93.半月斧を持つ赤い鎧の青年はかく語りき(2)
「ユーゴさん、もしかしてサブロはこの人のなんじゃないっすか?」
ヤス君が目の前の青年に助け舟を出す。すると青年は、そうそれ、とでも言うかのように手を叩いてヤス君を指差し、頷いた。
なんですと⁉ もう従魔契約済ませちゃったよ⁉
「うわ、マジか。えー、どうしよう……」
これは困ったと思いつつ頭を掻く。流石に返す訳にはいかない。サブロは俺の手のひらで尻尾を支えにして立ち上がり「ピギー……」と鳴いて腕組みをする。表情は難しげで、こちらも非常に困っているように見えた。
青年は俺たちの反応を見てか、慌てた様子で片手を横にして振った。
「い、いえ、べ、別に、か、返せ、とかじゃ、なくて、ですね」
青年が深呼吸してから言葉を続ける。
「ぼ、僕の、い、依頼、だったんです。サ、サラマンダーの、捕獲」
青年は段々と落ち着いてきたようで、ルードと名乗った。名乗られたら名乗り返すのが礼儀なので、俺たちも簡単な自己紹介を済ませた。
「ア、アルネスから、来られてたん、ですか。こんな、辺境の街まで」
「でも、言うほど離れてもないよね。ルードはこの街の出身?」
ルードが「はい」と苦笑して頷く。すると脇腹に軽い小突きが入った。察しつつ見るとやっぱりフィルが怒ったような顔をしていた。
「世間話してる場合じゃないでしょ。ヤスヒトのこともあるんだから」
「ああ、ごめんごめん、分かったよ。それで俺たちはどうすればいい?」
「そ、その、できれば、サラ、マンダーを、捕獲、して、もらえれば」
ルードは申し訳なさそうに言う。どんどん声が痩せ細っていくような話し方で、自分の言っていることが如何に的外れなのかを理解しているのが感じられた。
嘘を吐くようには見えないので気の毒だが、元の所有者であるという証拠がなければ言い掛かりに過ぎない。
よくよく見れば目の下に隈ができているので何かしらの苦労はしたのだろうが、生憎と俺たちもそんなにお人好しではない。
「依頼を受けたと言ったが、受注書は?」
ルードが焦った様子で《異空収納》から紙を取り出し、質問したサクちゃんに渡す。サクちゃんはそれに目を通した後で、ルードに返す。
「確かに、サラマンダーの捕獲依頼を受けてるな。だが、たまたまユーゴの肩にいるのを見掛けたから、口八丁で取り上げて、楽に依頼を達成しようと目論んでいる、とも受け取れてしまうんだが、それについてはどう思う?」
「そう、思われても、仕方がない、と、思い、ます」
ルードが肩を落とし、表情を暗くする。やはり何か事情があるのかもしれない。それを訊ねようとしたところでヤス君が口を開いた。
「そもそも、捕獲したサラマンダーが逃げ出したのってどうしてっすか?」
「ああーそうだね。それを聞いてから判断するのがいいかも。それで僕らに責任があるようだったら、手を貸しても良いんじゃないかな?」
フィルは情にほだされてしまったようだ。いや俺もそうなんだけれども。
だって悪い人じゃないよ絶対。不器用過ぎて胸が苦しくなるもの。
残るはサクちゃんだけだったが、俺たち三人の視線を受けると、一つ大きな溜め息を吐いてからルードに話をするように促した。
「依頼を、受けた、のは、昨日です。ぼ、僕は、見ての通り、緊張、して、上手く、話せない、から、人付き合いが、苦手で、き、昨日も、一人で、依頼を――」
何を話せば良いか分からなくなってしまう場面も出てきたので、途中で質疑応答に切り替えて話を聞いた。
それによると、ルードは人と関わることが苦手で、いつも一人で依頼をこなしていることが分かった。誰に頼ることもなくコツコツと鍛練を行い、二十歳にしてゴールド階級にまで昇級した優秀な青年であることも。
そんなルードは、昨日、受付の職員に頼み事をされた。それがサラマンダーの捕獲依頼の受注。期限が翌日、つまり今日と差し迫っているのに、誰も受注してくれないからどうにか頼むと頭を下げてお願いされた。
ルードは悩んだが、今日明日と二日あればなんとかなるだろうと渋々ながらも引き受けた。だが話はそれで終わらなかった。他にも冒険者は大勢いるにも拘らず、十分過ぎる程に忙しくなったルードに、その職員は更に仕事を押しつけた。
「あ、丁度良いんでー、追加でこれもお願いしまーす」
今度は一切悪びれることもなく、そんな軽い言葉で、新米冒険者の引率を丸投げしてきた。ルードは当然、断った。こともあろうに、何故、自分なのかと。
すると職員は「え、ゴールド階級ですよね? 信じられなーい。このくらいできて当然だと思いますけどー?」と嘲笑混じりで煽ってきた。
「なんか、聞いてるだけで腹立ってくるな、その職員」
「都合のいいように利用してるよね、絶対」
「まぁまぁ、最後まで聞きましょ」
ルードは無理なものは無理だと断ったらしいのだが、途中で後ろがつっかえているからと追い払われてしまったという。人がいなくなるのを見計らって受付に行くと、何故か新米冒険者の面倒をみることを引き受けたことにされていた。
文句を言おうとしたが、言葉がつっかえて上手く出てこない。そうこうしている間にまた人が来て追い払われてしまった。よく分からない話だが、そのときに「既に決定されているので断れば降級ですから」という脅しも受けたのだとか。
