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90.ツギハギ殺人熊と荒廃した大地が似合う男



 寝不足気味で迎えた翌日。身支度を整え、朝食を済ませた俺たちは朝からダンジョンに突入した。


 転移装置を使って三十九階層に移動後、さっと通り過ぎて四十階層に到達。先日同様サクサク進んで、十五分ほどで階層主の部屋の前に着いた。


 扉を開くと、だだっ広い部屋の中央に階層主の姿が見て取れた。


 四メートルはあろうかという巨大な熊のぬいぐるみ。所々につぎはぎと縫合の痕があり非常にカラフル。ハロウィンのキャラクターのような印象で可愛らしい。


 その巨大熊のぬいぐるみが、俺たちに向かいペコリとお辞儀をした。


「ようこそ。僕はこのフロアのボス。マーダードールベアだよ。よろしくね」


 身振り手振りを加えて、マーダードールベアが自己紹介を始める。


「これからちょっとだけ、僕のお話を聞いてもらいたいんだ。どうしてかというとね、このフロアは他のフロアと違って、特殊なルールがーー」


「隙だらけだな。ここは先手必勝だろ!」


 サクちゃんがマーダードールベアに突進、跳躍、棒で頭をぶん殴った。


「ちょっ、えぇ……酷くない? 問答無用じゃん……」


「でもこれ、どっちが正解か分からないっすよね。聞く方がまずい場合も」


「まぁ、それはそうだけどさ、せめて相談はしなよって」


 フィルが呆れたように肩を竦めたとき、ゾッとした。明らかに空気が変わり、サクちゃんが飛び退く。だが俺は見た。一瞬だったが、サクちゃんは腕の振り抜きで反撃されていた。


 確認すると、胸から腹を斬られていた。咄嗟に回避したから傷は浅いが、装備はこれまで見たことのない破損具合。三本傷が刻まれている。


「どうして話を聞いてくれないの? ねぇ、どうして殴るの? ねぇ、なんで帰りが遅いの? 仕事と私のどっちが大事なの? どうして? ねぇ、どうして?」


 可愛らしい子供の声で話していたマーダードールベアは表情に陰を作り、ブツブツと怨嗟の言葉を発し始めた。


 これは、おそらく亭主に対する嫁の不満の声だ。俺は独身だが、こんなものはまともに聞いていられない。可愛い顔して闇が深い。


「くそう、こいつは精神にくるやつだぞ」


「ちょっと聞いてられないね。心が病みそう」


「それだけならいいんすけどね。嫌な予感がハンパないっす」


 ヤス君の予感は的中した。マーダードールベアの丸みのある手から、どう見ても刃物でしかない爪がにょっきり生えた。その物騒な刃物が五つ、腕が振られると同時にこちらに向かって飛んでくる。かなりの速度に血の気が引く。


「おわー!」


「危ねえー!」


 俺たちは慌てて散開し射線から離れるが、元いた位置にカカカカカッと、刃物が突き立てられて青褪める。刃に背筋が凍るような鋭い輝きが走る。


「なっ、これ包丁だぞ⁉ メンヘラ夫婦劇場か⁉」


「洒落んなってないっすね! DV夫がもたらした悲劇っすよ!」


「これサクヤが暴力亭主を演じちゃったからでしょ! なんとかして!」


 フィルが回復術を掛けながら言うが、サクちゃんは斬りつけられた装備の状態を確認しながら戦慄いている。顔面蒼白で「ああ、マジか、ここも、あ、ここも」と小声でブツブツ言う様子に皆が引いた。こっちの方が怖いわ。


 そんな中、マーダードールベアの攻撃は激化していた。あちこち走り回りながらぐるぐると腕を振り回すから、結構な数の刃物が無茶苦茶に散らばって大変なことになっている。もうとにかく距離を取って逃げ回るしかない。


