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89.やみつきスタンディングオベーションと成長する賢人(2)




 フィルが立とうとするのを手で制し、俺が枕元に浮かべた《光球》の明度を上げて扉の前に行く。ついでにステボで時刻を表示。午後十時。こんな時間に部屋を訪れられたことは今まで一度もないので少し緊張する。


「起きてますー?」


「ああ、ヤス君か」


 誰何する前に呼び掛けられ、声でヤス君だと分かった。


 ホッとしながら扉を開けると、サクちゃんと二人で立っていた。ヤス君は苦笑していて、サクちゃんは難しい顔をしている。何かあったのだろうか。


「どうしたの? 珍しいね、こんな時間に」


「いや、ちょっと話がありまして」


 取り敢えず中に入ってもらうと、フィルが半身を起こして手で示し、隣にヤス君を座らせた。俺も同じく手で示し、自分のベッドにサクちゃんと並んで座った。


 フィルが枕元に浮かべている《光球》の明度を上げる。二つの光で部屋は昼間のように明るくなる。全員の顔がはっきりと見えた。


 ヤス君が「えー」と困ったような顔で後頭部を掻きながら、口を開く。


「サクやんにはもう話したんすけど、明日のダンジョンで行けるとこまで行ったら、俺はパーティーを抜けます」


 え、という声が俺とフィルの口から出た。サクちゃんが腕組みして口を開く。


「まぁ、そうなるよな。俺もそうだったが、理由を聞くともっと参るぞ」


「理由って?」


 俺より先にフィルが訊いた。ヤス君の脱退が自分の責任だとでも思ったのか、少し焦っているように見えた。ヤス君は少し乾いた声で笑って「一週間くらいの予定なんすけど」と前置きしてから言葉を続けた。


「シンドゥー王国に行こうと思ってまして」


 思わず「ああー」とフィルと声を重ねて細かく頷いてしまった。


 シンドゥー王国。ヤス君の友人であるシンドウ・サアヤが五百年ほど前に興した国。俺はいつか、コーキの興したクリス王国の王都クリストミラーに行きたいと思っているので、ヤス君の気持ちが理解できた。


「でも、何も一人で行くことはないんじゃない?」


 俺がそう言うと、サクちゃんが溜め息を吐いた。


「俺もパーティーで行けば良いと言ったんだが、聞き入れてもらえなくてな」


「え、どうして?」


 またフィルが訊いた。ヤス君は少し言いづらそうな素振りを見せて答えた。


「あー、単独行動でないと、半月以内にアルネスの街に戻れないからっす」


 ヤス君の話では、ウェズリーからシンドゥー王国の王都サーヤナディーラまでは二千キロ以上離れているらしい。またラグナス帝国領を通過せねばならず危険も多いのだとか。


「それ、馬とか使っても絶対間に合わなくない? ここからアルネスの街に戻るのだって、辻馬車使って五日はかかるよ」


「いや、別にサーヤナディーラに行くつもりはないんすよ。少なくともラグナス帝国領は越えておきたいってだけの話なんで」


「ますます分からん。それじゃ何の意味もないだろう」


「それがあるんすよ。言ってなかったっすけど、昨日、土属性を取得したことで、やりたいことが全部形になったんですよ。まぁ、ちょっと実演してみます」


 ヤス君が手の平の上に飲料缶のような大きさの漆黒の円柱を作り出す。それを部屋の中央に置いて、自分は無言で部屋を出ていく。しばらくすると漆黒の円柱が霧散してヤス君が部屋の中央に現れた。ヤス君以外は全員硬直。


「これは《犠芯転移》って術です。あの黒い空き缶みたいなものを《天眼芯》って名づけたんすけど、置いた場所の周辺を探知できるんすよ」


「ちょっと待った、ヤス君、その《天眼芯》っていうものを開発したのは分かった。だけど、だけどだ。それでどうして転移できるのか、これが分からない」


「えーっと、話すと長いんすけど、闇属性を取得した後、俺ずっと転移術を会得しようとしてたんすよ。でも影に入って移動するってイメージがまったくできなくて、これは無理だろうってアプローチを変えることにしたんす」


 ヤス君は影に入って移動するイメージから、ただ他の場所に瞬間移動するイメージに切り替えた。すると自分が死ぬ未来が見えたという。これは俺も経験済みだったので、思わず「分かる!」と言ってしまった。


「ああ、ユーゴさんも同じことしてたんすね」


「したね。というか、俺の場合は近くのものを自分の手元に転移させようとしたんだけどね、頭にブーツがめり込んで死ぬ未来が見えちゃって、リンドウさんから聞いた話もあって、それからは怖くて手をつけてないね」


