87.鉱山洞窟の街ウェズリー到着
三日後、まばらに雲散る青空を望む午前十時。
すっかりおとなしくなったローガたちをアルネスに送り届けたヤス君が合流した。話が通るかはエドワードさん次第だったが、問題なく受け入れられたとのことで一安心。
ローガ一味は取り敢えずヒューガ組預かりの身とされたらしい。フロント企業である警備会社に所属させ、社会経験を積ませることになったそうだ。
ローガ一味は元遊牧民であり元野盗。街での生活を行うには足りていないものが多く「口の聞き方から一般常識、果ては道徳教育に至るまで、徹底的に叩き込みますからご安心を」とヒューガさんは意気込んでいたらしい。
またローガ一味は様子を見にきたサイガさんをして「こいつらぁ見所があるな」と言わしめるほど学ぶことに熱心で、既に随分と気に入られていたとのこと。彼らには是非とも頑張って欲しいと思った次第。陰ながら応援するつもりでいる。
嬉しい誤算だったのは、冒険者ギルドに出されていたローガ一味の討伐依頼が達成扱いになり、俺たちの成果になったこと。
ゴールド階級依頼なので、本来であればブロンズ階級の俺たちには受けられないのだが、ギルドマスターのジオさんがサブギルドマスターであるミチルさんの圧を受けて渋々特例を認めたとのこと。既に尻に敷かれ始めているようだと察した。こちらも是非とも頑張ってもらいたい。
そういえば、とミチルさんの名前が出たところでヤス君が思い出したように話してくれたのだが、早くもアープが俺に嫁ぐ話に進展があったらしい。
馬を借りにユオ族の集落に行ったとき、デネブさんも集落での諸用を終えていたらしく、二人で一緒にアルネスの街の冒険者ギルドに行ったそうなのだが、俺の手紙を受け取り事情を知ったミチルさんが大興奮したとのこと。
アープを族長から解放する為の手段でしかない建前の結婚を「演技であっても本気でやるべきです!」と大量の婚礼用貸衣装を辻馬車に積み込んだのみならず、アルネス式の正装に着替えさせたデネブさんを引き連れ、自らユオ族の集落へアープを迎えに行ったそうだ。
しかもいつの間にやらローガを含めた三人の住まいまで見つけてくれていたそうで、そのあまりの敏腕ぶりに恐縮したヤス君が俺の代わりに礼を言ってくれたらしいのだが「専属ですから!」と苦にもしていない様子だったという。
「ハハハ、あれはもはや殴り込みに行く勢いでしたよ」
「ヤス君、まさか俺の手紙以外の部分まで話しちゃったりしてないよね?」
「え、話しましたよ? 風習が根強いかなり差別的な……ハッ――!」
「これは……ユオ族がこの世界から消えるかもしれないね」
「そうだな……。風習だけが消えてくれることを祈ろう」
そういった報告をヤス君から受けながら、俺たちはカナン大平原を東に進み、二日を経てウェズリー山へ到達。
赤味がかった岩肌を晒すその山を和気あいあいと談笑しながら登り、時折遭遇するワイバーンやハーピーの襲撃を撃退しつつ進んで半日――。遂に目的地である鉱山洞窟の街ウェズリーに到着した。
「嘘だろ……」
門前で身分証明を済ませ、中に入った途端に思わず呟きが漏れた。洞窟の中にある街というから文明はさほど進んでいないと予想していたが大間違い。失礼な想像をしたことを恥じ入るくらい、しっかりとした街並みがそこにはあった。
建築物は均整のとれた石造りの直方体。幾つもの硝子窓が嵌め込まれていてビルにしか見えない。それが様々な高さで居並んでいるのだから、俺たちの知る都会の風景と比べてもまったく遜色がない。そりゃ皆の目が皿になっても仕方ない。
「土と岩の洞穴を家にしてるような街だと思ってましたわ」
「俺も。一目見てすぐに心で謝罪したよ」
「物凄く広いな。洞窟とは思えんほど明るいし、空気も淀んでない」
「でもなんか居心地悪いなー。早く土と火の祠で属性取って帰ろう」
渡り人組は驚きに満ちた表情を見せたが、フィルだけは顔をしかめている。ハーフとはいえエルフはエルフ。ドワーフとはやはり相性が良くないようだと覚る。
確かにこれはちょっとキツイかもなぁ……。
事前に領民の九割がドワーフだという話は聞いていたので、ある程度の想像はできていたが、目に入る男すべてが、ごわついた長い髪を肩に掛けた筋骨逞しい小さいおっさんというのは中々に衝撃的。女性は人族とほぼ変わらないが、それが混ざり込んでいるのがまた妙な違和感を覚えさせる。
人族の俺でさえ戸惑うのだから、感覚的に相容れない部分を持っていると思しきフィルが不快に感じたとしても何ら不思議はない。
「大丈夫? 辛いの?」
「んー、なんかねー、前世の嫌なこと思い出した。友達に招待された結婚式の披露宴に一人も知り合いがいなかったときみたいな居辛さがあるね」
「地獄っすね。むしろよく行きましたね」
「配慮しろよな、その友達も」