「変なスイッチ入っちゃってるね⁉ ヤス君、これどうにかできるの⁉」


「多分、いけますよ!」


「じゃあ任せていい⁉ 俺は二人を守るので精一杯だわ!」


 OKっす! とヤス君が《天眼芯》を置いて《箱庭》に姿を消す。


 当初の予定では、最初からヤス君が何かを見せるはずだったが、サクちゃんの行動で予定が大きく狂った。他人の自己紹介は阻害しちゃいかんよ。


 俺は規則性なく飛んでくる刃物の爪を打ち払うのに必死。


 背後の二人を庇わなければ、もう少し動けるのだが、サクちゃんの戦意喪失っぷりが凄くて声も掛けられない。だって怖いもの。早く自力で立ち直ってくれ。


「ユーゴ、回復は終わったよ! サクヤは僕がフォローするから大丈夫!」


「いや、ヤス君が何かするから、それまで防御に徹する!」


 フィルの言葉に背を向けたままで答え、刃物を手の甲で弾く。間に合わないときは《陰陽盾》を瞬間的に展開して防ぐ。バチッと音を発して刃物が消滅。多分そうだろうとは思っていたが、刃物の爪はやはり魔力で生成された武器だった。


 もし一人で戦うとしたらどうするのかを考える。多分、無傷でなければ攻撃を掻い潜ることはできる。致命傷を避けて進み《過冷却水球》を設置して動きを止めて、そこからはひたすら拳での連撃を加える。他には戦技を放つ以外何もできない。


 やっぱり、火力がまったく足りないんだよな。


 どんな敵が相手でも、イメージトレーニングを行うと大体そうなる。それは俺が火力を求めてこなかったから仕方がないことなのだが、戦技以外での火力を一つは持っておきたいという思いが出てきていた。


 というのもゲージを消費する戦技は使い所が難しく、連戦向きではないからだ。この先、間違いなく複数相手の命懸けの戦いが待っている。戦技の打ち止めでジリ貧に陥るのは避けたい。


 階層主との戦いもそうだ。倒すまでは部屋から出られないという仕様上、火力がないのは危険。拘束するまでが自分の役目みたいに思っていたが、皆が戦闘不能になった状況を想定すると、低威力の攻撃しか行えない現状は怖ろしく感じた。


 それに、今後は時間を掛けていられない場面も出てくるかもしれない。


 対処不能な毒とか呪いとか使ってくる敵は確実にいるだろうしな。


 火力のある新術の必要性を理解し、開発を心に決めたところで《天眼芯》が霧散した。金属が擦れるような硬質な唸りが部屋に響く。


「何この音⁉」


 フィルが叫んですぐに、砲身付きの小型装甲車らしきものが出現した。


「なんじゃあ⁉」


 小型装甲車は飛んでくる刃物を物ともせずに突き進む。そして搭載されている砲身から軽い音を発して弾を撃ち出し、高速でドリフト。床を滑るように勢い良く方向転換し、車体の側面でマーダードールベアに体当たりする。


 ボフンと場に合わない柔らかい音を発して、マーダードールベアが吹き飛び壁に衝突。その間に小型装甲車が位置を整え後方移動、砲身で狙いを定める。間もなく周囲に《氷柱舞》が出現し、砲撃に合わせて一斉に発射される。


 それらはすべてマーダードールベアに直撃。追い打ちを掛けるように《氷柱舞》が発生し、今度は一発ずつ射出されていく。


 その間に装填が済んだのか砲身からも弾頭が飛ぶ。一発、間を置いてまた一発。爆発は起きないが、打撃威力は凄まじい。《氷柱舞》の連続攻撃の合間に、高速の弾頭砲撃が繰り返される。


「何これ……? 戦争じゃん……」


「ちょっとマーダードールベアが気の毒になるんだけど」


「圧倒的だな……」


「あれっ⁉ サクちゃん⁉ 大丈夫なの⁉」


「ああ、すまん。取り乱した。もう大丈夫だ」


 俺たちは気の抜けた遣り取りが行えるほどに余裕ができていた。マーダードールベアは壁に釘付けにされているような状態で、手も足も出せそうにない。


 このまま終わるかに見えたが、不意に小型装甲車が壁に向かって走り始めた。一気に加速して、そのまま衝突。激しい衝撃音が辺りに響く。


 壁と小型装甲車に挟まれたマーダードールベアは、演技をしているように大袈裟に震えた後、ガクリと項垂れ、煙玉が爆発するように消失した。


「え、あ⁉ ヤス君⁉」


「ヤスヒト⁉」


 呆気に取られていたが、確実に衝突事故だ。中に乗っているヤス君が無事なのか心配になり俺たちは小型装甲車に駆け寄る。


 かなりの音だった。外観がさほど損壊しているように見えなくても、中にいるヤス君には深刻なダメージが出ているかもしれない。俺はかなり焦っていた。頼む、無事でいてくれ。


