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9.狂喜乱舞する尻尾とお風呂で大騒ぎ(2)




 食事が済み、少しの休憩を挟んだ後で、俺たち渡り人はリンドウの指示でスミレに風呂場へと案内された。


 脱衣所があり、棚に籠。規模は小さいが、銭湯で見るような光景で、奥にある引き戸を開くと、広い洗い場と木製の浴槽があった。


 浴槽は四五人入ってもまだ余裕がありそうな大きなもので、名前はヒノキ風呂。見た目もヒノキ風呂そのままでよい香りもしたが、スミレによるとただそう呼ばれているだけで、ヒノキが使われているかは不明らしい。そもそもヒノキを知らなかった。こちらでは木材で作られた浴槽をヒノキ風呂というのだと解釈した。


 脱衣所の籠に浴衣のような着替えを置いて、礼儀正しく一礼した後にスミレが出ていく。それと入れ替わるようにウイナとサイネがちょこちょこやってきた。


「どうしたの?」


「一緒に入るのじゃ」


「そうなのです」


 アワアワしながら俺とマツバラさんで丁重にお断りして出ていってもらった。


「なんかめっちゃ懐かれてますね」


「そうだね。何でだろ?」


「謎ですね」


 そんな会話をしながら服を脱ぎ洗い場へ。俺は左胸、カタセ君は腰に水飛沫のような痣ができており、マツバラさんは背中の右肩付近に砕けた鉱石のような痣ができていた。どちらも変な痣じゃなくてよかったとホッとする。


「どんな形ですか?」


 俺とカタセ君は同じ痣なので確認できたが、マツバラさんは口頭で説明するしかなく、デザインが気になるようだった。俺たち同様、ちょっと小洒落たタトゥーのようだと伝えておく。


「あれ? シャワーが……あ、そうか、鏡がないってことはそういうことっすね。うわぁ、これ面倒臭いやつじゃないっすか?」


「浴槽からお湯を汲み取って頭と体を洗わなきゃいけない感じだね。桶と石鹸はあるけど、浴槽のお湯が減り過ぎるのも困るし、ちょっと大変かも」


「あ、もしかしてあの子たちが術でなんとかしてくれるつもりだったんですかね? リンドウさんに手伝ってやれって言われたとか言ってたような……」


 マツバラさんが言いつつ固まる。俺とカタセ君も。十分にあり得る話だった。


「あー、しまったなー。そうかー、そんなとこまで頭回らなかったー」


「俺も犯罪だって発想しかなかったよ」


「俺もです。あ、でも、カガミさんとカタセさんは水属性ですよね?」


 ハッ――!


「そうか! マツバラさんナイス! カタセ君、俺たちでやってみよう!」


「おおっ、そうっすね! 分かりました!」


 裸の付き合いというのは不思議なものだと思う。おかしなテンションになっていた。二人で頷き合い、片手を前に出してお湯が出ないかを念じてみる。すると体の中心から何かが手のひらに向かう感覚があった。それを感じてすぐに、手のひら全体からちょろちょろと温い水が出始める。


「ああっ、出た! 出ましたよ、カガミさん!」


「うん! 俺も出た! 出たけど、なんか気持ち悪いねこれ! ハハハハ」


 全員でどっと爆笑する。病的に手汗が酷いようにしか見えない。カタセ君がゲラゲラ笑いながら両膝を着いて床をバシバシ叩く。妙なテンションここに極まる。術が使えたという喜びがなければ不安になっていたと思う。


「いやー、笑った。でも全然駄目っすね」


「そうだねぇ。これじゃまったく意味ないよ」


 勢いと量と熱さがまるで足らない。その辺りを強く意識して念じると、先ほどより少し勢いと出てくる量が増えた。温度も上がったが、あって三十度くらいだろうか。どれだけ念じてもそれ以上は熱くならなかった。お湯を沸かすには火属性が必要なのかもしれない。


 カタセ君も同じように念じたのか、俺と似たような状態になっていた。温度に不満こそあるものの、それなりの水量が出てくるようになった手を見て二人で大はしゃぎしながら桶に水を溜めていく。勿論、マツバラさんの分も。


 全員で手拭いを使って体を洗う。石鹸はほとんど何の匂いもしなかったが、泡立ちはしたので、まぁいいかという感じだった。


 マツバラさんは黙っていたが、俺たちの馬鹿騒ぎに触発されてこっそり術を試していたようだった。一人だけ土属性で性格的にも寡黙な感じなので、俺とカタセ君のような馬鹿を曝け出せる関係になるまでは、少し時間が掛かりそうだ。


 三人で浴槽に入り、肩まで浸かる。ふぅー、と自然と息が漏れた。途中で乾燥してもらったり、顔を洗わせてもらったりしていたとはいえ、やはり風呂には敵わない。海水でべたついていた体がスッキリしたのは気分がいい。風呂の湯加減もやや温めで、疲れが体から抜け出ていくような心持ち。


「いい湯っすね」


「そうだねぇ」


 マツバラさんは言葉を出さず、数回の頷きだけで肯定した。


 しばらく無言で湯を楽しんだ。先ほどは童心に返ったようにカタセ君と騒いだが、こうして静かになると、リンドウから聞かされた話が蘇ってくる。


 何故俺たちがここに転移したのか。


「運が悪かったんやろな」


 愕然とする一言だった。


 転移が起こる理由は、魔物が転移者を食べる為。普通の魔物はできないが、魔素溜まりに触れて変異した魔物は、俺たちの世界とこちらの世界を繋げることができるようになるという。


 こちらの世界でも人を襲って食べるらしいが、異世界に罠を張り、より簡単に獲物をとる力を得てしまうのだとか。


「お前らのおった世界には、神隠し、て言葉があるんやろ? 聞いたことあるか? 要はそれや。お前らは神隠しに遭うたんや」


 俺が部屋で見たあの水面は、魔物の罠だったという訳だ。


 カタセ君とマツバラさんは、まったく気づかなかったという。俺だけが泡や水面に気づくということはあるのか訊いたが、リンドウもスズランも、そういう渡り人とは会ったことがないという。


「あ、あと若返ったんですよ。二十歳くらい」


「若返った? ふーん、じゃあ、そんだけ歳を食われたんと違うかな。こっちに来てなかったら死んどったかもしれんな。知らんけど」


 すんなりと怖ろしいことを言われたが、リンドウの推測によると、俺は罠が目に見えるほどこちらの世界、或いは魔物と波長が合っていたのではないかということだった。


「ユーゴがこれまで経た時間が魔物に食われとったって考えはあながち間違いやないかもしれんな。わしとスズランが罠に気づいた渡り人と会うたことがないんも、こっちに来る前に存在が食われて消滅してもうとるからかもしれん。なるほどなぁ、魔物は残りの寿命を食うんやのうて、丸々存在を食う方を選ぶんやなぁ。それも存在した年数を現在から過去に向かって吸い上げるか。そう考えたら、ユーゴは運がよかったんかもな。ぼーっとしとったら今ここにおらんかったもんなぁ」


 さも愉快そうに哄笑するリンドウの姿を最後に、俺は知らずしらずのうちに思い起こすのを止め、ただただ湯の心地よさに沈んでいった。


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