何故かその結婚式を挙げた者への批判に話が移ったが、それも束の間のこと。フィルが嫌だと言うのなら長く滞在する必要もないと思った俺は、とっとと祠の場所を聞いてしまおうと、通りがかったドワーフの男性に声を掛けた。
「すいません」
「何だ? 何故謝る。お前は俺に何かしたのか?」
面倒臭ぇなこのおっさん。
祠の場所を訊くだけのつもりだったが、サクちゃんが途中で話に参加。受け答えが簡潔で寡黙な職人気質を互いに感じ取ったのか、思いの外会話が弾む。
それでも言葉数は少ないので時間にして五分程度ではあったが、無駄がないのでかなりの情報を得ることができた。
「ここは良い街の予感がする」
「サクちゃん、街に入ったなりからご満悦だね」
「祠の場所どころか冒険者ギルドと宿の場所、鍛冶屋や街の名所まで聞けましたからね。最後の街の名前の由来は正直余談だと思いましたけど」
「馬鹿言え。余談なもんか。実に合理的だった」
フィルが呆れたように肩を竦める。
「ウェズリー山にあるからウェズリーって、簡潔過ぎて逆に意味が分からなかったんだけどさ、それって由来とか理由になるの? 山と街の名前を同じにしたって紛らわしいだけだと思うんだけど」
「場所が同じだから問題ないんだよ。ウェズリーに行くという一言で山と街の両方が想像されるだろ? そこで『山か?』『街か?』なんて訊く方がおかしいんだ。『何をしに行く』と訊けばある程度は判断できるんだからな」
腕組みして鼻を鳴らすサクちゃんを見て俺たちは苦笑する。まだ通りすがったドワーフの男性一人としか関わっていないが、それでもこの調子。よっぽどウェズリーの街が気に入ったようだ。
さて、サクちゃんのお陰で聞けた話だが、まずはこの街の領主イワンコフ・リーズリー辺境伯について。元ゴールド冒険者で熟練の鍛冶師。王家の血筋を持つが、血が薄れているので容姿に人間の要素はないとのこと。そしてアルネスの街の領主エドワードさんとは旧知の仲で、互いに戦士として尊敬し合っているのだとか。
ただその後が反応に困ったよなぁ……。
イワンコフさんもウェズリーの領民も現在の王を認めておらず、エドワードさんを王に据えての王国再建を願っているのだという。なんだか聞かない方が良かったような物騒なお話まで聞かされてしまったなと思う。
次に国境について。ウェズリー山の稜線の向こうが国境で、その先はラグナス帝国領になるとのこと。すぐ側が帝国領ではあるが、帝国軍との諍いは皆無と言っていいほど起こらないらしい。というのも国境の向こう側は魔の森と呼ばれる樹海が広がっている為、それが自然の要塞となって大軍を阻んでいるのだとか。
そういう訳で帝国軍よりワイバーンやハーピーなどの空を飛ぶ魔物やゴーレムが問題になることの方が多いらしいのだが、魔物繋がりでとんでもない情報を最後に聞いた。なんとウェズリーにはダンジョンが存在したのである。しかも街中に。
「冒険者ギルドの昇級条件ってどこのダンジョンでもいいんだっけ?」
「大丈夫なはずだよ。ただ属性が違うからその辺に注意かな」
「そういや、アルネスだと水と風の術を使ってくる魔物が多かったっすもんね。他も出ましたけど、火はほとんどいなかったっすわ」
「こっちは火と土の属性が多いってことか。まぁ、今日は場所の確認だけだな」
「長居するつもりはなかったんだけどねぇ。ここはフィルに我慢してもらうしかないなー。でもエノーラさんは大丈夫なのに不思議だよね」
「女性だと大丈夫なのかもね。なんていうか、纏う雰囲気が違うんだよ。さっきの人もそうだったけど声を掛けたとき面倒臭かったでしょ? 悪気はないんだろうけど、話してなくてもそれを感じるというか」
それは確かに不快だ。俺も相手にするのが面倒臭いと思っていたから気持ちがよく分かる。もしかするとホウライもドワーフとは種族相性が良くないのかもしれない。そう思ってヤス君に訊いてみたら、やはり余り合わない気がすると答えた。
「やっぱりあるんだね。種族相性」
「いや、俺はあんな受け答えする人は種族関係なく面倒臭いと思うだけっすよ。フィル君みたいな感覚はないっすから、そういうのを経験しない限りは種族相性は関係ないと思いますけどね」
「僕もそう思うかなー。この苦しみは人族の君たちには理解できないよ」
「月の物みたいに言うなよ」
サクちゃんの配慮のない言葉にちょっと心臓が縮んだが、フィルは気にしていないようだったのでホッとした。が、すぐにハッとした。
そういえば二人にはフィルが前世では肉体が女性だったと伝えていなかった気がする。言葉の端々にはそれと分かるものを加えていたと思うが、ヤス君はともかくサクちゃんは気づいていないのかもしれない。
あとで確認してみよう……。
属性の取得を行い、必要な場所を巡るついでの観光を楽しんだ後の夕食時、フィルに確認をとった上で元女性であったことを二人に伝えたところ、案の定ヤス君は気づいていたが、サクちゃんは気づいておらず、顔を青褪めさせていた。