 だがヤス君は《箱庭》から後頭部を掻きながら笑顔で出てきた。


「いやー、爽快っすね。ハハハ、どうでした? 俺の戦車?」


 俺は小型装甲車とヤス君を交互に見る。そこで覚る。


「あー、そうかー。衝突の瞬間に箱庭に入ってるのかー……」


 一気に脱力。俺は安堵の息を吐きながらその場にしゃがみ込む。フィルは魂が抜けたように膝から崩折れ、サクちゃんは両手両膝を地面につけて震えた。


「ハハッ、大袈裟っすね。でもまぁ、そういうことっす。天井から落ちる形になるんで、気構えは必要っすけどね」


「心臓に悪いよ。だけど凄かった。驚きすぎて棒立ちになっちゃったよ」


「まったくだ。なんて物を作ったんだ本当に」


「僕はもう、君たちがそういう類の生き物なんだと思うことにするよ」


 フィルとサクちゃんが着衣の埃を払いながら立ち上がる。俺も二人に合わせて立ち、ヤス君のいる小型装甲車の側に歩み寄る。


「そういえば、これ《天眼芯》で転移させて出てきたよね」


「魔力で生成した物っすからね」


 俺は《箱庭》から普通に出せると思っていたが、言われてみれば《陰陽盾》は魔力で生成したものは消失させてしまう。当然《異空収納》もだ。


 ただ、その内部では術は使用可能なので《天眼芯》を利用することで消失させずに移動することが可能なのだとか。


「異空間からの転移なんで難しいかと思ったんすけど、できたんすよ。《箱庭》の中には魔素も普通に存在してますし、使った側から補充されてるというか、常に一定量が保たれてるんすよね。不思議なことに」


 ん? 聞き間違いか? 異空間からの転移って言わなかったか?


「なんか、ヤス君、今さらっと凄いこと言わなかった? それって要は《天眼芯》を元の世界に持ち込めば、帰ることもできるってことだよね?」


 フィルとサクちゃんが目を見開いて「えー⁉」「何だと⁉」と驚愕の声を上げる。その反応に、ヤス君は嘲笑するように鼻を鳴らした。


「あのですねー、ちゃんと考えてみて下さいよ。まず俺が元の世界に行けないと話にならないでしょ? 次に、元の世界に魔素がなければ《天眼芯》は作れません。最後に、俺が《天眼芯》を元の世界に置いても何の意味もないでしょうに」


「あ、そうか。ちょっとユーゴ! 驚かせないでよ!」


「そうだぞ。ちょっと期待したじゃないか」


「いや、違うんだよ。俺が言ったのはそういうことじゃなくて、魔素溜まりの魔物に向かって《天眼芯》を投げ込めばさ、運良くあっちに届くかもしれないでしょ。そりゃ一回じゃ無理だろうけどさ、探知はできるんだから、届いたかどうかの判断もできるだろうし、ヤス君だけでも帰れるんじゃないかなーと」


 沈黙が訪れる。ヤス君が顎に手を遣り、サクちゃんは腕組みして唸り、フィルは小首を捻って上を向く。そんなになるようなこと言ってないと思うが。


「確かに、回数を重ねれば届くかもしれませんね。考えもしなかったっす」


「ユーゴってこういうとこあるよな。発想が奇抜というか天才肌というか」


「多分、色々とズレてるんだよ」


「フィルよ、それは悪口だ。もういいよ。取り敢えず、やることやろう」


 会話をしつつ、俺たちは四十一階層に降りた。サクちゃんは大丈夫だと言ったが、損壊した装備で下層を進むのは危険だと判断。多数決で脱出が決まり、俺たちはまた四十層に戻り、転移装置を使って街に戻った。




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