「どの職員だそれは。俺が今すぐとっちめてやる」
「はいはい、サクやん落ち着いて。しっかり事情を聞いてからにしましょ」
そんな脅しまで受けたからにはやらざるを得ない。ルードは肩を落として新米冒険者を待っていた。だが中々来なかった。ようやく姿を現したのは集合時間の一時間後。なるだけおとなしいのが来れば良いなと思っていたら、十代前半のわんぱく盛り。イタズラ小僧のような印象の少年たちがやってきた。
遅刻を注意すると、ルードが一時間早く来たのだと言い返す始末。少年たちはまったくルードに気圧されることなく、最初からまるで言うことも聞かなかった。
それでも依頼はこなさなくてはいけないので、押し問答もそこそこに、少年たちを連れて行くように言われた坑道に向かった。奥に行けばサラマンダーもいるので、運が良ければ捕獲も可能だろうと思っていた。だがそうはならなかった。
坑道では絶対にレールの切り替えレバーに触れてはいけない。
ルードは少年たちに厳重にそれを言いつけていた。少年たちは「分かりました!」と元気良く返事をしたはずなのだが、いざ坑道に入ると、あっという間にレバーを操作し、トロッコ同士の激しい衝突事故を引き起こしてしまった。
鉱夫のドワーフが乗っていなかったから良かったものの、トロッコは全壊、周辺に鉱石が散らばる大惨事。その上、少年たちは逃げ出してしまった。
一人残されたルードは、音を聞きつけてやってきた鉱夫たちに叱られ、鉱石の回収を行うことになった。なんで自分がと思いながらも、長い時間を掛けて拾い集めて掻き集めて、ようやく作業を終えた頃には日がとっぷりと暮れていた。
それでもどうにか終えることができた。肩の荷が下りた気分で冒険者ギルドに赴き事の次第を報告すると、少年たちが帰っていないと言われてしまう。
そこでまた例の職員がしゃしゃり出てきてルードに責任を押しつけた。止むなくルードは坑道に戻り、一晩中少年たちを探したのだという。
「結局、見つける、こと、が、できなくて。でも、サラマンダーは、どうにか、捕獲、できたんです。それが、その子たちが、持っていってしまって」
「その子たちって、引率してた新米冒険者?」
ルードが頷き、悔しげに続きを話した。
「何故か、坑道の、外に、いたんです。それで、サラマンダーを、見せてくれ、と。僕は、怪我を、しないような、作りの罠に、掛けて、木製の、檻に、入れて、丁寧に、きちんと、捕獲できて、たんです。それが、どうしても、見せてくれと」
ルードは嫌な予感がして渡すのを拒否した。ところが、少年たちは大声で泣き出してしまったという。それで、躊躇いながらも仕方なく檻を渡したところ、途端に駆け出し、まるでキャッチボールをするように、檻で遊び始めてしまった。
「キャッチボールだと⁉ そんな目に遭わされたのかサブロ⁉」
サブロに訊くと「ピギッ!」と頷いて手のひらで地団駄を踏んだ。
「なんだと! よくも俺のサブロを! 許さんぞクソガキ共め!」
「はいはいユーゴもサブロも落ちついて。続きどうぞー」
ルードは少年たちを追い掛け、サラマンダーは生き物だから乱暴にしてはいけないと言って聞かせた。だが、少年たちはまるで言うことを聞かない。いい加減にうんざりして、本気で止めようとしたが、そこで隘路に逃げ込まれてしまった。
「体の大きさが仇になったか。ルードで無理なら俺たちも無理だな」
「ちょっと情操教育が必要なようですね。見つけたらコテンパンっす」
「うん、たっぷりお灸を据えてあげないとね。それで、見失って終わり?」
ルードがかぶりを振る。逃げられはしたが、街中にいるのは分かっていたので、徹夜明けの状態で延々歩き回って探したところ、空き地で楽しげに笑いながら遊んでいる少年たちを発見したのだという。
相変わらず檻を乱暴に扱っていたので、流石にルードもブチ切れてしまったらしく、手にしている半月斧を振るい、手近にあった瓦礫を更に細かく粉砕した。不運だったのは、少年たちが驚きのあまり檻を放り投げてしまったこと。
飛んでいった檻は地面に落下し、衝撃で全壊。捕らえていたサラマンダーが近くにあった鍛冶屋の中に逃げ込んでしまった。ルードは逃げ出す少年たちを放置し、その鍛冶屋の中へと駆け込んだのだが、サラマンダーの姿がない。
店主に頼んで店の中を隈なく調べさせてもらったが見つからず、痺れを切らした店主に「何を探しているんだ」と問われたルードがサラマンダーだと答えると、さっきまで店にいた作務衣の男に引っ付いていたと教えられたという。
「あんな、大きな、ものが、くっついてる、のに、知らん顔、して出て行った、から、てっきり、あの男の、従魔だと、思って、たって」
「サクちゃん……」
「サクやん……」
「サクヤ……」
「よし! 坑道に行くぞ! サラマンダーを捕獲する!」
俺たちの残念なものを見るような目に耐えかねたのか、サクちゃんは高らかに宣言して冒険者ギルドを出て行った。だが残念なことに誰もついていかなかった。
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