「そう、そこなんすよ!」


 ヤス君が俺を指差す。


「俺らって発動領域を無視してるってユーゴさんが言ってたでしょ? つまり無意識に無属性転移術は使えてる訳じゃないっすか? けど物質を転移させようとすると途端にそれができなくなる。やろうとすると危険を警告するような死の映像が見える。で、無理に発動すると、多分、実際にそうなってしまう。なら危険を回避する方法を全部ぶち込んだ術を作れば転移が可能になるんじゃないかと」


「いや、理屈は分かるが……」


「ちょっと、目眩が……」


 フィルが額に手を遣りふらふらしだす。顔が真っ青になっていた。確かにこれは衝撃が大きい。俺はフィルを抱っこして自分のベッドに移動する。


「いいすかね。じゃあ続きを話しますけど、転移に必要なのは、まずは移動先の状況を見る目だって気づいたんすよ。その場所の状況さえしっかり把握できていれば転移事故は起きない。そう考えたんです。それで俺は置型の探知機になる物をずっと作りたいと思ってたんす。これは元々のイメージが強かったんで、土属性の取得後には即完成しました」


「確かにさっき《天眼芯》を置いた場所の周辺を探知できるって言ってたね」


「はい。でもそれだけだと駄目だったんです。転移時の魔力が足りなくなるというか、ペナルティーを受けて死ぬって感じの未来が消えなかったんす。それでまた考えを変えました。魔力消費量が追いつかないのは、転移先が定まらないからじゃないかと。実は数え切れないほどのシミュレート結果が裏では選択されていて、魔力が枯渇する仕組みにされているというか、敢えて最悪な結果に結びつくような仕様にされているんじゃないかって思ったんす」


 いくらしっかり探知できていたとしても、転移時に必ずズレが生じて死んでしまう。それがこの世界の仕様なのではないかとヤス君は言う。だが一つだけその仕様から外れているものがある。ダンジョンの転移装置だ。


「あれは地上と特定の場所との行き来が可能じゃないっすか。危険のないように座標を修整し、固定してくれていますよね。ただ、そのイメージを術に追加しようとすると消費される魔力の量が余りにも膨大になっちゃって、これはちょっと無理だと。それで常設転移装置は諦めて、一度の転移で消滅するって制限を設けてみたんす。そしたら《天眼芯》が完成したって訳ですね」


「言ってることは理解できるんだけど、それを作れてしまうというのが分からない。どうやったらそんなイメージを明確に形にできるのか。ちなみに魔力消費は?」


「《天眼芯》の生成分だけっすね。五百くらい持ってかれます。それに、一個しか作れないんすよ。二個も試したんすけど、目眩と吐き気が酷くて無理でした」


 そうなる理由は脳で処理できる情報量を超えるからだろうとヤス君は推測した。一個であれば術が言うことを聞いてくれる感覚だという。


「二個目を作ると、ずっと探知が働く感じになるんすよ。それも自分の探知を含めての三つ分。感覚が暴走してるみたいになって全然制御できないから焦りました。情報が多すぎて頭が破裂するんじゃないかと。なんとか一個消せたんで良かったっすけど、危うく《箱庭》の中で発狂するとこでしたよ」


「怖っ! 出てこれて良かったね!」


「そうなんすよ。で、情報過多になるのを回避すればいけるんじゃないかと思って、探知機能と座標機能を個別に作って試したりもしたんすけど、どっちが欠けても上手くいかなくて。これ以上は無理だなって。まぁ、もう遅いんで、結論を言っちゃうと《天眼芯》をシンドゥー王国領に置いてきたいってだけなんすよ。それが終わったらパーティーに復帰して、アルネスの街にも帰るって感じっすね」


「んー、でもねぇ、危ないよ? どう考えても。ラグナス帝国領を一人で通過するっていうのは、俺は賛同できないな。多分、二人もそうだと思うよ?」


 サクちゃんも無言で何度も首肯してくれる。だがヤス君は不敵に笑んだ。


「それが大丈夫なんすよ。明日、四十階層の階層主でお見せしますよ」


 それじゃあ、戻ります。そう言ってヤス君は立ち上がる。合わせるようにサクちゃんも立ち上がり、就寝の挨拶をして部屋を出て行った。


「おいフィル、大丈夫か?」


「寝る。もう無理。頭がついていかない。おやすみ」


 フィルは不機嫌そうに言って自分のベッドに飛び込むと《光球》を消した。悔しさと不安からそうなっているのだと思う。そうだよな、年齢関係なくそういう気持ちはあるよな。むしろ年齢を重ねるほどにキツくなるところもあるよな。


 俺も《光球》を消し「おやすみ」と返してベッドに横になった。目を閉じると、誰にも言えなかったことで頭がいっぱいになった。


 ヤス君があんな凄い術を作り上げている間に、俺は……。


 風属性を得てからは、如何に優しく心地良くお尻を洗浄できるかを考えていた。そしてそのイメージをウォシュレットに反映させる為に悪戦苦戦していた。


 それを思うと、顔から火が出る思いがして中々寝つけなかった。




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