92.半月斧を持つ赤い鎧の青年はかく語りき(1)
闇竜? という疑念の感じられる静かな鸚鵡返しを食らいつつ、俺は従魔の説明を読み終える。内容は単純明快。責任と愛情を持って世話をすること。それがちゃんとできていれば、スキルを利用する権利を与えてくれるというだけ。
不当に扱ったり、世話を怠ったりして嫌われると、従魔の方から一方的に契約の破棄がされるらしい。戦闘中にこういうことが起きると寝返りで命を落とすリスクもありそうだが、可愛がっていれば問題ないので俺には関係ない。
従魔契約が済んだからか、闇竜が俺の腕に飛びついてきた。するするとよじ登り、肩に乗って、そこから首の周囲を巡る。どうやら落ち着ける場所を探している模様。少々こそばゆいが、そっとしておくことにする。
というのは建前で、実は気にする余裕がないだけだったりする。契約は済ませたが、ちょっとした問題でステボの表示が待機中になったままなのだ。
「闇竜って、ダークドラゴンってこと?」
フィルが小声で訊いてきた。
俺は従魔のステボが扱えるかどうかを確認しつつ首を捻る。
「それは分からないけど、種族が竜で、その後に闇竜って書いてあった。多分だけど、魔物の名前って見た人が勝手に付けてるもんだよね? 実際の名前や種族は違うんじゃない? 魔物のステボ確認して呼んでる訳じゃないんだし」
「確かに。ハンたちも偽名を使えてるしな。ん? それは話が違うか」
「いや、言いたいことは分かるからいいよ。それでユーゴはどうするの?」
質問の意味が分からず、フィルを凝視する。
「どうするのって、何?」
「契約だよ」
あれ? したって言ってなかったか? うん、言ってないな。
「ごめん、言い忘れてたけど、もうしちゃった。今は色々と調べてるところ。取り敢えずステボは自分のものと同じように扱えるみたいだね。ただ、幾つか制限があって、他者閲覧はできないみたい。それと、ちょっと困ってることがある」
フィルが額に手を遣り、具合が悪そうにしながら「何?」と訊いてきた。
「命名権が与えられてるんだよ。それでずっと頭を悩ませてる」
「名前付けないとどうなるんすか?」
「契約が完了しない。名無しで完了もできるみたいなんだけど、やっぱりちゃんと名付けてあげたいじゃない? 懐いてくれた子だし」
闇竜が俺の左肩で立ち上がり「ピギー」と鳴いて頬に抱き着いてくる。俺の言ってることが理解できたのか、なんだか喜んでいるように感じられた。
「ユーゴが決めるべきだろ。俺たちの従魔じゃないしな」
「そうっすね。けど従魔かー。俺は生き物苦手っすけど、メリットでかいっすよねー。ちょっと興味出てきましたわ。小型の哺乳類系ならどうにか可愛がれる気がしますし。懐かれる条件って何なのかなー?」
「ちょっと色々と起きすぎてついていけなかったけど、これって凄いことだよね。目の前で従魔の謎を解き明かされちゃった訳だし。僕も欲しくなっちゃったよ」
「いや、あの、名前の話は」
知らん。好きにしなよ。まだ続いてたんすか? と、それぞれ一言で済まされた。自分で決めないと駄目だというサクちゃんの言葉で命名についての話題は終了していたらしい。三人はヤス君の術についての会話を始めてしまった。
俺は闇竜に肩から手のひらに移ってもらい、つぶらな黒目と見つめ合う。
「ヤミーはどう?」
闇竜が「ピギー……」と腕組みして首を傾げる。なくはないが、悩ましいところだ、と言いたげに。もっとしっくりくるのを求めているようだ。
「アカスジは?」
闇竜が「ピギッ⁉」と驚愕したような反応を見せ、それはないだろお前、と言いたげに前足で俺の手のひらをペチペチ叩く。ちょっと怒った感じがまた可愛い。
「じゃあ、サブロ」
闇竜が動きを止め、ちょっと考えるような素振りを見せた後で「ピギッ!」と頷いた。承諾を得られたので、待機中の表示部分にある命名の欄に名前を入力する。決定を押した途端に、待機中表示が消えた。
突然、心臓が一度強く脈打った。外側から体全体に浸透する圧力を掛けられ、胸に集約したような不思議な感覚。一瞬、息が詰まったが、不快感はまったくなく、自分の傍らに新たな力が置かれているのが理解できた。
サブロの方もそれを感じたようで、少し驚いたような様子を見せた。だがそれも僅かの間だけで、嬉しそうに一鳴きすると腕を伝って左肩に乗り、また頬に抱き着いてきた。ひんやりした体温が伝わってきて心地良い。
「お、契約完了っすか?」
「うん、サブロにした。気に入ってくれて良かったよ」
俺が答えると同時に、フィルが軽く溜め息を吐いて席を立った。
