と、モンテさんが微笑みを深くする。これはやらかしたと思った直後に、腰に軽い衝撃。フィルが小突いたのだと察する。モンテさんによれば、この世界では向日葵は伝説の花なのだそうだ。


 思い返してみれば、こちらに来てからは夏らしいものをほとんど見ていない。蝉、素麺、向日葵、風鈴、団扇。あとは西瓜と打ち上げ花火。


 探せばどこかにあるのかもしれないが、それは来年のお楽しみになりそうだ。季節は既に秋。過ぎ去る前に、秋らしいものを探したいものだ。


 そんなことをぼんやりと考えた後で、俺はモンテさんに顔を寄せ、囁き声で件の職員についてのことを訊いた。するとあからさまにモンテさんの表情が曇った。


「また、チエが何かしたんでしょうか?」


 モンテさんが周囲に気取られないように小声で訊き返してきたので、俺はルードから訊いた内容をかいつまんで話した。それが原因でルードに協力することになったという部分は特にしっかりと。


 話を終える頃には、苦悩するモンテさんが出来上がっていた。顔色を悪くし、カウンターに両肘を着けて頭を抱えている。


「申し訳ないのですが、私にはどうすることもできません」


 理由を訊いたが、モンテさんは言い渋った。口が堅い人なのだと察する。その理由はなんとなく分かる。あの職員、チエがおそらく渡り人だからだろう。


 だがそれだけではない気がする。チエの受付に向かう冒険者の質が、他と比べるとどうにも良くないように思える。勿論、そういった者だけではないのだが、比率が高い印象。チンピラに裏社会の仕事を斡旋しているように錯覚する。


 モンテさんに口を割らせる為に、エドワードさんの名前を出す手もあるが、客分の証明になるような物は持っていない。確認してもらうにしても時間は掛かるので、何か別の方法を考えた方が無難だと判断した。


 目下のところの急務は、ルードの依頼を終えること。期限は本日中とのことだが、冒険者ギルドは二十四時間営業ではない。受付が閉じる午後八時までにはサラマンダーを届けなくてはならない。あと七時間ほどだ。


 ルードもついてくると言ったが、昨日の朝から動きっぱなしというのはあまりに気の毒なので帰ってもらった。一眠りしたらまた冒険者ギルドに来てもらう予定。来なかったらルードの責任なのでそこは知らない。


 冒険者ギルドを出て、パーティーで坑道に向かう。途中に鍛冶屋があったので、俺はサブロの従魔証明になる装飾品の調整をしてもらうことにした。


 三人には先に行ってもらった。坑道は新米冒険者の訓練に使われる場所だと聞いたので、さほど危険はないと判断した。一人遅れて入っても大丈夫だろう。


 鍛冶屋の店主はドワーフの男性だった。奇遇にも初日に色々と教えてくれたあの面倒臭い方だったのだが、当人から言われるまでまったく気づかなかった。


 正直、ドワーフの男性は見分けがつかない。皆毛むくじゃらで似たような背格好をしているので覚えにくい。覚えたとしても、しょっちゅう見間違えることが予想されるくらいには似ている。


 元の世界の顔認証技術を用いても誤認確率が非常に高くなると思う。原因は見えている部分が少なすぎるから。剃り上げてしまえ。


 サブロは装飾品を首や胴体に掛けるのを嫌がった。よりにもよってそこを選ぶのかと驚かされたのだが、なんと左の前足。カウンターで尻尾を支えにして立ち上がり、前方に突き出した左前足を右前足でちょいちょいと示すのである。


「サブロ、考え直した方が良くない? 細すぎると思うんだよ」


「ピギッ⁉」


 サブロは、なんですと⁉ といった反応を見せ、悲しげに体を震わせた。その遣り取りを見ていた店主が目を丸くして言った。


「こんなにはっきり意思疎通してる従魔使いは初めて見たな。大したもんだ。どれ、大丈夫だ。外れないように俺が上手くやってやる」


 店主は工具を使って装飾品を調整し、ほとんど時間を掛けずにサブロの左前足専用の腕輪を作り上げた。


 小さな向日葵型のチャームが付いた数回巻きのチェーンブレスレット。サブロはそれを巻かれた左前足を見て、口をぽかんと開いて震えた。


 つぶらな黒目は輝いているように見える。よっぽど気に入った様子。


「どうだ? 具合は良いか?」


 サブロが店主に顔を向けて「ピギッ!」と鳴いて頷く。その後はまたブレスレットを見る。小さな左前足をかざし、あらゆる角度から眺めて楽しんでいる。


「ふむ、気に入ってくれたみたいだな」


「ええ、ありがとうございます。お代は如何程でしょう?」


「こんなもんで金は取れん。逆に払いたいくらいだ。とにかく驚かされてる。従魔ってのは、こんなに人に懐くもんなんだな。それともお前が特別なのか」


 店主にじっと見つめられる。だが相手にしている暇はない。金を受け取らない面倒臭い事例が発生したので《異空収納》から金貨を一枚取り出してカウンターに置き「あざっしたー!」と素早くサブロを抱えて店を後にした。


 失敗したな、と思ったのはそれからしばらくしてから。どうせならサブロ専用の装備品なり住処になるような袋なんかを見繕ってもらえば良かったと後悔。


 戻れば良いだけの話だが、あんなことをしてから戻るのは中々に勇気がいる。過ぎてしまったことは仕方がないと諦めて足早に通りを進み街外れに出る。


 さて、早いとこ合流しないとな。


 人通りが減ったので軽く走ってみた。その途端、サブロが頭の上に移動した。髪を掴まれた感触が頭皮に走り、束で引っ張られていることを理解する。


「痛たたた! サブロ! 抜ける! 抜ける!」


 声を掛けつつ減速し立ち止まる。サブロは肩に移動し「ピギー」と溜め息を吐くように鳴く。こっちだって、やりたくてやってるんじゃないんだよ、と言っているように感じられた。もしくは、このぐらい我慢しろよ、か。


 前者だと思いたいが、後者だったら愛情を持って接する自信を失う。確認の為に手のひらに移動してもらうと肩を落とした様子で、上手くできなくてごめんなさい、と言っているように見えた。サブロ、疑ってごめんよ。


 やはりサブロが安心して過ごせる待機場所が必要なのだと実感。それがなければ、俺は全力を出せない上に髪とサブロの両方を失うことになる。そして先に消えるのは髪だ。それも頭頂部から。この歳で河童ハゲは避けたい。


 それにサブロも掴まる場所が減れば、そのうちツルリと滑り落ちることになる。そんな事故を起こしてはいけない。断じて許してはならない。


 だからゆっくり歩いて行くことにした。




お読みいただきありがとうございます。

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