「決まったんなら、冒険者ギルドに向かおう。従魔登録して、従魔証明になる物を付けないと。いつまで経っても不審な目で見られちゃうからね」
「そうだな。しかし、本当にどこでくっついたんだろうな?」
確かに、と思いつつ席を立つ。サブロは目立つが、見るからに窮屈なズボンのポケットに入れるのは躊躇われたので、肩に乗せたまま店を出た。
冒険者ギルドに向かうまでの間に、ヤス君が使った術について話してくれた。術名はなく、小型戦車と呼んでいるらしい。電池で走る四駆の玩具をモデルに作ったらしく、駆動装置に魔力を流すと走るのだとか。
「その装置を《魔力モーター》って名付けました。一気に全体を作ろうかとも思ったんすけど、個別に生成した方が利点があると思って分けました。魔力を流すと回転するだけの物ですね。その回転を利用してタイヤが回るような部品を組み合わせただけで、玩具と違うのは座席とハンドルがあるくらいっす」
ハンドルから《魔力モーター》に直接魔力を送れる仕組みになっているとのこと。操作は《念動力》で補助をしつつ行っているのだとか。それと《傀儡操作》という闇術も加えて扱っていることも教えてくれた。
「《傀儡操作》は人形を操作する術なんですけど《念動力》よりも精密に動かせるんですよ。これが戦車操作にも活用できたんすよね」
高速ドリフトなどの技巧はそれがあるからできたのだとヤス君は笑う。
「普通は無理っすよ。ゲーム感覚だからできてるってだけっす」
他に訊きたいことはないかと問われ、フィルが砲身について質問した。ヤス君は隠し立てするつもりはまるでないらしく、平然とすべてに回答した。
発射していた弾頭は土術で生成したもの。発射する為に使っているのは弓の弦を引くときの力をイメージしたらしい。
「感覚的にはバリスタっす。普通に発射するイメージで《念動力》を使っても大した速度が生まれなかったんで、硬い弦を引き絞るイメージで《念動力》を使ってみたら、あの通りの威力が出たって感じっすね。《張力念動》って名付けました」
硬いのなら防御に転用できないかと助言してみたのだが、ヤス君は既に試していた。そしてそれがただの《障壁》になったと苦笑した。
「車体のコーティングに使うことも考えたんすけど、そこまでやると操作が追いつかなくて。《氷柱舞》もあるんで無理だなって。砲弾発射後に内部で新しい砲弾を生成したり、もうわちゃわちゃっす。実はかなり忙しいんすよ」
通りにいる人の数はさして多くなかった。昼どきだし、昼食をとりに屋内に入ったのだろう。お陰で俺たちはなんの気遣いもせずに悠々と歩くことができた。
冒険者ギルドに到着し、中に入ると、先ほど来たときにはいなかったドワーフ以外の種族がちらほらと目についた。雰囲気がやや殺伐としたものに感じられる。冒険者たちの目つきや外見がそう捉えさせる原因。なんで威圧するかな。
受付に向かおうとすると、精悍な顔つきの青年が一人近づいてきた。頑健な体に見合った赤い重鎧を身に着けており、手にした半月斧の柄を肩に載せて遊ばせている。
斧の刃先は革製の鞘で覆われているが、何の意味もない気がした。もし振るわれたら柄に当たっただけで死ぬ。感覚がそれを教えてくれた。
体格はエドワードさんやサイガさんには程遠く、身長は俺と変わらない。だが筋肉の密度がまるで違うように感じられた。多分、魂に刻まれているという能力値の高さが伝わっているのだと思う。格の違いを察して背筋が冷たくなる。
こっちには来るなよ。という願いも虚しく、青年は俺の前に立ちはだかった。
「何か?」
俺は青年の鋭い視線を真っ向から受けて訊いた。太腿が細かく震えて、内心ヒヤヒヤものだったが、どうにか取り繕うことができた、と思う。多分。
俺が問い掛けて間もなく、青年は何かを言い掛けて逡巡した様子を見せた。そしてまた何か言おうと口を開くが、閉じる。黙って少し待ったが、その間に青年は顔色を悪くし、じっとりと汗を掻き始めた。これはもしや。
「あのー、もしかして、極度の緊張しぃですか?」
青年は目を見開き、薄く涙を溜めて微笑みコクコクと頷いた。唇が震えている。威圧感のようなものが解け、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
「あらーそれは大変ですね。でもちょっと急いでますんで、すいませんが用件は後で良いですかね? 早いとこ、この子の従魔登録を済ませてしまいたいんで」
肩に手を近づけ、サブロに手のひらへと移動してもらう。すると青年はサブロを指差して、困ったような表情を浮かべた。そして「そ」と言う。言ったあとでゴクリと喉を鳴らしまた「そ」と言う。そって何だよ。




